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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
ホワイトバレンタイン ホワイトバレンタイン ホワイトバレンタイン ホワイトバレンタイン ホワイトバレンタイン

リアクション

「さて、何がなにやら分からない戦いになってきたな……」
 林田 樹(はやしだ・いつき)の言葉に、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はやれやれといった様子で同意した。
「まったくじゃ。バレンタインというのは、人を狂わせるものじゃのう」
「いやー。でも、すっごい騒ぎになっているねぇ」
 ファタの横でテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が面白そうに笑っている。
「まぁ、でもそんなにチョコっていいものかなー。あの甘い匂いだけは勘弁って思っちゃうけど」
「男の身からすると、また違うんじゃないかなぁ」
 最近ヘタレが加速組みの緒方 章(おがた・あきら)が一応、男として、フォローを入れてあげる。
「そういうものかのう。たかだかバレンタインのチョコで……」
 ファタがふうと溜息をつくと、章が情報科から受け取った情報をぺらぺらとめくった。
「今回の山葉くんの暴走は【のぞき部部長】である弥涼 総司(いすず・そうじ)くんと、恋人のアルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)ちゃんによるホテル街前でのイチャイチャを目的したところから始まったって言われてるけど、でも、実はその前にショックなことがあったらしいよ」
「ショックなこと?」
「学校で女の子から手作りチョコをもらったらしい。『私の気持ちです。受け取ってください』って書かれた」
「ほうほう」
「でも、そのチョコを食べてみたら、その中身はチョコで薄くコーティングしたカレールウだったんだって」
「はぁ、カレー?」
 ファタが相槌を打つのをやめたため、樹が疑問を返す。
「そうそう。なんでも、そのカレールウが手が込んでてね。技術科の分析に寄ると、大量のハバネロパウダーが入れてあったそうだよ。そのなかなかに手が込んだ嫌がらせに『チョコをもらったと思ったらこれか』ってショックを受けた山葉くんがふらふらと街に出たみたいだね」
「へー、そうなると、そのカレールウが手作りなんだ。ある意味すごいねえ」
 テレサの感心に、章はうんうんと頷き、次のページをめくる。
「そのチョコの振りしたカレールウをあげたのは、頭に薔薇の華飾りをつけた、赤いツインテールの髪の小さい女の子だったらしいんだけど……」
「…………」
「…………」
 みんなの視線が一瞬、ファタのほうを向いたが、ファタは持参しておいたぬるめの紅茶に口をつけ、他人事のように言った。
「しかし、だからといって少女を閉じ込めるのはけしからんのう。嫉妬に駆られて少女を軟禁とは、なんと救えん眼鏡じゃ」
「ああ、そうだった。これには民間人の救出がかかっているから、なんとかしないと……」
 実は山葉暴走の最初のきっかけを作った犯人が、真横に居ることになるのだが、樹は気づかず、嘘の上手なファタもさらっとそのことを受け流してなかったことにした。
 樹が思案をしていると、そのそばを樹と同じ教導団制服の女の子が通り過ぎた。
「あれ、メガネ娘っ!」
 誰だか気づいた樹が声をかけたが、思い込んだら一直線の水渡 雫(みなと・しずく)は樹の声に気づかず、山葉のほうに向かって走っていった。
 香鈴が閉じ込められたせいで、校長に会えないと聞き、師匠である皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)が団長とデートできないのではと心配して、雫は山葉供養に来たのだ。
 しかし、雫は『知らない男の方には近付くな。半径五メートルに近寄ってくる男がいたら問答無用で叩きのめせ』という父の教えを守り、半径五メートル手前で止まった。
「誰にもチョコがもらえないというのは……本命チョコを渡す相手がいない私も、その寂しさは分かりますっ」
 教導団の仲間達は割りとみんなバレンタインはデートで、水渡も寂しい思いをしている。
 共感できるところはあった。だから。
「だから……どうぞ、このチョコを受け取ってください!」
 誠意のありったけを込めて。
 全身全霊。
 精神集中。
 大きく振りかぶって!

 一 チョコ 入 魂 !

