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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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エリア【D3】

「美央、わざわざ危険だと分かっている道を行くことに、何の意味があるのデスカー? あとミーにもアイスプロテクトかけてくれマセンカー?」
「ジョセフ、何も分かっていませんね。ここは何処ですか? そう、氷雪の洞穴です。そして、私は誰ですか? そう、雪だるま王国女王です。ここは私に勝負を挑んでいる! ならばその勝負に挑んでやるのみです」
 周囲に危険がないかを探知していたジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)の問いに、赤羽 美央(あかばね・みお)が何の迷いもなく言い切り、堂々と一歩を踏み出し、そして足を滑らせ斜面を滑り、そびえ立っていた壁にびったん、とぶつかる。
「み、美央ちゃん、大丈夫!?」
 まるで壁に板がぶつかるようなその光景を目の当たりにして、タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)が駆け寄り美央を壁から引き剥がす。
「……泣いてなどいませんよ? 私がこの程度で諦めるなど、あってはならないのです」
 それが一種やせ我慢であることは、目尻に浮かんだ涙が証明していた。寒さ自体は本人の重装備にも匹敵する服装と、アイシクルリング(レプリカ)の効果、さらには本人曰く「雪だるまの加護」であるところのアイスプロテクトにより大分防がれているが、ぶつかった衝撃までは吸収してくれない。
「とにかく、進むしかないわよね。多分この先にもさっきと同じような開けた場所があるでしょうし、そこまで行けば休憩するなり自由に出来るはずだわ」
「ふふふ……危険を犯し、そして制してこそ私の勝利となるわけです。ここで立ち止まってなどいられません、行きますよ」
 決して頭を打っておかしくなったわけではなく、美央が不敵に微笑んで進行を再開する。その隣にタニア、後ろを付いてくるジョセフは未だに寒そうである。
「……ンン? 美央、これは地震デスカー?」
 ジョセフが氷の塊を乗り越えたところで、地面が揺れる感触に声をあげる。
「まさかそんなはずが……確かに揺れていますね」
 美央が呟いた直後、一行が乗っていた塊が一際大きく揺れ、くっついていた周りの氷が外れる。そのまま塊は一行を乗せ、緩やかな下り傾斜となっていた床を滑り始める。
「ちょうどソリみたいな感じかしら。このまま終点まで辿り着けたらいいわね」
「うーむ……私としてはもっとスピードが出た方がより面白いのですが」
「危険ばっかりあっても困りマース……オゥ! 美央、前を見てクダサーイ!」
 ジョセフに言われて前を振り向いた美央に、氷の壁が迫る。再びびったん、と打ち付けられる……ことなく、塊がぶつかった衝撃で弾け飛んだ壁の前方、開けた空間へ投げ出される。
「美央ちゃん!」
 咄嗟にタニアが美央を抱きかかえ、風の力を利用して自らの体勢を制御し、地面に軟着陸する。
「なるほど、最後に危険が待ち構えていましたが。ふふふ、これでまた一つ私の女王としての貫禄がつきましたね」
 何やら自信たっぷりといった様子の美央、そしてタニアより少し離れたところでは、ジョセフが地面にぽっかりと空いた亀裂に頭を突っ込んでいた。
「オゥ……寒いデース。美央、助けてくだサーイ」
 その後数分間に渡って放置プレイを食らったものの、すぐにピンピンしている辺り、やはり彼は頑丈であるらしかった。


