天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

リアクション公開中!

The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

リアクション

3.


「生身で適うと思ってんのか? 甘いんだぜ」
 天馬のイコン、イカロスを操り、如月 和馬(きさらぎ・かずま)がせせら笑った。
 先に件の洞窟を発見できるならばそれで良かったが、こうして鉢合わせしてしまった以上は、邪魔者は排除する他にない。
 共に行動するグンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)は、出来る限り眠らせて彼らを足止めできれば良いとも思っていたが、和馬はそうとも言えないようだ。
「和馬、グンツ。いくぜ」
 ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)が二機を誘導する。三機で連携をとり、常に3対1の構図をとるのがジャジラットの戦法だ。例え戦力は遙かに高いイコンでといえど、手加減はしない。
 ジャジラットにしても、戦闘は本意ではない。バルバロイの姿をあえて見せることによって、逃げ帰ることを期待してもいた。
 しかし、どうやら薔薇たちは、立ち向かう道を選んだようだった。
「ならば……仕方ないな」
 ジャジラットの言葉に応えるように、バルバロイが不気味な舌なめずりをした。


 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が、厳しい眼差しを上空に向ける。
 危険を伝えるためにかけつけた久途 侘助(くず・わびすけ)が、その傍らに立ち、同じように異形のイコンを見上げていた。
「なんの目的か知らねぇが、タシガン貴族の一人として、横からかっさらおうったってそうはいかせねぇぜ!」
 ソーマは片手をあげた。炎の嵐が巻き起こり、空中のイコンを狙う。
 同じく、瑞江 響(みずえ・ひびき)が刀を構え、バルバロイへと立ち向かった。アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が、後方で支援する。しかし。
「響!!」
 前へ出た響だけをねらい撃つイコンたちの攻撃に、響の身体が跳ね飛ばされる。アイザックは血の気が引くのを感じながら、彼へと駆け寄った。そして、その身を抱き上げると、手近な岩陰に待避する。
 響の白い肌に滲む赤い色に、アイザックは自身もまた傷を負ったかのような痛みを覚えた。契約者同士だからではない。それ以上の絆が、この痛みの理由だ。
「アイザック……みんなは、大丈夫か?」
「それはこっちの台詞だ!!」
 傷つき倒れても、アイザックや他の生徒を気遣う響に、アイザックは堪らずに怒鳴りつけた。
「そうだな。……すまない」
 響は素直に侘び、アイザックを見上げる。
「無茶しやがって。俺様はそんなにヤワじゃない!」
 響のそんなところが愛おしいとは思うが、やはり、彼が傷つくことはアイザックには耐えられない。アイザックは、魔力を注ぎ込むようにして、ヒールで響の傷を癒した。しかし、走ることはできても、満足に戦うことは難しいようだ。
「響、大丈夫か!?」
 リア・レオニス(りあ・れおにす)が駆け寄り、声をかける。
「ああ。とりあえず、動けそうだ」
「……響とアイザックは、しばらくここにいてくれ。向こうは一人ずつ狙ってる。バラバラでいても、的になるだけだ」
 リアはそう言うと、顔をあげ、走り出す。光一郎とクリスティーにも、とある作戦を告げるためだ。
 全員で力をあわさなければ、負ける。それだけは絶対に確かだった。


 レッサーワイバーンが、翼を広げる。クナイ・アヤシ(くない・あやし)が、移動のために連れていたものだ。清泉 北都(いずみ・ほくと)と共に乗り込むと、大空へと飛翔する。
「面倒事は嫌いなんだけどねぇ」
 北都はそう口にしつつも、時折振り返り、彼らを狙うイコンたちを確認する。サイコキネシスでもって、目くらましの岩をぶつけるが、いずれも容易に砕かれてしまった。
「さすがに岩だけじゃ無理かなぁ」
「北都、気をつけてくださいね」
 ワイバーンを操りながら、クナイがそう声をかける。
「大丈夫だよ。……クナイがいるんだから」
 微かに甘えた言葉に、クナイは微笑んだ。同時に、なにがあっても、北都を護ると強く胸に誓う。
 ワイバーンは、切り立った谷の合間を滑るように跳んでいく。まるで激流をかけのぼる魚のように、力強く。
「一旦二手に分かれるぞ。おまえらは、正面へ回り込め」
 ジャジラットが、そう指示を送る。二匹の天馬が上空へとさらにかけあがり、先回りをしようと一旦離脱した。
 むしろ、それがねらい目だ。
「捕まってください!」
 クナイが声をあげ、一気に、レッサーワイバーンがその高度を下げる。ほぼ、落下に近いスピードだ。振り落とされまいと、北都は懸命にクナイの背中にしがみついた。その後を、バルバロイが吠えながら追う。
「テペ、一気に燃やして!」
 サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が、フラワシの『テペロピ・テテ・テペルペ』に命じる。彼だけではない。機を狙い待ちかまえていた生徒達すべてが、その力を込め、バルバロイに必殺の一撃を放った。
 クリスティーの歌声が響く中、雷と炎が渦を巻き、炸裂する。
 轟音とともに、バルバロイがその身を捩り、咆吼をあげた。びりびりと大気が震え、霧と粉塵が舞い上がる。
「うわっ!!」
 サトゥルヌスは身をかがめ、跳んでくる破片を避けた。長い黒髪が爆風に靡く。少年を気遣うように、フラワシが彼の周囲を浮遊した。
「……大丈夫だよ、テペ」
 そうは答えるが、油断はできない。バルバロイがどうなったのかは、粉塵の向こうでようとしてわからず、そしてまだ、二体のイコンは残っているのだ。
 ――しかし。
「……なんの炎だ?」
 上空にいた和馬が、そう呟く。
 バルバロイは傷ついた身体を起こし、再び飛び上がった。一つには、その足元が急激に崩れるのを感じたからだ。
「全員、逃げろ!」
 シンプルかつ的確な指示を、光一郎が口にする。谷底に入った亀裂は、次第に広がり、重力に負けるように崩れ落ちていった。
 クリスティーが、サトゥルヌスの手を引く。互いにその身を庇いつつ、彼らは一旦、谷底から待避した。
「……なに、これ……?」
 サトゥルヌスが呟く。その声は、微かに震えていた。

 谷底に、ぱっくりと開いた口。それはまるで、大地の傷口のようでもある。
 そこから、赤い炎が不気味に燃え上がっていた。
 夕闇に沈んでいく谷に、その火だけが灯りとなった。
 マグマというわけではない。穴を構成する岩そのものが、赤い炎を上げて燃えているのだ。
 さながらそれは、地獄の門というようであり……。
「ナラカへの、入り口……」
 北都は、クナイの背中で、そう言葉をもらした。だが、これを目にした多くの者が、そう感じたことだろう。

 すると、呆然とする彼らの背後で、三体のイコンはその身を反転させた。まるで、何者かに呼ばれたかのように。

 そして、事実、彼らは呼ばれたのだ。あの『声』に。
(ああ、見つけたんだね。だけどそれは、まだ未完成品だよ。一度、戻ってくれないかな?)
「……ウゲンか」
 グンツが呟く。
「ちっ、しょうがねーな」
 和馬も渋々と、イカロスで離脱する。
 目的の物は、この炎のあぎとの奥にあるのか。しかしこの場で奪うには難しそうだ。
 彼らはそう判断をすると、その場を退くことにしたのだった。