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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

リアクション

 
 生徒たちの敵は、ヴァズデルだけではない。
 遺跡探索の時に探索しきれなかった箇所から、ヴァズデルの復活に呼応するかのように魔物、蛇を大きくしたような蔦の魔物が出現し、中心部へ向かっていた。その数は数十にも及び、一体一体の脅威は大したことがなくとも、それだけの数に襲いかかられればただでは済まないだろう。
 エリア(6一)から出現した魔物は、順調に進軍を続け、エリア(4二)まであと少しというところまで到達した。そこまで来れば、エリア(4三)でヴァズデルと戦う生徒たちを背後から強襲する形になる。『餌』の匂いを嗅ぎ取り、魔物の進軍が早まるように感じられた――。
「下っ端ごときが……このシグルズを抜けると思うな!」
 声が響き、そして幾体もの魔物が何者かの攻撃を受けて吹き飛ばされる。進路の先に現れたのは、剣を振るい強化装甲に身を包んだシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)。その威風堂々とした振る舞いは、かつて神話にも謳われたさる人物そのものにも映った。
「何とか間に合ったようだな。もう少し遅れていれば、生徒達を危険な目に晒すところであった」
 シグルズの背後に控えるアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、左手奥に映る戦いに赴く生徒たちを一瞥して呟く。ここで魔物を殲滅、もしくは食い止められれば、生徒は背後を気にせず戦える。アルツールは今、講師として最高の役割を果たそうとしていた。
「ここから先へは、一歩も通さん……!」
 自らの使役する鎧武者の姿をした人形、そして紙のドラゴンをシグルズに向かわせ、アルツールは魔法の詠唱に入る。戦う場所が横幅が狭いことを考慮して、氷術を選択する。彼の中で構築された数式と複数言語を用いた術式によって発現した氷の礫が魔物を地面に縫い付け、身体を貫かれた魔物は塵となって消える。
「竜に比べればこの程度、恐るるに足りぬな!」
 シグルズが剣を振るうたび、地響きと共に爆風が巻き起こり、蛇のような魔物が吹き飛ばされ、四肢を焼き尽くされて消滅していく。おそらくヴァズデルにも相対することが可能であろう彼が相手では、魔物では掠り傷一つつけるのが関の山であろう。シグルズを援護するように動く鎧武者人形と紙ドラゴンも、シグルズの一撃を受けてバラバラになった魔物を各個撃破していた。
 戦闘の結果、魔物たちはエリア(5二)の入り口付近まで押し戻される形になる。歩を進めたアルツールは、空間が広くなったのを確認してファイアストームの詠唱に切り替える。巻き起こる爆風が進軍する魔物を炎に包み、数匹を灰燼に帰す。
「うおおおぉぉぉ!!」
 荒々しい雄叫びと共に、炎で乱れた魔物の群れへシグルズが飛び込み、鬼神のごとき一撃を次々見舞っていく。魔物は為す術も無く胴体を切断され、瞬く間にその数を減らしていく。
 そして、シグルズが最後の一匹を切り伏せると、奥からぱたり、と魔物の供給が途絶えた。

 その奥、エリア(6一)では何が起きていたのかというと。
「ねえ、ファリア……ここ、どこ?」
「おかしいですわ……ちゃんと手を添えていたのに、迷いましたわ……」
 エリア(7一)で中心部への道を開いたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)ファリア・ウインドリィ(ふぁりあ・ういんどりぃ)のペア。ファリアがしてきたように左手を壁に添えたまま進み続けていれば、いくつかのエリアを経由した後エリア(5四)でヴァズデルと相対する……はずだったのだが、エリア(6二)とエリア(6三)とを遮る壁の一部が戦闘の影響で崩れていたのに気付かないまま進んでしまった結果、エリア(6二)を経由してエリア(6一)に来てしまっていたのだ。
「こういう時は嫌な予感がするのよね……何かに巻き込まれそうな――きゃっ!?」
 何かが当たった感触にアリアが振り返ると、うねうねと動く蛇のようなモノが身体に張り付いているのが見えた。
「な、何よこれ――きゃあああああ!!」
 次の瞬間、数十にも及ぶそれらがアリアに襲いかかり、乗っていた箒から引きずり下ろす。
「アリアさん!?」
 異変に気付いたファリアの手に電撃が宿る。が、蛇のような蔦の魔物はアリアの全身に隙間なく絡みついているため、攻撃すればアリアも電撃を食らうことになる。
「うあっ……や、やめっ……そんな、ところまで……来ないで……っ!!」
 全身を這い回られるおぞましい感覚にアリアが身悶える。絡まる蔦を自力では剥がすことが出来ず、なすがままに蹂躙されるアリア。
(ど、どうしましょう〜。今撃ってはアリアさんを傷つけてしまいますわ〜。ですがこのままではアリアさんを助けられませんわ〜)
 ファリアが躊躇していると、アリアに絡み合った蔦が互いに絡み合い、ある一点へと向かっていく。そこには大きく口のようなモノを開けた魔物がおり、そこへ蔦が連結されると、アリアの身体が少しずつその魔物へと引き摺られていく。吐き出した『子』を使ってアリアを捕食するつもりのようだ。
「ファリア……撃って……私ごと……雷を……!」
「アリアさん、ですが……」
「私なら……大丈夫……私を……信じて……!」
 アリアの意思を感じさせる瞳を見つめて、ファリアが意を決したように頷く。
「分かりましたわ。アリアさんを信じますわ!」
 ファリアの上げた腕に電撃が迸り、それはかざした掌から一直線に蔦の魔物へ、アリアへと放たれる。雷がアリアを穿つ直前、アリアは自らに魔法ダメージを軽減する抵抗を施す。
「あああああっ!!」
 それでも身体を貫く電撃の威力は相当で、思わず悲鳴が漏れる。だがもちろん蔦の魔物へも効果は十分で、アリアは拘束からようやく逃れることができた。
「あなたを潰せば……!」
 痺れの残る身体を無理矢理動かして、アリアは輝く剣から音速の衝撃波を撃ち出す。一撃、二撃とそれは遺跡の壁を撃つに留まるが、三撃目が見事親玉を切り裂き、毒々しい色の液体をまき散らしてその場に崩れ落ちると、他の蔦も養分を吸われたようにしわくちゃになり、やがて塵と化して消えていった。
「終わった……のね……あっ――」
 ぐらり、と自分の身体が倒れるのを感じ取ったアリアは、次の瞬間柔らかい感触に自分が包み込まれているのを確認する。
「もう、無茶はいけませんわ〜」
 傍に寄ったファリアが、アリアの身体を抱きとめそっと横たえる。
「うん……ごめんね、ファリア……」
 体力が回復するまでの間、アリアは頭に感じる柔らかな温もりにまどろんでいた。

