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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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第二楽章「別離」

 
 古代都市。沿岸部。
「……で、これは一体どういう状況なんだ?」
 目が覚めてしばらくすると、上空に見覚えのある巨大なイコン――【マリーエンケーファー】の姿が見えた。
 撃沈されたはずのそれが、しかも浮いているのを見て十七夜 リオ(かなき・りお)は本当に自分が生きているのか疑問に思ったが、F.R.A.G.のクルキアータや学院のイコンの姿があったことでちゃんと生きていると自覚した。
 目の前に現れた青い髪の女性が、ふらつきながらリオの方に倒れこんだ。
「早く逃げろ、って何処に逃げるのさ! てか、女!? エヴァンって男じゃなかったっけ!?」
 というより、テレパシーの声は男のものだった。
「な……う……」
 何か言おうと口を開こうとしているが、女は上手く喋れないようだ。
(何て言ったらいいか……色々ややこしいことに……なっちまってんだよ)
 テレパシーの声は男のものだ。
 だが、事情を聞くにもまずは応急手当だ。見たところ、リオよりもずっとボロボロである。
「えーっと、とりあえずエヴァンってことでいいのかな? 聞き覚えのある声だし」
(……多分な)
「多分って……。まあ今はとりあえず状況を把握しないと。フェル、コリマ校長に連絡を」
「……分かった」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)がコリマ校長にテレパシーを送る。それによって、二人は『暴君』との戦いの後に何が起こったのかを知った。
 前の戦いから数日が経過しており、その間にエリュシオン帝国との和平、謎の人物「総帥」による再生という名の世界の滅亡宣言、そしてF.R.A.G.との休戦協定の締結。
「で、僕達は今まさにその『総帥』の拠点にいて、その野望を食い止めるためにみんなが戦ってるってことだね?」
「うん、そうみたい」
 ということは、どこかに地上部隊もいるはずだ。
 フェルクレールトにサイコメトリで調べてもらい、合流を試みようとする。
「あと一応、エヴァン? のことも伝えといた方がいいよね?」
「うん、宜しく」
 その際、暴君のパイロットが彼であることは伏せるように頼んだ。
(なぜ……敵を……気遣う?)
「別に……アナタに借りを作ったままなのは気に入らないだけ」
「それに、ヴェロニカ君にお兄さんとやらを助けるって約束しちゃってるんでね。あの子のためでもあるんだよ」
(そうか……)
 女性の表情は動かない。
(……しかし、やり辛いな。表情は作れないし、声はろくに出せねー。使えるのは超能力……って悠長に話してる場合じゃ……なかった)
 段々エヴァンの声が男と女の二重に聞こえるようになってくる。
 そのとき、リオは殺気看破であまりにもおぞましい殺意を感じた。
(来やがった!)
 女性が振り向いた先にいたのは、もはや人とは呼べない「異形」だった。
 青い金属のようなものが身体と一体化しており、元々の人間の形が辛うじて分かる程度だ。
「な、何だよあれ!?」
(かつてエヴァン・ロッテンマイヤーだった何か……だ)
「いや、エヴァンは君だろ!?」
(だからややこしいことになってるっつったんだよ!)
「だったら説明してよ。ってか声が!」
 いつの間にかエヴァンの声が完全に可愛らしい女の子の声になっていた。が、相変わらず表情は変わらない。まさに人形、といった感じだった。
(脳内会話で自分の声がどうかなんて分かるか!)
 言われてみればそうだ。
 直後、青髪の女性が躊躇うことなくサイコキネシスで異形を吹き飛ばした。
(逃げっぞ!)
 周囲の瓦礫をまとめて吹き飛ばすほどの力であるにも関わらず、相手は無傷だった。また、改めて彼女の身体を見ると、傷がもう治っていた。
(まあ、この女の身体はそういう風に作られてるみたいだからな)
 とりあえず異形から離れながら、エヴァンからテレパシーで話を聞く。
 この女性は08号という強化人間であり、あの青いイコン【サタン】のパイロットとして作り出されたクローン生体だという。
 元々は感情どころか人格が無の存在で、命令がなければ動くことはない文字通りの人形だったらしい。それは今の様子を見ても何となく分かる。
 海京決戦でパートナーを失い、その影響で半身不随になったエヴァンと契約し、実験によってエヴァンの意識がコピーされた。それよってエヴァンが一人で二つの肉体を持つことになるはずだったのだが、それは失敗し、新たに生まれた人格によって乗っ取られてしまう。しかも、青いイコンに使用された試作段階のナノマシンが08号の超能力によって変質し、『暴君』の名に相応しいものになってしまった、とのことだ。
「それで、この前の戦いで何とか支配から抜け出したものの、最後の足掻きを見せた『暴君』の人格によってああなってしまったと。それに対し、咄嗟に超能力を発揮して僕達を爆発から護ったと……なるほどね」
(……ヴェロニカの友達かもしんねーんだから見捨てちゃ寝覚めが悪ぃだろ。まさかお前らだったとはな)
 顔は知らないはずだが、声で覚えていたようだ。
(あの爆発の衝撃でオレを支配してた人格は完全に消滅した。が、超能力を使ったのがこっちの身体だったこともあって、オレ本来の身体を持ち出すのは間に合わなかった。そのままあっちは死んだかと思ったら、ロストの症状がない。そんでこっちに着いてしばらくしたら【サタン】の残骸と融合して現れた。もう一つの人格にあった破壊衝動の残滓、それがあれだ。で、さっきまではあっちの脳にオレの意識の大部分が残ってて、こっちの身体は精神感応使って遠隔操作してるような感じだったんだが……どうやら向こうの身体がもうヤバいらしく、完全にこっちに転移したらしい)
「よく分からない……」
 フェルクレールトがぼやいた。
(あー、オレだって言っててよく分かってねーよ! ようするに、もう向こうの身体には戻れねーってことだ)
 それは、一つの事実を告げていた

(オレをオレ――エヴァンをエヴァンたらしめていたものは、もう存在しない。エヴァン・ロッテンマイヤーは死んだ)

 追ってきた異形の前に、彼女が躍り出る。
(はっきり言っちまえば、オレはバックアップのようなもんだ。本当に一つの意識で二つ身体を共有出来ていたのかといえば、オレ自身の意識はなかったから分からねー。ただ、自分自身をエヴァン・ロッテンマイヤーだって思い込んでるだけかもしれねーんだよ)
 異形に対し、再びサイコキネシスを発動した。
(行け。コイツの始末はオレがつける)
「バカ言うなよ!」
 だが、リオは引かない。
「だったら、その逆だって言えるんじゃないか? 本人じゃないってことだって証明出来ないだろ! 『自分はエヴァンだ』って思ってんならそれでいいじゃないか!」
 エヴァン・08号の前にフェルクレールトが出る。
 そしてサンダークラップを異形に向けて繰り出した。さらに、リオも放電実験でそれに重ねるようにして電気を放出する。
「それに、エヴァンだろうが違かろうが、怪我人を、しかも命の恩人を置いていけるわけないだろ」
 だが、異形と化した「暴君」は倒れない。
「……効いてないのか?」
(……肉体はもう死んでるはずだ。ただ、衝動のみで動いてるんだろ)
 コイツを地上部隊がいる場所まで行かせてはならない。
 ここで何とか食い止める!