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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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大地を揺るがす恐竜の騎士団(上)

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第三章 二人の候補者



 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)にはバージェスの不在の理由が、いくつも想定できる。
 そのいくつかの理由のうち、最も可能性は低いが、ある意味最も危険な場所とも言えるものがある。シャンバラ刑務所だ。
 ここには、多くの囚人とウゲンとシャムシエルの遺体が安置されている。
 バージェスはこの場所を抑えようとしたのではないか、それがブルタの想像だった。
「シャンバラ刑務所は、法を守るジャスティシアが管轄すべきですわ」
「何かあった時、武力が無いものにこの場所を任せるわけにはいきません」
 ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)は互いに引く気配を見せないまま、にらみ合いを続けている。
 恐竜騎士団のゴタゴタに紛れて、シャンバラ刑務所に手をつけておこうと考えたのは一人だけではなかったのだ。
 教導団のザウザリアスも、ジャスティシアのステンノーラも、この場所を他人に任せるなんてつもりはさらさら無いのである。そもそも、恐竜騎士団のゴタゴタの最中にこの場所に向かうのか、という考えからお互いに相手を全く信用していない。
 どちらかが引かなければ、このにらみ合いは終わる事はないだろう。しかし、どちらも絶対に引くつもりはない。
「……めんどくさいのに見つかっちゃったな」
 呆れたように、ブルタはそう零す。まぁ、教導団の人間が勝手をするのを見逃す理由は無いわけで、こうして足止めをしている事には利があるかもしれない。
 しかし得られる利よりも、徒労感の方が大きいのは間違いなかった。



 ラミナがキマクの人の心を掴むために、様々なボランティアに精を出す一方、ソー・ルマークの陣営は目立った動きらしいものはほとんど無かった。
 荒野の一角に、彼についてきた恐竜騎士団を集めて大きなテントをいくつも張り、そこに居座っていた。来るべき決戦のために、訓練と恐竜の体調管理以外には何もするつもりは無いようだ。
 その場所に、駿河 北斗(するが・ほくと)は一人で乗り込むと、さっそく、
「パラミタ実業、駿河北斗。同じ剣士としてソー・ルマークに一騎討ちを申し込みに来たぜ!」
 と、そこに集まっている恐竜騎士団全員に聞こえるような声で言ってみせた。
 突然の来訪者の、それも唐突な言葉にザワメキが起ったが、奥のテントからソーが現れると途端に静まり返った。
「自分の実力に自信があんならこの挑戦、勿論受けてくれるよなっ!」
 気のはやる北斗に対して、ソーは感情の乗らない瞳を見せると、呆れたようにため息をついた。
「帰れ」
「なんだよ、いいじゃんか。勝負しようぜ、勝負」
「……」
 興味は無いとでも言うように、ソーは背中を向けてテントへ戻ろうとする。
「おい、逃げるんかよ!」
 テントの入り口に手をかけたソーは、北斗のその言葉で手を止めた。
「あんたら恐竜騎士団は強い奴が偉いんだろ。ここで逃げるって事は、俺より弱いって認めたって事でいいんだよな」
「見逃してやろうと思ったが、気が変わった」
 背中を向けたままソーは言って、一番近くに居た、どう見ても立場の低そうな部下の腰にさがっている剣を抜く。
「借りるぞ」
 直立不動の部下は、ソーが背中を向けてから頭を下げていた。
 ソーの手にあるのは、どう見てもまともに手入れなんかされていないナマクラだった。
「自分の剣は使わないのか?」
「これはバージェス様に賜ったもの。抜くに値すると認めたものにしか、使わないと決めている」
「後悔するぜ?」
「好きに言え、それが遺言になるのだから後悔の無いようにな」
 ソーの構えは、姿勢を限りなく低くし、剣を居合いのように後ろに構えるというものだった。首切りなんて異名が付くくらいだ、一撃必殺の剣を得意としているに違いない。
 北斗も、強化光条兵器ミストリカを構えた。
「二天一刀流は二の太刀不要。ただ一撃に全身全霊を込める……!」
 挑戦者である北斗が、待ちの構えを取るのは失礼だ。
 先手を取って一息に間合いを詰め、ソニックブレイドで決めにかかった。
 不可思議な体勢で構えたソーも、ほぼ北斗と同じタイミングで前に出た。地面を滑るようにして進む。互いの間合いに入った瞬間、互いに獲物を振るった。
「ひぃっ」
 悲鳴をあげたのは、ソーに剣を取られた下っ端だ。
 彼の顔のほんの手前に、貸した剣が落ちてきたのだ。くるくると回転して地面に突き刺さった剣は、中ほどから折れてしまっている。
 ソーの持った剣は折れたが、北斗もソーも互いに傷一つ負ってはいなかった。しかし、どうやら戦いはここで終わりらしく、北斗はミストリカを納め、ソーも腰の自分の剣を抜くような事は無かった。
「……なぁ、これって引き分けか?」
 相手の剣を折ってやったのだから、北斗は勝ったと言い出してもいいはずなのに、そうする事なくそれどころか、引き分けだったというのもいまいち納得できない様子を見せる。
 普通に剣と剣をぶつけて、相手の剣を折った時の感触と、先ほどのものは明らかに違っていたのだ。なんというか、もっと太くて堅い鉄の塊を切りつけたような感じだった。それを、力押しで叩き折った、そんな手応えだ。
「なぁ、ちょっとこれ見せてくれ」
 地面に突き刺さった剣を持ってみると、正直これは酷いというぐらいの出来で、あんな粘りのある手応えがあるようなものには思えない。
「は、さすがに恐竜騎士団の次期団長候補じゃないってわけか」
 もしソーが自分の刀を使っていたらどうなっていただろう。想像してみると、何かこうワクワクする気持ちが湧き上がってくる。間違いなく、ソーは相当な実力者だ。
「なぁなぁ、俺少しここに居てもいいか?」
「……好きにしろ」
 相変わらずぶしつけな態度だったが、しかし最初の時にように拒絶はしなかった。
 先ほどの打ち合いで、どこまでかはわからないがソーも北斗を認めたのだろうか。
 ソーはそのまま、自分のテントの中に戻っていった。
 あの男が本気で戦う場面を、一度見てみたい。あわよくば、その時にもう一度剣を合わせてみたい。それには、一番近い場所に居るのが確実だ。



