天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)

リアクション公開中!

冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)
冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回) 冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)

リアクション


終章 線路は続くよどこまでも(1)



 ガタンゴトンガタンゴトン。
 電車は揺れる。家路につく人々を乗せて。
 チャンドラマハルを出たナラカエクスプレスは菩提樹駅に向かう。菩提樹駅を過ぎると現世への急行に直通となる。
 椅子や壁にもたれる救出隊の顔には疲労が見えたが、同時にどこか安堵したような……、和やかな表情もあった。
 まだルミーナのこともあるが、今はひとつ目的を果たしたことを祝おう。
「さて、現世に戻る前に済ませねばならないことがございます」
 トリニティ・ディーバは言った。
「まだ御神楽様は現世には戻れません。生者は生者、死者は死者。その理を覆すのは至難の技です」
「どういうこと……?」
 御神楽環菜はまだナラカエクスプレス生死の境界を超えられると思っていた。
 しかしながら、この列車にそこまでの力は備わっていない。
「ご安心ください。そのために私がいるのです」
 そう言うと、ピンクのリボルバーを引き抜き、銃口を環菜に向けた。
 車内にどよめきが走る。
「別に御神楽様を射殺しようと言う意図はございません。これはナラカに伝わる伝説の武具のひとつ『ブラフマーストラ』でございます。創造を司る力を秘め、その人知を超越した力は、人の命すらも創造することが出来るのです」
「……なんでもいいわ。このままじゃ生き返れないのなら、あなたを信じる意外に道はないもの」
「流石、御神楽様。話が早くて助かります」
「ただ、その前にひとつだけおしえて……、どうして私を助けるのに力を貸してくれたの?」
 トリニティと環菜は探るように見つめ合う。
「……前に『蘇生はこの世の理を破る行為』だと申しました。その私が何故、御神楽様の蘇生に手を貸すのか、疑問に思う方もいることでしょう。しかし理由は至極明快なものです。何故なら御神楽様の死は『この世の理に背く手段で行われた』ものだからございます。御神楽様はまだ死ぬ運命にはありません。本来の形に戻すのが私の責任なのです」
 では……と言って、トリニティは引き金を引いた。
 放たれた銃弾が当たると、環菜はまばゆい光に包まれ、そのまま空間に消えた。
「これで御神楽様は大丈夫です。無事、魂は現世に戻ったことでしょう」
「『この世の理に背く手段で行われた』とはどう言うことでしょうか……?」
 救出隊の中から声が上がる。
「運命をねじ曲げ、世界の均衡を崩そうとする者の力が働いたのです……」
「誰なのですか……?」
「それはガネーシャ様に訊かれたほうが宜しいでしょう」
 車内にプカプカ浮かんでいるガネーシャ・マハラシュトラに一斉に視線が注がれた。
 解放の恩に報いるため、また約束に応えるため、救出隊の見送りを兼ねてエクスプレスに乗り込んでいた。
「王として約束は守ろう。突如、アブディールに現れ、我らに取引を持ちかけた者……。不思議な力を持ち、人知を越えた能力を他者に授けられる者……。そして、たかが小娘ひとりの始末に、現世とナラカを巻き込む戦いを引き起こしたその諜報人……、奴は自らの名をこう名乗った、パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)と」
 激しい唸りと共に湿原に雷が落ちた。
 徐々に近付く、巨大な菩提樹が不気味な赤い光を放ち、鳴動しているのが車内からでも見えた。
「……お出ましのようですね」


 ◇◇◇


 前方から無数のチャクラムが飛来する。
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は両手にマシンピストルを構え、先頭車両の上で迎撃を行う。
 ナラカエクスプレス車掌兼ガイド兼販売員(見習い)として迅速な対応である。
 だがしかし、銃撃でチャクラムの軌道を逸らすことは出来ても、完全に破壊することは出来なかった。
 しかも、数が多くてたった一人では対応しきれない。
「このチャクラム……、まさかろくりんピックでカンナをやった奴じゃ……」
「大丈夫ですか、ロックスター販売員」
「お、おい……、こんなとこに出てくるな。危ないだろうが」
「私のことなら心配ありません。それよりもあちらをご覧ください」
 チャクラムは車両の周りをぐるぐると旋回上昇すると、列車の前方にマンダラを思わせる配置で並んだ。
 ちょうどマンダラの中央に、無邪気な笑顔で浮かんでいるパルメーラの姿が見えた。
「本当にあいつが黒幕だったのか……」
 呆然とするトライブを他所に、トリニティはブラフマーストラを向ける。
「ようやく会えましたね、パルメーラ様」
「トリニティ……」
「ナラカの世界樹は絶対中立が授けられた天命。世界に介入することは禁じられております。あなただっておわかりのはずでしょう。それなのに、どうして禁忌を犯してまで御神楽様を手にかけるようなことをしたのでございますか」
「ルールなんて関係ないもん。それにトリニティには関係ないでしょ」
「私はナラカの世界樹『アガスティア』の管理者でございます。無関係だとは思えません」
「もーうるさいなー。連れ戻そうったってそうはいかないんだからね」
 あっかんべーをすると、パルメーラはチャクラムを放った。
 しかし、トリニティは何一つ焦ることなく、ガンベルトから虹色の銃弾を取り出すと、ブラフマーストラに装填。
「全能弾『マハースリスティ』装填……、お客様の安全は私が守ります……!」
 放たれた銃弾が飛び交うチャクラムに命中した途端、轟音と共に大爆発が巻き起こった。
 凄まじい勢いで衝撃波が吹き抜けて、ちょうど真横を通り過ぎようとしていた菩提樹を激しく揺らす。
 たった一発の弾丸がまるでミサイルのような威力だ。
「す、すげぇ……」
 トライブは上司の意外な武闘派加減にあんぐり口を開けている。
「つか、いろいろ起こり過ぎて……、なんかもう何がなんだか……」
「ミステリアスな女で申し訳ありません」
「いやまぁ……、あんたが何者だとしても今さら驚かねぇよ。あんたは俺のボスでビジネスパートナーで、そして友達だ。生真面目で融通が利かなくてすげぇ天然な……、そんなトリニティが俺はお気に入りなんだからな……」
「トリニティさん。最初に言ったこと、もう一度言うよ……」
 トライブの相棒、ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が言う。
「ボクは……、ボクとトライブは、トリニティさんの友達になりたいんだ」
「友達ですか……」
 トリニティは差し出されたジョウの手をまじまじと見つめる。
「不思議でございますね。旅の初めはなんとも思いませんでしたが、今となっては素敵な言葉のように思えます」
「誰かと一緒にいるのは楽しいでしょう?」
「どうやらそのようでございます」
 無表情の上に少しだけ柔らかな無表情を貼付けて、彼女はその手を握りしめた。