 味方の攻撃で吹き飛んだ蔦が、五月葉 終夏(さつきば・おりが)の足元で塵となって消える。一旦は短くなった漆黒の蔦が、次の瞬間には再び元の長さになって、生徒たちを襲う。
(これは……これでは蔦を利用することは叶わないね。蔦を使って雷龍の首を封じる、いい作戦だと思ったんだけどなあ)
 終夏の頭の中にあった作戦は、生徒たちの攻撃によって切り飛んだ蔦を集めて長いロープを作り、縦横無尽に暴れ回る四つの首をがんじがらめにしてしまおうというものであったが、蔦がこうして切った先から消えてしまってはそれも叶わない。周りの壁や地面に生えている蔦を使えば同じことが可能になるだろうが、その場合自ら切るという動作、もしくはヴァズデルの攻撃を必要とすることになる。当初検討した案よりは手間も危険も増大することになる。彼女の傍にはタタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)がおり、彼らに危機が迫った時に絶対に守れるかどうかを考えると、次善策は取りにくくなる。
「おねーさん、ぼくらになにができるのかな?」
「サティナのおねーさんが、がんばってるんだもん。ぼくらだって、がんばるよー」
 かといって、こうして何かをしてあげたいと思っているタタとチチの思いを無下にもできない。終夏はしばし逡巡した後、それまで味方に行使していた杖の力を、自分とタタ、チチに振り分ける。
「……じゃあ、サティナさんを私達の雷で応援してあげようか。あそこまで届けば、きっとサティナさんにも私達の応援が届くはずだよ」
 言って終夏が、四本の柱の中心、蔦が球体状に絡み合った部分を指差す。
「うんっ! ぼく、まけちゃだめだよーって、おうえんするよ! チチ、いっくよー!」
「うん! まかせて、タタ!」
 終夏から振り分けられた魔力を糧に、タタとチチが同時に雷を呼び出す。
(こんな、神話のような出来事が目の前で起きている……不謹慎かもしれないけど、わくわくするね)
 強大な敵を前にして、事態は限りなく危機的であるにも関わらず、終夏の表情には笑みが浮かんでいた。
 楽しい事を考えよう。いつも笑っていられるように。
 終夏の信条とも言うべきその言葉が、今は大きな力となって終夏を、タタとチチを突き動かしていた。
「二人とも、準備はいいかい? それ、飛んでいけー!」
 終夏が手をかざし、ヴァズデルの中心部へ向けて雷を放つ。タタとチチがそれに遅れないように雷を放ち、三つの光の筋はまるで重なり合うように走り抜け、阻もうとする漆黒の蔦を振り払って中心の蔦の球体を撃つ。雷電に強力な抵抗を持つはずのヴァズデルの巨体が揺れ、一瞬全ての蔦の動きが鈍ったのが見え、確実に効いていることが生徒たちに戦い続ける勇気をもたらした。
 しかし、ヴァズデルも黙したままではいなかった。直ぐに残る三つの首の一つを終夏へ振り向け、その身に電撃を走らせる。
「お、おねーさん!」
「おねーさんっ」
 真っ先にチチが終夏にしがみつき、気丈に耐えるタタも、全身が震えている。笑みだけは絶やさずにいた終夏は、一人の少女が軽やかな動作で天井まで駆け上がり、発射体制に入った首の真上から重力を乗せた一撃を見舞うのを目の当たりにする。真上から頭突かれる形になった首の発射した電撃は地面にぶつかり、余波が終夏を襲うが、それは流石に見て避けられるものであったため、事なきを得たのであった。