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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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「なんだ? あれは」
 警戒し、さっとセツを背中に庇いこんだ宵一は周囲に視線を走らせる。
 まるで圧のような音だった。背中を押されたような感じだ。
 警戒体勢をとったのは宵一だけではない。全員立ち上がり、武器に手をかけているのを見て、通りかかったキャビンアテンダントの青年がはっはと笑った。
「あれは雲海の魔物の声だよ」
「魔物!?」
「そう。大丈夫、あれならそんなに近くない。きっとカカの一種だな。獲物の群れでも見つけたんだろう」
 青年は手で額のところに庇をつくり、声のしてきた方角に目を凝らす。
「カカ? カカって何? 見えるの?」
 ペトラがそばに寄って、デッキの手すりから身を乗り出した。
「ペトラ、危ないわよ」
 すかさずシルフィアが後ろから押さえる。
「カカってのは――ああ、ほら、あれだ」
 青年が雲の一角を指さした。全員がその指の先を追う。すると、まるで見計らったかのようなタイミングで、雲を突き抜けて巨大な生物が現れた。
 長い首とそれを覆うウロコ。頭は三角で、開いた口から牙が覗く。
「龍!?」
「龍だ!!」
 おーっと見物客から声が上がるなか、だれかが叫んだ。
「いや、あれはやっぱりカカだ。――ヘビだよ」
 青年は最後に言い直して「こっちへは来ないから安心してください」と周囲の客たちに言った。
「大丈夫です。この船には何重にも魔物除けの対策をしてありますから、カカたちのような魔物は近付けません」
 カカと呼ばれた魔物は1匹ではなかった。ほかにも数匹見えたがいずれも遠く、船には見向きもしないでアーチを描いて雲間へもぐる。少し先でトビウオの群れのような群体が一斉に跳ね、それを追うように雲海から鳴きながら顔を出して、アーチを描いてまたもぐるというのを繰り返していた。
「うわー。すっごいねぇ。クジラみたい」
 ダイナミックさに素直に感激しているペトラの後ろで、
「ぺ、ペトラちゃんっ!?」
 と驚く声がした。
「んんっ?」
 振り返ると、大きな犬耳をぴょこっと立てて、人型になったポチの助がまだ驚きの表情を浮かべて立っている。
 ポチの助を見て、フードで隠れていてもペトラの表情があかるく輝いたのが分かる。
「あ、ポチくん。ポチくんも乗ってたんだ。観光?」
「はいっ! あ、いえ、そのぅ……」
 背中をしゃきっとさせ、しどもどになっているポチの助をニヤニヤ見ながら、後ろからベルクが答えた。
「この前知り合ったやつが人捜ししてるって言うんで、その手伝いで船を見回ってるんだよ」
「人捜し? だれ?」
「JJさんです」
「JJさん! 僕知ってるよ! あの人もここにいるの? 僕会いたいな」
 きょろきょろ見渡したペトラに、パルジファルが言う。
「ひどい船酔いで、ベッドから起き上がれないんでさ。そっとしておいてやっておくんなさい」
「ふーん。そうなんだ。
 それで、捜してる人って?」
「あ、はい。それが、額に花びら型の刺青をした少女で、ツク・ヨ・ミっていう名前らしいです」
 話している彼らからさりげなく離れようと、忍び足でセツは後ろへ下がる。そして十分離れたと思ったところでくるっと身を翻し、駆け出そうとしたセツの前には、アルクラントが立っていた。
「あの……」
 緊張して立ち尽くすセツに、ふっと笑みを浮かべてアルクラントは横へ歩を進める。
「私は、きみがなぜそんなにも私たちにおびえているのか分からない。きみが何を心に決めているのか、分からないようにね。
 もっと私たち、大人を頼ってくれていいんじゃないかな。まあ、私もそんなに歳がいってるわけじゃないし、子ども扱いするなって思うかもしれないが、ひとに頼るっていうのは、べつに悪いことじゃない。大人だって普通にしていることだ。
 1人でできることなんて、意外と少ないからね。だから、何でも自分でできるって思い込んでは駄目だよ」
「わた……ぼ、ぼくは……」
「私たちはまだ出会ったばかりだから、信用できないときみが思うのも無理はない。だからね、こうしないか? 私たちは、きみに信用してもらえるように努力する。だからきみは、私たちが信用できると考えることを努力する」
「…………でも」
「今すぐってわけじゃないんだ。信用を勝ち取ることは、とても難しいことだから。でも、だからこそやりがいのあることなんだけれど。