 ラミナ・クロスの相棒であるプレデターXは、空を泳ぐ肉食の恐竜だ。本来は、大海原を住みかとする海竜だが、この一頭だけは空を自在に泳ぐ事ができる。悠々と空を泳ぐ姿には、自分を捕食するような相手はいないという余裕がにじみ出ているかのようだ。
「んー、やっぱりじっとしててはくれないなぁ」
 スケッチブックとペンを片手に、空を見上げる師王 アスカ(しおう・あすか)は呟いた。
 あの肉食恐竜最強との異名を持つ、プレデターXの絵はなんとしても描きたい。しかし、悠々と泳ぐあの海竜はひとところにじっとしている事が少なく、スケッチブックは白いままだ。
「寝てる時なら静かなんだけどねぇ、ちょっと物足りなくなっちゃうのがなぁ」
 太古の海で敵の居なかったプレデターXの睡眠は、ちょっとやそっとの事では目覚めないぐらいに深い。王者故の余裕というやつなのだが、最強の恐竜の絵と考えると、それはそれで足りないように思えた。それでも、既に何枚かスケッチだけはしてある。
「んー、写真を撮ってそれを参考にするってのは味気ないもんねぇ」
 空で自由気ままにしているプレデターXを眺めながら、のほほんとした悩みを抱えていたアスカの耳に、唐突に悲鳴が飛び込んできた。ここいらでは珍しい、女性の声だ。ラミナのものではない。
「なんだろ?」
 恐竜騎士団の構成員に女性は少ない。ゼロではないが、本当に少ない。
 そのうえ、ラミナはキマクへ融和政策を進めているため、ラミナについている恐竜騎士団は大人しいどころか、むしろいい人になりつつある。女性を襲って悲鳴を出させるなんて事は、少なくともこんな日中にはしないはずだ。
 プレデターXもふらふらとどっかに行ってしまったので、声のした方に向かってみた。
 現場は思ったよりも遠くなく、恐竜宿舎に利用させてもらっている発掘が終了した遺跡の入り口だった。
「ラミーさんと、あっちが声の主かな?」
 そこに居たのは、ラミー(ラミナのあだ名)と、たわわな胸を守るように腕で自分を抱いている崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。
「突然何をなさるのですわ!」
 亜璃珠の言葉と態度を見て、「あー」とアスカは小さく声を漏らした。大体ここで何があったのか、想像ついたからだ。
「いやなに、地球の奴らって胸に何かいれて大きくするって聞いたのよ」
「はい?」
「なんでも揉めばわかるって話だったからさ。どんな風に違うのか興味あるじゃん?」
「わ、私のはそんな偽物ではありませんわ!」
「みたいだなー。あー、早く偽物のおっぱいこないかなぁ。どんな風に感触が違うのか興味あるのよね」
 ラミナの指が、ワキワキといやらしく動く。
「なんなんですの、あなた」
「もし知り合いに偽物の奴がいたらさ、紹介してよ」
「知りませんわよ。仮にそういう人が居ても、人には言わないで隠しておくんじゃなくて?」
「なんで?」
「なんでってその……あまり、人に言いふらす事ではないでしょう」
 なんでも、ラミナは地球に豊胸手術なるものがあるという話を聞いてから、偽物のおっぱいに興味津々なのだそうだ。本人曰く、なんでこんな邪魔なものをわざわざつけようというのか、気持ちがわからないからした人に聞いてみたい、だそうである。
 そのための判別方法が、相手の胸を揉みしだいて自分の胸と比較するというものだ。比較対照があれば、違いを見抜くことができるかもしれないが、果たしてどうなのだろうか。
「そこまでー。こんな所で立ち話もなんだし、お茶にしようよ。あなたも胸を揉まれたくて来たんじゃないんでしょー?」
「当たり前ですわ」
 二人の間に割って入って、この不毛な会話を中断させる。
 アスカの時は誰も助けてくれなかったので、とりあえず感謝はして欲しいところだ。

