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パラ実占領計画 第三回/全四回

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パラ実占領計画 第三回/全四回
パラ実占領計画 第三回/全四回 パラ実占領計画 第三回/全四回

リアクション

 ナコトが聞いたという、他にもテレビ局に声をかけた人というのは支倉 遥(はせくら・はるか)達のことだった。
 彼女はベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)を空京放送局へ交渉に向かわせた。
 その際、蓮田レンと大和田にも相談してある。
 空京放送局を動かすために協力が必要だったからだ。

「年末特番、だぁ? おい、俺達は遊びでやってんじゃねぇぞ。テメェのおふざけに付き合う気は……」
「まあ聞けよ」
 遥が口にした『年末特番! 種モミの塔。ハスター・クトゥルフ頂上決戦!!』の名に不機嫌そうに顔を歪めたレンを、遥は手で制する。
「確かにふざけているように見えるかもしれねぇな。だが、結果的に良雄を負かせばキミの勝ちだ。違うか?」
「エンターテイメントとやらでか?」
 バカにしたように笑うレンに、遥は妙な自信を持った笑みで返す。
「テレビ局を呼ぶことで有利になる点がある」
 良雄達に対し完全アウェーの空気を作り出すんだ、と遥は言った。
「スポーツの試合ではホームのほうが有利と言うだろ?」
「なるほど……俺達はお遊び気分であいつに勝てるってことか」
「そこで確実に放送局を引き込むために、大和田サンの配下数人と賄賂をいただきたいんだ」
 大和田の力を借りることにレンは表情をやや渋くさせたが、大和田は遥の要求したものを与えた。
 そして交渉役を引き受けたベアトリクスが、数人のヤクザと充分な賄賂を持って空京放送局へと向かったのである。
 結果はナコトが聞いた通りだ。
 空京放送局としてはヤクザが関わっているような場所にわざわざ堂々と接近するような危険なことはしたくなかったが、局関係者にヤクザやチーマーが手出ししないことを条件に企画に乗ったのである。
 もちろんそこには、ベアトリクスの後ろで威圧感を放つヤクザや、唖然とするような金額の賄賂があったことは否めない。
「必要なアトラクションもこちらで用意するので、皆さんは撮影機材のみで来てください」
 話しがまとまると、ベアトリクスは満足そうに微笑んだ。