 ただ、ね。後悔するようなことはするんじゃないよ」
 ぽんぽんと肩をたたいて、アルクラントは横を通り過ぎるとペトラやシルフィアの元へ行く。
 そんな彼を振り返り、セツは今にも泣き出してしまいそうな思いで服の上からぎゅっと胸元を握り込んだ。その下にある、固い金属のキーが手のひらを刺す。
「でも……わたしにかかわると、あなたたちがひどいめにあうことになるの……」
 そうと分かっていながら1人になれないのは、自分が弱いからだ。これからすることを思うと、怖くてたまらないから。
 でもやっぱり、これ以上この人たちと一緒にいるわけにはいかない。
 島に着いたら離れよう。ツク・ヨ・ミはひそかにそう決意した。




「ふおーーーー! すっげーーーー!!」
 突然船首の方のデッキで興奮しきった少年の声が上がった。
「すげー! でけー! 真っ白! ヘビ!! なあなあ見てみろよ、ルーシェ! アリス! すげーぞあれ!!!」
「ええい、うるさいわ! 初めて遊園地へ来た小学生か! たかが雲海の魔物を見たくらいで騒ぐでない!!」
 ひたすら「すげーすげー」を連発し、大声ではしゃぐアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がすっかり衆目を集めてしまっていることにルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は内心赤面する思いでぴしゃりと怒るが、アキラにそれと気づいている様子は皆無である。
「見てるワヨ〜」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)はいつもの定位置、アキラの頭の上でほおづえをつき、ニヨニヨ笑いながら白い雲海を泳いで狩りをしているヘビを見上げる。
 ルシェイメアの言うとおり、大きな魔物なんてシャンバラで見慣れているが、やっぱりこの光景がとても雄大さを感じさせるのは変わらない。
「あんなのが、ここにはいっぱいいるのカシラ」
 アリスの目の前、ヘビたちは徐々に包囲網を狭めて、円を小さくしていた。鳴き声に合わせ、まるでゆったりとダンスを踊っているかのよう。
 しかしその視界が突然くるっと180度横転した。アキラは船内の方へ向き直り、何かきょろきょろと落ち着きなく探している。
「アキラ、どうしたノ?」
「石だ石! いや、石でなくてもいいや! とにかく何か投げる物ないかっ!? 投げる物っ!!」
 左右に頭を振り、手をあわあわさせながら、アキラは何かないかと目をあちこち移動させるが、船内の物は全部溶接されているか、飛ばないように厳重にくくりつけられている。当然石などはない。
「どうして投げるノ?」
「そしたら近寄らせて、もっと近くで見えるかもしれないじゃんっ! きっとすっげーきれいだろうなー、あのウロコ。あの頭、乗れそうに見えね? こう、うなじんとこ駆け上がってさ。そしたら俺、ヘビ使い?」
「エエ!?」
「分かるだろ? あの座り心地良さそうなひらったいおでこ! 乗っていいですよーって言ってるじゃん、あの頭! ずっともたげててさ! だれかココ座ってって! あのてっぺん上ったらすっごい気持ちいいから! サイコーだから! だから早く乗れ乗れって言ってる!! いや、乗るね! 絶対!! よく言うじゃん、なぜ山に登りたいのか? それはそこに山があるからって。そこに魔物がいたら、乗って征服する! これ自明の理!
 雲海の魔物使いに俺はなるッ!!」
 ――ゴメン、ちょっと何言ってるか分からない。
 その場にいる全員が思った。が、おそらくアキラ本人も今何口走ってるか分かってないだろう。
 周りが引き気味で見守っていることも目に入らない様子で、アキラは手にとれる何かを探す。
「何か、何か……」
 もう何でもいい、と思った瞬間、その手がむんずとアリスを掴んだ。
「キャーッ! 何するノ!!」
「ピッチャー、アキラ・セイルーン、大きく振りかぶって――――投げました!!」
「ました、でないわ!!」
 パカーン、とルシェイメアが背後から頭突き倒す。キューっと目を回して床に伸びたアキラの手から、アリスを奪い取った。
「ルーシェ〜〜〜」
 アリスが半泣きでピタッとルシェイメアに貼りつく。
「この痴れ者が!! すっかりとち狂いおって! きさまこそここから落ちて、魔物のエサになるがよいわ!!」
 デッキの隙間から蹴り落とそうとしているルシェイメアを見て、あわてて船員が止めに入った。
「お客さま、ここから落ちたら本当に死んでしまいますっ」
「それくらいでやっとこやつには薬になるであろうよ!」
 このとき、ルシェイメアはかなり本気でそう思っていた。