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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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「おねーちゃん!!」
 『オクスペタルム号』に戻ってきたエリシアへ、ノーンが飛び付くように抱きつく。
「よかった、おねーちゃんが無事で……う、うわーん!!」
「ごめんなさいノーン。あなたに心配をかけてしまいましたわ」
 感極まって泣き出すノーンの頭を、エリシアは慈しむように優しく撫でる。しばらくしてノーンが泣き止んでから、『オクスペタルム号』の現状を聞き、エリシアは思案する。
「デュプリケーターへの対処は、他の方々に任せた方がいいですわね。今の状態ではこちらが標的になりかねません」
「そうだね、じゃあ進路を契約者の拠点へ向けるよ」
 笑顔を取り戻したノーンが操縦席へ向かい、エリシアが心底安堵した表情で後に続く。

「エリシア殿は無事帰ったでありますか」
 話しかけた吹雪に、生駒がうん、と頷く。
「本人にもジェットドラゴンにも、怪我はなかったからね。……龍族と鉄族は争い合っているけど、契約者同士が争い合う必要はないはずだし」
 生駒の意見に、吹雪も頷く。敵対している片一方に属しているとはいえ、契約者同士が対立しているわけではない。争い合う必要がなければわざわざ戦う必要もないはずである。
「そうでありますな。……さて、自分らも帰還するであります。今回の働きで、鉄族に信頼されるようになると良いのであります」
「それは帰ってみないと、だね。鉄族の中を見せてもらえたらいいなぁ」
 そんな会話を交わして、『伊勢』は“灼陽”へと帰還する。


 龍族の居なくなった『龍の眼』に、鉄族が続々と足を踏み入れる。
「全員揃っているか!?」
「“雷峰”がいません!」
「契約者の攻撃を受け、後退途中に消息を絶ったようです」
 しかし、作戦に参加した者全てが無事というわけにはいかず、何名かは損傷を負い後退、そのまま消息を絶つという状況であった。
「えっと……迷惑でなければフィサリスが、探しに行きましょうか……?」
 小さく手を挙げたフィサリス・アルケケンジ(ふぃさりす・あるけけんじ)に皆の視線が集中し、フィサリスがひっ、と声をあげてさらに小さく縮こまってしまう。
「……いや、驚かせてしまったのならすまない。君の発言が我々にとっては意外に聞こえたのでな。
 我々鉄族は、これまで戦場で行方不明になった者の捜索を行わなかった。自己責任と言うのかな、戦場で遭遇するあらゆる結果の全ては自らが背負う、という空気があった」
 “三峰”と名乗った鉄族の戦士が、フィサリスに事情を話す。先日も哨戒に出た者が消息を絶ったが、誰も捜索に行かなかった事を話し、どこか恥じるような態度で続ける。
「こんな事を言えた立場ではないかもしれないが、“雷峰”の捜索に出てくれないだろうか。我々としても、仲間が相次いで失われるのをただ見過ごすのは、正直心苦しい」
「あっ……は、はい! その、頑張ってみます」
 救難信号をキャッチ出来る受信機を受け取り、フィサリスは拾志祀 惹鐘(じゅうしまつ・ひきがね)リュミエールの下へ急ぐ。
(もし怪我して動けないままだったら、デュプリケーターに食べられちゃう。
 鉄族の人たちは……灼陽さんも、三峰さんも、フィサリスの話を聞いてくれてる。分からない事もいっぱいあるけど……フィサリスは、この人たちの力になりたい)

「そかそか、ボクが動かんでも自分でやれること見つけてきたんやな〜。えらいえらい♪」
 フィサリスから話を聞いた惹鐘が、まるで我が子の成長を喜ぶようにフィサリスの頭を撫でる。
「う、うん。それでね……もし途中に龍族の人が居て、困っていたらその人にも力を貸してあげたいの。
 デュプリケーターから二つの種族を守ってあげたい。……手伝ってくれるかな、惹鐘」
 伺うような視線を向けられ、惹鐘ははは、と軽く笑って答える。
「ボクが君の言う事断った事って、数回くらいしかない思うんやけどなぁ」
「そ、そうだけど……でも数回はあるわけだし――わぷっ」
 俯き加減に呟くフィサリスの頭が、惹鐘の手で乱暴にかき乱される。
「ほら、辛気臭い顔せんといてな。君が元気にやる気出してくれた事がボクとしても嬉しいんやし。
 了解や、ま、やり方はその都度決めればええな。『リュミエール』の準備は出来とるで、そうと決まれば即、出発や」
「あっ……う、うんっ」
 乱れた髪を直して、先行する惹鐘にフィサリスが駆け足で追い付く。

