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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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御前試合、四日前〜書庫〜


 大岡 永谷(おおおか・とと)は巫女姿で、明倫館の敷地内を見回っていた。取り分け書庫周辺、またそこに繋がる場所を重視した。
 御前試合が近いために人の出入りは激しく、多くは永谷を見ると深々と頭を下げた。
「やりにくいな……」
 騙しているようで、気が引ける永谷だった。


「セバスチャン、ハヤテ、ゴンザ、コダマ、影山、本集めるの任せるねー♪」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、凄腕の執事たちに命じて、古い順に片っ端から文献を持ってこさせた。
 一万年前は無理でも、五千年前なら何かしら残っているはずだ、という詩穂の考えはあながち間違っていなかった。
 しかし、膨大な資料の中から、「五千年前」を探し出すのは至難の業だった。清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)共々【不寝番】をフル活用した。一緒に作業をしていた佐野 和輝(さの・かずき)禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)はいったんダウンし、一日休んで復帰した。
 ようやく、それらしい年代の物を見つけたのは昨日になってからだ。そこから、該当する箇所を探すのが、また一苦労だった。
 和輝は童話や童謡、わらべうたにこそ真実が隠されている、と探していたが、古い文献にはその類はなかった。近年になって、あちこちを歩き回った契約者が纏めた本が一冊あるだけだ。
 不思議なことに日本の「かごめかごめ」「とおりゃんせ」「ずいずいずっころばし」によく似た歌が多く載っていたが、中には和輝の聞いたことのないものもあった。男たちが嫁を取るならどんなタイプがいいか話している「嫁にするなら」、不毛の大地をひたすら耕し続ける「あきらめきれぬ」、童話では「じょろうぐものおはなし」や「三兄弟」など。他にもいくつか見つけたが、
「……これを読み解くのか?」
 ストレートに表現されているわけではないので、ミシャグジの話かどうかを判断するのは難しいようだった。
「……のう? うぬらは本当にミシャグジというモノが生物だと思うか? 蛇や触手の外見に惑わされてないか?」
 流し読みをしていた青白磁がぼそりと尋ねた。
「もしもの話じゃ、わしらが探索していた社と橋の空間、オウェンたちの言葉をそのまま信じたとして、あれがヤツの腹の中と言うのであればあまりにも生物離れしておらんか?」
「詩穂もそう思うー。あれを生物と呼ぶにはあまりにも不自然だもの、あの灯篭とカラクリ忍者の仕掛けとか、まるで誰かに作られたみたいだったよね」
「その答えなら、見つかったかもしれないぞ」
『ダンタリオンの書』が、紐綴じの書物を、全員の中央に置いた。「覚書」とおざなりにタイトルがつけられている。
「五年前――これが書かれた時期より五年前だな――ほど前から、各地で異常事態が発生したらしい。今ほど人口も多くないから、正確な規模や状況ははっきりしない。だが、植物が枯れたり、地震が頻発したり、魚が取れなくなったりとあるな」
「あるお方――執筆者より、位が上のようじゃのう――非常に強い力を持った人物だったらしいが、このままでは葦原島全体が沈むと考え――」
 青白磁は眉を寄せた。なぜ、島が沈むのか、どうしてそう思ったのかが書かれていない。敢えて記さなかったのだろうか? それとも、筆者が知らないだけだろうか?
『ダンドリオンの書』が続けた。
「協力者を募った。一人は不思議な力を持つ女、それから渡り職人の兄弟。あるお方はこの化け物を――また話が飛んでいるな」
「――化け物に便宜上、『ミシャグジ』と名付けた。これを封じ、何者も手を出せぬよう、灯篭に仕掛けを作った」
「じゃ、あの忍者を作ったのは、封じた人!?」
 詩穂が目を丸くし、『ダンタリオンの書』が当然だろう、と言った。
「侵入者避けだろう、おそらく。生憎、敵と味方の区別はつかないようだが」
 それでも、五千年も昔にあれだけの仕掛けを作ったことは驚嘆に値する。和輝は素直にそう思った。
「その、職人の兄弟の話って他にないのー?」
 詩穂はその内の一人が、「風靡(ふうび)」を作った人物ではないかと考えた。これまで見つけた文献の中には、「無機物のみ」切る剣の記述はなかった。彼女は、「風靡」こそミシャグジを倒す武器ではないか、と考えていた。
「ないな――いや、一ページ、読み飛ばしていた。……しかしこれは、その封印した者たちの妨害をする者があった、ということだな」
「……それは、漁火のような?」
 ノートパソコンに情報を打ち込んでいたセルフィーナが、顔を上げて尋ねた。
「らしいな。女か男かは分からないが」
「その人物が『梟の一族』ということは、ありえませんか?」
「なぜ、そう思う?」
「封印する術を知るなら、それを解く術も知っている。そう考えるのが、自然ではありませんか?」
『ダンドリオンの書』が、ふむ、と考え込んだ。
「この書だけでは、はっきりしたことは言えないが……」
「五千年前に協力を仰いだ女が『梟の一族』の祖なら、妨害者は違うじゃろう。漁火は分からんが」
「そう……ですね」
 推測は外れたが、その方がいいとセルフィーナは思った。同じ一族が敵であったなら、カタルたち「梟の一族」は、あまりに報われないではないか。
 ミシャグジの監視と封印、ただそのためだけに生き続ける者たち。
「……これが終わったら」
 小さく、詩穂が言った。
「ミシャグジとの因縁を断ち切れたら、きっと、みんなと友達になれるよね」
 カタルとも、オウェンとも、ヤハルとも。
「そうだな」
 和輝も、大きく頷いた。そのためにも、ミシャグジの正体を突き止めなければならない――。


