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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
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3.

「……ふぅ」
 真城 直(ましろ・すなお)が、小さく息をついた。
 ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)が提供したこの図書室……いや、書庫、あるいはひたすらな知の倉庫……そんな場所で、生徒たちは黙々と作業を続けていた。
 古文書といえば聞こえはいいが、実際には碑文の写し書きや、画像データの類がほとんどだ。しかもそれらは散逸や欠損が激しく、解読作業はひどく難航していた。
「真城さん。こちらの復元は、終わりました」
 イエニチェリ、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、そう声をかける。
「ああ。ありがとう」
「……古代シャンバラ語がほとんどのようですが、いくつかは……」
「地球の古代語に近いようにも思います」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)が、そっと言い添えた。
 彼女とリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、呼雪に協力を申し出て、この場に同席している。念のため、薔薇学の制服を着用し、未憂は長い黒髪を束ね、眼鏡もかけていた。逆に、リンはいつもは可愛らしく結った髪を解き、なかなか凛々しい男装姿だ。
「それも、暗号混じりのようです」
 リンが呼雪と直に報告する。
 ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、その脇で、資料のデータを詳細に記憶し続けていた。どこになにがあり、かつ、保管状態がどうであったのかも。
「なにせ古い資料だ。ノイズも多いだろうが……しらみつぶしに解読していくしかないな」
 呼雪はそう言うと、未憂とリンに、作業を引き続き頼んだ。ここは、二人の知識を信じ、力を借りるべきところだ。
 ……気にかかるのは。これらの資料はウゲンからもたらされたようだが、その目的はなんなのだろう。シパーヒーと引き替えということなのか。しかし、それだけではない気がする。
 タシガンはかつて存在していなかったという噂も耳にしている。ならば、それを作り出した力こそが、校長の求めるエネルギーということなのだろうか……?
「呼雪」
 考え込んだ呼雪の名を、ユニコルノが呼んだ。彼の体調を気遣っているのだろう、その幼い少女の青い瞳が、まっすぐに彼を見上げている。
「大丈夫だ」
 短く答え、呼雪は顔をあげた。
「無理はしないことだよ」
 ……そう声をかけたのは、一体の魔鎧だった。しかし、それは元々は人間だったことは、誰もが知っている。
 魔鎧に封じられたままの、異形のイエニチェリ。……ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だ。
「……ありがとう」
 そう答えたものの、呼雪の声は、硬いものだった。
「なに。同じイエニチェリなんだ。支え合わないとね」
 粘ついた笑い声をあげ、ブルタの身体が微かに軋んだ音をたてた。
「…………」
 この男がいる以上、油断はできない。だが、ブルタは熱心に協力もしており、無下にすることもできない。
 作業の傍ら、ある種の緊張感が、この部屋にぴんと張り詰めていた。
「ボクもウゲンの暴走を止めたいんだよ。領主だからって、なにをしてもいいわけじゃないしねぇ」
 ブルタはそう呟き、また、鎧の身体を軋ませた。その後ろでは、彼を護るように、ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)が赤い瞳を光らせつつも、用意したお茶を各自に配っていた。
「どうぞ」
「……どうも」
 未憂は受け取るが、すぐに口をつける気にはなれない。
 しかし、直は自らその挑戦を受けるように、ぐいとカップの茶を飲み干した。
「今は解読が最優先だ」
 そう言い捨て、ちらとだけ、ブルタを見やる。
「もっともだね。さすが我が同輩」
「……ああ」
 白い手袋で口元を拭い、直は頷いた。
 喩え、誰がどう邪魔をしてきたとしても、最後には薔薇の学舎が勝ってみせる。それは、ジェイダスのためでもあり、同時に、己の誇りにかけてだ。そう、彼の瞳には決意が漲っていた。
 呼雪もそれに答えるように、無言のまま、再び作業に没頭する。
 その、一方で。
(うーん、真城さんて、童顔だけど意外と攻だよなぁ〜)
 雑用係として、彼らの手助けをかってでていたアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)が、内心で呟いていたりもした。
 もちろん熱心に彼も手伝ってはいるが、頭の中の妄想に関しては、何人も不可侵であり自由な以上、アーヴィンの暴走は止まらない。
 なにせ、BLゲーム好きが高じて薔薇学入学を希望した、という強者である。
(ラドゥさんが真城さんに依頼したんだって…? ラドゥさんはあれだな、ツンがツン過ぎて本当は仲良くしたいのにあえてツンで物事を依頼してしまうのだ。きっとそのうち、「どうだ調子は、まさか何も判明していないというわけでは無かろうな」とかいって見に来て、なんだろう、手伝ってくれないのかなとか心中で思いながらも黙々と作業するとある夜、徹夜で作業する真城さんの元にラドゥさんが! 進捗がほとんど進んでなくてイライラしているところを突っかかってくるラドゥさんにキレて押し倒した真城さんの運命やいかに! 真城×ラドゥか! いいな! いや逆でもいけるな!)
「……ヴィン、アーヴィン・ヘイルブロナー!」
「は!?」
 直に五度目に名前を呼ばれ、ようやくアーヴィンは妄想特急から下車した。気づけば、若干直の視線が痛い。
「一度顔でも洗って来い。少しは目が覚める」
「い、いや。……そうだな、そうしよう」
 頷き、洗面所へと向かいながら、アーヴィンは思った。
(意外と、ラドゥさんとはツンデレ同士ってことになるのか。しかし、ツンデレ×ツンデレは難しいな……。呼雪さんと真城さんていうのはどうか!? んー、けど、どうせならちょっとは噂の真城さんの関西弁バージョンも見たいとこなんだけどなー)
 ……懲りない男である。
 アーヴィンが出て行ったあと、謎の悪寒を感じ、直は思わず己の肩をさすった。
「どうかしたか?」
 同じく、彼らの手助けにあたっていた上月 凛(こうづき・りん)が、そう直に尋ねる。
「僕も、少し疲れたかもしれんわ」
 仮面を外し、ふぅ、と直は目元を擦った。
「少し休んでください。後はわたしたちがすすめておきますから」
 未憂にすすめられ、直もまた、席を一度立った。
「……だいぶ、疲れがでてきてるみたいだな」
 凜の呟きに、傍らのハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)が頷いた。
 凜としては、とくに解読方面に自分の知識があかるいわけではないという自覚もあるため、おもに全体の分担についてや、ユニコルノとともにデータそのものを採集していた。そのほか、アーヴィンやステンノーラと、食事や飲み物の手配といったこともしており、なかなかに忙しい。
 そろそろ夜食でも用意したほうがいいか、とちょうど思っていたところでもある。凜はハールインとともに、一旦図書室から退出することにした。
 とっぷりと夜も更け、廊下は薄暗い。今夜は月もないようだが、霧にかこまれたタシガンでは、もとより星はほとんど見えないのが常だ。
「アレは、作ってるの?」
「ええ」
 凜が言う『アレ』とは、念のためのデータ複製だ。ユニコルノ自身がバックアップにもなっているが、ハールインがさらに念を入れて、といったところだった。
「肝心の部分を持ち去られては、どうにもなりませんから」
「そうだな」
 頷き、凜はふと、窓の外の暗闇を見つめる。
「……ブラックラビリンス、か」
「実際、これだけ調べて、その情報が記されているかは、私としては甚だ疑問なんですけどね……」
 ハールインは言う。そもそもが、ウゲンの嘘ではないかという気もするのだ。
「罠の可能性もあるな。ただ、……罠であったとしても、その道を選ぶつもりなんだろう」
 果たしてそれは、本当にジェイダスが望むものなんだろうか。凜にはわからない。しかし、だからこそ、この暗闇のなかに星を探すがごとく、自分たちで足掻かなければならないのだろう。
「僕は、僕のできることをするだけだ」
 自らに誓うかのように、凜はそう口にすると、まっすぐに歩いていった。

