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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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リアクション


●confession

「……また一人」
 仁科耀助は頭上を見上げた。暮れゆく秋空、黒革の翼をもつ奇怪な人間が、石像を抱えて飛ぶのが見える。
 耀助は目を覆いたかった。だが本当に覆ったりはしない。この事実を否定するわけにはいかない。
 今日もまた、公園の中央にいる耀助だった。膝を抱え、座り込んでいる。
 この秘密を知るのは耀助一人だ。『彼女』の犯行を見ていられるのは……。
 と、思いきや、
「む……あれが噂のドラゴニュートもどきか」
 どこかからリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の声が聞こえた。
「何か抱いて飛んでいる……錯乱しているのかもしれないね」
 リリだけではない。とララ・サーズデイ(らら・さーずでい)までいるではないか。
「とにかく確保するのだ」
 と追わんとするリリの眼前に、
「ちょっと待った! ちょっと!」
 耀助が滑り込んだ。さすがマスターニンジャ、迅速である。
「どうしたの二人とも? 美女が二人して公園で散歩だなんて寂しいな。オレと付き合わない?」
 しかしリリは北風のように冷たく返答した。
「耀助、退き給え。『それ』は事件の重要情報なのだよ」
「待って、何の話だよ」
「今、我々が見たものに決まっているではないか。それとも耀助は、見ていないと言い張るのかな?」
「うーん、見たかもしれないけど、もうあまり意味のない光景かもしれないね、実は」
「ええい、わからぬことを」
 ふんと短く息を吐き、リリは改めて耀助に言った。
「耀助がこのところ、この公園で何かを観察しているらしいとは聞いていた。確かに我々が貴様を観察したり尾行したりしようものなら、たちまち煙に巻かれてしまうことだろう。ゆえに、我々は耀助ではなく『耀助が見ている光景』を求め張り込んでいたというわけだよ」
「寒空の下、ずっと釣果を待つのはくたびれたな。しかしその辛抱に応えるものは見ることができた」
 いささか挑発気味にララは水を向けたのだが、耀助はこの程度で表情を崩さない。
「うーん、偶然というのは怖いね。けど、単なる偶然だと思うよ」
 あくまでしらを切る気なら、とララは腰のサーベルをすらりと抜いた。
「実力行使で真相を聞き出すほかあるまいな。抜くがいい、仁科耀助」
 そして彼女は、その冷ややかな切っ先を彼に向けたのである。
「こんな時だが、正直私は嬉しいのさ。耀助、君とは一度手合わせしてみたかったんだ」
「手合わせ? 手をつないでデートしてくれるって意味?」
「莫迦を言うな」
 たちまち耀助を、ララのサーベルが襲った。
 疾風のような連続突き。閃く白刃は触れさえすれば、煉瓦の壁すら貫けよう。
「うわっと! 暴力反対!」
 言いながらひょいひょいと、リズミカルに耀助は切っ先をかわした。
 しかも耀助の表情はまるで変わらない。ずっと微笑みを浮かべているのだ。
「くっ、ふざけていると怪我をするぞ!」
「ララちゃんこそ、どうしてもって言うんなら病院送りにしてあげたっていいんだよ……産婦人科だけどね」
 このセクハラ発言に、ララはかあっと顔を赤らめていた。
「破廉恥漢! そこへ直れ!」
「直ったら刺されるじゃないかぁー」
 鋭い突き、伸ばされた剣尖に、耀助の爪先が乗っていた。
 にわかには信じがたいが彼は跳躍し、片脚だけで剣の背に乗ったのだ。
「な……!?」
「よっ、と!」
 耀助は細い剣先をジャンプ台がわりに、反動をつけ大きく飛んだ。
 彼は放物線を描いて跳躍し、空飛ぶ箒ミランに乗りドラゴニュートを追わんとしていたリリに追いつく。具体的には、その箒の上に跨ったのである。
「む……耀助はもう少し、ララと遊んでいき給えよ」
「いやそういう分けにも行かないんだよ。オレは平等主義、二人ともと遊びたいから」
 耀助はリリの肩に手を置き、にこやかに言った。
「降ろしてくれる? 箒を」
「……断ると言ったら?」
「頼むよ。クナイを投げたりして本気で止めに入ってもいいけど、オレ、女の子は怪我させたくないんだ」
「致し方あるまいな」
 リリは箒を地面に降ろした。
 そこにララも駆けつける。
「……残念だよ、耀助。残念だ」
 ララの言葉は、決闘の中断に対するものか、それとも……。
 また会おうね、と耀助は言った。
 二人は連れだってそこを離れた。確実に言えるのは、耀助はあのドラゴニュートについて知っているということだ。

