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【ろくりんピック】欲望と陰謀の聖火リレー?!

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【ろくりんピック】欲望と陰謀の聖火リレー?!

リアクション



聖火リレー キマク

 警備スタッフを務める高月 芳樹(たかつき・よしき)は気を引き締める。
「ザンスカールで何事も無かったのは良かったが、ここから先はキマクの領域。
 おそらく一番の難所だぞ。キマクはパラ実の勢力下。くだらない噂の惑わされて、きっと聖火リレーの邪魔をする連中が多いはずだ」
「勝手な事ぬかしてんじゃねーぞ!」
 スタッフを鼓舞しようとする芳樹に、国頭 武尊(くにがみ・たける)が声をあげた。
 パラ実S級四天王にして、最近では、パンツ番長の二つ名で呼ばれる事も多い男だ。
「どこの学校も、自分トコで扱いきれねぇ問題生徒をパラ実生徒扱いにしやがって!
 それでパラ実が悪だ? 問題を解決もせずにトカゲの尻尾切りで済ませて、自分達は正義ヅラしてる奴らの方がよっぽど腹黒いぜ!」
 そう言いながら勝負をふっかけてくるか、と芳樹は身構える。
 しかし武尊は、周囲に集まってきたパラ実生に言った。
「どこの学校の野朗だろうが、オレの管轄下で舐めたマネはさせないぜ。
 聖火は守りきってみせる」
 これには見物に集まっていたパラ実生達も驚いた。
「な、なにぃ?! あのパンツ番長が……ッ!
 女生徒へのぶっかけに興味を示さないだとッ?!」
 周囲の驚愕をよそに、武尊はさっそく交通整理を始める。
「リレーコースの設置だ。この線を消すんじゃねぇぞ」
 真面目に警備スタッフの仕事をする武尊に、不良があわてた声で聞く。
「ど、どうしたんです国頭サン?! パンツ番長がパンツをゲットできそうな今、パンツの為に動かないなんてッ?!」
「パンツ? ……フッ、そんな物は見た事も、聞いた事もないな!」
 勢いあまって武尊はそう断言した。
 その姿は、真面目で精悍な青年そのもので、とてもパンツを顔面にかぶるような人物とは思えない。
 舎弟や不良は顔を寄せ合って、ヒソヒソと話し合いはじめた。
「実は、パンティ番長ってオチじゃないだろうな」
「いや、フンドシ番長になるんじゃねえか?」
 人々の動揺をよそに、武尊は心で血の涙をどうどうと流していた。
(オレだって……オレだって、ヴァイシャリー辺りで百合園の女学生相手にぶっかけフェスティバルを開催したかった!!)
 武尊はそこでニヒルに自嘲的な笑みを浮かべる。
(だが……聖火リレーの学生スタッフの中にはPーKOの小倉 珠代(おぐら・たまよ)さんがいる。
 P−KOのメンバーの前では、猫をかぶるしかないだろうが!!
 しかし、ここで真面目に頑張って見せれば、珠代さん経由で渡部 真奈美(わたなべ・まなみ)さんにオレの活躍が伝わるハズ。
 頑張ったご褒美で、サイン入りパンツとかプレゼントされたらどうしよー。
 フヒヒ 夢が広がるぜ)
 武尊は相好を崩してデヘデヘ笑い始め、またいきなり超真面目な顔になった。
「……とにかく! 女子生徒の下着に興味を持つような不逞の輩は、ろくりんピック聖火リレーから排除する!」
 武尊はS級四天王として舎弟を動員し、警備にあたらせる。
 舎弟はろくりっピックにちなんで、六つのチームに編成され、各チームごとに青、黄、黒、緑、赤、桃のツナギを着る。

