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パラ実占領計画 第三回/全四回

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パラ実占領計画 第三回/全四回
パラ実占領計画 第三回/全四回 パラ実占領計画 第三回/全四回

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錯乱の行く先


 言葉を忘れてしまったように、叫んだり唸ったりしながら天沼矛をひたすらよじ登るガイア。
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、ずっと彼女にしがみついていた。
 地平線がうっすらと輝きだす。
 夜明けが近づいている。
 暗くなる前にミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がガイアから落ちないように、と彼女の服と自分達の服を軽く縫いとめたのは正解だったかもしれない。
 くっついている対象は動くのだ。
 ミカエラは、ガイアの体を器用に渡り、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)達の服も縫い付けておいた。糸は端を引っ張ればすぐに抜けるようになっている。
 トマスは遠くなっていく地上の明かりや闇ような海を一晩中眺めながら考えていたことを、竜司に話してみた。
「どうしてチーマーがパラ実を狙ったのか、考えてたんだ」
「ん? そんなの、前にオレ達が番長らに喧嘩ふっかけたからじゃねぇか?」
 結果的にミツエが負けたことでパラ実勢の撤退ということになってしまったが、各都道府県の番長達の三分の一強くらいは倒した。恨まれていても不思議はない。その後、レンが日本の不良達の頂点に立ち、シャンバラの不良達つまりパラ実生のいる波羅蜜多実業高等学校に狙いをつけたのも頷ける。勢力拡大を図りたい気持ちにも疑問はない。
 竜司はそう答えるが、トマスの考えは少し違った。
「不良同士ならそうなのかもしれないけど、ヤクザが出張ってきたり鏖殺寺院が絡んでいたり……パラ実とチーマーの争いが利用されている気がするんだ」
 だから、と彼は瞳に強い意志を見せる。
「学生同士の繋がりなんかが緩やかで独立心旺盛にすぎるから、シャンバラ攻略のために与し易しとみてパラ実が狙われたんじゃないかと思ってるんだ。でも、結束すれば、一矢でも二矢でも報いることはできるんじゃないかな」
 竜司がじっとトマスの目を見つめる。彼の言葉を理解しようとするように。
 ガイアが大気を震わせるような唸り声が響かせた。
 やがて、難問を前にしたような困り顔で竜司が口を開いた。
「……難しいことはわかんねぇ。けど、一人じゃ太刀打ちできねぇなら仲間が必要だな。つまり、おまえはオレ達に協力してくれるってことだろ?」
「ああ。空京で子敬と合流して種モミの塔に向かうよ」
「そうか。ヤクザは強敵だ。気合入れてかかってくれ」
 トマスは頷き、だいぶ明るくなった空を見つめた。
 空気がかなり冷えていて、吐いた息が白く流れた。


 空京の影が見えたあたりでガイアから離れ、空飛ぶ箒で一足先に空京に上った伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、まだ静かな街をぐるりと見渡す。
 これからここに正気を失っているガイアが来る。身長百メートルを超える山のような人が。
 放っておけば混乱は必至。
 明子は携帯を開くと、今は空京大学生の{SNM9999021#王大鋸}の番号を打った。
 すでに起きていたのか数コールで大鋸が出た。
「おはようございます、王先輩。伏見明子です。突然ですが、もう少ししたらちょっと大きい人が空京に来るんだけど攻撃しないでね、とアクリト学長に伝えてほしいの」
『……何言ってるのかさっぱりなんだが』
 大鋸の困惑はもっともだ。
 明子もすぐにそれに気づき、説明を付け加える。
「ガイアって知ってるでしょ。空京の病院に妹が入院してるのよ」
 明子は久から聞いた限りで、ガイアに関することを話した。
「そういうわけで、ガイアは妹に会いに行くと思うから。でも、話した通り鏖殺寺院に何かされて錯乱してるから、刺激しないでほしいの」
『わかった。学長に伝えておくぜ。けど、街の連中はどうするんだ? 警察とか動くんじゃねぇか?』
「その辺は、私と仲間で働きかけるつもり」
 また後で学長の返事を伝える、と言って大鋸は通話を切った。
 明子は一緒に来た佐野 豊実(さの・とよみ)に話の内容を聞かせながら、足早に警察署へ向かう。豊実のパートナーの夢野 久(ゆめの・ひさし)は別行動で、病院までの道筋の確認に行っている。
 大鋸からの返信は思ったより早く、二人が警察署へ着く前に明子の携帯が着信音を鳴らした。
 大鋸の言葉は早口で、焦っていた。
『おい、ヤバイぜ! 学長が言うには、空京に着く前に天学のイコンに撃ち落されるんじゃねぇかって話だ。……それに、もし空京に立った後に無差別攻撃をするようなら、被害が広がらないように対処するしかねぇし、警察関係の動きを抑えるのは難しいとさ』
 明子は黙り込む。
「ガイアは、孤島で帰る術を失くした私達が勝手にくっついていても、振り払ったりしなかったわ。眼中になかったのかもしれないけど、攻撃することだってできたのよ。あの人は妹思いのやさしい女の子よ……」
 声に悔しさを滲ませて反論すると、携帯の向こうで大鋸が困る気配がした。
『女の子……は、まあともかく、ガイアがイイ奴なのは俺だって知ってる。学長に攻撃命令を出させないよう頑張るから、おまえらのほうも頼んだぜ。じゃあな』
「ありがと。何らかの形でお礼はするわ」
 明子が携帯を切るのと入れ替わりで、今度は豊実の携帯が鳴る。
 久から入ったそれは、まさに大鋸が伝えてきたものだった。
「イコンに囲まれた!? アクリトの予想的中か。……ともかく、こっちは予定通りに動くよ。吉永に頑張れと伝えておいてくれ。ああ、それじゃ」
 不安げな表情の明子に、豊実は苦笑してみせた。
「まったく、やれやれだね。けど、イコンはまだ様子見の段階のようだ。このままガイアが何も傷つけなければ、監視を受けるだけでやり過ごせるだろう。私達は私達にできることをやるだけだ」
 竜司が高崎悠司から得た情報を聞いていた二人は、その通路から人を除くため、ちらほらと早朝勤務の通行人を横目に警察署へ駆け込んだ。