「恐竜と仲良くなる方法ねぇ……」
 いきなり胸をもまれたのはアレだったが、ラミナは人の話しを聞いて客人は客人として扱う常識人らしかった。安い紅茶の茶話会は、アスカが間を取るようにしてくれたのもあって始終和やかに進んでいた。
「恐竜騎士団には、マニュアルのようなものがあるんでなくて?」
「どうだろうねぇ、小型の奴は馬みたいに扱い方を心得りゃ、なんとでもなるけど大きいのとなると決まったやり方なんてないのよね、これが」
「ラミーはプレデターXとどうやって仲良くなったの?」
「あたしん時は、こう目が合った時にびびっと来るもんがあったのよ。こいつだってね。あいつらも馬鹿じゃないから、自分とつりあう相手ぐらいわかるってわけ。現に、自分の力量がわかってない奴が時たま食われたりする、なーんてこともあるのよ」
 恐ろしい出来事のはずなのだが、ラミナは愉快そうにしている。ここでは、そういった事が日常茶飯事なのだろうか。
「そう言えば、プレデターXもラミーと似てるところあるよねぇ。飽きっぽくて、じっとしてられないところとか」
「あたしってあんたにそんな風に見られてるのかい?」
「どうかなー?」
「随分と仲がよろしいみたいですわね」
「恐竜騎士団には女性少ないからね、同姓ってだけでも気楽な部分があるよ、実際。それに一応、この子は風紀委員って事になってるからね」
「一応って、結構大変だったんだよー」
「ああ、ありましたわね、そんな制度。今は中止中でしたっけ」
「あの余興を考えてたのは、バージェス様だったからね。半分は、恐竜騎士団にここの人間を囲って人質にするつもりだったみたいだけど」
「! 私、人質だったの?」
「使い道は無かったみたいだけどね。まぁ、いいじゃない、何もなければ」
「よくないよー」
「今は次期団長の方が問題ですものね。あなたは随分と、キマクと仲良くしようとしてるみたいだけど、何か考えはあるのかしら?」
「別に大した事じゃないわよ。私も、それにあのソーの奴も、残念だけど全盛期にバージェス様には及ばない。あなたも知ってるでしょ、うちらがどんな風に見られてるか」
「命令違反しまくる悪党集団。でも、強いから野放しにはできない厄介者だよねー」
「随分な言われようですわね」
「事実だもの、仕方ないわよ。ただ、それもこれもバージェス様が居てくれたから、あの人が居なくなった今、私達の立場はかなり危うい。まぁ、保険みたいなものよ、エリュシオンに切り捨てられた時のための地盤作りよ。ま、ソーはなんとでもなるって思ってるみたいだけどね」
「随分とあけすけに話すのですわね」
「あら、誰が見たってその通りでしょ? ま、私達は他の竜騎士様と違って国家に忠誠を誓ってないから、ね。さて、そろそろお開きね。恐竜と仲良くなれるか試してみたいんなら、あとでアスカに宿舎を案内してもらいなさい。まだ主の居ない大物は結構いるし、仲良くなれたら好きにすればいいわ」
「ふふ、一番強い子を頂いてもいいのかしら?」
「できたらね。楽しかったわ、また機会があったらお茶しましょ。あ、なんなら酒でもいいわよ。っていうか、むしろお酒の方がいいわ」
「か、考えておきますわ」