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リアクション
【雌雄の決するとき】
時はやや遡る。
カンテミール市街地上空で、龍騎士たちが激しい戦闘状態に陥っている頃、地上側もまた、大きく戦況が動こうとしていた。
「制圧完了……悪いな」
武器を突きつける武尊に、鏨は肩を竦めた。戦場ど真ん中の拠点だ。ヴァッサーシュパイアーは、激しい消耗戦の果てに沈黙していた。大規模な激突の続く両者は消耗も激しく、特に一般人を多く抱える親衛隊側の消耗は顕著だ。
「大方の一般人は散ったって感じだな」
「そうだな、そこにいたやつ等で最後みたいだぜ」
がたがたと震えつつも、かろうじて踏ん張って立ち向かっていた最後の親衛隊が逃げていく背中を眺めて、武尊は息をついた。本職の戦士たちはまだ幾らか残ってはいるが、人数差の有利は既にドミトリエ側に移っている……筈だった。
「可笑しいな……戦線が乱れてきてやがる」
「何?」
又吉の通信に、武尊は眉を寄せた。
そう、今まで戦士たち相手に優勢だったはずの四天王たちの様子がおかしいのだ。連携が甘くなり、攻撃の手が緩んできているように見える。遠隔操作とはいっても、結構な時間が経過しているのだ。疲労もあるのかもしれないが、どうにも雲行きの怪しさを感じて、警戒を強めようと皆に連絡を入れようとした、その時だ。
『――……ッ、四天王・赤の死神が沈黙!!』
飛び込んだ凶報に、武尊がちっと舌打ちを漏らしたのに、鏨はにっと意味ありげに口角を上げた。
「ちょろいものですわね」
事前にステンノーラを通じて、仲間達から回線を繋いでもらい、逆探知に成功したその場所で、四天王の護衛を買って出たはずのファトラが、その四天王の一人を足元に見下ろして、ぺろりと舌を舐めた。
ティアラ側のスパイであったファトラは、鏨が時間を稼いでいる間に、四天王の一人に色仕掛けで接近し、ディープな口付けを含めた手管で、精神と肉体の両方にダメージを与えて陥落していたのだ。本当は協力を迫る予定だったのだが、ゲーマーの間で神とすら呼ばれるエカテリーナへの心酔は深そうだと判断して、気絶させるに留めたファトラは「ふん」と、ゲーム感覚でスコアを競い合っていた四天王を嘲笑するように、軽く鼻を鳴らす。
「これが現実の痛みですわ」
残る三人の四天王はまだ健在だが、連携は崩れた上「ゲーム外での突然の異変」に冷静さは保てないはずだ。ファトラは今が後期、とHCで”仲間”へと通信を送った。
『……ッ、敵襲!?』
瞬間、
その動揺走るエカテリーナ陣営の只中で、その隙を逃さず、彩羽のマスティマがエカテリーナ機へと直接攻撃を仕掛けていた。ステルス機能を最大限に発揮し、陣営深くまで密かに接近してきていたのだ。
「このイコンの核はぁ〜、あの工房みたいだよぅ〜」
ナノマシン状態でコクピットに同乗していた夜愚 素十素(よぐ・そとうす)が告げる分析結果を元に、その機動力を全開させると、ギロチンアームでエカテリーナ機へ肉薄した。が。
「させ、ません……っ」
ガギンッと音を立て、寸でのところで飛び込んだアンシャールの槍がそれを防いだ。
「銀河、一文字斬り……!」
続けてララが追撃をかけたが、マスティマが退く方が速かった。後方へと飛び離れつつ展開したレーザービットが、追撃者たちを牽制するのと同時。
「EMジャマー、起動。マスティマ本領発揮でござる!」
マスティマの制御を司っているスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が、EMジャマーを周囲に展開させたのだ。その影響で、通信網と同時に、四天王とその機晶姫との接続に障害が起きて、動作が鈍る。
「……不味い!」
呻くように言って、ドミトリエは顔色を変えた。
突然動きの悪くなった機晶姫と、途絶える直前の通信から、本陣の動きを察して、前線から本陣へ引き返そうとしていたのだが、危機はそれだけに留まっていなかった。味方として同行していたはずのサウザリウスのラジャマハールが、突然エカテリーナ機への道を塞ぐように牙を剥いたのだ。裏切ったのではない。最初から、サウザリウスはティアラ陣営へと情報を流していたスパイだったのだ。
「ここは通しませんよ」
そう宣言して、斬りかってきたラージャマハールの前へと躍り出たのは、アウナスのエピメテウスだ。だが、ドミトリエ達を狙って駆け回るウォーストライダーのラージャマハールに対して、巨大昆虫であるエピメテウスは、前に出ようとする味方まで巻き込むかのように振り回され、次第に追い込まれていくかのように見えた。
「ちょっと、これじゃこっちも動けな……ッ!?」
抗議しようとしていた裁の声が途切れる。味方を庇うように前へ出ていたはずのエピメテウスの巨大な口が、突如こちらを向いたためだ。追い込まれて円陣の狭まっていたドミトリエ達に、逃げ場がない。
「―――……ッ!!」
ギロチン顎が、ドミトリエを狙って襲い掛かり、ばっと鮮血が飛んだ。咄嗟に、シリウスがその体でドミトリエを庇い、ザビクが体と剣を割り込ませて防いだのだ。幸い三人とも傷は浅いが、状況は変わらない。ラージャマハールとエピメテウスの両機が、ドミトリエ達を追い詰める。裁が、光一郎が前へ出る中、再びギロチン顎が牙を剥こうとした、その時だ。
『―――撤退ッ!!』
エカテリーナ機から一声。戦況の不利に、急ピッチで作成された強力なスモークが、敵味方の区別なくバチバチと牽制するように内部で火花を散らしながら、戦場を包み込んだのだった。
「……結局、またここか……」
そのスモークに紛れ、何とか地下に張り巡らされたドワーフの坑道へと撤退した一同は、互いの一応の無事を確認して、ドミトリエは息をついた。複雑に入り組んだこの坑道の中ならば、ドワーフ達の助けのあるドミトリエ達を追撃してくるのは難しい。幾らか時間を稼げるだろう、と振り仰いだ先で、幾つかのパーツをパージして何とか潜り込んだ体のイコンの中で、エカテリーナは沈黙していた。
『……』
ネット上では神とすら呼ばれる、敗北知らずのゲーマであったエカテリーナには、流石にショックが大きかったのか、言葉の無い様子にドミトリエは首を振った。
「落ち込んでる暇はない。急いでここを離れるぞ」
「どこへ向うのです?」
キュベリエが問うのに「進みながら決める」と端的に返すと、さっさとドミトリエは歩き出し始めた。
「俺たちは負けた。だが、ゲームじゃあるまいし、ここは終わりなんかじゃあない」
叱咤するようなドミトリエの声に、シリウスが少し笑った。
「そうだな。さっさと切り替えて、先を考えないとな」
その言葉に、皆一度顔を見合わせると、思い思いの表情で頷く。エカテリーナは何も言わなかったが、やがてのそりと機体を動かすと、ドミトリエの後を追った。
その横で付き添いながら、キュベリエだけが、僅かにその目を細めていたのだった。
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