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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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【×2―1・困惑】

「ではここの設備はこのように。よろしいですか?」
「ああ、はい……」
 静香は業者の人の説明をほとんど聞かず、授業中の生徒を窓から眺めていた。
 教室の中では小テストが行われているようで、張り詰めた空気が漂っている。
「むむむ、かんじはむずかしいのです……こっちのもんだいは、えっとえっと……?」
 中でも一番前の席に座るヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)などは、うんうん唸りながら問題をといていた。
 やがて終了のチャイムが鳴ってようやく解放されたように喜んだが、六十点未満の人はこのまま居残りだと告げられて机につっぷさせられていた。
 くすっと笑みをこぼす静香だったが、心からの笑顔は出てこなかった。

 百合園女学院食堂の柱時計が、十二時十分を静かに刻んだとき。
 静香は身体をわずかに震わせながら、食券販売機の列に並んでいるラズィーヤを見つけた。しかも前回と同じ、ミートスパゲティを選んでいるのが遠目にもわかった。
 ラズィーヤはこちらに気づくと、笑顔でひらひらと手を振ってくる。それも同じだった。
 静香はぼんやりした思考のなか、かつての自分をなぞるようにオムライスを頼みラズィーヤの隣へと着席する。手の中のスプーンが異様な重量をもっているように感じられた。
 それから彼女に何を言われても静香はほぼ聞いていなかったが、話の内容は前回の記憶から引き継いでいるという不気味な感覚を味わった。代わりにオムライスはろくに味わえなかった。
「どうしたんだろ、静香校長なんだかこの世の終わりみたいな顔してるけど」
 その様子を少し離れたテーブルでアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は眺めていた。
「もしかして、静香校長もループに気づいてるのかな……? それはそうと、このパスタすごく美味しいな」
 話しかけようかとも思ったが、お腹が減っていては会話に集中できないかと考え直し。
 詳しいことを聞くのは夕方にまわそうと決め、今はパスタに集中することにしておいた。
 また別のテーブルで、崩城亜璃珠は普段から飽きが来ないようにと毎日違うメニューで昼食を取っているのだが。
(……ここ最近はずっと同じメニューを頼んでいるような気がしますわね)
 クロワッサンサンドをじっと見つめていると、どうにもぬぐえない違和感が胸中に留まり続いており。
 やがてなにかを決めたように電話をかけ始めた。
『はい、鈴木でございます。どうかされましたか、お嬢様』
 相手はパートナーの鈴木 グラハム(すずき・ぐらはむ)
 自分の屋敷に繋がったことで、外界と隔離されているような状況でないと亜璃珠はまず安心した。
「すこし聞きたいんですけど、私が今日電話するのは何度目かしら」
『? これが一度目でございますが』
「……そう。なら、今から30分おきに時報のメールを送ってくれるかしら。事情は後で話すわ」
『かしこまりました』
(これでもし私が同じ行動を繰り返しているのなら、どこかのタイミングで身に覚えのないメールが届くはずですわ。学園全体などの限られた範囲での現象なら、外界と時間軸がずれて、メールの受信時間にもずれが起こるはず。どう転んでもなにか手がかりは得られるはずですわよね)
 そういった考えを胸に、亜璃珠は電話を切ってクロワッサンサンドを口に入れた。やはり味に覚えがあるような気がした。
「元気がないわね、静香さん」
 そんなアリアや亜璃珠の思惑をよそに、ラズィーヤは同じ問いかけをしていた。
「な、なんでもないよ」
 それだけを告げるのに、静香は相当に苦労しながら席を立った。
「どうしたの?」
 やがて自分を追って尋ねてくる西川亜美。
 静香は動揺を隠せぬまま、それでも同じように説明をした。
「それは静香の願望かもしれないわね。静香はいつも、ラズィーヤのオモチャにされているじゃない。ひょっとしたら、自由になりたいんじゃないのかしら?」
 通りかかった冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、そうしたふたりの会話を聞きながら、静香の顔色が優れないのを察していた。
(どうしたんでしょうか、静香校長は。あれ? そう言えば夕方、校長室で……白百合団員として私はあの場に駆け付けた……え? いつのことだったかしら? それにあの後、どうしたんだろう……? 静香校長が携帯電話に出て……?)
 色々と思い返している小夜子をよそに、
「そんなはず……。……そんなはずないよ。少なくとも、ラズィーヤさんに死んでなんか欲しくない」
 静香は同じ質問に、同じように躊躇い、同じように答えていた。
 そのあとも同じように別れて同じように落ち込んで同じように歩いていた。
 静香はもう自分が夢の中にいるのか現実の中にいるのかも曖昧になって、ただうつろな状態で足だけ音楽室へと向かわせていく。
 しかし。その途中、
「あ、こんにちは」
「…………」
 毒島大佐からの挨拶に、今回の静香は何も言わなかった。
「どうかしたんですか?」
 逆に大佐のほうが足を止めて、たずねてきていた。
「調子が悪そうに見えるのだよ。我でよければ診察をするが」
 前回と違い、じっとこちらを覗きこんでくる大佐。
 それに静香はほんのわずかだが救われた心地になり、
「じゃあ、悪いけど。ちょっとお願いできるかな……」
 好意に甘えることを決め、音楽室へは行かずに保健室へと向かうことにした。

