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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第5話『それが理だと言うのなら、私は』

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 龍族と鉄族が戦線に加わり、『Arcem』も呼応して『天秤宮』の軍勢に急降下爆撃を加え、隊列を崩していく。
「よっしゃ、ガマンはここまで。前に出るぜっ!」
 今こそ、攻勢に転じる時だった。カルキノスが景気付けに一声啼いて、前方の地上部隊を標的に見据え、両脇から襲いかかる不滅兵団を召喚する。鋼鉄の鎧を身に付けた彼らは『天秤宮』の軍勢を貫いて互いに合流することだけを目的として、耐えぬ攻撃を繰り出す。窮地に陥る地上部隊を援護しようと空から『フライヤー』や『ボムキャリアー』が迫るが、彼らはやはりカルキノスが召喚した巨大な鷲の姿をした怪物に襲われ、飛ぶ力を失い地面に落下していった。

 『初めてのみく』がメガホンを構え、音楽を奏でる。それは真正面から向かってきた者たちへ向けて放たれたものだが、一人は横へ、もう一人は上へ回避する。『初めてのみく』はどちらを追撃するか一瞬考え、上にメガホンを向けてもう一度音楽を奏でる。空中では自由な移動が出来ない――その判断に基づいて居たのだろうが、この場合はそうはいかなかった。宙を飛ぶ人物――和輝――に向かっていった“音”は、人物が忽然と姿を消して次の瞬間別の場所に移動したことで行き先を見失い、遥か空へ飛んで消えていった。そしてその行き先を見届けること無く、『初めてのみく』は接近したもう一人の人物――パイモン――の振るった刀で首を落とされ活動を停止した。
『戦線は予定通り押し上げられている。ここより右、突破されかけている箇所がある』
「了解、そちらへ向かう」
 和輝の装着した電子ゴーグルには、アニスが拡散した情報が次々と映し出されていた。ポッシヴィ防衛線は徐々に『天秤宮』方面へと押し出されていき、パイモンと和輝は防衛線が『天秤宮』の軍勢によって押し込まれている箇所へ急行、そこの敵を殲滅して線を元通りにする役目を担っていた。
『これって魔族の王がやることなのかしらね』
「……そう思うなら直接本人に言ってくれ。なまじ高性能だから余計たちが悪い」
 スノー・クライム(すのー・くらいむ)の呟きに、和輝が呆れたように答える。今パイモンがやっていることを他の契約者がやれと言われたら厳しく、結局パイモンが適任ということになってしまうのであった。
「まあ、戦況はこちらに優位に進んでいる。このまま異変がなければ負担もそれほど大きくない。
 お前に心配されずとも、最後までやり遂げるさ」
『……そう、それならいいわ。行きましょ、彼はもう次の敵を見つけたみたいよ』
 スノーに言われて見れば、既に次の集団にパイモンが攻撃を仕掛けようとしている所だった。『Cヴォカロ族』の攻撃がどう見えているのか聞きたくなるくらいの挙動だった。


『♪〜〜〜〜〜〜♪』
 一組の少年少女が繰り出す“声”が明確な殺意を含み、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)を襲う。もしその“声”を視覚することが出来たなら、ある一定の振れ幅でもって進む波のように見えただろう。
「うぅぅ……っ!」
 その、物理的な攻撃とは一線を画する攻撃に、美羽とロノウェは苦戦する。精神に与えるダメージは肉体にも疲労感となって現れ、意思とは反して身体の動きを鈍らせる。
(迂闊に近付けば“声”をまともに浴びてしまう。
 でもこのまま逃げ回っても消耗戦だ。どうすればいい……?)
 美羽とロノウェへの攻撃を少しでも逸らすべく、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が二人の周囲を飛び回り、“声”を一手に受ける。今度は追尾するミサイルの如く“声”がコハクを追いかけ、振り切ったと思ったら次の“声”が飛んでくる。これだけ広い空間で戦っているにも関わらず、まるで四方を壁で囲まれた中に居る感覚に囚われる。
「目に見えない攻撃、物理的に対処不能な攻撃……難しいわね。
 一人二人なら無理矢理どうにか出来なくもないけど、数も決して少なくはない。早急に対策を練らないとね」
「そうだね。今、ベアトリーチェがポッシヴィに向かって、ミュージン族さんから対策を教えてもらいに行ってるの。
 ベアトリーチェから連絡が来るまで、もう少し頑張ろ、ロノウェ!」
 美羽が励ましの言葉をかければ、ロノウェが微笑を顔に浮かべて答える。その二人の間を貫くように“声”が飛び、二人は地を蹴って駆け出し、なんとか有効打を与えんと機会を探る――。

