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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第二話

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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第二話

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『ゲェ――ッ!
 瀬山裕輝、何と自らステージを降りたァ――っ!
 相沢洋に何事かを言っているようだ! 現場の卜部アナ!?』
『はいっ、現場リポーターの卜部です!
 どうやら、何というかこう、嫌味な攻撃だったみたいですね。負けて勝て、みたいな?』
『成程、それは陰険ですね! くれぐれも相沢洋さん、キレないよーに!』


「朴念仁さんとは、決勝まで行かないと当たりまへんなあ」
「……いい加減、名前で呼んでもらえませんか?」
 トーナメント表を見て、キリアナは、渋面の樹月 刀真(きづき・とうま)に笑った。
 刀真は、順当に勝ち進めば、準決勝でセルウス、決勝でキリアナと対戦する組み合わせだ。

「……当たっても、勝ちは譲ります」
 刀真の言葉に、キリアナは首を傾げた。
「どうしてです?」
「涼司と戦いたいと思うのは、俺も同じですが、今の彼と戦うつもりはありません」
 刀真の言葉に、キリアナは益々首を傾げる。
「涼司とは、対等な条件で戦いたい。
 戦う時は、パートナーを伴った彼と、と思っています。
 優勝賞品にも興味は無いですし、それにキリアナが涼司と戦う機会は、これが最初で最後でしょう」
 刀真のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、その言葉に照れくさそうに、けれど嬉しそうにはにかんだ。
 キリアナは少し考え、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を引っ張り込む。
「どういうことですの?」
 ひそ、と話し掛けられて、白花は、
「山葉さんのパートナーは、月夜さんと同じ、剣の花嫁なんですよ」
 と教えた。

 山葉涼司のパートナーは、今、やんごとなき事情で彼の側を離れている。
 月夜が刀真の側に居るように、涼司の側に花嫁が居なければ、戦う気が起きない。
 そう言った刀真に、月夜は、それだけ自分のことをパートナーとして、彼の剣として意識してくれているのだと、喜びを感じたのだ。

「何や、朴念仁さん、いい男やないの」
「……普段からそれくらい気にかけてあげてくれるといいのですけど。
 キリアナさんを気遣うのもいいですけど……」
 白花は小さく息を吐く。
 今はそれよりも、と、刀真はキリアナのフォローの方を気にしていた。
 先のドワーフの坑道での戦いで、キリアナには体力が無いのでは、と心配したからだ。
「何にしろ、誰かさんにキスされて軽くショックを受けていたので、元気になって嬉しいです」
「あら、羨ましいのでしたらあなたにもしてあげますえ」
「遠慮します」
 笑ったキリアナに、白花は即答で断った。



 祭の会場を、キリアナは楽しそうに見て回っている。
 握手や写真を求められれば応じ、パシリよろしく、世 羅儀(せい・らぎ)によってせっせと運ばれるたこ焼きや炭酸飲料に大喜びのキリアナの後ろには、ターバンを顔に巻き付けた、小さな子供が泣いて逃げだしそうな容貌の用心棒がついていた。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)は渋面だった。
「歩き回るなとは言いませんが。
 ……派手なことがお好きなようですね」
「そうやろか」
 ドリンクと一緒に、自分の顔があしらわれたうちわを売店の笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)から受けとって笑いながら、キリアナは答える。
「てっきり、もっと隠密的な依頼かと思いましたが……」
 ドワーフの坑道内で契約者と大立ち回りを演じたことや、入手したクトニウスを何に利用するのかと思えば、今回のトーナメントへの飛び入り参加。
 エリュシオンの龍騎士の大会参加に、ツァンダはすっかり浮かれ上がってしまっている。
 それに、妙にセルウスの気質に関しても把握している様子だ、と白竜は感じた。
 今回の追いかけっこを、むしろ楽しんでさえいるような。
 更に言えば、自分が軍人か個人かという拘りにも、キリアナにはあまり関係がないように思えた。

「セルウスの性格も、よく把握していますね?」
「そうやろか?」
 問いに、キリアナは首を傾げる。
「尋問のつもりはありません。単に興味ですので」
 白竜が付け足すと、キリアナは笑った。
「別に気にしてません」
 そして、そうですね、と言いながら、周囲を見渡し、ふ、と笑う。
「セルウスは、話を聞いて、こんな子かなあ、と思うただけですけど。
 派手なんが好きなわけではおまへんけど、確かに今、楽しんでますなあ」
 自嘲的に呟く。
「任務を受けた時、団長は、全てをうちに任せてくださって。
 こうして遊ばしてもろてますけど、そろそろ任務に戻れへんといけませんね」
 この大会が終わったら。
 キリアナはふと笑って、白竜に向かう。
 ちょいちょい、と手招きされて、白竜は、首を傾げて僅かに屈んだ。
 くい、とターバンの裾を広げて、キリアナが白竜の、不精髭に覆われた頬にキスをする。
 後ろで見ていた羅儀が目を丸くした。
「先払い。皆さんにはほんまに感謝してます」
 にこ、とキリアナは笑う。
「……こんな所ですることではないでしょう」
 と、白竜は眉を寄せるのに、羅儀が
「オレには?」
と言ってくるので処置無しである。
「ええですよ」
 と、キリアナは羅儀の頬にも口付けた。
「ここじゃないの?」
 羅儀は残念そうに唇を指差すが、
「そこは駄目」
とキリアナは笑った。
「後で後悔しますよ」
「え?」
「さて、一通り歩きましたし、そろそろ控え室に行きましょうか」
「一応、会場と周辺の下見を済ませています。
 見取り図は必要ですか?」
 白竜が差し出した地図を、キリアナは受け取る。
「おおきに」
 出店を堪能したキリアナ達は、出場者の控え室に向かった。
 キリアナの出番は、第一試合最後だ。


