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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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リアクション


●決意が動かすもの

「クソッ! とうとうグラキエスに追いつけなかった!」
 しかもこんな状況か――ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)の表情は苦い。
 小型飛空艇ヘリファルテ、その機首から見下ろせば、骸骨が放つ光で黄金の絨毯が広がっているように見えた。そのどこかにグラキエスがいるのだろうが、ここからでは判別できない。
 ロアにはわかる。グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が何を考えているのか。
 それは決して、望ましいことではないだろう。
 グラキエスとロアが、今回の件を耳にしたのはかなり遅くなってからのことだった。これまでのことについて情報交換していた彼らの元にローラ失踪の報が届くや、グラキエスは何の相談も断りもせず、だしぬけに強化光翼で飛びたったのである。
 翼なきロアが彼を追うには小型飛空艇を用意せねばならず、そのタイムロスを埋めることはついに敵わなかった。
「……グラキエス、あいつの考えていることくらい判る。実行してみろ、タダじゃおかねえ!」
 苛立ちで操縦桿を殴りそうになりながらロアは唸った。
「落ち着け。決定的な瞬間さえ回避できればいいのだろう?」
 同機に搭乗するレヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)は正反対に、水のように冷静だ。
「まだ手遅れではない。そのはずだ」
 かく言うレヴィシュタールだが、内心、いくらか動揺はしているのである。
 といっても、グラキエスのことを考えているのではない。彼が気になるのはやはりロアのことだ。
 ――あの気紛れな食欲大魔神が、ここまで人に熱心になるとはな。
 ロアのグラキエスへの態度は異常な程だ……やはり彼とは何らかの因縁があるのだろうか。
「とにかく、着陸できる場所を探すと……」
 レヴィシュタールは言いかけたが溜息をつくことになった。
 もどかしい、とばかりにロアが飛空艇から眼下に飛び降りていたからだ。
 一方、グラキエスのパートナー二人も、彼から引き離されてしまっている。
「エンドロア……! あの馬鹿が!」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は頭をかきむしりたい気分だった。彼もグラキエスに追随するはかなわず、ロア同様に飛空艇を飛ばすのが精一杯である。ロアが飛び降りるのを見て、彼も機首を急降下させる。
 ウルディカと同乗のロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)(キース)は文句一つ言わず、降下する機体につかまり、急速に増す重力に堪えていた。
「エンドは……私達が黒幕を探し出せると信じているのだろう……」
 キースは呟くが、それはウルディカに聞かせるためのものではない。
 前方の飛空艇から飛び降りたロア・ドゥーエ、自分と同じ『ロア』の名を持つ彼に向けた言葉だ。キースにもグラキエスの心境は手に取るようにわかるのである。
「ドゥーエ、エンドをお願いします。……もしもの時は気を付けて」
 冬の気配が濃い北風が、鞭打つように吹きすさんでいる。
「この寒さは氷結属性のエンドに有利です」
 とキースは言葉を締めくくった。

 ……ではその、グラキエスはどこにいるのか。
 彼はまさしくロアの見立て通り、渦中に入り込んでいた。高波のように襲ってくる骸骨兵をかきわけて進む。ローラを目指して。
 視界も定まらぬほどの乱戦になってしまった。しかもローラは、誠一に狙われて以後、影に飛び込んで姿を眩まし、また別の場所に出現するという移動を繰り返しており、位置の特定が困難だ。
 しかしグラキエスには彼女に近づく確かな手がかりがあった。
「以前、Ρ(ロー)を治療した際の信号の記録がHCに残っていた。DNA情報のようなものだ。ロー、俺にはあなたへの道が見える……」
 だからローラが影に姿をくらまそうが平気だ。
 彼女は今、廃棄された建物の影に移動していることをグラキエスは察知した。敵が少ない地点ゆえ好都合といえよう。
 このときもう一人、ほぼ根性だけでローラまでたどり着いた者があった。
 柚木桂輔である。鉄の爪や鞭状の剣を何度も受け全身傷だらけ、骸骨に引きちぎられたか、服は右袖がばっさり落ちてしまっている。それでも彼は、彼女を見失わなかった。
 廃墟の中、先にローラに到達したのは桂輔だった。
「逃げるな!」
 ローラの眼を真っ直ぐに見て彼は大声で叫んだ。ローラ(玄武)が、影に飛び込もうとしたから。
 玄武に桂輔のことはわからないだろう。だが玄武は、彼が一人であることを知って逃走をやめた。
 手に銃があるだけ、見るからにボロボロの桂輔であればたやすく討てると思ったに違いない。
 ローラの眼を真っ直ぐに見て桂輔は言った。
「ローラ……そこにいるんだろう? そして、いまローラを操ってるやつ、ようく見ててくれよ」
 桂輔は薄く微笑むと、銃を棄てた。
 カツンと冷たい音を立て、二丁のハンドガンが地面に落ちる。
「ほらこの通りだ。俺に武器はもうない」
 嘘でない証拠に、彼は両手を挙げてひらひらと振った。
 玄武は動かない。ローラの顔で、怪訝な目をして彼を見ていた。
「ああ、そうか。まあ気になるよな? 油断させておいて、俺が銃をいきなり拾って撃たないか、って……だったらほら、やるよ」
 桂輔は銃を二丁とも、まとめて足で蹴った。青みを帯びた『ヴァイス』は逸れて物陰に消えたが、つや消し黒の銃『シュヴァルツ』はローラの足元まで滑って、くるくると回転した。
 彼女は銃を調べようと身を屈めた。
 それこそが桂輔の狙いだった。
「武器はもうない、って言ったがありゃ嘘だ。……こいつが最後の武器!」
 桂輔は、おそらく彼の人生で最大の勇気を出してローラに向かい、真正面から彼女の懐に入ると、

