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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

リアクション

「ありがとう。皆さんのおかげで助かりました」
 ハイサム外務大臣は、居並ぶ生徒たちに向かって深々と頭を下げた。
 要人が見せた最敬礼に生徒達は一瞬ざわめくが、当の本人は至って気にしている様子もない。再び皆と正対した表情には、穏やかな笑みさえ浮かべている。
 ハイサムの視線が一人の生徒の前で止まった。
 シャンバラ教導団の林田 樹(はやしだ・いつき)だ。
 ゆっくりとした足取りで林田に近づいていくと、両手を差し出した。
「縄ばしごからの射撃はすごかったですね。さすがは軍人だ。戦局というものを良く知っている」
 ハイサムが言うとおり、林田の放ったアサルトカービンの一発が、明らかに不利だった戦局を覆したのは言うまでもない。
「それからミゲルくんに、クライスくん。ジョヴァンニさんも。貴方達があのタイミングで突撃してくれなければ、私は今こうして皆さんの前にいることはなかったでしょう。心より貴方達の勇気に感謝します」
 一人ひとりと握手を交わしていくハイサムを、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は生徒達の列から少し離れた場所からジッと見つめていた。
 無事に解放されたとはいえ、一度は外務大臣の身柄を敵方に確保されてしまったのは紛れもない事実。大臣護衛の責任者であったルドルフにとっては大いなる大失態だ。
 それも元はといえば、自分たちが飛空艇の墜落を阻止できなかったことに起因する。
 自分の不甲斐なさが悔しかった。
 賞賛されている連中が羨ましかった。
 ルドルフは無意識のうちにギリリ…と奥歯を噛みしめる。
 自分はイエニチェリを解任されるかもしれない…。
 暗い感情の波に飲み込まれそうになったルドルフを現実に引き戻したのは、最近、何かと彼の目の前をうろちょろするようになったヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)だ。
「呼んでますよ」
 肩を叩かれたルドルフは、僅かに身体を震わせた。
 ヴィナが指さした先にいる雪之丞の表情は厳しい。
 ジェイダスの代理人とも言える雪之丞の前になど、行きたくなかった。
「イエニチェリ失格」の言葉など、聞きたくなかった。
 ルドルフがその仮面の下で、沸き上がる脅えと必死で戦っていることは、すぐ側にいるヴィナにも伝わってきた。
 だからヴィナはもう一度、ルドルフの肩を叩きながら言った。
「大丈夫。俺は知ってますよ。貴方がベストを尽くしたことをね」
 ヴィナは優しくルドルフの背中を押した。
 もしもルドルフの責任が追及されるようなことがあったら、ヴィナは証言するつもりだ。
 例え、大きな戦果を上げていなかろうとも、ルドルフはイエニチェリに相応しい働きをしたと。
 専用艇の墜落も、空賊の襲撃も、自分たち全員の責任だと。
 それはすぐ側で戦っていた自分たちが一番良く知っていると。
 ヴィナは、責任者とはこういう不手際があったときに責任をとるために存在していることも知ってはいたが。
 イエニチェリと言えど、ルドルフも自分たちと年齢の変わらない少年なのだ。
 その肩に背負わされた責任は、10代の身には重すぎる。
 だからこそ一人くらい味方になってやらなくては、可哀想ではないか。
 ヴィナはそう思っていた。
 虚勢であることは明らかだったが、毅然と頭を上げ雪之丞の元へ足を進めるルドルフ背中を見つめながら、ヴィナは小さく肩をすくめた。
「でも、あの人はきっと拒絶するんだろうけどね」



「…お呼びですか」
 両手を組んだ雪之丞は、所々焦げたマストに寄りかかるようにして立っていた。
 目を閉じているので、何を考えているのか全く分からない。
 断頭台に向かう気分でルドルフは雪之丞の答えを待つ。
 雪之丞はゆっくりと顔を上げると、ルドルフに問いかけた。
 それも穏やかな笑みさえ携えてだ。
「…ケガの具合はどう?」
 叱責を覚悟していたルドルフは些か拍子抜けする。
「…もう…大丈夫です」
「それなら良かった。飛空艇の修理に、捕虜の尋問…やることはいっぱいあるからね。アンタに寝込まれたら困るのよ」
 大臣の身柄を確保された件については、現状不問…ということなのだろうか。
 雪之丞の真意が掴みきれず、うつむくルドルフの後ろから少女が声をかけてきた。
「飛空艇の修理のことなんですけど!」
 蒼空学園で機晶姫の修理屋を営む朝野 未沙(あさの・みさ)だ。
「新たに捕まえた空賊のことなんですが〜」
 二人のイエニチェリの元には、次々に指示を求める生徒たちがやってくる。
 質問のひとつひとつに丁寧に応えていた雪之丞が突然、ルドルフの方へ顔を向けた。
「ごめん、ルドルフ。この場は任せたわ」
 片手でルドルフを拝んだかと思うと、雪之丞は踵を返した。
「雪之丞さん?!」
 驚くルドルフを尻目に雪之丞は、甲板の手すりに手を付くと飛空艇の外に身を躍らせる。
 地上に着くなり、甲板の上で呆気にとられているルドルフに向かって叫んだ。
「ブルーノから連絡があってさ。どうも墜落の原因らしいぼうやが、森の中で何やら見つけたらしいのよ。私はそっちに行ってくるから」
 もちろん、雪之丞はたまたまその場を通った生徒たちを捕まえることも忘れない。
「ちょっとアンタたち、私に付き合いなさい!」
 ガシリと腕を捕まえられたのは、修理用の木材を運んでいた五条 武(ごじょう・たける)レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)だ。
「えっ、えっ、えぇ?!」
 突然のことに呆然とする五条たちを引き摺り、雪之丞は密林の中に入っていく。
 これまた呆然と見送ることしかできなかったルドルフに、先ほどからずっと二人のやりとりを遠巻きに見守っていたヴィナが声をかけてくる。
「名誉挽回の機会をくれたんですよ、きっと」
 振り返ったルドルフに、ヴィナは人好きをする笑みで応えた。
「俺は修理の方を見てきます」
 そう言うや否や、ヴィナもまた踵を返した。
 ルドルフは小さくため息を付く。
 またしてもヴィナに気を使われたようだ。
 確か彼とは同い年のはずだが、あくまでも自分は一般生徒であるヴィナとは違う。
 イエニチェリなのだ。
 生徒を気遣うことがあっても、気を使われるようではダメなのだ。
 気を取り直すようにルドルフは頭を振った。
 まずは大臣に謝罪を。
 それから各所を回って状況を把握しなくては。
 船内へと向かう階段へ足を進めようとしたルドルフに、一人の生徒が声をかけてきた。
「ルドルフ殿。相談したいことがあるのだが…」 
 薔薇学生の藍澤 黎(あいざわ・れい)だった。