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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

リアクション

 フレデリカの発した炎に巻き込まれ、獣がのたうつ。全身を黒焦げにしながらなおも立ち上がろうとするが、流石に肉体が限界を迎えたらしくそのまま崩れ落ち、細かな塵となって消えていった。
「普通の、獣じゃないわね……。まるでゾンビの類だわ」
 上がった息を落ち着かせ、新たな敵へ笏を向ける。それなりの魔力を込めた炎波を3発も浴びせてようやく倒れる獣が、普通の獣のはずがない。最初に感じた獣への申し訳なさは、今は恐怖へと置き換わっていた。
「どうするの!? これじゃボクたち、ジリ貧じゃない!?」
「……ここでの目的は調査であって、戦闘ではありません。この場での戦いは控え、離脱を図るのが賢明かと」
 スクリプトの叫びに、周囲に展開した光の剣で防御を固めつつ、生み出した光の剣で向かってきた獣を打ち払ったルイーザが答える。とはいえ獣達の包囲はまだ続いており、やすやすと離脱できるとは思えなかった。
『元締めを絶つ……は非現実的だな。彼の力は私でも計り知れない。
 フリッカ、決して無茶は考えるなよ。今は守勢に徹し、状況の変化を待て』
 グリューエントの指摘に、フレデリカが頷いて答える。おそらく自分の最大魔法、『グリューエント・ランツェ』でも目の前の異形の化け物、エッツェルを退けることは難しいように思われた。
(フィル君は、何があっても私が守ってみせる。だから安心して、フィル君)
 チラリ、横顔を伺えばフィリップは、額に汗を滲ませながら険しい表情を浮かべていた。

「ふっ!」
 公豹の手に出現した鞭から電撃が生じ、襲い掛かって来た獣を貫く。身体を痙攣させながら立ち上がろうとするも、これまでのダメージで限界を迎えたらしく、崩れ落ちるようにして倒れ、死骸は塵となって消えていく。
「……獣に襲わせ、当人は手を出さず、ですか。全力ではないようですね。
 尤も……全力で来られたなら、抵抗できるかどうかは不透明、ですが」
「……確かに。逃げられるのであれば、逃げた方がいいでしょうね」
 獣の突撃を盾で受け止め、槍で突いて追い払い、リュートが言葉に続く。
「ならせめて、歌の効果を見極めたいわね。これからのためにも」
 ウィンディがスピアで獣を退け、言う。この状況では自分は歌を口になど出来ないが、花音に歌わせるために出来ることはある。
(花音、歌って……! あなたのイメージを、現実にして!)
 ウィンディの呼びかけに応じるように、一行の中心で花音が、ゆっくりと口を開く。
「♪〜〜〜♪」
 音楽の結界――『アヴァロン』――。守護の結界としてみんなを護りたい、そのイメージを歌声に乗せていく。

「ウオオオオォォォォ……」

 すると、獣の奥で状況を見守っていたエッツェルが、うめき声をあげる。表情は仮面に隠れて見えないが、どうやら嫌がっているようだ。何となく獣の動きも鈍っているように見える。
「獣の動きが鈍ったわ! リンネちゃん、一点を集中攻撃してこの場を突破するわよ!」
「う、うんっ」
 今が好機、とばかりに幽綺子の呼びかけに応じ、リンネの炎弾が包囲網の一点を崩す。一行がその場所めがけて行動を開始しようとした直後――。

「オオオオオォォォォォ!!」

 恐怖を呼び起こす叫びに一行の動きが止まり、そこへ再び活性化した獣の牙が剥く。
「ぐぅっ!」
「ああっ!」
「っっ!!」
 飛び出しかけたリンネとフィリップを庇って博季が、フレデリカがそれぞれ獣の一撃を食らい、パートナーの壁を破って飛び込んだ獣に花音も歌声を中断させられる。このまま蹂躙されてしまうかもしれない、一行の間にそんな危機感が過ぎった直後、今度こそピタ、と獣達の動きが止まった。まるで時間停止を受けたかのように止まる獣達を訝しみながら、一行は細い道へ入りその場を離脱する――。

