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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション

 トンネルを脱し、開けた場所に出たことで、契約者は一気に優位を得る。車両から飛び出してしまえば、逃げ場のない場所で弾幕を直接浴びずに済むからだ。
「みんな、無事に出られた!?」
 走る車両から飛び出し、遠野 歌菜(とおの・かな)が仲間の安否を確認する。
「へっ、このくらいでヘマするようなタマじゃねーよ!」
 武が、イビーが、その他戦闘に参加していた契約者が、それぞれに無事を伝えてくる。
(飛空艇が用意できなかった分、機動力の低下は否めない……だが、それは相手も同じこと。一つの窮地は脱した、ここからが俺たちの、反撃の時間だ)
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)も態勢を整え、歌菜の横に立つ。
「私達、イルミンスールの皆の想い、届けるまで、届くまで! 絶対に負ける訳には行かない!」
「ああ、守るぞ。負ける訳には行かない!」
 熱き想いを胸に、車両から契約者たちを追って降りてきた襲撃者が見舞う銃撃を、歌菜と羽純がそれぞれ、横に飛んで避ける。先程までに比べ、一人当たりに向けられる銃撃は明らかに少ない。襲撃者にとっての敵が広範囲に散開し、それぞれに対処する必要が生じたためである。
(このくらいの攻撃なら、武術部の修行で経験してきた!)
 二槍を携え、歌菜が銃撃を掻い潜り、襲撃者の集団へ飛び込む。踏み込んだ勢いで繰り出した槍の一撃で、一人の持っていた銃を弾き飛ばす。腕を押さえてうずくまる襲撃者は、次いで飛んできた歌菜本人の蹴りを食らって吹き飛び、地面を転がる。
(気を失わせてしまえば、自爆されるのを防げるはず――)
 その目論見からの攻撃は、しかし、地面に伏せていた襲撃者の身体が自動的に発火するのを見て徒労に終わる。どうやら、襲撃者一人一人が目的を達成――この場合の目的は、契約者と重要人物の抹殺と思われた――出来なくなった時点で、自動的に“消される”ようであった。
「そんな……どうして、こんなことが出来るの!?」
 歌菜の訴えは、襲撃者にはもちろんのこと、襲撃者を派遣したであろう『黒幕』にも届かない。
「歌菜……辛いが、戦いの手を緩める訳には行かない」
 羽純に激励され、歌菜は意識を現実に振り向ける。そうだ、ここで戦わなければ、仲間を諮問会へ連れて行けなくなる。会議に参加する人を守り抜くのが、私に出来る、私の戦いなんだ。
(私達の手で、イルミンスールを守る……アーデルハイト様が居ない今こそ、私達は歯を食いしばって、危機を乗り越えなくちゃいけないんだ……!)
 自らを奮い立たせ、歌菜は二槍と体術を駆使し、襲撃者を打ち倒していく。
「部下を使い捨てにしてまで、僕たちを殺そうとする……そういう敵とも、これからは戦わなければならないのだろうか」
 発射したワイヤークローで襲撃者の行動を封じ、リアが呟きを口にする。
「嫌な風、ではあるよね。皆が掲げた目標が、絶対に達成されない、嫌だよ、本当に。
 ……だけど、それでも、セラ達は全力で護るだけさ」
 あの時みたいにルイ一人で背負わせない、そう付け足したセラの表情には、珍しく真剣な想いが滲んでいた。
「……ああ。僕も、覚悟を決めるさ」
 言って、リアがワイヤーを引き寄せる。引っ張られるように近付いて来た襲撃者を、リアは振るった拳で吹き飛ばす。地面を転がった襲撃者が動きを止めると、彼の身体からは炎が生じ、それはジワジワと、そして跡形も無く彼の身体を消し去っていく――。


