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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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 武雲嘩砕一日目〜捕虜と


 本部に戻ったミツエは、みんなより一足先に帰ったナガンから受けた「捕虜が数人逃げた」という報告に、盛大に顔を歪めた。
 事情を聞くと、董卓がいないことに気づいて牢の近くをうろついて探していると、その董卓から曹操と一緒にすぐに来てくれという電話が入った。
 理由を問いただそうとしたところにナガンがちょうどやって来て、後を託して行ってしまったという。
 そのゴタゴタの隙を突かれたのだろうとナガンは言った。
「まったくもう」
 プリプリ怒るミツエだったが、いつまでもそうしてはいられない。やることはたくさんあるのだ。
 そのうちの一つが、これから行う捕虜の処遇である。
 味方が一人でも多く欲しいミツエとしては、逃げられたというのは何とも悔しいことだった。

〜ヴェルチェ・クライウォルフの場合〜

 牢番のパラ実生に連れられてヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が、椅子に腰掛けるミツエの前にやって来た。
 ヴェルチェはいつものように余裕の笑顔でミツエにウインクを飛ばす。
「あたしの協力がほしいなら」
 ミツエが口を開く前にヴェルチェが言葉を発する。
 どうせ話し合うことの内容は決まっているのだから、どちらが先に言い出そうが変わりはないのだが、やはりおもしろくなくてキュッと唇を一文字に引き結んで続きを待つミツエ。
「ミツエちゃんの純潔をちょうだい♪」
 その時のミツエの表情を表現するなら『モアイ』がぴったりだろう。
 劉備や孫権も似たり寄ったりだ。
 ヴェルチェは反応を楽しむように目を細めている。
 ようやくモアイから元に戻ったミツエは、声が裏返りそうな大声を出した。
「あんたもあたしも女でしょ!?」
 しかしヴェルチェは、それがどうしたのと微笑んでいる。
「嫌なのね。残念。それじゃせめて毎晩一緒にお風呂に入りましょうよ♪」
「……あんた、いったい何がしたいの?」
「ミツエちゃんと親睦を深めたいだけよ」
「お風呂じゃなくてもいいでしょ」
「裸の付き合いって、相手との距離を縮めるには最高の手よ」
 とんでもない条件にミツエはすぐにでも否と答えたかったが、何のために捕虜にしたのかを思い出し、グッとこらえた。少しの間思案して、ヴェルチェにこう持ちかける。
「大浴場にみんなで入るなら」
 ヴェルチェはひょいと肩をすくめてみせた。
 条件を変える気はないようだ。
「大きく見せる方法、伝授してあげようと思ってたのに」
 と、言って自慢の豊かなバストを見せ付けるように腕組みする。
 惹かれる言葉ではあったが、何にしろ飲めない条件だった。
 ヴェルチェは再び牢に戻された。