「うーん。熱はないし、のどにも異常は無い。これは睡眠不足か過労かもしれないな」
 大佐の診断を、パイプ椅子で向かい合いながら聞いても静香は特に表情を変えなかった。
 妙な病気のたぐいではないことに、多少安心する思いもあったが。
「とりあえず、リカバリを掛けておくから。後は安静にしておくこと。いいね」
 大佐はそう言って癒しの魔法をかけると、保健室を出て行った。
 残された静香は、どうしようかと考える。本当に横になったほうがいいかとも思うけれど、ただでさえ悪夢のような現状では眠ることが怖くてベッドには近づけなかった。
 そのとき、ノックの音が聞こえた。
 静香はビクリと身体を固くしつつも、病人だったらいけないとして声を返す。
「は、はい。保険医の先生なら今は席を外してるみたいだけど……」
「いえ。私達が用があるのは、静香様でございますよ」「お邪魔するぜ」
 入ってきたのは本郷 翔(ほんごう・かける)ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)だった。
 翔は静香の表情を見るなり、隣のパートナーへと囁く。
「やっぱりソールの言うとおり、様子がおかしいですね。過去の静香様と比べても、ここまで顔色が悪かったことは滅多に無い」
 記憶術で頭の中の映像と比較して、不自然さを再確認する翔。ソールも深く頷いた。
「えっと。僕に用って、なに?」
「実は静香様の体調が悪いように思えたもので。よければ、ソールが診察をしますが」
「あ、でもさっき診てもらったばかりだし」
「それにしては、うかない顔をされているようですけど?」
 翔が身体検査を駆使して深くつっこむと、静香は顔をうつむかせてしまった。
「なあ、翔。本人がこう言ってるなら無理に診なくても」
「ソール。このことが上手く運べば、百合園の女性達からあこがれの目で見られるようになり、下手な鉄砲数撃って外す口説き乱発よりも、女性にもてること間違いなしでございますよ?」
「よし。さっそく診察に移ろうか」
 即効で切り替えて、ソールは静香の手をとって触診をはじめていく。
「え、あ、あの。だから」
「なんにしても、ちょっと気を緩めたほうがいい。そんなんじゃ身体がもたないぞ」
 進言しながら、ソールは知識と技量をフルに動員させて静香を診る。
(脈が心なしはやい気がするけど、身体的な面ではおかしなところはない感じだな。となるとメンタル面か)
 ソールは原因を探りながら清浄化の魔法をかけ、静香の精神を和らげていく。
 そのような診察が続けられていくが、
「ありがとう。少しは気が楽になった気がします」
 五分も経たないうちに静香は立ち上がり、強引に打ち切らせるようにして自分のこうべを垂れさせた。ソールはもとより、脇で見ている翔もそのセリフが真実ではないことはバレバレだったが。
「それはよかった」
「ああ、そうです。これ禁猟区のお守りでございます。よかったらどうぞ」
 これは食い下がってもムリそうだと察し、気休め程度の言葉と贈り物をすることですませて静香が去るのを見送った。そして、
「それで、静香様はどういった状態かわかりました?」
「そうだな。俺の予想が大半だけど……あれ、原因は意外と単純なものかもな」
「というと?」
「まるで子供みたいに、見たくないものから目を逸らしてる。そんな感じがしたぜ」

 それから静香は空き教室の前を通りかかった際、そのひとつの扉に『占いの館』と銘打たれた所があるのに気がついた。
「占いの館? 部活でこんなのあったっけ」
 いぶかしげになりつつ近づいていくと、
「あ、静香校長。こんにちは」
 受付と書かれた机の前で、やけに派手で明るい赤色のローブを纏い、特技の誘惑を用いて呼び込みをしているリオン・ボクスベルグ(りおん・ぼくすべるぐ)がいた。
「んん? なんだかうかない顔だね。よかったら、占ってみてはどうですか? 一回200Gですけど」
「ちょっとダメだよ、無許可でこんなことしちゃ」
 注意しながら静香は、密かに自分がそんなに易々と誰にも彼にも見抜かれるほど悪い顔色をしているのかと不安になった。
「まあまあ、そう固いことは言わないで。さ、ものは試しと思って」
「あ、ちょっと」
 半ば強引に背中を押されて中へ入らされると。
 中はカーテンがひかれ、灯りは蝋燭の火だけで薄暗く雰囲気が作られており。
 ややくたびれた黒の三角帽と、同色のマントを身に着けている蓮城 紫(れんじょう・むらさき)が中央にいた。彼女の眼前の机にはタロットカードが並べられていて、紫は軽くそれを混ぜている。
「どうぞ」
 紫に勧められ、渋々静香は席についた。
「なにか、悩んでいるようね」
「うっ、い、今の僕ってやっぱりそう見えるのかな」
「ええ。そして、あたしには何に悩んでいるかもお見通し……」
 紫は机のタロットカードの一枚にそっと手を伸ばし、くるりと表を向ける。
「『悪魔』の正位置。意味は裏切り、堕落、そして拘束。なるほど、パートナーのラズィーヤとの関係に亀裂が入りはじめているわけね。彼女に対してどこか窮屈に感じている、と」
「うううっ」
「でもそれは悪い事じゃないわ。桜井静香という人間が、しっかりと成長している証だもの」
「…………」
「窮屈ならそれを認めて破れば良いの。そしてより大きく成長すれば良いのよ。そうすれば」
 今度は別のカードへと手を伸ばし、表を向ける。
「カードは『審判』の正位置。復活、結果、発展の意味。成長して大きくなった心なら、きっとラズィーヤへの思いも違った形に変わるはずよ」
 紫からの占いに、静香はしばらく俯いたまま押し黙っていたが。結局そのまま反論はせずに律儀に200Gを置いて出て行った。
 実のところ、紫の占いはループを利用したもので、あとは特技のオカルトと説得を駆使した真似事レベルだったりするのだが。
 ほんのわずか程度には背中を押せたかなと、紫は思うのだった。