「…………」
 その頃、エッツェルは一時的な行動不能状態に陥っていた。原因は腹部に空けられた穴――魑魅魍魎が蠢くエッツェルの身体の中、そこだけが死に絶えたように活動を停止していた――にある。
「…………」
 そして、エッツェルにそれだけの損害を与えた張本人、来栖もまた行動不能状態に陥っていた。エッツェルの身体から伸びた触手に全身をくまなく刺し貫かれ、足元には血の海が出来上がっていた。
「…………」
 ピクリ、エッツェルの身体が活動を再開する。空いた穴が最初はゆっくりと、やがて勢いよく塞がっていく。全身の触手も蠢き出し、支えを失った来栖が自ら流した血の海に沈む。
「…………」
 全身を紅に染めた来栖へ、エッツェルが歩み寄る。異形の中でもより異形の左腕を振り上げ、“喰らう”べく振り下ろす――。

『――!』

 左腕が弾かれ、エッツェルはバランスを崩す。態勢を立て直した時には、元通りの姿で来栖が立っていた。全身に付着した血は脈動するように蠢き、来栖の血肉となって再び取り込まれる。
「ふふふ……正直、危ない所だったね。予定が狂っちゃってさ。お前が誰を殺そうと構わないけど、それだと輝夜が五月蝿いからな。
 しかし……お前もまあ、随分と不細工になっちゃって。“化物”らしくなったといえばそうだけど?」
 身体の具合を確かめるように動かしながら、ま、人の事は言えないか、と来栖が呟く。
「あの一撃、普通なら即死レベルでしょ。それなのにあれだけの反撃が出来て、しかも再生が私より速い?
 ……ホント、寝てる間に大層な事になったのね」
 あの一撃――伸ばした爪でエッツェルの腹部を抉り、そこから最大出力の回復魔法と光輝魔法を発現させる――を食らっても尚死なず、目の前に立ちはだかるエッツェルに賞賛の言葉を送る。
「そういえば、こうしてサシでやり合うのは無かったかな。さっきのが初めて、ってわけだ。
 折角だし、もう一戦やるか。お前も見たでしょ? あっさり殺されたりしないから、安心して
 クイクイ、と手招きする仕草で挑発する来栖。

(あぁ、大丈夫だよ、エッツェル。
 友達に娘殺しなんて、それだけはさせたりしないさ――)

 来栖が爪を展開し、エッツェルが触手を脈動させ、互いに出方を伺っているその瞬間――。
 壁をぶち抜き、エッツェルの横合いに出現したメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)が『機甲魔剣アロンダイト』を振り下ろす。重厚な一撃はエッツェルに左腕でのガードを余儀なくさせ、触手による反撃も刀身から生じる炎に阻まれる。
「カッカッカッ、奇襲成功といったところかの!」
 空いた穴の向こうから鵜飼 衛(うかい・まもる)が魔術符を取り出し、呼び出された魔力弾はエッツェルを襲う。合わせてルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)の二丁の魔銃が火を吹き、弾丸がエッツェルの身体に突き刺さる。
「む、こやつ……化物の内でも本物の化物じゃの。わしの魔術がどれほどのダメージを与えておるのか、皆目見当もつかん。見たところ妖蛆、それにメイスンの攻撃もさしたる効果を与えとらんようじゃしのう」
 訝しむ衛に、銃撃による援護を挟みつつ妖蛆が告げる。
「衛様。わたくしの知識から、この方は元人間だとわかります。
 この方、外なる神の力に飲み込まれてしまっていますわ。ですが、まだ完全に浸食されきっているわけではありませんわね」
「なるほど、妖蛆にはこいつがどんな生物かわかるのか。
 ならば答えよ、今のわしらにこいつの対処は可能かの? こいつが人間かどうかなど、さほどの問題ではない」
 衛の問いに、妖蛆がしばし思案して答える。
「……特に浸食濃度が高い所に、わたくしのインテリジェンストラスト弾を叩き込みます。
 旧支配者の知識が流れ込めば、外なる神の意志にもダメージを与えれるはずです。後は彼の人間の部分にかけるしかありませんね。そこで覚醒できなくてはお手上げですわ」
「なるほど、邪神には邪神の力、というわけか。面白い!
 メイスン、協力して隙を作るぞ!」
 前線でエッツェルと切り結ぶメイスンに呼びかけ、衛は用意してきた魔術符を床に設置したり、時には自身の身体に貼り付けたりして発動させ、エッツェルの気を引き続ける。
「まったく、衛は無茶するのー! 前線は自分に任せとけというにー!」
 衛の行動を諌めつつ、メイスンが大剣を振るい続ける。最初の奇襲こそエッツェルに左腕の使用を強制させ、それは一定のダメージを与えてはいたものの、それ以後は尽く周囲の触手と堅牢な外装に阻まれる。衛の術式も、エッツェルに届く手前で展開されている障壁にかき消されてしまう。大したダメージを与えられないことは、衛たちも理解していた。
「……インテリジェンストラスト弾、装填完了! ……照準、セット!
 外なる神の意志よ、消え去れ!」
 全てはこの一撃のため――。両手で魔銃を構え、妖蛆が特に瘴気の濃度が高い、心臓に近い部分目掛けて引き金を引く。膨大な知識を有する魔導書のある意味で必殺の一撃は、触手を潜り抜け狙った箇所に到達すると、溶けるように内部へと消えていった。
「さぁ、どうじゃ!?」
 メイスンが駆け戻り、そして衛が見守る前で、エッツェルはしばし沈黙したかと思うと、

