天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

まほろば遊郭譚 第三回/全四回

リアクション公開中!

まほろば遊郭譚 第三回/全四回

リアクション


第六章 噴花のとき3

「四つの鬼の力が揃う瞬間が……緋雨、今しかなかろう!」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)の護衛として付き従う天津 麻羅(あまつ・まら)
 彼女たちはこの時を待っていた。
「一か八か、貞継(さだつぐ)さんを取り戻せるか、やってみるわ!」
 緋雨が走りこんでいる。
 目指す貞康は、桜の樹に向かって両手を広げていた。
 四つの光の玉が扶桑を取り囲んでいる。
 光の玉はよくみると桜の花びらの塊だった。
「天子様、貴方様に人間にしていただいた鬼が再び参りました。私はこの地のために力を尽くしました。今後は、この者たちが代わりに護っていくことでしょう。今一度、お姿を。そして生命(いのち)をこの地にお与えください」
「天子様、私の願いもおきき遂げください! 貞継さんの心をとり戻したい! もう一度、あの人に逢わせて――!」
 貞康は、緋雨の『願い事』を聞いてにやりとしていた。
「天子様。ここにも、こう願うものがいたようです。私も二千五百年前、私のために命を賭けてくれた武士(もののふ)一千機に、もう一度会いたい!」

 扶桑の上空に暗雲が満ち、雷が鳴り響く。
 地面がグラリと揺れ、扶桑の枝の蕾が膨らんでいく。
「扶桑は、死と再生を繰り返す世界樹……やはり噴花は免れないか!」
 影月 銀(かげつき・しろがね)が、パートナーのミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)の手をとって、地面にしゃがみこんでいた。
 その場にいたものは恐怖のあまり動けないでいる。
「『噴花』が起これば、新たな生命がばらまかれる。マホロバの多くの生命が失われる。避けられないのであれば、被害を最小限に食い止めるための策を練らねばならん」と、銀。
「どうやって? イルミンスールの世界樹には『噴花』なんてないのに。どうして扶桑だけこんなことが起こるの?」
 ミシェルは目の前の出来事が信じられないでいる。
「俺だって知りたい。死が見たいわけではない。しかし、このままマホロバなくなっても困る!」
 貞康は眼を閉じる。
 二千五百年前もそうだった。
 でもあの時は、他にやることがたくさんあった。
 彼はこの地に人として留まり、共に生きることを選んだ。


扶桑は輪廻のための装置。
命の輪をつなぐもの。
噴花は終わりでもあり、始まりでもある


 扶桑の樹から天子が姿をあらわした。
 両手に抱え、樹を失っている秋葉 つかさ(あきば・つかさ)たちを優しく、一人ひとり地面におろしてやる。

『その数千年の願い。確かに聴き遂げました』


 ひとつ、またひとつ花が咲く。
 桜の花びらが舞い、空に噴き上がった。
 台地は激しく揺さぶられ、立っていられないほどである。
 人々は何か捕まるものを求め、手を取ったり、抱きあっていた。
 やがて上空を花弁が多い、日の光をさえぎった。
 周囲は暗闇に落ち、薄桃色の桜だけが光と発しながら飛んでいる。
 桜の花びらは、北へ南へ、東へ西へと飛び散り、マホロバ全土に広がっている。

「何が……起きようとしている!?」
 銀は周囲の無事を確かめるべく、辺りを見渡した。
 子供たちは怯え、火がついたように泣いている。
 貞康は白継、そして緋雨の子、緋莉姫(あかりひめ)の小さな頭をなでていた。
「鬼城の血を引くものよ。お前たちはこの地と人を守り、守られながら、命ある限りその使命を全うするのだ」
 涙を流す樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)に貞康は言った。
「その子の背中にある『天鬼神』の印は、鬼が生きてきた証であり人と繋がることのできた証でもある。消させないでくれ」
 貞康は鬼の姿へと変貌している。
「これから数千年後、世の中はすっかり変わっているかもしれん。まだやらねばならんことがあるだろう。わしが行こう。だから……今は」

 扶桑よ、桜の世界樹よ! どうか今は、この者たちを連れていかないでくれ!!

 一瞬、声音が変わる。
「貞継(さだつぐ)……戻るか。二度の噴花にまみえるとは……わしは疲れたぞ。しばし休ませてもらおう」
 貞康の表情が穏やかなものになった。
「嘆くな。扶桑に取り込まれた者はまた会える。違う時間、違う場所で……もう一度、日本で会おう。皆の者!」
 それが貞康の最期の言葉だった。
 桜の御霊は次々と扶桑の中へ消えていき、桜の花は美しく色づく。
 ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が両手で顔を覆いながら、その場に膝まづいていた。
 彼女の頬から涙が零れ落ちる。
「貞康様が……消えていく……!」


 貞康の身体を桜の花弁が取り囲んだ。
 前にも一度見たことのある光景だった。
「やだ……誰も連れていかないで……!」
 少女の声が聞こえた気がした。

 多くの生命(いのち)が桜の樹に吸われていく。