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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

リアクション

3章
1.


 ここに来るのは、久しぶりのことだ。
 ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)は、以前にも増して崩れ落ちた建物と……そこに蔓延る巨大な白い薔薇の木を見つめ、そう思った。
「これが、エルジェーベト伯爵夫人だったもの……か」
「ああ、そうだよ」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の言葉に、ナンダは頷いた。
 かつて、吸血鬼を苗床にして育つという魔の『種』を用い、この館の主人であった女吸血鬼は、今はこうして、ただ白い薔薇を咲かせる存在となっている。
 果たして今のタシガンを見るに、そのほうが幸せだったのかもしれないが、果たして。
「どんな人だったの?」
 空飛ぶ魔法↑↑の力で、若干ふわふわとその場に浮いたまま、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が尋ねた。
「怖い女性だったね、なかなか」
 その時のことを思い出したのか、ナンダは含み笑いを漏らした。全身を覆い隠すように包み込んだマントが、ふわりと揺れる。
 呼雪は、彼女のことについて、多少は知っている。頑ななまでに地球人を拒絶した根本には、ウゲンの存在がやはりあるのだろう。
(馬鹿だな……全てはウゲンの掌の上だというのに。あんたも、俺達も、皆あいつにとってはただの玩具さ)
 そう理解した上で、その先へ進む手だてを考える。呼雪は、そう思っていた。
 しかし、ナンダの前でそれを口にすることはしない。
 彼を受け入れることを提案したのは、誰よりも呼雪だった。ジェイダスがそうしたように、腹の底の思惑は色々であっても、探索の効率・効果を上げる為に必要だと思ったからだ。
 それをナンダは感謝している様子で、探索に対しても誰より熱心だった。
「誰のためでもない。ただ純粋にボク自身が知りたいと思っただけだよ」
 ナンダはそう口にしていたし、実際にその通りなのだろう。
「呼雪さん。後はやはり、ここが怪しいようだねぇ」
 他の生徒たちとも情報を交換しつつ、廃墟を見て回っていたハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)が、そう言いながら礼彼らの元にやってきた。デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)と、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の姿もあった。
 クリスティーは、白薔薇の木を前に、沈痛な面持ちで目を伏せる。思うところは、様々にあるのだろう。
「やっぱり、そうだろうな」
 呼雪はそう言いつつ、崩れたステンドグラスと、薔薇の木を見上げた。
 ウゲンのことだ。魔道書は、おあつらえ向きの場所に安置されていることだろう。そして、祈りの場と表現せずにはいられないようなこの建物こそ、まさにそういった風情だった。
「とはいえ、反応はないな」
 トレジャーセンスで周囲を探り、ナンダが首を振った。
「金品ではないので、反応はしにくいかもしれませんねぇ。あるいは、封じられているとか?」
 ハルディアはそう予想を提示し、小首を傾げた。
 一方で、クリスティーは彼らからやや離れた場所で、じっと佇んでいる。
 そして、探索の邪魔にならぬように身を退くと、静かな声で、歌い出した。
 それは、弔いの歌だ。謝辞ではない。クリスティーにも、クリスティーなりの覚悟と想いがあったことだった。しかし、だからといって、悼む気持ちは変わらない。むしろ、その悼み……痛みを忘れずに抱えていくこともまた、強さというのかもしれない。
 そんな想いをのせ、クリスティーの透明な歌声が、廃墟へ響き渡った。
 ……その時だった。
「……反応した!」
 ナンダが声をあげた。突然、彼の感覚に、明確に訴えてくるものがあったのだ。
「モーガン、歌を続けるんだ」
 呼雪が指示する。ナンダは、トレジャーセンスを頼りに、導かれるようにその祭壇……かつてエルジェーベト伯爵夫人だった、複雑に絡み合い、巨木と貸したその枝に触れた。
「…………!」
 途端に、火傷しそうなほどの魔力が、ナンダに感じられる。彼は咄嗟に手をひくと、しげしげと薔薇の木を見つめた。
「大丈夫か?」
 ディビットが問いかけ、ナンダの身に触れようとする。だが、ナンダは素早く離れ、「大丈夫だ」と首を横に振った。……この身体の状態を、他者に知られることは、避けたかった。
「この奥に、あるようですね」
 ハルディアが、ごくりと息をのんだ。
「そうか……」
 おそらくは、伯爵夫人が最後まで身につけていたのだろう。となると、魔道書といっても、大きさは小さなものなのかもしれない。とはいえ、クリスティーの歌声に反応し、目覚めた魔道書は、その鼓動が感じられるほどに強大な魔力を感じさせる。
 薔薇の木、といっても、元は彼女の身体だ。死してなお傷をつけるような真似は避けたくもあったが……。
「伯爵夫人、……失礼する」
 呼雪はそう言うと、自ら枝に手をかけた。
 デイビットも手を貸し、二人は枝を切り払い、その深くに抱かれるようにして残された、青い石を手にした。
「これが、魔道書だな」
 おそらくは、なんらかの記憶媒体なのだろう。全体が青く発光し、呼雪の手の上で微かに熱い。
 だがそれも、やがて収まり、静かに沈黙した。
「すぐに中身が読める、というわけではなさそうですねぇ」
 ハルディアはやや残念そうだ。
「……呼雪!」
 一同が暫し呆然とした時、鋭くユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が警告を発した。
 まるで、魔道書の魔力が最後の支えであったかのように、白薔薇の木に亀裂が走り、白い花弁が舞い落ちる。急激に枯れていく白薔薇とともに、廃墟が唸りをあげて崩れ始めた。
 ヘルが咄嗟に呼雪を抱いて飛ぼうとしたが、その寸前に、やや高いところで彼らを見ていたラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)が、すかさず呼雪を抱き上げる。ヘルの顔が、不満げにしかめられたが、そんな場合でもない。
「脱出だ! 急げ!」
 ナンダが声をあげ、一同は走り出す。他の場所を探索していた生徒たちも、それぞれに退避し、彼らは無事合流した。
「皆さん、大丈夫ですか? 怪我人いますか」
 山南 桂(やまなみ・けい)がそう尋ねてまわるが、今のところ擦り傷程度のようだ。
「しかし……これで本当に、跡形もなくなってしまいましたね」
 もはやそこは、ただ瓦礫が広がるだけの空間だ。かつての館の風情は、どこにもない。
「お疲れさまでした。怪我人も無く目標達成でしょうか?」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、そう微笑む。だが。
『クリスティー、……最後まで安心はできないみたいだ』
「クリストファー?」
 先ほど携帯で通話した、空中から警戒をしていたクリストファーの言葉を思いだし、クリスティーが空を見上げる。そこにはすでに、クリストファーのワイバーンの姿は見えない。
 しかし、クリスティーの言葉の意味を、すぐにクリストファーは知ることとなった。