「ごきげんようナンパ系男子」
 リリとララに手を振った耀助は、背後から声をかけられた。
「今日のあなたは超ラッキー、いきなりお嬢様とごたいめーん」
 彼女が登場すれば、枯れ木だらけの公園も花が咲いたようになる。
 ゴージャス、その表現がぴったりだ。雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)がワインレッドのコート姿で、桃色の髪を揺らしてやってきたのだ。
「ようやく会えたわね仁科耀助ちゃん? あなたここにいるってこと『バカには見えない友人』に調査させて……いや、風の噂で聞いてね」
 さらりと言ったところを見るとリナリエッタは、彼の事を調査していると知られても意に介さないらしい。
「おや、リナリエッタお姉さま、こんなオレのこと知っていてくれるなんて光栄だよ」
「そんな仁科ちゃんも、私のこと知っていてくれたなんて嬉しいわ」
「美しいお姉さまの情報を、オレのアンテナは逃すことがないのさ。ところで今日は一体何の御用で?」
「うん、世間話」
「なら、もうちょっと暖かいところで話さないかい?」
「そう言って途中で逃げちゃうでしょ。ここは見晴らしがいいから、ちょっと煙に巻くのは難しいかもよ?」
 かなわないなあ、とクスクス笑って、噴水のほうへ耀助は歩き出した。彼女も続く。
「風の噂じゃ辻切り事件はは解決したみたいだけど、誘拐事件はどうなのかしらね?」
 言いながらごく自然ににじりよったリナリエッタだが、伸ばした手を避けられてしまった。
「あら? お姉さんと手をつなぐの、嫌い?」
「むしろ好きだよ。サイコメトリのスキルを使わない人なら」
「やあだ坊や、神経過敏じゃない?」
 ――気づかれたか。
「そうなんだよ、ちょっと過敏体質でね。だから歯医者さんとか苦手でさあ」
 ――うん、気づいてるよ。
「で、貴方のお姫様は今、どこにいるのかしらねぇ。霧になったのか『漆黒』の闇夜に消えたのか……。トーヨーの神秘には私、疎くって、教えてくださる?」
 薔薇の花束に包み隠したソードオフ・ショットガンのように、リナリエッタは鋭く切り込んだが、
「はは、オレもトーヨーものには詳しくないんだ。こんなカッコしててなんだけど、本当は欧州もののほうが好みで……」
 丁重に耀助は受け流す。
「奇遇だな。俺も欧州のほうが好きだ」
 コツ、とブーツの踵が石畳を踏む音がした。
 耀助の前に軍装の二人連れ、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が姿を見せている。北風がいくらか強さを増し、クローラのコートの襟をはたはたと揺らした。
「先日は失礼、仁科さん」
 セリオスが友好的に軽く会釈した。一方でクローラのほうは、『できれば会いたくなかった』とでも言いたげな目をしている。
「あら? デートのお邪魔においでになったの? 軍人さん」
「おっと美しいお姉さん、埋め合わせは僕がするから許してね」
 セリオスは飄々と切り返す。リナリエッタの目的は恐らく自分たちと同じだろう。つまり、耀助から事件の情報を引き出すこと――そうセリオスは判断した。
 ならば一人よりは三人、こうやって聞き出せば、ますます耀助は逃げづらいだろうし誘導もしやすい。
「社交辞令はこの辺にしておこう」
 クローラは会話の妙を楽しむでもなく、即座に本題を切り出した。
「例のドラゴニュートだが、オレたちも見た。さっき、頭上を横切っていったよ」
「ねえそういう話は、テレパシーとかで聞いたほうがよくない?」
 セリオスが言うも、その手段は迂遠になりかねないとクローラは首を振った。それに、他に聞かれてまずい人間がいるわけでもない。
「面白くなってきたわぁ」
 唄うようにリナリエッタは言う。 
「失踪したマホロバの乙女……黒い鱗に覆われた女……そして傍観する男子。
 これは……マホロバの特定の女性が龍……いや、蛇に化け始めている?」
 ああ失礼、ちょっと長めの独り言よ、と彼女は締めくくった。それを耳にしても、
「何のことかな?」
 わからないよ、と耀助は微笑もうとした。
 しかし彼の言葉は途絶えた。真正面からクローラに見られていると知ったのである。
「知られたくないという気持ちは理解できるよ。仁科」
 クローラは言った。
「どう切り出したがいいか迷ったが、俺に気の効いた言い回しはできない。スマートとは無縁な、泥臭い表現になるかもしれないが聞くだけは聞いてくれ。その後の選択は仁科に任せる」
「はは、君がお腹が痛いような表情をしていたのは思い悩んでいたからか。嫌われてるのかと思った」
 耀助は言ってから、しまった、というような目をした。さすがに怒るかと思ったようだ。
 ところが逆で、クローラはほんの少し苦笑気味に言った。
「残念ながらこの顔は生まれつきだ」
「えー、残念? ハンサム顔じゃない? 私、彼みたいなお顔、大好物よ」
 リナリエッタも言い添えて、うまく空気をほぐしておく。
「いやまあ……話がずれたな。本筋に戻ろう。
 俺のように悩みが顔に出るタイプではないようだが、仁科、お前は悩んでいるように俺には見える。
 直感だが、世界の秩序と一人の人間、その両方のことを考えているのではないか? 両立が難しい……そのような問題を抱えているのでは」
 耀助の薄笑みが、ここではじめて曇った。しかし耀助はまだ、何も言わなかった。
「力不足を感じるのは当然だ。俺も常に感じている」
 ここで軽く息を吸って、決心したようにクローラは続けた。
「俺には大切な女性がいる。もし彼女が辛い目にあったらなんとか助けたいと願い、板挟みになりつつも、一番冴えた方法は何かと模索するだろう。
 だから仁科、俺は提案する。
 陳腐な物言いだが、一人では不可能な事でも複数なら……と言うだろう。時間がないならなおさら、俺たちを巻き込め。彼女を助けたいのだろう?」
 耀助は目を逸らそうとした。しかしクローラは許さなかった。
「仁科耀助、俺達を見ろ。抱えこむな。話せ」
「オレ、先輩みたいなタイプ苦手なんだよなぁ……そういう、生の感情で勝負するような人」
 後頭部をかきながら、耀助はバツが悪そうに言った。
「けど、前も言ったけど嫌いになれないんだよなぁ……なんでだろう?」
 仕方ない、と耀助は観念したように口を開いた。
「そうだよ。オレは那由他のことで悩んでる」