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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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「……サティナさん?」
 振り返った栗の問いに、表面が枯れた緑の球体が応える。
『いかにも。お主らのおかげでこやつに完全に取り込まれずに済んだ。先程の雷は我でも痺れたぞ』
 どこか楽しむような調子の声が響いた後、サティナが声色を落として声を響かせる。
『我が今こうしておるのも、こやつを消滅させることが最も被る害が少ないと考えてのことだの。まあ、我は変わらずリングを守護する精霊としてセリシアと共におるだけだがの。……じゃが、お主が問うたことにも一理ある。それに、我もここに来て初めて知ったことだが、こやつも純然と力を振るいたくてそうしているわけではない部分があるようだの。こやつが『雷龍ヴァズデル』となった経緯までは我も知らぬが、そこにこやつでは抗えぬ運命というものがあるのだとしたら、こやつばかりを責めるわけにもいくまい』
 一旦言葉を切って、そしてサティナが再び声を響かせる。
『思いは色々ある、だが、全体として取るべき行動は一つに決めなければ、結果は生まれぬ。その結果が常に最善であるとは限らぬが、それを享受して自らの成長に生かすことが出来ると信じて、我はお主たちに問おう。こやつを助けることを望むか? それともここで消滅させることを望むか?』
 サティナの問いに、まず答えるべき人物、栗の回答は。

「私は、この子を助けることを、望みます」

 一人の答えは決まった。次は、サティナに最も近しい者、セリシアの言葉。

「……私は、姉様の身を案じています。ですが、皆さんが別の可能性を望んでいることも理解していますし、納得しています。……今の私の言葉は反論を生むかもしれません。けれども、誤解を恐れずに言うならば、心からヴァズデルの消滅を望んでいる方は、ここにはいらっしゃらないのではありませんか? 程度は違えど、誰もが、私も、姉様も、ヴァズデルを助けたいという思いがあることを信じて、私は、ヴァズデルを解放します。……もちろん、姉様も助け出してみせます」

 二人目の答えも決まった。残るはここに集まった生徒たちの言葉。

「私は、一度サティナさんに助けられました。サティナさんには借りがあります。サティナさんを助けるためなら、雷龍を倒しだってしますし、解放だってしてみせます!」
「この戦いはお前達だけのものじゃない。俺達みんなの闘いだ! サティナが俺達を信じてその身を危険に晒してるってのに、俺達が命懸けなくてどうする? 何だってやるぜ」
「サティナさんもセリシアさんも、僕たちを信頼してくれてるのですよね? だったらその信頼に応えてみせるのです。皆の思いが集まれば、サティナさんも雷龍さんも助けることだって出来るはずなのです!」

 遠野 歌菜(とおの・かな)レン・オズワルド(れん・おずわるど)、そして土方 伊織(ひじかた・いおり)の声が響く。それ以上声が聞こえてこないのを確認して、セリシアがサティナに告げる。
「姉様、お願いします」
『うむ。……今からこやつの『力』をこやつから解放する。お主たちは下がっておれ。……生じた『力』を打ち消すことが出来れば、こやつは小さきものとして、再び害をもたらすことはなくなるはずじゃ。……お主たちの力、こやつに見せてやるがよい!』
 栗とそのパートナーを遠ざけさせたサティナの言葉が途切れ、緑の球体から光が生じ、それは四つの柱へと伝播し、上がった光は柱の頂点で一つに合わさり、直後、巨大な落雷が生じる。同時に発生する暴風とに生徒たちが必死に抵抗する中、発現した『力』は遺跡をも徐々に崩壊に導きながら、この場にいる全ての生命を無に帰すべく力を振るう――。