 天秤世界の空へ飛び出した『リュミエール』、だが世界は広大であり、その中で消息を絶った機体を見つけるのは砂の中から砂金を見つけるようなものである。
『頼りはこの受信機だけやな。“雷峰”はどの辺りで消息を絶ったんやろな?」
「うーん……“三峰”さんは、“雷峰”は攻撃を受けて後退した途中で消息を絶った、って言ってたよ」
『どこに後退しようとしたか……は、確かここに機動要塞がおったな。そこだと仮定して……まぁ、この辺か』
 モニターに天秤世界の地図と、惹鐘が計算したおおまかな範囲が示される。機動要塞は『龍の眼』と『ポイント64』の中間辺りに滞在していた。攻撃を受けた“雷峰”のレーダー機能が故障していた可能性も含めて、その手前から横側に膨らんだ範囲が示される。
「……南側に飛んでた場合、中立区域に入るね」
『せやな。そこやとデュプリケーターの格好の餌食や。まずはそっから探してみるか?』
 惹鐘の提案にフィサリスが頷き、『リュミエール』の進路を南側へ取る。
『……おっ、受信機に反応があったで! ビンゴやな』
 惹鐘の声の直後、微弱ながら受信機が救難信号をキャッチする。その、まるで心臓の鼓動を思わせる電子音に、フィサリスは否が応でも早く見つけてあげたい気持ちに囚われる。
『焦ったらアカンで、ここからは慎重にな』
「う、うんっ」
 一度大きく息を吸って、吐いて、フィサリスは受信機の反応を逐一確認しつつ進路を微調整する。やがて段々と間隔が狭まり、目覚ましのような電子音に変わった所で、荒地に一点の染みのような何かが確認出来た。
「見つけた! 多分あれが“雷峰”さんだねっ」
『! アカン、前方から複数の巨大生物の反応やで。多分デュプリケーターに渡ったっつうモンや』
 レーダーに“雷峰”の一点と、そこに迫る複数の点が表示される。落ちてきた“餌”を、デュプリケーターが狙ってきたのが予想出来た。
『あえて言うでフィサリス。このまま“雷峰”を助けようとすればメッチャ危険や。今なら離脱も出来る。……どうする?』
 惹鐘の決断を迫る言葉に、フィサリスは弱気になりながらも辛うじて、『リュミエール』が防御重視の機体であることと、“雷峰”をデュプリケーターから守りたいという気持ちからこの場に留まる事を選択する。
「守りならフィサリス、得意だから……! 惹鐘、救援を知らせること、出来る?」
『やってみるで。他の事はボクに任しとき、君は目の前の敵に集中せな!』
 『リュミエール』が墜落した“雷峰”のやや前方に降り立ち、二方から迫ってくる巨大生物――前回報告にあった、巨大クワガタをベースにしたもの――と対峙する。
(今のフィサリスに出来るのはこのくらい……絶対、“雷峰”さんは守ってみせる!)


