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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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 遠野 歌菜(とおの・かな)譲葉 大和(ゆずりは・やまと)の2人は、結婚指輪を見るために、人で溢れる空京に繰り出した。
「歌菜、はぐれると危ないからこちらへ」
 大和が歌菜の肩を抱き寄せ、寄り添って歩く。
 改めてデート、という状況にドキドキしていた歌菜は、肩を抱き寄せられて、さらにドキドキした。
「寒くはないんですか、歌菜」
 歌菜のシャーリングパーカーワンピースにはレースフードがついていたが、今日はマフラーを巻いていなかった。
「あ、うん、これくらいなら……」
「駄目です! 歌菜に風邪をひかれたら俺が困ります。もう、歌菜一人の体じゃないんですから……。や、元気な赤ちゃんを産んでほしいとかそういう意味じゃないですよ?」
「えっ」
 大和の言葉に歌菜が顔を赤らめる。
 そんな歌菜を楽しそうに見ながら、大和は歌菜がクリスマスにくれた手編みのマフラーを、歌菜にも巻き、2人で一つのマフラーを巻いて、密着するように寄り添った。
「歌菜……こうしてると暖かいですね……いつまでもこうして、二人寄添い歩きたいものです」
「大和……」
 歌菜は大和の腕を取ってくっつき、2人はそのまま、ジュエリーショップに向かった。

 大和と歌菜がジュエリーショップに入ると、見知った顔がいた。
「あ、藍澤さん」
 同じくマリッジリングを見に来た藍澤 黎(あいざわ・れい)ゴードン・リップルウッド(ごーどん・りっぷるうっど)がいたのだ。
「知り合いかね、黎」
「ああ、イルミンスールの遠野殿と譲葉殿で……」
 黎はゴードンに二人を紹介し、逆に大和たちにゴードンを紹介して、4人はしばらく互いのことを話したりした。
「そうだ、藍澤さん。『ホワイトクリスマス』ありがとう」
「あ、いや、結婚のお祝いにと思ったもので……」
 ホワイトクリスマスとは柔らかなクリーム色のものすごく薫り高い薔薇だ。
 薔薇の品種改良を専攻している黎が、歌菜のために選び、それをあい じゃわ(あい・じゃわ)が頑張ってブーケにして、届けたのだ。
「本当にありがとう。じゃわちゃんにもお礼言ったけど、犬さんに追いかけられたけど、ブーケは守ったのです言ってたから、よく頑張ったねってほめてあげて」
「分かりました。わざわざお礼を頂き、恐縮です」
 黎はそう挨拶すると、これから結婚式を控えている二人の邪魔にならないよう、ゴードンと挨拶をして、二人のそばを離れた。
 