 天沼矛ではガイアを警戒する天御柱学院のイコンが周囲を旋回していた。
 イコンの手には捕縛用のワイヤー。
 ガイアが暴れ出すまでは手を出してくる気はないようだ。
 竜司もイコンからは殺気を感じなかった。
 小型飛空艇オイレで先に空京に上がった久から、豊実伝手に王大鋸からの伝言が来たが、それは安堵とプレッシャーをもたらした。
 ブラックコートを羽織り、レビテートでガイアから少し離れて付き添っていた上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)が、一機のイコンパイロットに精神感応で呼びかける。
『待って。まだ何もしないで。竜司が何とかするから』
 しばらくして、空京に少しでも被害が出たら拘束する、と返事がきた。
 ホッとしたが、何故か蓮子の胸はすっきりしない。
 イコンパイロットの言葉を信じていないわけではない。そのことではない。
「おい、ガイア! まずはオレの歌を聞け!」
 超がいくつついても足りないくらい歌が下手なくせに、何故か心があたたかくなる『幸せの歌』。
 その歌が向けられているのが自分ではないから?
(ガイアは竜司のダチだろ? 竜司がダチを見捨てるか? 竜司のダチなら私だって)
 助けるだろ、と強く言い聞かせた。
 歌い終えた竜司は、ガイアへとまっすぐに声を張り上げる。
「鏖殺寺院なんかの改造に負けんじゃねぇ! てめぇはS級四天王のガイアだろうが!」
 見上げるガイアの表情はわからない。そもそも、まともに並んでも相手の身長は百メートル。どんな顔か見れるわけがない。見えるのは顎や鼻くらいだ。
 と、そこで竜司は一度だけガイアと正面から対峙した時のことを思い出した。
「そういやよォ、いつだったかオレも巨大化しててめぇと喧嘩したことがあったなぁ。あー、でも、あん時はS級と戦えることで頭がいっぱいで、てめぇがどんなツラだったかはどうでもよかったんだった」
 惜しいことしたな、と今は思う。もしかして実は美少女だったんじゃないかと。
「もしそうなら、オレとてめぇで美男美女か?」
 連鎖するように思い出がよみがえる。
「体が大きすぎて教室に入れなかったとか、それで野球に打ち込んだけど女だったから甲子園に出れなくて悔しかったとか、いろいろ話したよな! その後、新入生が来た時に【瞑須暴瑠】やって……そうだ、てめぇ、念願の甲子園で野球やったじゃねぇか!」
 その時、何が起こったかは言わない。ガイアを傷つけることだから。
「再手術でもとの三メートルに戻したらどうかって、手紙も送ったな。考えてくれたか?」
 一方的に竜司から話すばかりで、ガイアからは何の応答もない。ただ、天沼矛を登る。
 それでも竜司は話すことをやめなかった。
「とにかく、オレァてめぇのダチだからよォ、どこまでも一緒について行ってやるぜェ!」
 まるで告白のような言葉に、蓮子の胸が小さく痛んだが、知らないふりをしてガイアに精神感応を試みた。竜司の助けになればと思って。
「──!」
 前後左右もわからない嵐に飲み込まれそうになり、慌てて接触を断つ。
 はたして、竜司の言葉は届いているのだろうか?
 ふと見上げれば、もう間近に空京があった。
 ガイアにくっついて孤島を逃れた四天王達は、鏖殺寺院の者から洗脳教育を受けていたこと以外は何も知らなかった。
 ガイアが何かしらの改造を受けていることは知っていたが、何をされているのかは知らなかったのだ。
 イコンの包囲が狭くなる。
 もう少し待ってくれ、と蓮子は先ほどのパイロットに呼びかけたが、返事はなかった。
 イコンのワイヤーに敵うかわからないが、サイコキネシスをいつでも発動できるよう、身構える。
「てめぇは一人じゃねぇぞ! オレらの仲間だろ!」
 竜司の一際大きな声と、ガイアの手が空京の縁にかかるのはほぼ同時だった。
 イコンが捕縛用ワイヤーを放とうとしたのも。
 ガイアの指先に力がこもり──何故か、動きが止まった。
 どうしたのかと、竜司が口を開こうとした時、ガイアから唸り声以外の声が出てきた。
「種モミの塔だ……。オレは、種モミの塔へ行く」
「てめぇ、意識が……?」
「迷惑かけたな、甲子園でも」
 竜司の懸命な呼びかけが通じたのか、改造が完全ではなかったからか、ガイアは正気を取り戻した。
 蓮子はイコンパイロットにこのことを伝え、竜司も携帯で久に行き先の変更を伝えた。
 妹の病院には行かない、とガイアは言う。
 今の自分に会わす顔はない、と。
 それは、パラ実生達に対しても思っていることだ。