エリア【D6】

 揺れが収まり、感覚を研ぎ澄ませて危険のないのを確認した清泉 北都(いずみ・ほくと)が口を開く。
「さっきまでこんなことなかったのに、この奥には何かいるのかねぇ。……ソーマ、そろそろ退いてくれないかな」
「え? あ、ああ、悪い悪い」
 北都に覆い被さるようにしていたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が離れると、北都が立ち上がる。ソーマにしてみれば、『北都を身を呈して守る』という名目で北都に抱きついて暖まることが出来たので特に問題はなかったが、北都の方には面倒な問題が起きてしまう。
「……うん、やっぱりだ。さっきの揺れで地形が変わっている。……面倒だねぇ、ただでさえ前に来た時と景色が変わっていて、ここまでもう一度マッピングし直したというのに」
 周囲の地形と、登録された情報とを照らし合わせて、北都が呟く。かつて一度訪れた時と大分異なっていた上に、ここに来てさらに地形が変化したことで、北都の手間がまた増えてしまったのだ。
「ま、よく分かんねぇけどさ、変わったのってこの辺だけだったりするんじゃね? 後ろは変わってないとかさ」
「そうだったらいいんだけどねぇ……」
 呟いた北都の、少々垂れた耳がぴくぴく、と動き、普通では聞き取るのが困難な音を捉える。それは誰かが助けを呼んでいる声だった。
「……誰かが助けを呼んでいるみたいだ。……向こうか」
 北都が示した先は、揺れの影響でくっついてしまった、エリア【D7】方面だった。
「ソーマ、行くよ。……耳を引っ張ったら怒るよ」
「そ、そんなことするかよっ」
 今まさにそうするつもりだったソーマが慌てて手を引っ込めるのを見遣って、北都は該当する場所へ急行する。
「お、落ちちゃうってば! は、早く上げてよね!」
「そ、そんなこと言ったって、僕じゃ無理……重……」
「ちょっと、今さりげなく重いとか言ったわね!? 私のどこが重いっていうのよ!!」
「別に玲奈さんが重いわけじゃなくて、僕には重いって意味で。玲奈さんに重そうなところなんてなさそうですし」
「むっかー! どうせ私は胸も頭も軽いわよ! 悪かったわね!!」
「……あ、もう無理」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ――」
 直後、ブレイク・クォーツ(ぶれいく・くぉーつ)の手から如月 玲奈(きさらぎ・れいな)の手が滑り落ち、揺れで開いたと思しき亀裂に玲奈が落ちていく――。
「……っと!!」
 ――すんでのところで、北都が玲奈の手を掴み、ソーマが北都の身体を支えるように身を寄せる。
(……お、今日二度目の抱擁、ラッキー。やっぱ北都の身体はあったかくて気持ちイイなあ……)
「……ソーマ、やましいこと考えるなら後にしてくれないかねぇ」
 どうやら筒抜けだったようで、北都に険しい顔をされる。慌てて引き起こしたソーマに追随する形で、北都と玲奈が安全な場所まで退避することに成功する。
「はぁ〜、流石に死ぬかと思ったわ。助けてくれてありがと」
「どういたしまして。そちらの方は精霊?」
「そうよ。最近契約したばっかりなんだけど、これがまた憎らしいことばっかり言うくせに肝心なところで使えないんだから」
「適材適所って言うじゃないですか。僕に力仕事をさせようとするのがそもそもの間違いですよ」
「あの場面で力仕事以外にキミが出来るようなことがあったっていうの?」
「まあまあ、ここで騒げばまた、先程の揺れが起きてしまうかもしれませんよ」
 北都の言葉に、玲奈とブレイクがハッとして口を閉じる。
「動けるようなら先へ行きましょう。また地図情報を書き換えないといけないようですし」
 そうして、四名に増えた一行は、他の仲間たちが待つエリア【E】への道を進んでいくのであった。


エリア【E】

 先頭はついに、エリア【E】まで到達した。疲労は確実に溜まっているものの、それによる行動の制限がかかるほどではない。
「拠点を作るならこの辺りでしょうか」
 広々とした周囲を見渡し、当面の危険のないのを確認したローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)が、突然の衝撃で倒れることのないように足場を固定した暖房器具を設置し、後続の生徒たちが少しでも疲労を回復させるため、また、この先の探索を円滑に行うための拠点を構築し始める。
「これはここに置いておけばいいのかしら?」
「ああ、助かる」
 熱を発し始めた暖房器具へ、サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)が鍋に氷を入れたものを置く。熱せられた鍋の中の氷が湯に変わり、それはハワードが持参した甘酒及び、この寒さの中で凍傷を負った生徒たちの治療に使われていく。
「僕とジィーンさんは、ここまでの道の整理だね。まだ探索をしていないところも出来るだけ見てきちゃうよ」
 ハワードとサフィがそれらの作業に従事している間、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)を荷物番に、これまで生徒たちが通ってこなかった道の調査、及びこれより後にやって来るはずの生徒たちがスムーズに奥まで辿り着けるための仕掛けを設置するため、今来た道を逆に辿っていく。
「行きは下りだったから、時間がかかりそうだね。ジィーンさん、ずっと重いの持ってて大丈夫?」
「このくらい大したことないな。いいからさっさと終わらせちまうぞ」
 ロープや杭といった道具を持ちながら、平然と氷の道を歩いていくジィーンに遅れないように、クライスが付いていく。エリア【D4】を当面の危険のないのを確認し、エリア【D】に進んで――実際は戻っていることになるが――きた二人は、次いでエリア【C7】を通るのに危険と判断して、入り口と出口に『通行禁止』の立て札を杭とプラカードで設置する。凍った地面を掘るのはジィーンの担当、細かい作業はクライスが担当する。
「これでよし……と。さ、次行こうか」
 作業を終えた二人はエリア【C3】からエリア【C】に進み、そこからは大分速いペースでエリア【B3】、エリア【A2】まで到達する。そこで二人は、【殿】として突入を開始した生徒たちがエリア【A】で準備をしているところに遭遇する。
「……はい、この道は整理が済んでいます。その次は……」
 クライスはその生徒たちと、この先の分かれ道の情報をすり合わせ、彼らが被害のないように努める。彼らが全員奥を目指して進行を開始したのを確認して、二人は残っていた未探索エリア、【A8】【B4】と抜けていく。ここまで来ると、ジィーンはともかくクライスは大分疲労の色が見えたが、彼の騎士としての務めを果たさんとする強い意思が、彼の身体を突き動かしていた。
 そして、二人はエリア【C1】【D1】と抜け、彼らの軌跡によってエリア【E】までの全ての経路が一度は探索されたことになった。
「はぁ〜……流石に疲れたかな……」
 ハワードのところに戻ってきたクライスが大きく息をつくと、サフィが用意した甘酒をクライスにも振る舞う。
「お疲れ様。後から来た人は、この先の調査に入ったみたいよ」
 サフィが示す先では、大きく2本に分かれた道へ入っていく複数の人影があった。
「いよいよこの先に、今回の事件の原因があるんですね……」
 甘酒がもたらす熱量で身体を暖めながら、クライスが真っ直ぐな眼差しを彼らへ向けた――。