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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【鏡の国の戦争・空港5】



「改めて考えてみると、失敗だったなぁ」
 空港から遠く離れた後方地点、比較的マシな状態で残っているマンションの屋上で、プルシャ・ザリスは虚空に向かって呟いた。
「あれじゃ、ちょっと質のいい量産兵だよね。自立した意識ってのは結構重要だったのか……んー、加減が難しいなぁ」
 ザリスは振り返ると、鎖鎌を投げて屋上に繋がる粗末な階段の手すりにひっかけた。
 鎖が波打つと、もともとあまり丈夫でなかった外階段は悲鳴をあげながらマンションから離れていく。と、カンカンと足音が鳴り、人影がマンションの屋上に飛び込んできた。
 源 鉄心(みなもと・てっしん)はその場で止まらず、ザリスへと接近していく。
「えーっと、ポイントシフト、かな」
 ザリスの左手の指に間に、太い針が握られる。棒手裏剣と呼ばれる投擲武器だ。狙いは鉄心ではなく、その右斜め後ろ狙う。
「こっちなの」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は発動直前の天の炎を放つタイミングを逃され、棒手裏剣を回避する。回避した足先に何かがこつんとぶつかった。
 嫌な予感がして足元を見ると、つま先の先にあったのは手榴弾だ。既にピンは抜かれている。
「いっ」
 サラダが咄嗟にイコナを翼で覆った。サラダのおかげで、飛び散る破片から身を守る事ができた。
 鉄心の影に潜んでいたティー・ティー(てぃー・てぃー)は、エクスプレス・ザ・ワールドで仕掛ける。演奏した音楽のイメージが実体化させたのは、対する敵と同じ姿、日本刀を構えたザリスだった。
「うーん、僕が僕を殺す事に抵抗があると思ったのかな?」
 ザリスはザリスの刀を後方に飛んで避けつつ、右手を口元に添える。そこから、キラキラと輝く小さないもの、含み針が放たれ、実体化した幻影の腕の関節に突き刺さる。
 着地と同時に三節棍を懐から取り出し、ポイントシフトでの接近からのワイヤー付きナイフのギフトスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)の刃を受け止める。
「これ、面白いんだよ」
 刃を食い止めた三節棍の芯がはずれ、暖簾を押すように力が逃げていく。ザリスは、今利用した獲物を手から離し、九十度向きを変え、間合いを離しつつ指先でチャクラムを回すと鉄心に向かって二つ放った。一個をティーのナイフで、一個は体を反らして鉄心は回避した。
「何とか凌ぎ切ったみたいだね」
 間合いを大きく取って、ザリスは足を止める。
 鉄心も、すぐには動かず様子を伺った。マンションの屋上には視界を遮るものはなく、ザリス以外のザリスの姿もまた無かった。
 アルダも目の前のプルシャも、見た目の上では一切違いは無い。だが、目の前のが唯一のザリスである事は明白だった。
「よし、じゃあこっちの番だね」
 ザリスは軽く踏み込む、その手にはナイフが一振り。そして、その動きは最初の鉄心の動きとほぼ瓜二つだった。ザリスはアクセルギアを所持してはいないし覚醒もできないが、見劣りするような部分は一つとしてない。
「どう?」
 互いにナイフの刃を合わせながら、ザリスは鉄心に尋ねる。
「随分と、芸達者なんだな」
 横合いから、含み針を受けていた再現ザリスが切りかかる。周囲に事情を知らない仲間が居たらきっと混乱する事だろう。
 ザリスは鉄心からティーがエクスプレス・ザ・ワールドで具現化したザリスに矛先を帰る。気が付けば、ザリスの武器はナイフから十手に変わっており、刀の刃を取ってそれをへし折った。
 その僅かな間に、鉄心はアクセルギアを操作、最大の三十倍にもっていく。動ける時間は五秒。その五秒を最大限に生かすため、スープは鉄心の潜在能力を開放し、その中に眠る力を呼び覚ました。
 鉄心の動きに、ザリスも応じる。刀ザリスをマチェットで突き刺し倒しつつ体の向きを変える。
 ザリスは新たな、恐らくこの状況に最適な武器を取り出そうとして、一度停止、素手で迎え撃つ方針に切り替えた。
 六十秒に引き伸ばされた五秒間で、この僅かな逡巡は致命的だった。コンマ数秒遅れたザリスの拳は、鉄心の頬を掠めていき、対する鉄心の一撃は、左胸の僅か上に突き刺さった。
「ぐっ」
 苦痛に声を漏らし、その場に膝をついたのは鉄心だ。アクセルギアと覚醒の両方の反動だ。
 ザリスはその場から、二歩下がったところで、思い出したように突き刺さったナイフを抜き、鉄心の手元に投げて返した。
「あー、やっちゃったなぁ」
 ザリスの体の節々からは、黒い煙が昇っていた。ナイフであるスープが、轟雷閃で電気を流し込んだのだ。
「もともと、一つ一つは使い潰すつもりだから、そこまで頑丈じゃないんだよね」
 ザリスは肩をすくめて、屋上のふちに腰を降ろした。
「それに、前みたいに無理やり回復もできそうにないや、もう僕のおうちは無くなっちゃったしね」
「随分と、潔いのですわね」
 隠れ身を解いたイコナは、まだ僅かに警戒しつつも尋ねた。
「そりゃ、この体ではないけど、何千回か死んでるようなものだからね、どの辺りに線が引かれているかぐらいわかるよ」
「助かろうとは、思わないのですか?」
「可能性があればね。けどまぁ、もういいかな」
「どういう事で、ござるか?」
「なんか、わかっちゃったんだよね。自意識の無い高性能な人形を量産しても、やっぱり限界があるんだよ。データを同期させて動きを改良させていっても、ある一定のラインで止まるんだ……僕達はうまくできてたんだって再確認したよ、最初の僕が何を考えて今の形にしたのか、今ならよくわかる、よくわかるから、同じ結論にたどり着くんだろうね」
 ザリスとは、長い時間をかけて作り上げられたシステムそのものだ。そこに、今更一個人の思いつきを差し込む隙間は無いのだ。
 そのシステムを完成させたのは、他でもないザリスである。一時の偶然が与えたシステムを弄るチャンスは、今の自分達がどれだけ完成されていたかを証明しただけで、そこから先のビジョンは何も見せてはくれなかった。自分自身で考え抜いて作り上げた最高傑作を、自分の発想だけで覆すのはきっと不可能なのだろう。
「なら……なんでここで自分を増やさなかった。そうすれば、十分勝ち目はあっただろ?」
 もしもここで、ザリスが増えていたら結果は違っていただろう。それが、失敗作と言ったアルダであってもだ。
「思ってる事とやってる事が違うなんて、珍しい事じゃないでしょ?」
 ザリスはゆっくりと後ろに向かって倒れていく。
「でもなんとなくはわかってたんだ、人間を真似っこした僕は、きっと人間には勝てないんだろうなぁってね。だってさ、人間ってまだ完成してないもんね」
 そのまま、ザリスはマンションから落ちていった。



 地上に降りた四人は、落ちていったザリスを発見する事はできなかった。
 それから少しして、空港に向かっていたアルダ・ザリスが突然電池を落としたかのように動かなくなったという連絡が届いた。
 それからしばらく、空港周辺は強い警戒網が敷かれたが、戦闘は発生せず、それまでの激戦を思えば信じられないほどに、静かに戦いは終焉を迎えたのだった。