 空京の久達は、進路の変更により忙しくなっていた。
 駆け込んだ警察署では、ガイアのことはすでに連絡が入っていて、イコン部隊が捕縛に失敗した時は住民の避難をするためにすでに準備が整っている状態だった。
 それとは別に、攻撃部隊も用意されていた。
 そして、正気に戻ったという状況の変化を受け、住民の避難誘導中心に行動が切り替えられたのだが、住人達は何故か正気のほうのガイアに強い恐れを示した。
「S級が略奪に来た!」
 などと、誰かが騒ぎ出したためだ。
 混乱状態に陥った進路に久は舌打ちする。
「煽られたか?」
 勘がそう告げていた。
 今のガイアがそう簡単に空京の住人の罵声や攻撃に手を上げることはないが、種モミの塔へ行くことを強く望んでいる以上、あまり絡むと面倒が起こるかもしれない。
 それで暴動にでもなれば、せっかく明子が抑えた空京大学の契約者達が出てくる可能性がある。
「何よりここには妹がいるんだ。姉が攻撃されるとこなんか見せられるか」
 逃げる気のある住人はほとんど空京を離れた。残っているのはガイアを倒そうという者達だ。
 久は、無謀な彼らが充分に逃げられる距離をとって、野性の蹂躙で獣の群を呼んだ。
 突然どこからともなく津波のように現れた獣達に、人々が恐怖に引きつった叫び声をあげながら広い道路の脇に引いていく。
 その真ん中を、獣の群が突き抜けていった。
 と、タイミングよくビルの陰からガイアの巨体が現れる。
「来るんじゃねぇ! 無法者が!」
 わめき、石を投げようとした男の腕が、横合いから伸びた手に強く掴まれる。
「おとなしくしてような」
 龍騎士のコピスの切っ先をちらつかせる豊実に、男は息を飲んだ。
 どう見てもチンピラだ。
 久の勘は当たっていたらしい。
 野性の蹂躙により、人々の引いた道路をガイアが歩く。
 イコンの警戒は解かれていなかったが、監視についてきているのは二機のみだ。
 久はキマクへ出る道路へと先回りして道幅をあけていった。
 初めて見るティターン族に驚き、腰を抜かして動けなくなっている人を道路脇へ移した明子に、ずーっと手持ち無沙汰にくっついてきているだけだったレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)がとうとう疑問を口にした。
「なぁ、何で俺はココにいるんだ、マスター」
「社会経験よ」
 きっぱりと返ってきた答えに、レヴィは何か続けようとしてやめた。
 試されているんだろうか、と考える。
 ナラカから出てきて日が浅い彼には、確かに的確な返事だが。
 結局出てきたのは、
「……そォかよ」
 という、拗ねたような言葉で。
 明子はそんな返答も気にせずあたりに目を配っているが、レヴィはごまかすようにガイアを見上げた。
 ガイアの腕に座っている竜司は、孤島で何をされたのか聞いていた。
「オレを、意志のない兵隊にしようとしてたようだ。成功すれば、渋谷のところに戻される予定だったが……はたしてそうなっていたか」
「どういうことだ?」
「改造を担当する鏖殺寺院が横から狙っていたんだ。……そんな話しをしていた。オレに意識がないと思ってたんだろうな」
 結果的に、ガイアはそのどちらにもならず、ここにこうしているわけだが。
 話しを聞いていたトマスは、ふと群衆の中に魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の姿を見つけた。
「連れがいた。僕達はここで別れるよ。また後で」
 トマスとミカエラは縫い付けていた糸をほどき、ガイアの体を伝って地上へおりた。
 人々の群から子敬が出てきてトマスに軽く拱手する。
「石原校長のことでご報告があります」
 子敬は、校長捜索の学生達とは途中から混じっていたが、話が一段落つくと先に空京へ戻ったのだった。
 内容が展開するたびにわずかに表情を変えながら聞いていたトマスは、すべてを聞き終えると考え込むように唸った。
「坊ちゃん、ひとまず種モミの塔へ行きましょう」
 子敬に促され、トマス達は移動した。