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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声

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ナラカの黒き太陽 第一回 誘いの声
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リアクション

9.タングート<4>


「はじめまして。レモ・タシガンです」
 レモはそう挨拶をすると、相柳の前に進み出た。
 今はもうメイド服ではなく、薔薇の学舎の制服姿だ。……街中はもう抜けたし、さすがに正式な場では制服がいいと判断したからだった。
「招かれた以上はレモはちゃんと正装しないと相手に失礼になるものね」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)もそう同意して、最後にレモの髪もきちんと整えてくれた。
 とはいえ、これが吉とでるか凶と出るかはわからない。レモはごくりと唾を飲み込み、相柳と対峙する。その後ろでは、同行者たちが、レモの背中をじっと見守っていた。
「……貴方が」
 そう言うなり、相柳の青竜刀が鋭く閃き、レモの細い首のぎりぎりで止まった。
 しかしレモは、そのまま微動だにしない。ただ、じっと相柳を見つめている。
「……よけないのか」
「よけても、無理です。貴方が本気で僕を殺すつもりなら、たぶん僕は敵わないから」
 非力さを恥じつつ、レモはしかし素直にそう答えた。青竜刀の薄い刃先は、今も彼の喉に軽く触れたままだ。ほんの少し相柳が力をこめれば、首と胴は離れているだろう。
「それに、僕が本当に危険なら、友達が助けてくれるので」
「……そのようだ」
 ちらりと相柳は背後の面々を見やった。静観しているようでいて、レモになにかあれば、すぐさま動けるという気配に満ちている。
「共工様は、どちらですか。僕は、招待を受けてここまで来ました。僕の望みを、叶えてくださるというので」
 羞じらいから一転して、凜々しい表情を浮かべ、はっきりとレモは告げた。
「……望みを叶えるためにか?」
「いいえ。共工様のおっしゃる、『僕の望み』とはなんなのか、確かめるためです。そして、何故僕を呼んだのかを」
「…………」
 音がしそうなほど張り詰めた空気の中、暫し二人はただ見つめ合っていた。
 やがて、ゆっくりと相柳の青竜刀が降ろされる。
「よかった……」
 固唾を呑んで見守っていた三井 静(みつい・せい)マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)は、思わずそうほっと息をついた。
「案内していただけますか?」
「いや、我はここじゃ。足労をかけたな」
 大広間の奥にかけられていた緞帳が左右に開くと、そこにいたのは、美しい女性だった。豊満な体つきに、朱色の長い髪がうねるように足下まで伸びている。手には大ぶりの扇子を持ち、同じく朱色のチャイナロングドレスの深いスリットから覗く足は長く、そして、その褐色の肌は鱗状に微かに輝いていた。
 彼女が、共工。このタングートを統べる女王その人である。
「相柳、あまり脅かすな。客人じゃ」
「……申し訳ございません、主上」
 相柳が膝をつき、最愛の主を出迎えた。
「はじめまして」
「レモ・タシガン。よう来た。そこの客人らも、そう気を張るでない。今宴の用意もさせておる故、ゆるりと過ごせ」
「ありがとうございます」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がそう頭を下げると、「もしよろしければ、こちらの品々をお納めください」と共工に告げた。
 さっそく、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、呼雪の用意してきた品を共工の前に並べる。それは、タシガンの特産である焼き物や、バラの花、上等な布地、チョコレートといったものだ。
「ほぅ」
 共工は扇ごしにそれらの品々を眺め、目を細める。
「ひとつでも、お気に召していただければ幸いです」
「ありがたい。嬉しく思うぞ。……我々も、できればそなたらと親しくできればと望んでおる。これからのためにもな……」
「これから……?」
「おや。用意ができたようじゃ。こちらへ」
 共工はそこで言葉を切ると、姿を消す。彼らは相柳に宴席へと用意され、ようやくそこで、くつろいで座ることができた。
 長い縦型のテーブルには、ご馳走が所狭しと並んでいる。どれも珍しいものだが、食欲をそそる匂いがする。
「……毒ではない。安心して、食べるといい」
 相柳が言う。
「まぁ、そう願うわ。けど、ねーちゃん。レモはウチの学校の、かわいいかわいい、大事な大事なマスコットやねん。あんまりおいたはせんといてくれたら嬉しいなぁ?」
 笑顔のまま、しかしどこか抜け目ない光を瞳にたたえて、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)がそう釘を刺す。
「……覚えておこう」
 相柳はそう答え、しかし約束はしなかった。
「しかし、レモも変わったの」
 笑みを漏らし、そう呟いたのは讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)だ。
「いといけない童子から、しなやかにたくましい少年、そして青年に変っていくのであろう」
「……まぁな」
 たしかに、先ほどのレモは、相柳相手に一歩も引くことなく振る舞ってみせた。守るつもりで来たのはたしかだが、自分たちが思う以上に、レモは成長しつつあるのかもしれない。
「レモは、まだこれから成長する若い苗木の様な子や。まっすぐに伸ばすためには、それ相応の助けが必要やろ。俺がしたいんは、それだけや」
 過保護に守るつもりはない。その塩梅は難しいが。
「寂しいのなら、我がいくらでも慰めてやろうものを。泰輔」
 そう囁き、色っぽい眼差しで顕仁は泰輔の腰のあたりに手をまわそうとする。
「別に、寂しいとは言うてへん」
 軽くその手をはたき、泰助は素っ気なく返した。
「……とりあえず文字通りテーブルにはついたわけやけど、まだなんの話もはじまってへんからな」
「まぁ、そうだの」
 残念だが、ここはひくことにしたらしい。顕仁はそう答え、共工のすぐ脇に席を用意されたレモを、ちらりと見やった。
 乾杯の盃が用意される。酒がだめな者には梅の果実酒が用意され、和やかに乾杯は終わった。
 その後、呼雪の口上を経て、ささやかな余興として、呼雪とマユ、そしてタリアの演奏が披露される。
 呼雪がハーモニウムでリードをとり、マユとタリアはリュートを奏でながら歌う。いずれも、レモも知っている、タシガンでは馴染みのある音楽だ。
(……クリストファーさんたち、どうしてるかな……)
 音楽の先生である二人のことを思い出し、レモは不意に胸の奥が痛む。
 カルマのことも、タシガンのことも、気にはかかっている。きっと、友人達は今頃、必死に闘っているはずだ。
 それを思うと、どうしても食事が喉を通らず、レモはやや浮かない表情を隠せずにいた。
「レモ君」
 大丈夫ですよ、と。隣に座る神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が小声で囁く。
「あ……」
 そうだ。自分にはまだやることがあり、まだ、肝心のことはなにも聞き出せていない。この和やかな場につながるよう、みんなが努力してくれたのだ。それを、レモは無駄にするわけにいかない。
「……うん。大丈夫」
 息をつき、冷静になると、レモは再び顔をあげた。
 曲が終わり、拍手が起こる。
「よきものを聞かせてもらった。感謝するぞ」
「お言葉、恐縮です」
 三人はお辞儀をし、それぞれの席に戻る。ちらりと視線があい、レモはマユに「素敵だった」と拍手しながら微笑んだ。
 そして。
「……さて、そろそろ本題に入るかの?」
 そう切り出してきたのは、共工のほうからだった。
(しまったな)
 できるなら、会話の主導権は自分が握っておきたかった。そう思いつつ、レモは素直に「はい」と答える。
「相柳に、そなたはこう言っておったな。……我が、そなたの望みをわかっているか、と」
「……はい」
「記憶、じゃろう?」
 ぐっと、レモは言葉に詰まった。