 それまで聖火リレーを妨害しようと考えていた者達は、大きな不安を感じた。
「どうする? 俺はS級相手に逆らうなんてゴメンだね」
「馬鹿野朗。そこで襲うのがパラ実魂ってもん……じゃ……」
 コソコソと話していた男達は、背後に異界の霊気のごとく背筋を凍りつかせる気配を感じた。
「あら、何のご相談かしら?」
 恐ろしい気配をまとった藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が彼らに、優雅な微笑を向けた。気弱な不良が、ショックで気絶する。
「これから珠代さんがカメラテストを行ないますの。そこをどいてくださいます?」
 不良達は、彼女がナラカの蜘蛛糸を飛ばすまでもなく逃げ散った。さくらんぼやだんごにされるのは御免なのだろう。
 そこに大きなカメラを抱えた小倉 珠代(おぐら・たまよ)が来る。彼女は各会場を巡り、念願だったろくりんピックの記録映画を撮っていた。
「ユリちゃん、みんなはもう集まったのかしら?」
 それには宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)がニマリと笑う。
「皆さんお集まりで、準備万端でさぁ」



「夏休み中だってのに、よーく集まったな、このヒマ人どもー!」
 ステージの上で、渡部 真奈美(わたなべ・まなみ)が笑い混じりに呼びかける。

 オオオオオオオォォォォォォ!

 集まった観衆が雄たけびをあげる。
 ステージの上には、高木 陽子(ヨーコ)と小倉珠代もいる。
 彼女達が、パラ実を中心に絶大な人気を誇るガールズバンド『PーKO』だ。
「聖火ランナーが鼻血を吹いて走り回るほど元気になれる一曲をお見舞いするぜ!」
 演奏される曲は……

『アイツにRAKE』

 のっけから会場のボルテージは最高潮へと翔け上がる。



 これより、かなり前の日。
「P−KOのライブをろくりんピックで開きたい?」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は撮影活動を手伝う合間に、珠代を説得していた。
「ほら、P−KOの音楽はシャンバラ大荒野の素敵な文化と言って良く、つまるところ、『シャンバラ』なるモノの興味深い一ピースと存じます。
 今回の祭典の彩りとするには、格好のものですよ? コレを放っておくのは、画竜点睛を欠かしめるものと存じます。……と申しますか、P−KOが歌う方が、催しがより面白くなりますよ、絶対。一部のパラ実生が奮起して暴走しかねない等の意味でも」
 珠代は、カメラのレンズを磨き上げるのに夢中だったが
「やりたいって言ったら、できるものなの?」
「それなら今、宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が交渉に行っています」


 宙波 蕪之進はシャンバラろくりんピック委員会で、P−KOがライブを開催できるように根回しをしていた。
(俺ぁP−KOはあまりピンと来ねぇんだけど、大量虐殺の片棒担ぎの指示とかじゃねぇのは助かる!)
 蕪之進はやる気を漲らせて、交渉にあたった。
「お客を呼べるし、大荒野の連中の機嫌取りにもなりますぜ。『パラ実』出身の『空大』生のバンドとか、東西シャンバラの協調の目に見える形として、面白くねぇですか」
 すると、シャンバラろくりんピック委員会側の反応にも、手ごたえがあった。
「ふむ、テーマ性もあるし、視聴率も見込めるかもしれないな」
 そこで試験的、また聖火リレーのキマク地域の目玉として、聖火リレーの応援サプライズとしてP−KOが一曲歌う事が決まったのだ。


 現在。
 P−KOの演奏をバックに、キマクの聖火ランナーが走り始める。
 国頭 武尊(くにがみ・たける)が軍用バイクでランナーに併走し、その警護を始めた。
 六色のツナギを来た六チームの舎弟も、沿道のそれぞれの持ち場に散って、リレーを妨害する者がいないか目を光らせている。
 軍用バイクのサイドカーに乗ったシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が、バイクの運転や舎弟達への指示で忙しい武尊に代わって、目前のランナーとその周囲に注意を払っている。
 このリレーはテレビ中継も行なわれている。
 シーリルは何か起きた際には、パラミタバゲットやヒプノシスなどのスキルで、なるべく穏便な方法で対処する構えだ。
 さらにランナーの上空では、小型飛空艇オイレに乗り込んだ猫井 又吉(ねこい・またきち)が不審な機影の接近や、遠方に潜んでいる不審者の発見に努める。
 又吉は、休憩時間に書いてもらった小倉珠代のサインを、小型飛空艇に持ち込み、貼り付けていた。
 見ているだけでご機嫌になれるのだが、なんだか世界中の人間がそのサインを狙っているような気にもなってくる。

