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リアクション
二
「あなたとはそれなりに付き合いもあるけれども、今回ばかりは超弩級のビッグトラブルね……アレはこの蘆原島の伝承か何かの妖?」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、葦原城の天守閣から町の様子を眺めて尋ねた。
ハイナ・ウィルソンはかぶりを振る。
「わっちは聞いたことがないでありんす」
とはいえ、ハイナもこの土地の出自ではない。知らぬこともあるだろうと上杉 菊(うえすぎ・きく)は思った。
当初、町で指揮を執っていたハイナであるが、レキからの連絡で明倫館を避難所にすると決め、すぐこちらに戻ってきた。上から見た方が、状況を掴みやすいという考えもあった。しかし、会ったことも聞いたこともない人物の進言を信じるのか、とローザマリアは驚いた。
ハイナは「勘でありんす」と答えてから、「それは冗談でありんすが、実際に明倫館の地下にまたもや洞窟があったでありんす。その男たちに賭ける価値はありんしょう」
目の前の異常事態に、選択肢は少ない。またハイナは、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)から雲海に逃げてはどうか、という問い合わせを受けていた。
ハイナはすぐさま客船や自分の持つ飛空艇に命じ、町民を明倫館と飛空艇、両方に避難させることにした。どちらが安全かは比べようがないが、少なくとも近い方を選ぶことは出来る。
ローザマリアは地図を広げ、避難経路を確認した。町に目をやると、あちこちから火の手が上がっている。触手から逃れていては、道も限られる。
「ハイナ、家屋を壊すわよ。いい?」
火災の予防と、避難経路を作る一石二鳥の作戦である。ハイナはあっさりオーケーした。
「後で直せばいいでありんす」
「わたくしが連絡係を仕りましょう」
菊が小型飛空艇ヴォルケーノに乗って飛んでいく。
御前試合が近いのは、幸いだった。明倫館に生徒たちが集まっているし、城下に契約者も多い。各々が、どうにか動いてくれるだろうとハイナは判断した。
度会 鈴鹿(わたらい・すずか)と織部 イル(おりべ・いる)も、町民の救助に出ることとなった。
「ハイナ殿、その剣、謂れのある逸品とお見受けするが……どのようなものなのかえ?」
イルは、ハイナが握ったままの剣に目をやった。ああ、とすっかりその存在を忘れていたハイナが剣を持ち上げた。
それは、真新しい鞘に包まれた両刃の剣だった。刀身は六十センチ、柄の部分は十五センチほどである。柄は握りやすい形状になっているが、華美な装飾は柄頭の宝石以外、一切なかった。その宝石も、金銭的価値は低いと言う。
「ついこの前見つかった剣でありんすが……これは使えんでありんしょう」
「鈍らかえ?」
「というか……」
「ハイナ、下忍を洞窟へ送った。次の指示は?」
すっと音もなく、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が現れた。
「つまり、こういうことでありんす」
ずぶり。
振り返りもせず、ハイナが唯斗の腹部に剣を突き刺した。
「!?」
「な、何を!?」
「ハイナ殿!?」
鈴鹿もイルも、愕然となる。ローザマリアも驚いたが、ハイナはけろりと、
「これ、この通り」
唯斗の腹からは、血の一滴も出ていない。傷跡もない。
「やはり鈍ら――?」
「ところが」
ハイナは手近にあった文鎮をひょいと放り投げ、剣を薙いだ。パン! と音がして、文鎮が真っ二つになる。
「無機物だけ切れる、ということですか?」
鈴鹿の問いに、ハイナは頷く。
「文化的価値も、金銭的価値もないことは確かでありんすが、ちょっと珍しいので、御前試合の賞品にするつもりでありんす。銘もないので、わっちが『風靡』と名付けんした」
「なるほど……確かに役には立たなさそうな」
触手は有機物である。おそらく、唯斗と同じく傷一つつけられないだろう。
「相分かった。なに、剣などなくとも、何とかなろう。参ろうか」
鈴鹿は龍鱗化で防御力を上げると、レッサーワイバーンのルビーを呼んだ。イルと共に飛び乗り、城下へと向かう。
「頼もしい限りでありんす。――唯斗?」
刺された唯斗の顔は、真っ青だった。
「まさか、怪我をしたでありんすか?」
「あ? あ、ああ、いや大丈夫」
唯斗はかぶりを振った。
ハイナも心なしか、ホッとしたようだ。
「ところで、次は――」
「悪い。俺は、ここにいていいか?」
「やっぱり怪我を?」
「いや、怪我はない。何なら見るか? ここでハイナを守ろうと思ってな。避難はエクスたちに任せる」
「わっちを守る?」
「それはいいかもしれないわ。総奉行が怪我でもしたら、パニックが広がるだろうから」
と、ローザマリア。
「ふむ……だったら、お願いするでありんす」
「任せておけ」
唯斗は力強く頷いた。が、その視線はずっと、ハイナの握る「風靡」へと注がれていた……。
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