「……あぁ、彼らの姿は私達も確認した。姿形は確かに『ヴォカロ族』だ。あれほど殺人的な音楽を奏でてはいなかったがな」
 美羽とコハク、ロノウェが奮闘する中、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)『ミュージン族』の街、『ポッシヴィ』に足を運び、彼らから有効な対策を教えてもらおうとしていた。話を受けてくれた青年によれば、『ヴォカロ族』には『初めてのみく』『鏡のりん・れん』『巡りのるか』の3タイプが存在しており、それぞれ得意とする音楽が異なるのだという。
「その、ヴォカロ族に似た人たちへの対策は、何かありますか?」
「そうだな……。ヴォカロ族に似た者、『Cヴォカロ族』と呼ばせてもらおう。
 彼らの音楽は我々の音楽に比べ、非常に強いメッセージ性……指向性を持っている。ハッキリとし過ぎていて想像力を働かせる余地がないんだ。……まあ、戦いに負けてしまった私たちが今更言うのも何なんだがね」
「強い指向性……それは、どんな特徴となって契約者を攻撃していると思いますか?」
「想像の範囲だが……ある一定の軌道に沿い、一度奏でられた音楽は変わることなく伝わっていく。強いエネルギーを持った音楽だから、音楽に知識の無い人でも意識を集中させれば“見える”のでは、と思う。我々の音楽はまあ同じように例えるなら、特定の軌道を持たず、常に変化し続ける音楽さ。持っているエネルギーは弱いかもしれないが、心にじんわり響く、そう自負している」
 ミュージン族の青年が話した事を、ベアトリーチェは記録していく。たとえ“声”という一見不可視の現象でも、ヴォカロ族のそれは持つ力が強いため、しっかりと“見る”ことで“見える”のだと。
「ありがとうございます。……もしよろしければ、事が収まった後で皆さんの音楽をお聞かせ願えないでしょうか」
「ああ、大歓迎さ。私たちは見ての通り、戦う力を持っていない。こんな事しか力になれない以上勝手なことは言えないが……よろしく頼む」
 背中にミュージン族の見送りを受け、ベアトリーチェは今聞いたことを早速美羽たちに伝えるべく、携帯を取り出した――。

「えぇっと、ちゃんと集中すれば声が見えるってこと? そんなの出来るかなぁ……」
 ベアトリーチェから連絡を受けた美羽が、自信なさげな声を上げる。『集中しろ』というとても曖昧な方法であり、具体的にどうすればいいかが明示されてない事が一因であった。
「集中すれば“見える”のね? そう、だったら、やってみるわ」
 話を聞いたロノウェが眼鏡の位置を直し、表情が集中時のそれに変わる。
「……!」
 直後、『鏡のりん・れん』が飛ばしてきた“声”に対し、ロノウェはそれまでとは違う動きでもって対処する。“声”は確かにロノウェを通り過ぎたはずだが、ロノウェの動きに特別鈍ったものは見えなかった。
「なるほどね。じゃあ、僕もちょっとやってみよう」
 続いてコハクがやはり意識を集中させ、“声”に対し的確な回避動作を取り、接近を試みる。先程まで一方的に動けていた『鏡のりん・れん』はそうもいかなくなってきた事に、表情ではうかがい知れないものの焦りを感じているように思われた。
「え、えっ? そんなに簡単に出来ちゃうものなの?
 ……わ、私だって負けてられないんだから! ロノウェが出来るなら、コハクが出来るなら私にだって出来るー!」
 持参したタブレットを流し込み、美羽が意識を集中させる。自身の息遣いさえもどこか遠くのもののように感じられる世界の中、こちらにハッキリとした形で向かってくる存在を美羽は身体を捻らせて回避する。
(……出来た! ありがとうベアトリーチェ、私にも出来たよ!)
 ベアトリーチェへの感謝を心に呟き、美羽は続けて放たれる“声”を避ける。美羽の視界には何本かの“線”が見え、“声”はその線を伝って届いているのが見えていた。
(ロノウェ! 一緒に追い詰めるよ!)
 心の内で飛ばした声を、果たしてロノウェはしっかりと受け取ったように、一組のうちの片方へ狙いを定め、武器であるハンマーを振りかぶる。美羽も同じ頃にはもう片方を必中の範囲に捉え、ロノウェとお揃いの電撃を纏うハンマーを振りかぶる。
(……ごめんね。今度は存分に歌える世界で、歌えるといいね)
 一瞬、倒すべき敵への憐れみを送り、そして二人の振るったハンマーは同時に『鏡のりん・れん』を砕き、奏でられていた音楽をストップさせた。