 聖火リレーは今の所、無事に進んでいた。
 ほとんどが無法地帯のシャンバラ大荒野でなら、略奪襲撃その他の機会は他にいくらもある。
 ここで国頭 武尊(くにがみ・たける)藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)に敵対してまで、警備が厚い聖火リレーを襲おうという者は現れなかった。
 また、パラ実生にPーKOの信者は多い。
 ヤバい奴らがそのライブで発散したり、会場に詰めかけた為、周辺の治安が良くなったのだ。
 こうしてシャンバラ大荒野はPーKOのおかげで平和になったのである。めでたしめでたし。
「派手なテロや殺人の十や二十は起こった方が、面白い放送になりそうですのに」
 優梨子が残念そうに言った。
「ろくりんピックで起きた事件ならば、記録が必要ね」
 撮影に戻ってきた珠代もうなずき、カメラを構える。
 前言撤回。


 遊牧民のテントの間を、千鳥足の獣人羽皇 冴王(うおう・さおう)が歩いてくる。その手には酒瓶。典型的な酔っ払いだ。
「あぁん? 誰の許しこいて走り回ってんだ、ごらぁ!」
 冴王は沿道の観衆にクダを巻き始める。
「どいたどいたぁ! ぶっ殺すぞ、おめーら!」
 聖火ランナーを守るスタッフも、彼の存在に気付く。
「やはりキマク。ああいう奴がいるんだ」
 ランナーの前方を守る高月 芳樹(たかつき・よしき)が、やれやれと言わんばかりにつぶやく。
 なお冴王は葦原明倫館所属だが、芳樹はまだ気付いていない。
「油断は禁物ですじゃ」
 ランナーの後方を守っていた伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が、芳樹に進めと合図して、自身は酔っ払いの対処に向かう。
 『金烏玉兎集』のディテクトエビルに、冴王は強く反応していた。ただの酔っ払いにしては、敵意が強すぎる気がする。
 『金烏玉兎集』は隊列を離れて、警戒しつつ冴王に近づく。
「しっかりしなされ。こんな真昼間から、そんなに酔うて」
 言葉の上では相手に合わせ、『金烏玉兎集』はフラついている冴王をなだめるような仕草を見せる。魔導書は背後に風を感じた。
 ヴァルキリーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が、持ち場を芳樹に任せて『金烏玉兎集』の応援に来たのだ。
 『金烏玉兎集』がチラリと見ると、アメリアは無言で首を振る。しかし表情は固い。
 アメリアは冴王から殺気は感じないものの、やはり怪しんでいるのだ。
 冴王は怒鳴り声をあげながら、フラフラと大通りを離れていく。
「ごちゃごちゃいってねーで、かかってこいよ。あ゛ぁ゛?」
 アメリアが「どうする?」と『金烏玉兎集』に聞く。
「殺気はなくとも悪意がありますじゃ。確認は必要ですじゃ」
 二人は、怪しい冴王を追跡する事にした。


「武尊、どうする?」
 上空の又吉から知らされた情報に、武尊は即答した。
「ほっとけ! 陽動に乗ってやるとは、ヒマな連中だぜ。
 俺達はあくまで聖火リレーの守護を行なう。以上だ」
「了解」
 又吉は通信を終えると、また珠代のサインに目をやり、にやけた。