〜カーシュ・レイノグロスの場合

 ミツエの前に連れてこられ、仲間にならないかと誘われたカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)は、思い切り鼻で笑った。そしてわざわざ挑発するようなことを口に出す。
「おいおい。本気で言ってんのか? お前、どう見ても覇者の器じゃねーぞ? 教導団の金鋭鋒って奴のほうが、お前よりも何倍かマシじゃねーか。中原支配とかほざいてやがるが、その覚悟はどこにあるんだ?」
 カーシュとしては、ここでミツエが怒りに任せて自分を牢に戻すというならそれまでで、話をするなら会話を続けるつもりでいた。
 ミツエは明らかに機嫌を悪くしてムスッとしていたが、やがて低く「金鋭鋒と比べるなんて気持ちの悪いことしないでよ」と漏らした。
「全てを持っていながら何もしないあいつのどこがいいの? あたし、百合園を出た時は何もなかったけど、今では三人もの英霊が契約を結んでくれたし、メル友もできたわ。中原制覇を果たすまで何も報いることはできないって言っても、彼らは頷いてくれたのよ。もともと引き返す気はなかったけど、そう言われたら何が何でも止まれないし後戻りなんてもってのほかよ。──どうも周りはあたしが遊びか何かで言ってるように考えてるみたいだけど、あたしは本気よ。国の命令しか聞けなくて、国が滅ぶのを見て見ぬふりをしているエリート坊ちゃんに邪魔はさせないわ」
 いつかの金鋭鋒との見合いのことを思い出して腹が立ったのか、いらいらと吐き捨てるミツエに、カーシュは「ふーん」と気のない返事を返した。
 ミツエの個人的な恨みなどはどうでもいいが、ゼロから始めたことはわかった。
 わかったところで、ここからが本題だ。
「俺ぁ別にどこかに与する義務はねぇ。誰かに従う義理も理由もねぇ。……ってことはだ。別にパラ実の四天王に義理もなかったってことだ」
 つまり、牙攻裏塞島でミツエ軍の邪魔をしたのはカーシュ自身の意志だったということだ。
 条件次第では手を貸してやろう、とニヤリとするカーシュにミツエは考え込んだ。彼が望むものは何だろうかと。
「そうね……地位?」
「はずれー。仮に四天王の地位だったとして、そんなもん、紙一枚くれるほうがまだいいぜ」
 小馬鹿にした笑みで跳ねつけるカーシュ。
 地位じゃないなら……。
「金銭かしら。現状を見てくれればわかるけど、はっきり言って貧乏なのよね」
「お前馬鹿だろ。お前みたいな赤貧から金もらうより、どっかの金持ち襲ったほうがよっぽど大金を手にできるっての」
 もっともな意見にミツエは喉の奥で唸った。
 後が続かないミツエに劉備がそっと耳打ちする。
 ハッとしたミツエの視線がカーシュの後ろのハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)エリザベート・バートリー(えりざべーと・ばーとりー)に向けられた。
 しばらく二人を交互に見つめていたミツエは、やがて視線をカーシュに向けるとゆっくりとした口調で尋ねた。カーシュの心を見透かそうとしているように。
「好みの女の子のタイプは?」
 ミツエの動きから質問の真意を察したカーシュは、
「てめぇで当ててみやがれ」
 と、舌を出した。
 けれど、ミツエとしてはこの返事で充分だった。
 地位やお金のように拒否されなかったのだから。これで「女なんていつでも向こうから寄ってくるぜ」と言われたら完全にお手上げであった。
 最後の関門はカーシュの好みを当てることだ。外したら彼は仲間にはならないだろう。
 ウンウン考えるミツエとニヤニヤしながら見守るカーシュ。
 数分後、ミツエが一人の人物の名を叫んだ。
「エレンディラ・ノイマンよ!」
「葵のパートナーじゃないか、やめとけ。周瑜も怖いぞ」
 名案だと思ったその名は、即座に孫権に却下されてしまった。
「ま、判断は間違ってねぇな」
 それじゃあ、と表情を輝かせるミツエを無視して、カーシュは後ろのハルトビートとエリザベートに意見を求めた。
 先に答えたのはハルトビートだった。
 彼女は従順さを示すように頭を下げた。
「カーシュ様の決定に従います。これからは横山光栄様を総司令官と認めます。如何様にでもお使いください」
「ふふふ。私はどっちでも構いませんわよ」
 続いて優雅に言ったのはエリザベート。
 彼女はミツエをはじめ、劉備、孫権、親衛隊の面々をねっとりとした視線で見回すと、恍惚とした表情をした。
「牢の捕虜達もおいしそうだけど、貴女達もおいしそうですものねぇ。どんな味がするのかしらぁ?」
「……再封印してやろうか?」
 カーシュに睨まれ、エリザベートは口を噤む。反省した様子はまったく見られないが。
 ともかく話は何とかまとまった。
 カーシュは本人の希望もあり、文化祭の市の警備を担当してもらうことになった。
 そしてミツエは、エレンディラのような女の子で紹介できる子はいないか、と頭を悩ませることになった。