「……う……。ハッ! こ、ここは――」
 ベッドに伏せていた龍族の一人が目を覚ますと、見慣れない天幕の天井が見えた。
「目覚められましたか。あなたは戦場で怪我をして動けなくなっていた所を、私達に運ばれてきたんですよ」
 聞こえた声に身を起こせば、入り口に少女――赤羽 美央(あかばね・みお)――の姿があった。
「そうか……君は――そうか、契約者か。
 ありがとう、礼を言う」
「いえ、これが私達のやるべき事ですから。
 ……では葵さん、伊織さん、後はお願いします」
 美央が背後を向いて何かを言って出ていき、代わりに現れたのは白衣の看護師……にしては可愛らしい二人の少女、秋月 葵(あきづき・あおい)土方 伊織(ひじかた・いおり)であった。
「まじかるナースあおいが、あなたの怪我をパパって治しちゃうよ〜♪」
「はうぅ、どーしてこうなるですかー。僕は少女じゃないですー」
「細かい事は気にしたらダメだよ。似合ってるし、何の問題もないよ」
「気にしますー問題ありありですー! ……あうぅ、こんな格好、セリシアさんに見られでもしたら生きていけないですー」

 ――事の発端は、しばらく前に遡る。
「確認した所では、『龍の眼』『ポイント32』にて龍族と鉄族の戦闘が行われています。
 二つの距離は相当離れていて、私達ではこの2つをカバーするのは難しいです。よってどちらか一つの戦場に絞って行動するべきと考えますが、どうでしょう」
 契約者の拠点にて、顔を揃えた面々に向かって美央が状況を伝え、今後の方針を話し合う。既に精霊長の二人、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)の話し合いの末、生じている争いに対して自分たちは防御的、相対する一方の種族やデュプリケーターからそれぞれの種族を守り、必要な措置を取るという基本方針はまとまっていた。よって今後の行動の基本は救助活動がメインになるが、それをどちらの戦場でどのように行うかが話し合いの焦点になっていた。
「僕はそれでいいと思いますです。医療物資はウィール支城からベディさんが持ってきてくれましたし、戦場近くの比較的安全な場所に野戦病院を設置して医療活動に従事する、がいいと思いますです」
「行動は決まりましたが、私たちはどちらの戦場へ向かいましょう?」
「えっとね……確かパイモンたちは北、『ポイント32』の方へ向かうって。他に契約者が結構な数で向かってったから、南側、『龍の眼』の方は手薄になってると思うの。
 だからあたいたちはそっちに行って活動した方がいいんじゃないかなって思うの」
 話し合いの結果、契約者の拠点から水辺を内側に進み、『龍の眼』に近づき過ぎない程度の場所に野戦病院を設置して医療活動を行う、という方針に決定する。
「野戦病院の方はセリシアとイオリが中心になって、でいいわよね。あたいはミオとアオイと、先に『龍の眼』へ行って怪我人の確保をしてくるつもり。
 ミオ、アオイ、それでいい?」
「うん、いいよ〜。怪我してる人に襲い掛かるデュプリケーターが居たら、お仕置きしちゃうんだからっ」
 ステッキをかざし、やる気を見せる葵の横で、美央もええ、と頷く。
「それじゃ行きましょ。セリシア、イオリ、場所決まったら教えてね!」
 葵と美央を連れ、カヤノが先行する。頷いてセリシアも、伊織とサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)と野戦病院の候補地を探しに拠点を出発する――。