「……気配が消えたわね」
 アメリアが静かに言う。
 砂と同じ色をした建物がゴチャゴチャと立ち並ぶ一角で、急に「酔っ払い」は姿が消えた。冴王はブラックコートを着て、気配をけしたのだ。
「ぬ?」
 『金烏玉兎集』が足元を見る。足元にはく草履の鼻緒が切れたのだ。アメリアの視線も一瞬、そちらに向かう。
 そこに光術が突然、打ち込まれた。アメリア達を尾行してきた三道 六黒(みどう・むくろ)だ。彼は冴王に、リレーの警備スタッフを誘い出させ、それを尾行したのだ。
 六黒は続けざまに、ドラゴンアーツと喪悲漢で攻撃力特化した面打ちを放つ。だが。
 その攻撃は空を切った。
 六黒の背後より声が振った。
「どこの世界にも、悪ふざけが好きな人が多いのね。でも流石に、このような式典では悪ふざけは困るわね」
「なに?!」
 六黒は体を反転させる。アメリアと、鼻緒が切れた草履を恨めしそうに持つ『金烏玉兎集』が背後に控えていた。
 六黒はおかしそうに口の端で笑った。
「ヴァルキリーと魔導書か。どちらも足で大地を踏みしめて歩くとは限らない生き物……靴紐を外す相手としては、少々相手が悪かったようだな」
 彼の言葉は、超能力で足元を狙った九段 沙酉(くだん・さとり)に向けられたものだ。
 沙酉は六黒を尾行する者を、さらに尾行するように彼から命じられていたが、そうした者はいなかった。
 六黒はアメリア達をねめつける。
「クク……二人だけでわしの相手をしようとはな。他の奴らは、わしの存在にも気付かぬ愚物か、それとも見捨てられたかな? ッ!」
 六黒はいきなり攻撃に出た。しかしアメリアと『金烏玉兎集』はそれを軽くかわし、アメリアの刀が六黒を襲う。
 このままでは、やられる。六黒は、大きく後退して、なんとかかわす。
 アメリアは彼に告げた。
「芳樹も私も、尾行や誘い出しぐらい、とっくに気付いていたわよ。
 彼が私達に任せたのは、私達を信頼しているからよ」
 アメリアと『金烏玉兎集』の魔力が高まる。
 沙酉が六黒につぶやく。
「このひとたち、すごくつよい。きをつけて」
 シャンバラで冒険を重ねてきたアメリア達は、相応の実力者だ。
 六黒は楽しそうに笑った。
「面白い……。このような所で、強者と戦いまみえる事ができるとは思わなかったぞ。
 さあ、闘争を愉しもうではないか!」
 戦いが始まった。


 聖火リレーの隊列では、トーチを掲げて走るモヒカンの少年が不安そうにキョトキョトする。
「なんか今、爆音みたいなの聞こえなかったか?」
 するとマリル・システルース(まりる・しすてるーす)が彼に穏やかな笑みを向ける。
「大丈夫です。私たちがしっかりお守りしますから。エリュシオンにいるアムリアナ女王陛下のためにも私たちは頑張りませんと。
 さ、お水を飲んでもうひと頑張りしましょう?」
 マリルの差し出した水筒を、少年はラッパ飲みする。
 飲み終わると落ち着いたのか、先ほどより落ち着いた調子で走り始めた。
 高月 芳樹(たかつき・よしき)は彼らを扇動するように、箒で前方を進む。
(分断して、こちらへの攻撃も考えられましたが……ないようですね)




 その日の行程が終わると、聖火リレーのスタッフは聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)が設けた温泉宿「わくわくっ☆温泉ランド」に、宿を取った。
 看板の下に、小さく「ポロリもあるよ」などと書いてあるが、源泉かけ流しの露天風呂で、雄大なアトラスの傷跡を湯船から楽しむ事もできる。
 聖は、得体の知らないシャンバラ大荒野名物料理を並べて、宿泊の一行をもてなす。
「皆様、ごゆるりとご休息ください」
 さらに、お土産売り場には、勿論ご当地キャンティちゃんグッズがずらりと並ぶ。
 ろくりんピック限定商品である、表が東シャンバラ国チームマーク、裏が西シャンバラ国チームマークのキャンティちゃん団扇なども取り揃えられていた。
 どうやらキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は、ろくりんくんに張り合う気満々のようだ。
「いずれここがっ、この温泉がっ、キャンティの神殿、キャンティの殿堂、サン○オ○ューロ○ンドも超えるパラミタ・キャンティちゃんランドになるんですわ〜! お〜っほっほっほ、お〜っほっほっほ〜ですぅ」
 キャンティはデッキブラシを手に、高笑いをあげる。衣装は、半被に晒、半股引。
 そう。彼女は風呂場の掃除の真っ最中だった。案外と真面目に、せっせと清掃に励んでいる。
「まったく、お嬢様のキャンティがする仕事じゃございませんけれど、仕方ありませんわねぇ」
 自分の神殿だと思えば、綺麗に磨き上げたくなるのも当然だろう。