 ゴードンと黎の2人も、今日はマリッジリング探しに来ていた。
 婚約をした2人だったが、黎には迷いがあった。
(結婚でゴードンを縛りたいだけではないだろうか……)
 それでもやっぱり一緒にいたいという想いが強くて、黎はゴードンと共にマリッジリングを買いに来ていた。
 黎はお店の陳列の仕方などを確認して、店の格を量り、様々な店を廻って、ようやくここに辿り着いた。
 気になる指輪を見つけ、黎はアイコンタクトで店員を呼び、それを見せてもらった。
「ゴードンは細やかな手作業を必要とされますか? それなら、引っかからないように突起の少ないデザインの方が良いと思うのですが……」
 ローグのゴードンを気遣い、黎が言ったが、ゴードンは柔らかな笑みで首を振った。
「俺はおおざっぱな人間だから……黎のほうが手作業するだろうに。黎はどれがいいのかね?」
 ゴードンの言葉に黎は考え込み、ある指輪を指差した。
「ローグなら派手な物は不味いかと思うので……ブラックゴールドの様な余り光らない素材のほうがいいかもしれないですね」
「ははは、黎が選んでくれたものなら俺が嫌がる理由はないな」
「本当に良いのですか?」
 自分の提案を全面的に受け入れてくれるゴードンに、黎はちょっと心配になりながら尋ねる。
 すると、ゴードンは紺色のスーツと同じくらいに落ち着きの払った態度で、鷹揚に頷いてみせた。
「黎とセンスで衝突することはないだろう? だから黎の選んだものならば、本当にそれで良いぞ」
「分かりました、それでは……」
 黎が選んだのは、翼の意匠の指輪だった。
 飛んで行ってしまうゴードンを自分の指に留めて置きたい……。
 そんな想いで、黎が選んだものだ。
 ゴードンはブラックゴールドの、黎はホワイトゴールドのもので、リングの内側にはサファイアが埋め込まれた。
 【誠実・慈愛・貞操】を意味するサファイアは、リングを2つ合わせると、お互いのイニシャルが浮かぶデザインにしてもらった。
 指輪のサイズを図ってもらいながら、ゴードンは楽しそうに、黎と自分の手の大きさを比べた。
「やはり黎の方が小さいな」
 微笑みながら、ゴードンが自分と黎の手を重ねる。
「え……」
 恥ずかしそうな黎を見て、くすっとゴードンは笑い、そのままぎゅっと恋人繋ぎをした。
「ゴ、ゴードン……」
 慌てる黎を見て、ゴードンは「可愛いな」と耳打ちし、余裕のある笑みを見せた。
 ゴードンの手首の辺りには、前の年に黎が送ったカフスボタンがあった。
 黎の首には小さな青薔薇のネックレスが下がっていて、指には銀の指輪がついていて……それらの贈り合ったものを見て、黎もゴードンも互いが重ねてきた時間を感じていた。
 2人はすでにゴードンが黎の部屋の合鍵を持つ仲になっている。
 それでも、2人でこうやって買い物をするのは初めてだったので、黎はかなり緊張をしていた。
 そんな黎の緊張に気づき、ゴードンはそっと耳打ちした。
「黎、後で少し休もうか?」
「あ、いえ、我は疲れてはないので……」
 店員が準備する様子を、そわそわ見ながら、黎がそう返事をする。
 落ち着かない様子の黎を見て、ゴードンは言葉を言い換えた。
「では 俺が休憩したいのでするとしようか?」
「す、すみません」
 ゴードンの言葉に、黎は慌てて謝った。
「そうですよね。ずっとジュエリーショップを巡っていたから、ゴードンが疲れてることも気づかずに連れ回してしまって……」
「いやいや、そんなことは気にしてないよ」
 謝る黎の頭を軽く抱き、ゴードンは柔らかく微笑んだ。
「黎とこうやっていられるのは本当に楽しい。あまり気の利いたことが言えずにすまないな」
 落ち着いて見えるゴードンだが、ゴードンにもゴードンなりの悩みがある。
 自分は黎より大分年上だし、もっとしっかりとエスコートしてあげたいと思うのだが、なかなか余裕のあるしっかりとした大人の男をしようと思っても、上手に出来ない。
 それでも、結婚指輪まで選んだのから、しっかりと愛を伝えたいと思い、ゴードンはサイズ調整のされた指輪を黎の指にはめてあげた。
「愛しているよ黎。この世の誰よりもお前をお前と共に在れる。それが俺の誇りだよ」
「ゴードン……」
 黎は涙が出そうになるのをこらえながら、自分もゴードンの指に指輪をはめてあげて、永久の愛を誓い合うように二人は互いの手を大事そうに握るのだった。


 遠野 歌菜(とおの・かな)はというと、色とりどりの宝飾品に目をキラキラとさせて、ケースの中を眺めていた。
「綺麗だね〜…!」
 そんな歌菜を、大和は愛しげに見つめていたが、歌菜がハッとして、顔を上げた。
「いけないいけない、今日は結婚指輪を見に来たのに」
「ふふ、そうですね」
 微笑む大和に、歌菜は照れくさそうに頬を染める。
 今日はこれから2人で、結婚指輪をオーダーするのだ。
 この世界で一つだけの、私と大和の結婚指輪……。
 そう想像するだけで、歌菜の顔が熱くなって来る。
「凝ったデザインも素敵だけど、シンプルに身につけられた方がいいのかな?」
 デザインを色々と考えながら、2人で額をつき合わせて悩む。
 お店の人にオーダー例を見せてもらったり、お勧めのリング材質の説明を聞いたりなどしたが、結局、最後まで決まらなかった。
「うう〜ん、決まらない! 取り合えず、今日はここまでにしよう、うん」
 悩みぬいた末にそう言った歌菜に、大和は反対を唱えはしなかった。
 人生でたった一度のものだから、満足のいくものを歌菜には選んで欲しかったのだ。
 二人は喫茶店に移動し、ゆっくり休むことにした。
 歌菜と大和はチャイを頼んで温まり、一息ついたところで、歌菜が可愛くラッピングした力作の手作りチョコを渡した。
「はい、大和。ハッピーバレンタイン♪ えっとね、ちゃんと手作りなんだよ。味見もしてるから、大丈夫」
 渡されたそれを見て、大和は微笑んだ。
「ありがとう……とても嬉しいです。開けてみてもいいですか?」
「もちろん♪」
 楽しげに歌菜が見つめる中、大和は箱を開けてみた。
 中身は歌菜が昨日の夜に頑張って作ったチョコトリュフだった。
 大和はそれを見て、ニコッと微笑んだ。
「歌菜の手作りチョコ……作ってくれた歌菜の味がするんでしょうね」
「わ、私の味?」
 驚く歌菜に、大和はくすりと笑みを見せる。
「そうです、きっと世界で一番美味しい……何よりも幸せな味がするんでしょうね……」
 歌菜は恥ずかしそうな俯きながら、自分の想いを口にした。
「また、来年もこうして大和にチョコレートを渡せたらいいな」
「来年も……じゃないです」
「え?」
「生涯、俺に作ってください」
 大和の言葉に、歌菜は照れながら、こくんと頷くのだった。