「歌菜、お前は前だけを見ろ。後ろは気にしないでいい」
「思いっきり行って来い、カナ! あいつをぶっ飛ばすまで、付き合ってやる!」
「羽純くん、スパーク! 背中は任せたよ!」
 歌菜が手にした『丸い黄緑色の球体』の力を発揮させ、月崎 羽純(つきざき・はすみ)スパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)共々身体が淡い光に包まれる。その光に頼もしさを感じながら、歌菜が柱へ向けて飛び出す。
「やらせるかよっ!」
「わが光に跪け!」
 出迎えた無数の電撃という形を取った『力』を、スパークの鉄拳が撃ち抜き、羽純の掌から呼び出された光り輝く槍が貫いていく。歌菜自身も戟を振るい、向かってくる『力』を力で吹き飛ばしていく。
「類稀な才能は持ち合わせちゃいないが……!」
 レンが、向かってくる電撃という『力』を、左手に嵌めたリングの力で逸らしながら、右手で発現させた先端の尖った氷塊で迎撃し、確実に距離を詰めていく。
「セリシアさん、僕の持っている魔力を使ってくださいです」
 伊織の言葉に、彼も向かうものだと思っていたセリシアは驚いた表情を浮かべる。
「僕一人の力でも、セリシアさん一人の力でも、ダメだと思うんです。だから二人で、なんです。それでも足りないなら皆で、です。僕は信じてるです。セリシアさんの想いが、サティナさんの想いが、奇跡に成るんだ、って。僕はそのお手伝いをしたいです」
 伊織の言葉を受けたセリシアが、表情を和らげ、伊織を抱きしめる。
「はわわ、せ、セリシアさん!?」
「……ええ、そうね。届けましょう……伊織さんの想いも、私の想いも、姉様に」
 伊織から離れたセリシアが、その手を取り、空いた片方の手をかざす。そこから生じた電撃が、腕から身体へ、伊織の手から全身へと伝播していく。
 セリシアが初めて使う、電撃の力が高まっていく。
「……私、この力を使うのが怖かった。また誰かを傷つけてしまうのかと思うと……。でも今は、この力を、姉様と同じ力を使うことを誇りに思うわ。きっと姉様も、喜んでくださると思う。……姉様、ご迷惑をおかけしました。これからはどうぞ、姉様のお好きになさってください……」
 二人が放つ電撃の力がどんどんと高まっていく。そこへ電撃の形を取った『力』が降り注ぐ。
「お嬢様に従う者として為すべきこと……お嬢様とセリシア様が為さろうとしている事の邪魔をさせない……今こそこの身を盾として、お二人をお守りいたします!」
 伊織とセリシアの前に立ったサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が、両手に持った槍でそれら『力』を弾いていく。
 強き意思は強き力となる。その言葉のまま、どれほどの『力』に向かわれようとも、ベディヴィエールの足は一歩も引かない。その身は倒れない。槍を振るう手は止まらない。


「凍て付き……砕け散りなさいッ!」


 戟に冷気を宿らせた歌菜が、渾身の力を込めて柱の上の『力』へ振り下ろす。


「この手を取れ! そして戻って来い!」


 義手となった左腕をレンが躊躇いなく切り離し、柱の上の『力』へそれを投げつける。


「響け雷鳴、貫け雷光、届けこの想い!
 サンダーテンペスト!!」



 詠唱を完了した伊織、そしてセリシアが、共にかざした掌から電撃の大嵐を放つ。
 
 三つの力が、想いが、柱の上で暴れる『力』へ向けられる――。



『……繰り返さない……もう、あの悲しみは……』



 聞こえた声は、空耳だったのか――。
 生徒たちのその疑問は、晴れた光の先に見える光景に解けていく。
 微かに光る四つの柱の真ん中で瞳を閉じた女性が、一組の男女に抱きかかえられていた。女性がサティナで、男女がイナテミスにいたはずのキィとホルンであることに気付くのには、少々の時間を要した。

『悪しき意思が龍となりて自然を脅かす。
 それに立ち向かったのは、五名の精霊たち。
 封印の神子と呼ばれた精霊たちは力を合わせ、龍を五色のリングに封印する』


 どこか夢心地の様子で、ホルンはキィと手を取り、キィは右手首に現れた緑の光の輪を煌かせ、掌をサティナにかざすようにしながら、口を開く。
 それはどこかの御伽話だろうか、それとも精霊に受け継がれる過去の記憶だろうか。

『五名の精霊は力尽き、永久の眠りについた。
 嘆き悲しむ精霊、そして彼らは誓う。
 もう二度と、この悲しみは繰り返さないと』

『リングは五名の精霊に渡り、そして長い月日が流れた。
 龍は再び現れ、世界を混沌に導く。
 龍を封じる封印の神子は、それに呼応してふたたび現れる』

『龍は封印の神子によってその力を封じられた。
 そして……私は、神子となってその身を捧げた者に、
 再び生命の息吹を吹き込み、永久の眠りにつく』
 
『それは、精霊たちの願い。
 それは、私の為すべきこと。
 それこそが、世界に平和をもたらす輪廻』


 そこまで呟いたところで、キィとホルンの瞳に光が宿り、二人が視線を絡めさせる。
「ごめんなさい……私はあなたを巻き込んでしまった。一度は契りを交わしたけれど、私はこうなることをきっと知ってしまっていた……だからあなたを忘れ、自分の使命を忘れた。あなたをこの悲しみに、巻き込みたくなかったから……」
 謝罪の言葉を漏らし、涙で頬を濡らすキィに、ホルンは笑みを浮かべてその手を頬へ添わせる。
「俺は、疑問が解けてよかったと思ってる。俺がどうしてここにいるのか、今やっと分かった。こうして君と、この世界、皆が平和に暮らせる世界を作るための力をもたらす、それが俺の為すべきことだったんだな」
「…………!」
 感極まったキィが、その顔をホルンの胸に埋める。
 やがて光が広がり、皆は、そして遺跡はその光に包まれていった――。



『今ここに、希望への道が、もしくは絶望への道が開かれる……』