「オオオオオォォォォォ!!」

 おぞましい叫びを上げ、周囲に放電を行う。
「ぬわあああぁぁぁ!!」
 その威力は凄まじく、床に設置した防御障壁をやすやすと貫通して、奥に居た衛と妖蛆にダメージを与える。
「こ、この程度の電撃で、倒れると思ってかー!」
 全身を電撃に貫かれつつも突貫しようとするメイスンだが、振り下ろした大剣を今度は左腕によって弾かれ、空いた腹部へ寄り集まった触手の一撃をもらう。声を上げられぬまま吹き飛ばされるメイスン、その背後にいた衛と妖蛆を巻き込んで自ら空けた穴へと消える。

「ウウゥゥ……オオオォォォ……」

 障害を排除したエッツェルが、苦悶の声を上げ身体を引きずるようにしながらその場を後にする――。

「はぁ〜、キッツ……。あの場ではもう一度やるかなんて言っちゃったけど、実際殆ど動けなかったんだよね。
 寝てたおかげで吸血鬼としてなじみはしたけど、なまっちゃってるな……」
 ナナと輝夜の元に帰ってきた来栖が、膝をついて壁に身を預ける。身体は元通りになってはいるものの、決して戦える状態にはなかった。
「ボロボロじゃねぇですか、かっこ悪い」
「うっさい! ……そもそもこんなことになったのも、あんのババァのせいよ。
 なんで私がこんな子守りみたいな事! 私はあいつの部下でも生徒でもないんだぞ! あと薬不味い!」
 不機嫌そのままにまくし立てる来栖、実はここに来たのには理由があり、それはアーデルハイトに『おまえのお気に入りの場所から追い出されたくなくば、『煉獄の牢』で生徒のために働いてこい』と強請られたからであった。
「私があそこがお気に入りなのを知って……! いつか痛い目見してやる!」
「文句ばかり言ってやがりますがね、追い出されないだけましじゃねぇですか? 生徒でもない、教員でもない、それなのにあそこに居座ってるんだから。っていうか吸血鬼が大聖堂お気に入りって、どうなんです?
 ともかく、目をつぶってもらう為にはもうあの人の言うこと聞くしか無いんじゃねぇです? いつか痛い目見せるって、あんた程度じゃあの魔女に勝てねぇですよ。本気になったら世界樹操っちまうレベルですよ?」
「はぁ……喚いたら疲れたわ。輝夜もまだ起きないし、私ちょっと寝る」
 ナナの指摘を受け流し、来栖が目を閉じる。直ぐにすぅ、すぅ、と寝息が漏れる。
「……守る戦いなんて柄じゃねぇ事するからですよ」
 小さく呟き、ナナが眠る二人の護衛に入る――。