 彼女の唇に、自分の唇を押しつけた。

 そして彼女を抱きしめた。
 何秒、そうしていただろう。冷えきったローラの唇に、自分の体温が移るまでそうしていた。
 ――ぶった斬られるかな。
 桂輔は思った。
 それくらい覚悟の上だ。惚れた女に殺されるのも、まあ悪くはない。
 死ぬ直前、人は走馬燈のように自身の生涯を振り返るという……だが桂輔に『それ』は訪れなかった。
 唇を離したのはローラのほうだ。童顔だがびっくりするほど魅力的な顔を、彼の数センチの距離においたまま、
「……桂輔、何してるか?」
 夢から醒めたばかりというような、眠そうな目をして言ったのである。
「何って……えと」
「もしかして、チューしたか?」
 けろりと言う彼女にどう返事したものか判らなかったが、桂輔はコンマ二秒で頭を整理し、彼女の両肩に手を置いたまま言ったのである。
 そうだよ、と。
「ローラ、お前が好きだ。だからこんな無茶はやめてくれよ」
「……やめる?」
「そう。そいつを捨てるんだ」
 心の虚をついたことで、ローラの意識が戻っているのは確かなようだ。うん、と素直にローラは大剣を捨てた。怪力の彼女のことである。軽く投げただけなのに剣は、ぶうんと唸りを上げて廃工場の片隅に落ちた。
「さあ、俺と一緒に戻ろう。パイだって待ってる」
 ローラに肩を貸して立たせ、桂輔は歩き出した。
 だがそれも暫時のこと。
 桂輔は奥歯を噛みしめた。眼前、ふわりと大剣が立ち上がるのが見えたのだ。魔剣はこれが不服らしく、ゆっくりと近づいてくる。
「もう一度ローラを支配しようってのか……そうはいかない」
 ローラを背にかばいながら考える。今、あれとやりあって勝てるだろうか。逃走経路は……。
「ああ。だからこいつは俺が封じる」
 ローラに負けない長身、赤い髪。黒革のジャケット。
「グラキエス……?」
 ローラは魂を抜かれたかのように、呆然と彼を見つめていた。
 グラキエスが剣を握ったのだ。片手で、軽々と。
 剣は素直に彼の手に収まらなかった。身を捩り抵抗しようとした。ローラがよほど性にあったのか、それともグラキエスの中に眠るどす黒い魔力を恐れたからか。
 暴れる剣を放さぬままグラキエスは哄笑した。
「はははははは! こいつはいい! 魔剣が怯えている!」
 赤い髪が逆立った。どくどくと血液が沸騰し、うねるのを感じる。
 カッと口を開いたグラキエスは口から黒い瘴気を吐き出していた。
「おい……あんた、大丈夫かよ……」
 桂輔の額を汗がつたう。やばい。こいつは、ローラとは違った意味で。とてつもなくやばい。
「早く出て行くがいい。ここからは我々の問題だ」
 そのとき彼とローラに、静かに声をかける者があった。レヴィシュタール・グランマイアである。
 レヴィシュタールは押し出すようにして二人を追いやると、理性を失ったグラキエスを見据えた。
「ローラとグラキエス、どちらの方が厄介になるか……考えると胃が痛むな」
「間に合わなかったってことかよ!」
 ロア・ドゥーエも駆け込み、全身を震わせている。
 ――件の機晶姫も馬鹿だが、あれも馬鹿だ。
 やはり到着したばかりのウルディカ・ウォークライは心で叫んでいた。
 ――お前が傷付けば、お前を想う者は苦しむ。なぜ分かろうとしない!
 苛立ちがウルディカを包んでいた。ウルディカが来た世界、その災厄を思い出す光景だったから。
 最初に動いたのはロア・ドゥーエだった。
「こうなったらやるしかないようだなァ! 本気で!」
 駆け出すロアはすでに人の身ではない。湾曲した羊の角が頭に生え、爪と牙が皮膚を突き破って伸びる。まるで魔族だ。瞳孔が縦に割れた異形となり、ロアはグラキエスに飛びかかった。
 グラキエスの肩をロアの爪が裂いていた。真っ赤な血が飛沫のように噴いたが、それでもグラキエスは嗤っていた。
 グラキエスが争っている相手、それはロアではなく、彼が手にした魔剣だった。まだ逃げようとする魔剣が許せないのか、彼はこれを持ちあげ、何度も硬い地面に叩きつけた。
 ガツン! ガツン! 酷い音だ。ガツン! 採掘場だってもう少し静かだ。魔剣『玄武』の刃がボロボロと欠けていくのが見えた。
「来いよ! びびってる魔剣に道案内させてやる! ……黒幕のところまでな!」
 そしてグラキエスは身を翻し、どこかへと駆けていく。
「待って……! グラキエス、待つ……!」
 ローラは桂輔の腕を振りほどき彼を追おうとした。
「ローラ! 止すんだ!」
 それを桂輔は全身で止めた。両腕で抱きとめようとする。
「行っちゃいけない!」
「だって! だって……!」
「彼の言う通りです。行ってはいけない」
 そのときキースも、ローラの前に立ちはだかっていた。
「エンドのことは我々に任せて下さい。彼は魔剣の支配を打ち破った。だから大丈夫ですから」
 ウルディカはキースを一瞥すると、
「ドゥーエ、行くぞ!」
 と言って走り出した。レヴィシュタール、そして真の姿に復したロア・ドゥーエも続く。