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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   二

 御前試合の最中、町で警備に当たっていた遊馬 シズ(あすま・しず)は、戻ってくると契約者たちにこう報告した。
漁火(いさりび)の奴、町の方には逃げてきてないぜ」
 東 朱鷺(あずま・とき)と共に漁火は空へ逃げた。だが、その後の目撃情報はぷっつりと途絶えている。
「もしかして……この会場にまだいる?」
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)の言葉に、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)のパートナー、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)は「ありえますね」と頷いた。
「漁火ってヤハルさんに変装していたし――誰かに変装しているかもしれないし――だとすると、むやみやたらに避難させてもいいのかなあ?」
「漁火の奴がいたら、俺が一発ぶん殴ってやるけどな」
 シズは拳を逆の手の平に叩きつけた。
「ハイナ様は、何と?」
「状況が分かるまで待機、だって」
 三人は観客席に目をやった。大人しく座っている者、外へ連絡を取っている者、兎に角周りと喋っている者など様々だが、ざわつく声が次第に大きくなっている。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が観客の一人一人に声をかけていた。怯え、震える者には【熱狂】で励ます。中には「こんなことで落ち込んでる場合じゃないよね!」と拳を握る者もある。
「そうそう、その意気よ」
 リカインはにっこり微笑んだ。


 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、じっと座ったまま目だけを動かしていた。
「おーい、いつまでここにいるわけ?」
 選手として試合に出ていた緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、エッツェルと合流し、そのまま観客席で待機していた。
「ふむ……ずっと観客として色々見ていましたが、やはり此処が怪しいですよねぇ」
「どういうこと?」
「他人に化けられる上に人を操るとなれば、観客に紛れ込むのが一番見つかりにくいでしょう?」
「ああ――あの女?」
「そうです」
「見つけて、どうするわけ?」
「挨拶します」
「……」
ミシャグジやら彼女の背後やら訊きたいことはたくさんありますが、まあ取り敢えずは捕えてからのことですね」
 輝夜はニッと笑った。
「あたしの出番?」
「ええ、たっぷり歌えますよ」
 輝夜は顔をしかめた。戦うことに否やはないが――むしろ歓迎だが――、響化奏甲「絶唱」は、歌うことによって最も効果を発揮する。それが少々問題だった。
「人前で歌うのはなぁ……」
「さあ、行きますよ」
「ち、ちょっと待ってよ」
 漁火を探すため立ち上がったエッツェルの後を、輝夜は慌てて追いかけた。


 小型飛空艇に乗った透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が、試合場の真ん中に降り立った。二人はカタルの様子を見てきたのだった。
 璃央はすぐさま、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)へ報告に行き、透玻が契約者たちに状況を説明する。明倫館の地図を広げ、
「ここが救護班のテントだ。カタルはここから、明倫館の校舎方面へ向かった」
 触手や大蛇と違い、生命エネルギーを求めるわけではなさそうだった。もしそうなら、真っ先に会場が狙われただろう。
「障害――岩や大木、建物にぶつかるとそれを避け、方向を変える。今は、町へ方向を変えた」
「それ、まずいんじゃ……」
 秋日子が顔をしかめた。
「途中で障害もあるし、町へ向かわないよう、他の者が努力をしている」
「要するに、まだ動かない方がいい、ってことだな?」
 シズの問いに、透玻は頷いた。
「ミシャグジが復活すれば、触手や大蛇もまた出てくる可能性があるが、今は心配ないだろう」
 しかし、もし復活すれば、封印の洞窟に近いこの場所が最も危険となる。透玻はそれを危惧していた。
「小型飛空艇を使って、女性や子供、老人などを先に逃がす算段をつけよう」
 だが、その話を聞いていた者たちがあった。
「うちに女房子供がいるんだ!」
 中年の男がそう言って、出口へ向かった。
「亭主を置いてきちゃったんだよ!」
「帰る!」
 一人が行動を起こせば、他も倣う。観客たちは次々に席を立った。エッツェルと輝夜もそれに混ざった。どうやら漁火はこの中にいないらしい。――いたとしても、見つけられなかった。
 銀澄は左足を引きずりながら、人々の前に回った。腕にも力が入らないが、それを大きく広げる。
「お待ちください! 拙者は隠代銀澄と申します! どうか我々を信じて、このまま待機してください!」
 だが、人々は「どけ!」「俺たちを出せ!」「閉じ込める気か!?」と怒鳴るだけだ。
「侍の言うことが信じられませんか!」
「うるせぇ! 二本差しが怖くて、めざしが食えるか!」
「やっちまえ!」
 これが漁火に操られているというなら、力づくで抑え込むことも出来る。だが相手は、興奮しているだけの普通の人々だ。傷つけるわけにはいかない。――銀澄はどっかとその場に座り込んだ。
「ここを通りたければ、拙者を倒していくがよい!」
「いい覚悟だ、この野郎!」
 屈強な男が拳を振り上げた。――その腕をがっちり掴んだのは、木曾 義仲(きそ・よしなか)に憑依された中原 鞆絵(なかはら・ともえ)だ。
 老婆は口元に笑みを浮かべ、その手を大きく振り上げた。男の体が弧を描き、地面に叩きつけられる前に銀澄が慌てて彼を抱き留めた。
 鞆絵(義仲)は目を細めて銀澄を見、それから押しかける大衆へ視線を移した。鞆絵を見る彼らの瞳は、驚愕と怯え、怒り、そして何ら感情を宿していないものもあった。
「殺気はない――が」
 どうやら、敵はいるようだ。
「手加減はせんぞ」
 ニタリ、と歯を見せた。