 雫は山葉に向かってチョコを投げた

「届け私のこの想い!(チョコレートもらえないからって、他の人の幸せ妨害しちゃいけませんー!)」

 クリティカルヒット!
 山葉に30のダメージ。

「割と堅いですね……どうしよう、後はローランドたちの分しかないのに……」
 雫はしろくまの形した可愛らしいチョコレートを抱え、考え込んだ。
 しかし、その雫に力強い声が飛んだ。
「いいえ、ありがとう、水渡さん。後は私がっ!」
「皇甫さん!」
 現れた皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)を見て、雫がキラキラした目で彼女を見上げ、樹がまたも同僚の出現にちょっと頭を痛めた。
「あ、ええと……」
 樹が呼ぼうとすると、その前に伽羅が振り返り、樹に言った。
「林田さん、山葉は鏖殺寺院の手先です」
「はっ?」
「バレンタインだと、本命だハートチョコだとかだと体面を気にしてスルーされると思ってぇ、わざわざ団長のために極限まで甘さを抑えた手作り月餅まで用意したのにぃ……その団長を拉致するとは、許せません! 鉄槌を下してあげましょう! 乙女の憤怒を見よですぅ!」
 『軍人は要領を旨とすべしですぅ』がモットーの伽羅がアクション締切日を間違えるくらいに、ドキドキして望んだバレンタインだというのに、肝心の団長を奪われ、伽羅は怒り心頭だ。
「すみませんでござる、今日の義姉者は冷静さを欠いておりまして……」
 謝るうんちょう タン(うんちょう・たん)に樹は軽く手を上げる。
「ああうん、見れば分かる。さて、どうしたものか……」
「冷静さを欠いている。よく考えてください! たった一人の蒼学生徒が、全校長やパートナーを呼び出せる人物を拉致したんですよ! 由々しき事態です!」
「いや、全校長たちの連絡先を知ってるチャイナ娘が何かすごすぎる気もするんだが……」
 さて、どうしたものかと思案している樹に向かって、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が持ってきたケーキを見せた。
「ねーたん、こたが、このぷえぜんとあげえば、らいじょーぶれす」
 それは金鋭鋒団長にあげるためにコタローと樹で作ったハート型のチョコケーキだった。
 ケーキの上にはでかでかと大きな字で【義理】とホワイトチョコで書かれている。
 ついでにコタローは義理とデカく描かれている板チョコも持参していた。
「こーすると、おとこにょこ、よろこぶってきいたお」
「喜ぶねえ……なんだか今日は妙に街も浮かれてるし、チョコに縁があるし、変な日だねえ」
「変な日?」
「そう。教導団でも『本日のスペシャルレーション(戦闘糧食)です。』とか言って、チョコレートばかり詰まった袋を渡してきやがったんだ」
 テレサの問いに、樹はそのチョコを見せる。
「そこの赤髪娘も、踊り子娘も食べるか?」
 樹は腹が減っては戦は出来ぬとばかりに周りにも進め、チョコをかじった。
「ああ、めんどくさい……もうあの眼鏡をふんじばって薔薇学の食いしん坊にでも届けてやりたい」
 小林 翔太(こばやし・しょうた)のことを思い出した樹にだったが、翔太だって、食べ物を選ぶ権利はある、と言いたいかも知れない。
 今日が何の日かまったくわかってない樹を、章はじーっと見ていたが、樹はその視線に気づき、章にもチョコの袋を差し出した。
「ん? 洪庵もレーションを喰うのか?」
「あ、くれるの?」
「構わんぞ。ほら、これから取って……」
 袋の中のチョコをあげようとした樹だったが、許可を貰った章は、パクッと……
 樹がかじり取った板チョコに食いついた。
「……!! わーわーわー」
 その様子を見て、コタローが飛び跳ねた。
「あきが、ねーたんに、ちゅーしたー!!」
 ぴょんぴょんと跳ねながら、コタローが歓声を上げる。
「……洪庵、貴様、今、何をやった!!」
 一瞬、唖然としてしまった樹が、遅れて反応をする。
「ちゅーだちゅーだー!」
「コタロー! 今のは無しだ! っていうか、見るな馬鹿モン!!」
「ちゅーちゅーちゅーー!!」
 樹が慌てれば慌てるほど、コタローのテンションが上がる。
「だああ、もうっ!」
 収拾がつかなくなった樹が叫ぶと、バチッと章と目が合った。
 章は眼鏡の奥の瞳を細めて、樹に尋ねた。
「どう? ドキドキした?」
「…………馬鹿モンーーーー!!!」
 ちょっと赤くなりながら、樹はパートナーの鼓膜が破れそうなほどの大声で叫んだのだった。