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まほろば大奥譚 第二回/全四回

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第三章 地下に棲まう鬼4


「……そうか、貞継というのか。良い名をもらったな」
 鬼子はそういうとその場に座り込んだ。
 戦闘に夢中になって気がつかなかったが、見れば床に無数の屍体がある。
 ティファニーが言っていた鬼の屍体だ。
「これは……随分と時間がたったものや新しいものまで。呪いはかかってないみたいだけど、無念さは感じるわ……」
 魔道書神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)が丹念に屍体を調べていた。
 鬼子が悲しげにうなだれて答える。
「私が毎日、彼らの報われぬ魂を慰めている。私はそのために生きている。本来なら、とうに死んでよい身だ」
「ユ、ユーは誰デスか。こんなホーンデットに住んでるなんて……あんまりデス」
 ようやく落ち着きを取り戻したティファニー。
 鬼子は静かに答えた。
「私は将軍家に生まれた者。本来なら姫と呼ばれる立場の者だ。そして、ここに転がっている鬼は将軍家に生まれながら、将軍になれなかった者のなれの果て」
 鬼子姫はゆっくり立ち上がり、通路の奥へと誘う。
「托卵で生まれた者は、鬼の血が濃く出てしまうのだ。人ではなく、鬼そのものになってしまう者もいる。そういった者はここに閉じ込められ、名前も与えられずに死ぬのを待つか、殺される。この事実は大奥にて秘密裏にされていた。ひっそりとな」
 彼女は振り返ってこう言った。
「鬼城貞継……は、私の腹違いの弟だ。付いてくるが良い」



 そこは牢で区切られた一角だった。
 室内は相応に快適なよう座敷になっていたが、格子が何重にもはめ込まれ地上の光は届かない。
 堅固な牢屋であることは容易に想像が付く。
「突然に引き離されるまで、私たちは一緒にここで過ごした。小さく、体が弱く、いつ死んでもおかしくない子だと思っていたが、母親のお密殿がやってくると不思議と持ちこたえた。これは、あの子がここで書いていた日記だ」
 鬼子姫はぼろぼろの半紙を見せた。
 彼女はこれを大事にしまっていた。
「え……と。『ぼくはきょうごさいになった。おそとにでることになった。おねえちゃんをのこしていくのはいやだけど、かかさまにはやくあいたい』って、これ男の子の五歳の日記、十五年前の日付になってるけどあってるの?」
 魔道書プルガトーリオは何度も確認したが、他のを見てもそうなっている。
「これじゃあ、今十五歳である貞継様の年齢が合わないわね。別人では?」
 鬼子姫はちょっと考えて、こう答えた。
「あの子が今、将軍職にあるということは、あの時将軍継嗣があの子に移ったのか。元々は兄が何人かいたはずだ。しかし、全て死に、結局生き残ったのがあの子だけだったのだろう」
 鬼子姫は暗い座敷牢を見渡した。
 これまでの鬱積を吐き出すかのように話している。
「それまでは私と同じように日陰者だった。だから鬼城家の公式文書に五歳までのあの子の記録はないはずだ。あるとしたら年齢を偽った後、老中達が操作したものかもしれん」
「では、将軍家の血筋は皆ここに?」
 正悟が疑問を抱く。
 それでは将軍家は鬼しか生み出さないことになる。
 その度に処分していたのでは、それは自滅行為だ。
「いや、将軍家でも托卵ではなく、普通の行為で生まれる者もいる。その子は鬼にはならならず、人としての生涯を過ごす。しかし、力はないので将軍にはなれない。将軍継嗣は、托卵が行われてこそ啓示となり背中に現れるのだ。それこそが『天鬼神』の力であり、マホロバを統治する証そのもの……!」
 あたりが水を打ったように静まりかえる。
 鬼子姫の話は大奥と鬼の核心部分に触れるのもだった。
 大奥に厳格な法度があり、将軍家がいかなる手を使っても隠そうとするのは、このような理由があったのだ。
 鬼子姫は一行に手をかざし、まるで握手でも求めているかのような仕草を見せた。
「あの子のこと教えてくれてありがとう。これで私は、いつ死んでも悔いはない。本来なら、血の契約をしていないお前達は、将軍家のためにもこの場で喰い殺してやらねばならないが、これは礼だ、見逃してやる。ただし、ここへ通じるようなものは全て消させてもらうがな」
 鬼火が移動し、保長の地図をあっという間に燃やしてしまう。
 続いて貞継の日記に火が移った。
「待って、まだ聞きたいことが……天鬼神の力とは何なんだ!」と、静麻。
「ユーもここから一緒に出てクダサイ!」
 ティファニーが手を伸ばしたが、鬼火はぱっと燃え上がり、大きな火柱となる。
 火柱は彼らと鬼子姫の間を分断した。
「私は女だから将軍にはなれない。一生鬼のままだ、ここからは出られぬ。さあもう行け、夜が明けるぞ。表の連中に気付かれれば、そなたらの命を狙う兵を向けるに違いない……!」