 一仕事を終えたベアトリクスは、弁天屋 菊(べんてんや・きく)からの仕出し弁当に舌鼓を打っている。
 これらの話を聞いていたチーマーはおおいに盛り上がり、それはたちまちパラ実生にまで広まっていった。
「レンさんは遊びも本気だ! いや、本気になる前に良雄の野郎を手のひらで転がして握りつぶすつもりだぜ!」
「本気出すまでもねぇってことか! 必死なのはあいつらだけだな!」
「のこのこやって来たら間抜けな姿を笑ってやろうぜ!」
 塔の中のチーマーは、無様に這いつくばる良雄を想像して馬鹿笑いした。
 一方。
「おいおい聞いたか? 蓮田レンは手のひらが巨大化して、その手で良雄さんを握り潰すつもりらしいぜ」
「手のひらが巨大化!? バランス悪ィな! だがそこがハスター故か……勝てるのか?」
「いくら良雄さんでもそんなでけぇ手のひらには勝てねぇだろ……」
 チーマーに加わるパラ実生もいるとか。
 そんな噂による興奮に包まれる中、屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)はチーマーと共にアトラクション作りに精を出していた。
 赤いマフラーに口元が隠されているため、表情ははっきりとはわからないが、ピクピクと動く茶トラ模様の猫の耳のおかげで作業を楽しんでいることが窺えた。
「熱湯グラグラ池に、電流ムラムラ棒に……」
 かげゆ達が調えている階は下のほうだ。
 一階はそのままにした。
 古代建築に大きな窓から光が差す様はきれいだったからだ。
 せっかくだから掃除しておいた。
 二階の巨大迷路らしきフロアは、迷路も真ん中をブチ抜かれて機能していないことだし、『熱湯グラグラ池』に利用することにした。
 三階にずっと放置されていた巨大な鳥の死骸とスパイクバイクの残骸もさっさと外に放り投げて、『電流ムラムラ棒』用にフロアを改装。
 かなり大掛かりな改装になるのでパラ実イコンを使った。
 おおむね設計図通りにできていく様子に、かげゆはニンマリと笑う。
「熱湯と電流か。パラ実の連中、ここで全員リタイアだな」
「単なる熱湯と電流棒だけじゃないけどね……」
 マフラーの下でもったいぶった呟きをもらすかげゆ。
「それはそうと……ハラヘリ」
 ずっと棍を詰めて動いていたため、かげゆのお腹が切なく鳴く。
 その時、ふわりといい匂いが鼻を掠めた。同時に威勢の良い声。
「お疲れさん! 少し休憩にしないかい? うまい弁当作ってきたよ!」
 菊が大量の弁当を荷車に積んで、にこやかに手を振っていた。
 かげゆとチーマーは作業道具を放り出して菊のもとへ群がる。
 首領・鬼鳳帝ができた頃から従業員やチーマーの弁当を作り続けてきた菊は、それぞれの好みまで調査済みで、かげゆには鰯がメインの魚弁当を手渡した。
「48階は菊の弁当屋にするのか?」
 【弁当屋】と異名を持つ菊だ。この機会にこの塔に店を構えても不思議はない。
 だが、かげゆの問いに菊は「違うよ」と首を振る。
「四十八星華劇場を再建したいんだ。そのための資金集めさ」
「そうなんだ」
 全員に弁当が行き渡ったことを確認した菊は、2階に下りる。
 菊が48階に劇場を作るために弁当売りをするから今まで通り買ってくれと、すぐ下の階にいる大和田に持ちかけた時、彼はすんなり受け入れた。
 その代わり、菊が予想した通りみかじめ料を要求してきた。
 ヤクザへの売り上げ以上の要求だったらこの話はなかったことにしようと思っていた菊だったが、示された額はびっくりするほどの高額というわけではなかった。
 決して安くはないが、貯金ができない額ではない。
 そのことに菊は大和田に興味を持ち、観察してみたが、わかったのは彼はレンを大切に思っていることと隙がないことだった。
 セリヌンティウスの首を半ばまで落としただけはある。
 だが、レンは大和田に対し素っ気無い。
 彼を疎んじているというよりは、大和田組が手を貸してくることが気に入らないように見えた。
 弁当担当ということでレンや大和田の居座る47階に自由に出入りできるようになった菊だが、探っているのは彼女だけではない。
 大和田も菊の好きにさせながら彼女を観察していた。
 裏でどこかと繋がっているのではないかと。
 まだその証拠は掴めていないが。
 すべての弁当を配達し終えた菊が48階に戻ると、この弁当に使われた食材を調達してきた親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が、ゆったりとしたアンティークソファで丸くなって眠っていた。
 首領・鬼鳳帝が潰れ、劇場もなくなったと聞いた卑弥呼は菊が心配するほど落ち込んだものだが、すぐに立ち直って種モミの塔48階確保のために動き出したのである。
 食材調達に卑弥呼が目をつけたのは、地元キマクの店だった。
 最近話題の商店街とか。
 買ってくれるなら、と彼らは大喜びで卑弥呼に売った。
「ところで嬢ちゃん、こんなにたくさん買って大掛かりなパーティでもするのか?」
 卑弥呼が乗ってきた小型飛空艇も、重量オーバーかというほど積み上げられた食材に目を丸くする店の主人に、卑弥呼は「弁当を作るんだよ」と答えた。
「四十八星華劇場を再建したいんだ」
「あんた、あのグループのメンバーか!? 何とまあ……苦労してんだなぁ」
「いや、そうじゃなくて……」
「まだコンサート行ったことねぇんだよなぁ。応援してるぜ!」
 バシーン、と背を叩かれて励まされた卑弥呼だったが、彼女を四十八星華の一人と思い込み、いつかやるかもしれないコンサートを期待する彼にこれ以上は何も言えず、そのまま帰った。
 これからどうなるんだろうと思いながら。
 対抗するパラ実生の家族にヤクザが嫌がらせをしている、と聞いたガガ・ギギ(がが・ぎぎ)は大和田組に対して白けた気持ちを隠しきれなかった。
(彼らに任侠道は期待できないね……)
 菊と共に作った弁当をヤクザ達に配達しながら、虚しさに満ちた目で彼らを見つめる。
 もっとも、ガガのヤクザに対する知識は主に映画なので偏りはあるのだが。
 ガガは一応彼らの一人に聞いてみた。
「ヤクザになるにはどうすりゃいいんだい? やっぱり『固めの杯』かい?」
「上の位の方達ならな。それ以外のやつなら簡単になれるぜ。──ただし、一度踏み込んだら二度ともとには戻れねぇから、興味本位で手ェ出すと死ぬぞ」
 脅すように言うヤクザ。実際、脅しているのだ。
 48階に戻り、眠る卑弥呼に毛布をかけている菊に、ふとガガは言った。
「黎明に連絡はしなくていいのかい?」
「ん……するよ」
 菊の返事は歯切れ悪い。
 母親のことはまったく知らない菊だが、今回の件で急に気になってしまっていた。
 今は空京にいるだろう朱黎明にメール文を作成しながら、菊は心の中で尋ねる。
(朱、教えてくれよ。母さんは無事なのか……?)
 私は父親ではないと何度言えば云々という声が聞こえてきそうだった。