(動いたか……)
 光学迷彩で身を隠しつつ、監視を続けていた橘 カオル(たちばな・かおる)は、気配を悟られぬように注意しつつ、無線を耳にあてた。
 思ったより、夏の館にやってきた人数は多い。取り押さえられるかは不安もあるが、こちらもそれなりの人数がいる。なにより、話がわかってもらえれば良いのだが。
 カオルの役目は、教導団、鋼鉄の獅子隊の一員として、この夏の館での一連の出来事を監視し、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)に報告をすることだった。
 その後のことは、レオンハルトの役目だ。
(これもみんなの安全のためなんだ)
 魔道書を教導団のものとするのは、その力を狙う勢力に奪われないためだ。薔薇の学舎だけでは、心許ない。カオルはそう思う。どうかそれを理解して、なるべく穏便にことが済むよう、祈ってもいた。
 やがて、生徒たちが移動を始めた。それを見計らい、カオルはレオンハルトへと連絡を入れる。
「……こちら、夏の館。薔薇の学舎の生徒たちが動きはじめました」
 未だ土煙が舞う廃墟を見下ろし、カオルはきびきびとそう告げた。

 そして。それから、すぐに。
「何をしているかと思えば……。誇り高き薔薇の学舎の生徒が火事場泥棒の真似事とはな」
 シャンバラ教導団、鋼鉄の獅子隊。レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)が、そこに立っていた。