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Entracte ~それぞれの日常~

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Entracte ~それぞれの日常~

リアクション


・情報収集 その1


「それで、本題は何でしょうか?」
 イワン・モロゾフ中尉がローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と目を合わせた。
「こんな沖合いまで出てきて、単に海釣りをしに来たわけではないはずです」
 二人はクルーザーから釣り糸を垂らしながら話し込んでいる。
 ベトナムの一件で世話になったこともあり、せっかくだから一緒に釣りにでも、ということでローザマリアはモロゾフを誘ったのだが、それは表向きの理由に過ぎない。
「まあ、ここなら誰にも話を聞かれる心配はないからね」
 パソコンをいじりながら、アレン・マックスが声を発した。
 そんな中、モロゾフに対しローザマリアが話を切り出す。
「どうして私達をベトナムに?」
 ずっと疑問だったことを尋ねる。
「地上からも探りを入れてもらおうと思ったからです。軍事教練を積んでいるだけでなく、芦原明倫館にも一時期在籍していたのならば、隠密行動も可能かと判断してのことです。失礼ながら、タンカーの一件にも関わっていましたので、経歴については全て調べさせて頂きました」
 その上で、と話を続けた。
「仮に現地で捕まったとしても、軍隊所属ならその際の心得というものもあるでしょう。偵察部隊の保険、という感じでした」
「それなら、なぜわざわざ自らベトナムへ」
「青いイコンです。あれを開発した研究者に大佐は心当たりがあったのです。と、いうのは表向きに動機で、実際は『ノヴァ』の手掛かりがあると核心したからですが。それらを確かめるために、大佐に付き添う形で向かいました」
 予想外の事態もありましたが、と苦笑する。
「でも、モロゾフ中尉は契約者じゃないわよね? 博士も。なのに、あれはどういうことなの?」
「大佐のことは言えませんが、僕はあらゆる殺人術を物心つく頃から叩き込まれましてね。パラミタが出現してからは、契約者を殺すための技術に特化していきましたよ。もっとも、同じような教育を受けた子供は自分を含めて百人いたんですが、全過程を終えるまで生き残っていたのはたった二人です。まあ、十歳の子供に『一人でマフィアのアジトを潰して来い』なんて言うくらいですからね」
「もう一人は?」
「その後契約者になり、傭兵として世界各地で戦っていたと聞きましたが、今は分かりません」
 一見頼りなさそうな青年だが、それは相手を油断させるためにあえてそう振舞っているのかもしれない。
 あるいは出来る限り戦いから離れ、あくまで博士の助手として行動したいが故なのか。
「そろそろ話は終わったかい?」
 そこへ、アレンから声がかかった。
「とりあえず、依頼された件についてはある程度調べといたよ」
 釣りに誘うとき、ローザマリアは情報屋でもある彼に依頼をしていた。
 シャンバラが統一されたこともあり、彼はPASDの情報管理部の部長代行の任から解放された。
 今でも副部長としてPASDに籍は置いているものの、常に本部に篭っていた以前と違い、ある程度外出する余裕も生まれている。
「天住 樫真。彼は二年前の事件のせいで植物状態になっている」
 死んだ前パイロット科長が自分の背後にいる存在として出した名前。天御柱学院にかつて在籍し、強化人間管理課と超能力科に深く関わっていた人物。
 ローザマリアはその天住ついて知ろうとしていた。
「パラミタ化手術を施された被験者が暴走し、当時の管理課の人間数名を殺害。天住は奇跡的に一命を取り留めたが、再起不能な身体に。その一件を機に、学院は強化人間管理課と超能力科を廃止しようとした。パラミタ化手術を受けた管理課の生徒を一斉処分することも視野に入れて。それを止めさせたのが今の管理課長、風間だよ」
 ノートパソコンのキーを叩き、画面彼女に見せてきた。
「ちなみに、学院製強化人間はその当時わずか六人。暴走したのはその中の一人のはずだけど、いくら調べてもその情報は出てこなかった。分かったのは、その一人も含めて誰も処分されず、記憶を消されて今も管理課の生徒として在籍している、ということくらいだ」
 そして今の天住の話になる。
「天住が入院している場所は分からない。日本政府関係者ということもあるから、普通の病院ではないと思う。今も入院しているっていう確証はないけどね」
「どういうこと?」
「天住が政府関係者を丸め込んで、今も寝たきりだってことにしてるかもしれないんだよ。事件自体、不可解な点が多いから、何者かが仕組んだことだとも言われてる。天住や強化人間を排除するために、ね」
 前パイロット科長が天住に脅されたと言っていたことを、ローザマリアは思い出す。ならば……
「学院上層部がその事件の黒幕で、天住は復讐するために名と姿を変えて戻ってきた?」
「その可能性は高い。まるで特定は出来ないけどね」
 アレンが画面を切り換えた。
「それと、もう一人調べて欲しいってことだったね」
 ローザマリアは直接面識があり、黒い噂のある人物――マヌエル枢機卿についても調べてもらっていた。
「信仰こそが唯一の真理であると考える枢機卿にとって、パラミタは一種の脅威だ。人々は突如現れた天空の理想郷に心を奪われた。しかも、地球と接したシャンバラにはかつて栄華を極めた文明があり、それを復興させることで、双方の世界の住人にとって幸せが訪れるとまで言われるようになった。一神教の徒である彼にとって主は絶対。なのにパラミタには自ら『神』と称する者達がいる。そんなパラミタに対し、枢機卿が友好的になれる道理なんてないよ」
 地球でのマヌエルによる反シャンバラと思しき発言を抜粋し表示する。
「枢機卿はパラミタに住まう人々や、彼らがそういった『神』を信仰することは否定しない。別の世界だから、そういった価値観もあるべきだとしている。でも、地球人がそれに染まることは否定する。それによって、地球の宗教観が崩れるのを恐れているからだよ」
 パラミタへの布教を掲げているが、それは建前だ。
 地球の神への価値観を提示することによって、パラミタの信仰との住み分けを図る。だが、そういった彼の考えを曲解した人々によって、彼は反シャンバラ派だと決め付けられてしまったのだ。
「ついでに言っておけば、シャンバラが建国しても世界は何も変わってない。反シャンバラ派だって、いつまでも大人しくしてはいないだろうね。十人評議会は、そういった今の現状を巧みに利用し民衆を味方につけようとしている。そのことを念頭に入れておかなければ、痛い目を見ることになるかもしれない」
 下手をすれば地球が敵に回るかもしれないとアレンは考えているらしい。
「さすがにシャンバラの各学校のバックが黙ってはいないと思うわよ」
「それが油断というやつだよ。むしろ、そこまで見越して敵は対策を立てるくらいはしてそうだ」
 アレンが恐ろしいまでに冷静に分析を進めている。
 パソコンの画面に映し出される地球情勢に、彼女はただ息を飲むしかなかった。
「ここ最近、また鏖殺寺院を名乗るテロリストが活発化し始めた。近いうちに、大きな何かがありそうだ」