 アトラクション製作の進捗を聞きながらガツガツと弁当を食べるレンに、横から大きな影が差す。
 顔を上げれば、どこか常軌を逸したような目つきの白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)がいた。
 竜造は皮肉げに唇を歪めて言う。
「よぉ、今の気分は?」
「最高だとでも言えばいいのか?」
 レンもまた皮肉で返せば、竜造は笑って彼の隣に腰を下ろした。
「いろいろ仕掛けてるようだが、お前はどうする……ってのは聞くまでもねぇな。良雄だろ?」
「ああ、あいつだけはこの手で息の根を止めねぇと気がすまねぇ」
「じゃあ、お前を倒したっていうドージェの妹は俺が狩る。文句はねぇな?」
「あいつか……あいつは強い」
「俺じゃ勝てねぇだろうって? そんなことはどうでもいいんだよ。殺りあってみてぇから闘うんだよ」
 獣じみた笑みを見せる竜造に、レンは「勝手にしろよ、どっちもイカレてるぜ」と言いながらも楽しそうな様子だった。
「イカレてんのはお互い様だろ」
 竜造の目がヤクザ達に向く。
「家族を攻撃たぁ大したもんだ。さすがヤクザってところだな。ま、仮に俺がお前と敵対してても通用しねぇがな!」
 豪快に笑う竜造に、レンが視線で理由を尋ねる。
 竜造は他人事のように答えた。
「狙われる家族がいねぇからだよ。母親は、俺が『やんちゃ』かましてた頃に首括って、父親はいつの間にか消えた。今頃は野たれ死んでんじゃねぇのか? 他の親戚とは絶縁してたみたいだしな」
「おーおーカワイソウなことで」
 同情のカケラもないレンの言いように、竜造は鼻で笑う。
「『こんなことを話したのはお前だけ……』ってか?」
 二人は馬鹿みたいに笑いあった。

 食事休憩が終わった頃、大和田の携帯が鳴った。
 フォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)から良雄勢の情報が入ってきたのだ。
 情報を受け取った大和田は、冷静な様子でフォンに労いの言葉をかけたが、返ってきたのは約束内容の確認だった。
「わかってる。この戦いに勝ったら約束通り紹介しよう」
 盗品密売ルートの一つを。
 少し後にはミゲル・デ・セルバンテスの携帯にもこんな報告がされた。
 電話の相手はレンの舎弟で、ずいぶん興奮した様子で早口に何事かわめき、聞き取れなかったミゲルが聞き返す前に通話は切れた。
 数秒後、同じ人物から今度はメールが送られてくる。
 画像付きだ。
 それは大きな立て札だった。
 ミゲルの出身国の旗の絵の上に描かれた大きなバツ印を背景に、

 無敵艦隊は二度敗れる
 ドン・キホーテはドン・キホーテに非ず
 セルバンテスは臆病者

 と、ペンキか何かで書き殴られており、最後に一回り大きな字で、

 イングランド女王エリザベス一世参上! 今度は貴様の顔に落書きに参上する!

 とあった。
 冷めた目で画像を消したミゲルは、口を歪めてフンと笑う。
「ずいぶん品のない女王がいたものです。私が、私ではない……? 何のことやら。──わざわざ来ていただけるなら、最高のおもてなしをしましょうか」
 無敵艦隊やセルバンテスなどの言葉には相変わらず反応は薄かったが、挑戦状は受け取ったようだ。
 ミゲルの独り言に気づいたレンが、どうかしたのかと聞くと、彼は画像を開いて見せた。
 一緒に覗き込んだ竜造と二人して、
「ミゲルにご指名が入った!」
 と、からかい、ミゲルを呆れさせたのだった。