 同じく書庫で調べものをしていたのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)だ。
 ただし、方向性がやや違っていたので、詩穂らとは別の文献を探していた。
 ハーティオンは、指を一本立てて言った。
「気になる点は三つ。まず一。先日の戦いで『あの存在はこの大地に根付いてる』……と感じた。私とドラゴランダーで引き抜こうとした時、根が生えたかのように動かなかった。今考えてみると、重量で引き抜けなかったのではなく、そもそも引き抜くことの出来ない存在……『ミシャグジはこの大地に根付く重要な存在なのではないか』と思うのだ。万が一倒してはならぬ存在なら、私たちとミシャグジを戦わせること自体が未だ見えぬ敵の真の狙いということも考えられる」
 二本目の指を立て、
「二つ目は、奴の腕と触手だ。腕は、奴の正体に繋がる可能性のある情報なので、『力が強い』『大蛇と関わりのある』伝承や文献があればピックアップしたいのだが……」
 うーん、と鈿女が頭を掻いた。持ち込んだ「シャンバラ電機のノートパソコン」は、明倫館のデータベースに接続してある。
「あるのは、普通に地球にある話と変わらないらしいわね。『蛇の恩返し』って知ってる?」
「いや?」
「日本にあるみたい」
 むしろ、地球の方が蛇や大蛇の話は多い。「ヤマタノオロチ」に近い話もあるが、ミシャグジのことかどうかは分からない。
「それと触手だが……私たちは今、特徴的な触手を持った存在と戦っている。そう『イレイザー』だ」
「それもデータを入れてきたわ。比較するわね」
 鈿女がエンターキーを押すと、イレイザーとミシャグジの比較データが画面に表れた。
「ミシャグジについて分かっていることは少ないけれど……『梟の一族』の言うことが確かなら、イレイザーのような人工感や「指向性を持った敵意」は全くないらしいわね。それに、生まれた場所も異なるようだし……多分これは、全く質の異なるものね」
「そうか……」
 ハーティオンはがっくりと肩を落とした。
「三つ目は?」
「ああ……いや、一万年前と五千年前の事件についてだ」
「それは私も気になるのよね……。今一番ホットな事件、『約一万二千年前にパラミタに接近した伝説の浮遊大陸ニルヴァーナ』への再来……。一万年ってスパンでの過去の事件がここでも起きている……。事件に関する文献を紐解いたら、何かニルヴァーナで起きた事件に関わる情報も出てくるかもしれないって思うの」
 鈿女は再びパソコンに向かった。
 しばらくして出てきたのは「No Data」の文字。
「一万年前の記録はなし、ってことね」
「実はそうなんだ」
 一万年前については、古すぎて記録が残っていなかった。実際にそんなことが起きたかどうかも、「梟の一族」の伝承に頼るしかない話だった。
「じゃあ、五千年前?」
 これも「No Data」と出た。
「どういうこと?」
 ハーティオンは、別室で文献を紐解いている詩穂や和輝のことを話した。鈿女がやってくる直前に、それらしい年代の本を見つけたのでこれからその箇所を探す、ということだった。
「……まだそんな段階なの?」
「仕方がないんだ」
 データベースには、タイトルのみで内容の書かれていない本が多い。膨大な資料の、中身まで手が回らないのが実情だ。
「仕方がないわね……」
 鈿女は渋々、「ニルヴァーナ」の文字を打ち込んだ。今度は反応があった。
「やったわ!」
「本当か!」
 ハーティオンも画面を覗き込んだ。
 しかしそこに現れたのは、ごく最近の新聞記事ばかり。
「ニルヴァーナ」に関して、明倫館で得られる情報は、何もないようだった。