「ふー、こっちの天幕はとりあえずメドがつきましたかねー」
 龍族が収容されている天幕を出て、伊織が一息つく。……拠点を出発した後、野戦病院の候補地は比較的すんなりと決定した。治療にどうしても必要になる水の確保が容易な地を選び、ベディヴィエールとサティナ、伊織とセリシアがそれぞれペアとなり、まずは天幕を一つずつ張る。「龍族さんと鉄族さんを同じ天幕に入れない方がいい」という伊織の案を採用した結果であった。
「ケガしてまで互いに争われたらたまらんしの。当然の措置じゃろうて」
「事と次第によっては、そのまま眠りについてもらった方が良いかもしれませんね」
「あわわ、ベディさん、顔は笑ってますけど言ってることが全然笑えないですー」
 作業の合間にそんな軽口も交わしながら、二つの天幕を張り終え、その中心に医療品を保管したり介護する人が詰めるための別の天幕を張る。後はこれらの周りを柵で囲めば、簡易型の野戦病院の完成である。
「そちらは我とセリシアでやっておこう。セリシア、久し振りに姉妹の連携、といこうではないか」
「はい、お姉様。私も成長したこと、お姉様に見てもらいたいです」
 サティナとセリシアが柵を立てる作業に行き、伊織が運んできた医療物資を天幕に収めていると、ベディヴィエールから声をかけられる。
「お嬢様は、これをお召しになってください」
「はぇ? なんですかこれは?」
「お嬢様にとってもお似合いのものです」
 にっこりと笑うベディヴィエールに、伊織は激しく嫌な予感を覚える。……そして案の定、ベディヴィエールから渡された服を着てみれば、伊織はすっかり白衣の天使になっていた。
「な、なんで僕がこんな格好をしなくちゃですかー」
「異世界でもお嬢様には素敵な衣装を着てもらいたくて、色々とご用意してあります」
 どうやら、パラミタで物資の調達をしている間に色々と用意されたようで、ナース服の他にも様々と用意されているのだという。しかもその全てが伊織にピッタリのサイズで、伊織はただため息をつくばかりであった。
「ベディさんには物資を用意してもらって感謝してますけど、ここまで用意しなくてもいいと思うのですよー」
「あはは、伊織ちゃんも大変なんだね〜。はいこれ、お疲れさま〜」
 葵が天幕から出てきて、伊織に飲み物を渡す。
「あ、ありがとうです」
 受け取り、伊織が口をつける。身体に溜まった疲れが飛んでいくような、スッキリとした飲みくちだった。
「ウィール支城と雪だるま王国が協力するって、エリュシオンが攻めてきた時以来かな。
 あの時もちゃんとした協力したってほどじゃないから、もしかして初めてかも?」
 『ウィール支城』と『雪だるま王国』は、かつて『イナテミス防衛戦』でエリュシオン第五龍騎士団の侵攻に対し“盾”となり、戦いを勝利に導いた。建設にセリシアとカヤノ、二人の精霊長が関わっている点からも、共通点は多い。
「考えてみればそうなるんですかねー。あの時はエリュシオンで、その後ザナドゥで、今は天秤世界……。
 はぁ、平穏が遠いですー。何処に行っても戦争ばっかりで、正直おっかないですよ」
 うぅ、と伊織が頭を抱える。いつでも平穏な日常を、と望んでいるはずなのに面倒事に巻き込まれてしまう。それでも伊織がここに居る理由は、恋人となったセリシアの存在があるからである。
「あたしも、戦争とか争い事は嫌だな。でも、カヤノちゃんが行くって言うからね。一人にさせちゃうのも嫌だし、力になりたいって思うから」
 葵の言葉に、伊織は親近感のようなものを覚える。自分がセリシアの事を大切に思っているように、この人もカヤノの事を気にかけているのだと。
「ある意味カヤノちゃんのおかげで、女王さまが戻って来てくれたわけだし。また雪だるま王国のみんなで集まれて、あたしは嬉しい。
 みんなで一緒に、この世界で起きている争い事を止めたい。もうみんなが争わなくていいような世界にしたい。……あはは、ガラじゃないな〜」
 自分で言ったことを恥ずかしがるように、葵が苦笑する。
「どこまで出来るか分からないですけど、やれることは全部やっておきたいです。
 それで世界が変わるって事はないかもですけど、やらなかったらなんにも変わらないですから」
 伊織が口にし、葵もその言葉に賛同の意思を示す。
「変えてやるぞー、くらいの気概は見せないとね。一緒に頑張ろ、伊織ちゃん」
「はい、こちらこそよろしくですー」
 二人の話がいい感じにまとまったその時、向こうからセリシアがやって来た。
「伊織さん、私を呼んでいるってお姉様が――」
「……あ」
 セリシアと目が合い、しばらくの沈黙の後。
「い、伊織さん……か、可愛いです!」
「わぷー! せ、セリシアさん、抱きつかないでくださいですー」
 セリシアに思い切り抱きつかれ、伊織がジタバタともがく。その様子を見届けてサティナがうむ、と頷き、ベディヴィエールは持ち込んだデジカメでしっかりと撮影をしていた。
「あうぅ、こんな調子で本当に戦いを止められるのですかー?」
 伊織の叫びが、天秤世界の空に消えていく。