 そうして、契約者たちは辛くも、窮地を脱することに成功した。時間差で襲撃を仕掛けてきた襲撃者――既に遺体が跡形も無く消えているため正確な数は不明だが、六十名ほどだったと推測される――を退け、契約者たちは流石に疲労を浮かべた表情を見せる。
「とりあえずはま、無事を喜んどくか。……にしてもこれ、どうすンだ?」
 武の言葉は、周囲の様子を一目見れば、理解するのは簡単であろう。戦闘の傷跡はあちこちに穿たれ、とても放置しておけるような代物ではなかったからである。
「心配には及びません。これらの処理に関しては、どうか我々にお任せいただきますよう」
 聞こえてきた声に契約者たちが振り返ると、赤を基調とした、刺繍や飾りを施されたロングコートを纏った数名の者たち――男性も女性もいた――が立っていた。胸元に付けられた、ヤドリギをモチーフとしたシンボルを認めて、契約者たちは彼らの正体に気付く。
「申し遅れました、契約者皆様方。私たちはノルベルト様の命を受けました、ミスティルテイン騎士団の者でございます。
 襲撃の可能性がありながら、我らが当主ノルベルト様のために護衛を割いてくださったこと、感謝いたします。……失礼ながら、パラミタより参られましたルーレン・ザンスカール様はいずこに?」
「あァ、それなら――」
 大体の事情を把握した契約者たちが、一つ安堵の溜息を吐いたところで、連続した爆発音が響き渡る。音の出所は、一般人と仲間、それにフィリップとルーレンを乗せた車両があるトンネルからであった――。


 後処理をひとまずミスティルテイン騎士団の者たちに任せ、契約者たちは事の真相を確かめるべく、トンネルに戻る。三両目から車内に戻り、怯える一般人を横目に、二両目の半ば辺りに立っていたフィリップとルーレンに、何があったのかを尋ねると。
「一般の方々の中に、一般人を装った襲撃者が紛れていたのです。彼らを先頭の車両に隔離したところまでは良かったのですが……」
 そこまで言った、ルーレンの表情が陰る。しばしの沈黙を経て語り出したルーレンによると、情報を掴もうと行動を起こした一部の契約者の目の前で、隔離していた者たちが一斉に爆発したとのことであった。一般人に被害はなかったが、爆発の影響で数名の契約者が負傷したとのことであった。
「…………」
 そこに、治療を終えたレイナが現れる。浮かべた表情は、見ている者が心配になるほど、暗く落ち込んでいた。
「……治療は終わりました……一名、後に残る傷を負っている方がいます……」
 声を絞り出すように報告するレイナによると、最も爆心地の近くにいた契約者の片目に、爆発で飛んできた欠片が刺さったのだという。一歩間違えば即死だが、すんでのところで治療が間に合い、命は取り留めたとのことであった。
「そうですか……あなたの行いは、何ら落ち度はございません。気休めではありますが、どうか気になさらないでください」
 ルーレンの労いに、レイナが薄く笑みを浮かべて答える。
「……皆さん、お疲れさまでした。皆さんの働きで、一つの危機を脱することが出来ました。
 ですが、残念ながら失われてしまったものがあります。しかし、これは決して皆さんのせいではありません。……相手が、それだけの覚悟を有していた故の結果です」
 ルーレンが、集まった契約者たちを前に、言葉をかける。……言葉をかけることで、全てを守り切ることは出来なかった事実に変わりはなくても、少しでも契約者たちが気負うことのないように、そういう願いからであった。
「……私たちの覚悟は、意思は、諮問会の場で示しましょう。私たちを護り抜いて下さった皆さんの思いも乗せて」
 視線を移動させ、諮問会への参加者に向けて放たれたルーレンの言葉が、それぞれの胸に染み入っていく――。


●ドイツ近郊の病院

「……く……」
 目を覚ました輪廻は、しばらくの間、自分がどこにいて、どんな状況なのか理解することが出来なかった。身体の節々に残る痺れ、そしてハッキリとしない視界が、理解を妨げていた。
「四条殿!? 目を覚ましたでござるか!?」
 声がかかり、輪廻はそちらを向く。視界の一部に、心配そうな表情の白矢が映る。
「……白矢……俺は……」
「四条殿は敵の情報を掴もうとして、敵の自爆に巻き込まれたでござるよ」
 白矢の説明を受けて、輪廻は朧気ながら状況を理解する。隔離した、一般人を装っていた襲撃者から情報を聞き出そうとして、爆発に巻き込まれたのだと思い至る。
「……まさか、そこまでこちらを殺しに来ていたとはな……俺の見込みが甘かったというのか……」
 考えの甘さを口にした輪廻は、そこでようやく、自分の身体がおかしいことに気付く。先程から右の視界が見えにくい上に、どことなく視界が暗い。
「……四条殿、気付かれたか?」
 白矢の言葉に、どういうことだ、と答える余力は残っていなかった。認めたくなくとも、身体は正直に、自らの状態を伝えてくる。

 右目の機能が、完全に喪われているという、現実を。