 同じ頃、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)とともにいた。呼雪に頼まれ、禁猟区をかけたお守りを渡すためだ。
 南瓜をかたどったそれをさしだされ、ラドゥは「なんのつもりだ」と顔をしかめた。
「万一のことがあったら、危ないから」
「……貴様らに心配されるほど、落ちぶれてはいない」
 つんと顔をそむけつつも、ラドゥはお守りを大切に懐にしまう。尖った耳は、微かに赤らんでいた。
「でもまぁ、これはもらっておくがな」
「うん! そうして!」
 ヘルはにっこりと笑いかけた。それから、ふと彼は、ずっと抱いていた疑問をラドゥへとぶつけた。
「そういえば、ラドゥはウゲンの事どう思ってるの? ジェイダス校長が手をこまねいてる状況なのも含めてさ」
「……ウゲンは、見た目は砂糖菓子のようだが、中身は劇薬だ」
 ラドゥはそう言うと、目を眇め、今はここにいない領主に対して、憎しみにも似た視線を向けた。
「ただしそれは、使い方次第で薬ともなる。要は、こちらも利用してやればいいということだ」
「ウゲンって、眠る前からあんな感じだったの?」
「そうだな。得体の知れなさは同じようなものだ」
 ラドゥの返答に、ヘルは「そっかぁ」と頷いた。
 ウゲンは本当はいくつなのだろうか。子供でも年寄りでもあるような、不思議さがある。眠る前のことを覚えていないというのも、本当ではないようにヘルは感じていた。



 ……そして、深夜。
「これか……」
 呼雪と未憂は、いくつかの資料をつきあわせ、ようやく一つの解答に辿り着いた。
 タシガンの北部。山々の間に隠された霧深い谷底。そこに、「眠らされた秘宝」は存在するようだ。
 かつては聖地と呼ばれ、あるいは寺院があるとされ、そしていつ頃からか、人々の記憶からは詳細は排除され、むしろ「忌み地」とされてきた谷だった。
 そこになにがあるのかについては、まだ解読の必要がある。しかし。
「ひとまず、目処はついたな」
 呼雪が呟く。
 ――この情報をもとに、明日には、探索部隊が出発することになっていた。