 ◇◇◇


 ナラカエクスプレスは菩提樹前駅を通過。
 そこから天に向かって伸びる『現世〜ナラカ』間路線に接続、冥界の空を一気に駆け上っていく。
 帰還まであとすこし……、このまま耐えられればなんとかなりそうだが、背後から来る攻撃はとても激しい。
 忍者黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)は最後部車両に陣取り、しんがりを務める。
「みんな前方の車両に移れ!」
 禿鷹のように群がるチャクラムを、光条兵器の忍刀の一撃で弾き返す。
 残像を残しながら車両の屋根を駆け巡る姿はまさに疾風。黒脛巾の血筋がなせる華麗なる身のこなしだった。
 そんな彼の目の前に、パルメーラが降り立った。
「うー、ちょっと邪魔しないでよぉ」
「邪魔しないと、列車が輪切りにされちまいそうなだからな。君のお願いには乗れなさそうだ」                                                                                                    
「ふーんだ、じゃあ死んじゃえ」
 パルメーラは唇を尖らせると、退路を塞ぐようにぐるぐると、チャクラムをけしかける。
 絶対絶命……と思いきや、殺しの円盤はこれまた疾風を思わせる速度の、必殺拳で弾き飛ばされた。
「ここで会ったが百年目っ! 何が『不死』の能力だ、電撃に弱い能力なんて使い物になるか、コラァ!」
 駆けつけたのは、ハヌマーンとスーパーモンキーズ。
「元を辿れば、余の幽閉の原因は貴様だったな……。小娘だからと言って極刑は免れんぞ!」
 それから、ガネーシャも鼻息を荒くしてパルメーラの前に立ちはだかる。
 二人の屈強な奈落人にパルメーラの気が向いてる間に、にゃん丸は素早く最後部車両の連結を断った。
 ガタンと大きく揺れ、前を走る車両がどんどん離れていく。
 前の車両に乗り移ることも出来たが、にゃん丸はあえてそうはしなかった。
 環菜を見逃してもらう代わりに、自分がここに残って労役を果たす、ガネーシャと交わした約束に二言はない。
「これがガネーシャとの約束だ。山葉……、お前、仲間なら必ず救い出しに来るって言ってたよな」
 出発前に彼と交わした言葉を思いだす。
「……待ってるぜ」
 踵を返して、パルメーラの相手に戻ろうとしたその時、聞き慣れた声が届いた。
「どいて! どいて! にゃん丸ーっ! ちょっと、どういうつもりなのよー!」
 パートナーのリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)は人を掻き分けて、車両の後部からこっちに叫んでいる。
「最後最後まで騒々しい奴だ……、まあ、湿っぽいのは嫌いだからいいけどな……」
 にゃん丸は微笑んだ……でも、上手く笑えてる自信はあまりない。
 二人の間にある距離が、お互いの表情を不鮮明にしてくれてるのが、ありがたかった。
 別れは笑顔で……、寂しい顔を見せるのは主義じゃない。
「にゃん丸……」
 それはリリィも同じだったのだろう、大分遠ざかったと言うのに、いつもの明るい顔を見せている。
 その手には、座席にあった置き手紙がくしゃくしゃになって握りしめられている。

 リリィへ
 
 冥界急行ナラカエクスプレスに関する報告書、地上に提出頼む。
 今まで有難う。

 にゃん丸


「自分で出しなさいよっ!」
 いつものように、普段と同じように、彼がまるで傍にいるように、リリィは言った。
「あたし、待ってるんだから……」
 やがて切り離された車両が見えなくなると、頬を伝うひとしずくの涙が、ナラカの空にポツリと落ちた……。