 聖がこの温泉宿を入手したのには、ちょっとした経緯があった。
「ドラゴンキラー作戦が鏖殺博士……イェルネ教授から提案された頃に、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)様が滞在されていたという温泉……。今はもぬけの殻状態なのでございましょうか?」
 聖はその疑問を解決する為に、アトラスの傷跡周辺を捜索したのだ。
 温泉は、シャンバラ女王を崇める神殿に隣接していた。
 女王の神殿を放棄するのも問題だと、鏖殺寺院回顧派の神官が一人、そこに残っていた。
 聖は神官に、この施設を温泉施設として譲ってもらえないか交渉した。
 彼の交渉カードは、とある経路で入手してきた半紙一枚。紙の面積の大半を、墨がくっきりと埋めている。砕音の婚約者のチン拓である。
 チン拓を手に、聖から由来を聞いた神官は真剣な表情で言う。
「砕音様は病の身……これを枕の下に敷いていただけば、少しはお元気になるやもしれん」
 神官から話を聞いて、聖は「……大変そうでございますね」とクスり。
 交渉の末(?)、神官は聖を温泉と神殿の管理人に任命したのだった。
 その後、聖は聖火リレーのコースから、点々と案内板を設置するなど宿の周知に励んできたのだ。

 宿の一角。
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は、聖火リレースタッフのメアリに声をかけた。
「メアリ様、少々お手伝いいただきたい事がございます。一緒にいらしていただけますか?」
「何ですかぁ?」
「ここでは、はばかれる事ですので……」
 ハンスはそう言って、彼女を人気のない部屋へと案内する。
 室内では、やはりスタッフのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が待っていた。
「あのぉ、仕事のお手伝いって聞いたんですけどぉ」
 不安そうなメアリの容姿と態度に、クレアは(本当に、この娘だろうか)と考える。その上で言った。
「端的に言おう。個人で出来る事は限られている。スタッフと連携した方が良い結果が得られるだろう」
「……どういう事か分からないですぅ」
 クレアは紙の束を出した。
「これは捕縛した襲撃者の供述調書だ。彼らは多くが、何者かの洗脳を受けていた、という詳細がまとめられている。
 ……この取調べをしたのは、あなたであろう? よくできた調書だ。一介の学生が作成した物とは思えん内容だな」

 調書によれば、ランナーに水をかけて妨害しようとした者の多くは、なぜ自分が「ランナーの服は水で溶ける」などという奇妙な噂を信じ込み、さらには水をかける行為に出たのか自分でも分からない、としている。
 また、彼らはごくごく普通の農民や労働者がほとんどで、これまで人様に迷惑をかけるような行為はしていない。
 女性に対しても、普通の健康な成人男性として興味がある、というレベルだ。
 つまり、本来は犯罪的でない普通の市民である。
 彼らが犯行を犯すまでの足跡や記憶をたどると、それまで何の変わりもなく生活していたのに、ある日ある時から突然、仕事も家族も放り出して犯行にまい進している。
 調書では、市民が何者かの精神操作で、普段は心の奥にしまっている犯罪的な部分をかきたてられ、暗示を受けた、と考えるのが妥当、としていた。

 メアリは長く息を吐き出した。
「……内気なんて設定にするんじゃなかったわ。
 他に誰も、捕まえた奴らの取調べをしないんだもの」
 やはりクレアが考えた通り、メアリは動画の少女だった。
 さすがに、そこまで別人に化けていたのは想定外だが、スタッフに潜入して聖火を守ろうとするのではないか、というのは予想通りだ。
 メアリは言う。
「協力には他言無用が条件よ。あまり事を公にされては困るの。
 聖火どうこうより、あの怪人が『場合によっては無実の人達を殺す』と、私のボスを脅しているのが問題なの」
ハンスが彼女の腕にはめられたブレスレットに目を止める。
「……失礼ですが、その腕輪は元ペンダントでしょうか?」
 メアリは軽く肩をすくめ、ブレスレットをはめた腕を見せた。
「ええ。ペンダントが有名になってしまったようだから、作り変えたのよ。真ん中はボスとの通信機だけど、周りの飾りはタダの趣味だから」