「公衆の面前で何をやってるんだ」
 と呆れたのは、火村加夜と共にちょうど通りかかった山葉涼司である。
「あら」
 キリアナは立ち止まって笑った。
「何どしたら、涼司はんにもしますけれど」
「あのな」
「え、遠慮しますっ」
 慌てて答えたのは加夜である。
 キリアナは加夜を見て、にこりと笑って涼司を見た。
「可愛いお人やね。恋人?」
「……まあな」
「ふふ。それやったら、うちやなくて、恋人にしてもろた方がええですよね。どうぞ」
「どうぞ?」
 涼司はきょとんと訊き返す。
「どうぞ」
 にこ、と笑って、キリアナは加夜を見た。
「え、ええっ?」
 加夜は絶句する。
「うちにされるくらいなら、私がする、て思うたでしょ?」
 ふふ、と自らの唇をつつきながらキリアナに促され、加夜は困って涼司を見た。
「涼司はん、恋人はんが困ってますえ。
 ここは涼司はんからしてあげないと」
「困らせてるのはお前だっ」
 期待を込めて二人を見ている周囲の視線に、涼司達は早々にその場を立ち去る。
「残念。
 ちょっとくらい皆に見せ付けてあげたらええやないの」
 キリアナはくすくす笑っていた。



「キロス・コンモドゥスは、蒼空学園不在か」
「山葉校長は、狙っていたとしか思えませんわね」
 ゲシュタール・ドワルスキー(げしゅたーる・どわるすきー)の言葉に、ザルク・エルダストリア(ざるく・えるだすとりあ)は残念そうに苦笑する。
 日頃から蒼空学園の支配を豪語する彼だ。いれば絶好の機会だと大喜びしただろう。

 ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)は、キリアナの大会参加について、ひとつの提案をしてみた。
「キリアナは、第三試合くらいまでシードにした方が、大会が盛り上がるんじゃないのか?」
「あら、何でです?」
 と、本人であるキリアナが問う。
「龍騎士であるキリアナを、目玉として出し惜しむ方がいいだろう。
 いっそ決勝までシードにしてもいいと思うが」
 答えたジャジラッドの本音は、別のところにある。
 先のキリアナの戦いを見て、キリアナの体力、持久力に不安を感じたジャジラッドは、キリアナの優勝の為に、その体力を温存させる方法を考えたのだ。
「大丈夫。特別扱いはなくても、負けたりしませんえ」
 そう笑ったキリアナは、小さく肩を竦めた。
「心配してくれておおきに」
 気付いていたのか、と、ジャジラッドはキリアナを見る。キリアナは微笑んだ。
「でも、この大会なら心配いりません。
 相手が強くても、一戦につき10分で終わりやし、次の試合までも長いから、充分休めます。
 エリュシオンの龍騎士が、負けたりしませんよ」
「そうか。取り越し苦労ということだな」
 キリアナ本人がそう言うのなら、運営委員会に働き掛ける必要も無いということだろう。
「でも、おおきに。ええお人やね」
「………………」
 キリアナの言葉に、その場に微妙な雰囲気が漂う。
 彼のパートナー達は、うっかり笑い出すのを何とか堪えた。
「……それはともかく」
 ジャジラッドは咳払いをひとつする。
「優勝を期待している」
「おおきに。頑張りますわ」
 キリアナは微笑んだ。

 また、ジャジラッドが運営委員会に働き掛けるまでもなく、ツァンダ家の人達も、この大会を見物に来ているようだった。
 試合会場の様子をモニターで見ながら、ジャジラッドとパートナーの悪魔、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が会話する。
「……じゃあ、ツァンダ家が特にキリアナに興味を示しているような様子は無いんだな」
「普通にお祭を楽しんでいる様子ですわね」
「ふむ……」
 キリアナがセルウスと接触できるのは、純粋な帝国臣民ではないからではないか、と、ジャジラッドは踏んでいる。
 加えて、プリンス・オブ・セイバーの再来、とキリアナが呼ばれているのであれば、ツァンダ家との何らかの繋がりを、ジャジラッドは考えたわけなのだが。
「ヒラニプラ家の方は?」
「こちらは、完全な空振りみたいですわ。
 回答はありましたけど、全く知らない様子で」
 実は、ジャジラッド達は、セルウスよりもむしろ、ドミトリエの方に引っ掛かるものを感じていた。
 彼の素性も調査すべきではと、機晶技術からヒラニプラを連想したサルガタナスが、ヒラニプラ家に対して問い合わせをしていたのだ。
 だが、ドミトリエとヒラニプラ家の繋がりは、全く無いようだった。
「ドワーフに育てられたというが。
 誰かに預けられたのか? 或いは捨て子だったのか? 奴の出自は何処だ……?」