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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【それからの物語 1】



 それは、式典が行われるまでの、シャンバラとエリュシオン、それぞれの幕間の物語たちである。

 
 エリュシオン帝国は北東のオケアノス地方では、相変わらずオケアノス選帝神ラヴェルデ・オケアノスの屋敷を間借りするマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)達が、英国紳士の嗜み、とお茶会の真っ最中だった。
 同席するラヴェルデと、彼の側近であるアベル・ディードを招待するのに、妙な意味の上から目線であったことは余談であるとして、メイド姿のカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)の振舞う紅茶に、一同はまず空気を和ませた。邸のメイドさん方との仁義無き戦いにならぬように(?)細心の注意を払って用意されたお茶菓子に舌鼓を打ちながら、まあというわけで、とマリーは適当に切り出した。
「これからも末永くよろしくお願い願いますぞ、ということで」
「こちらこそ」
 律儀に頭を下げるのはアベルだ。ラヴェルデの方は何とも言いがたい顔で、視線を逸らしているようなそうでもないような微妙な按配である。というのも、マリーが殆ど氏無に押し付けられたような形で、オケアノスの渉外役に振れられているため、無碍にも出来ない、というところだろう。興味と諦めと半分半分といった様子のラヴェルデに、マリーの目がきらりと光る。
「この愛の伝道師べんぱつ、「ラヴェルデ様、略してラヴ」を極めるくらいまでッ! 頑張らせていただく所存ッ」
「は?」
 ラヴェルデが意味がまるで判らないといった様子で首を傾げるのに構わず、マリーは続ける。
「ノヴゴルド様に抱かれた過去をその苗床に、必ずやラヴをry」
「フッ……話が逸れているぞマリちゃん」
 そのまま暴走していきそうなマリーの脇を、蘆屋 道満(あしや・どうまん)がそっと肘でつつく。目を白黒させているオケアノスの主従にこほん、と咳払いして「まあ冗談は兎も角ですな」とそっと今までの空気をよそへと強引に押しやって、話をぐいっと引き戻した。
「先日は、色々とご尽力をいただき、ありがとうございました。このべんぱつ、平身低頭、感謝の言葉もないであります」
 というのも、先日のオケアノスでの出来事は、誘拐された者達が無事保護されたことで忘れられがちになっていたが、様々な情報が秘されていたために、端からは「シャンバラの契約者がオケアノスの地で禁足地の遺跡で暴れた結果、遺跡が使い物にならなくなった」ようにしか見えないのである。それを、ラヴェルデやアヴェルの協力の下で、その当たりを出来るらだけ和らげて、契約者の手柄を強調する形でほとんど伏されることになったのだ。
「オケアノスの魔道師の派遣し、後始末を引き受けていただいた件についても、重ね重ね感謝いたします」
 道満も頭を下げると、ラヴェルデは僅かに息を吐き出した。
「器が失われ、立ち入りを禁じられていた以降は、実質の禁則地としての意味は失われておりましたからな。古い事件も公になった以上、遺跡の崩壊責任の所在より“エリュシオン側の関わった誘拐事件が無事解決した”という事実の方が大事なのですよ」
 何しろ、その最大の黒幕はシャンバラ側の人間であったとは言っても、エリュシオンの龍騎士がその手駒に不甲斐無くも使われたのは事実だ。一方でシャンバラ側も、金 鋭峰(じん・るいふぉん)が遺跡に関わる暗部や、先日の会場でテロリストを逃がした件等を抱えていたため、“共闘者として共通の敵と戦った”という旗を掲げることで、それらは水面下の取引によって、互いにの責任の所在は曖昧に、両国の絆を重視する部分を強調する方向で、足並みを揃える事になっているようだ。
 そんな、あまり声を大きくしては言えない会話が、ふと途切れた時だ。「あ、そういえば」と、ラヴェルデに紅茶のおかわりを供しながら、思い出したようにカナリーが口を開いた。
「ヒラニプラを志向している転移魔法は、転送できる量から商流に用いるのは無理としても、帝国とシャンバラを繋ぐ情報転送には役立てそうだ、ってとマリちゃんが言ってたよ」
「ああ、その件か」
 ラヴェルデはふと、面白がるように表情を緩めた。魔道師たちの報告からも、それが可能かどうかは既に検証済みであるらしく、小遣い稼ぎ程度の貴重品の輸送もまかなえそうだということだ。
「悪くないですな」
 頷いて、紅茶の香りに目を細めながら、マリーたちとラヴェルデは、両国を繋ぐ新たなその一本の道について、暫し熱の入った会談を続けたのだった。



 その一方。
 エリュシオンでも滅多に人の訪れない龍神族の谷へ、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が訪れていた。
 ザナドゥの魔鎧である彼は、仲間たちともあまり群れる事が無く、ここを訪れたのも一人でひっそりとである。その腕に、似合わぬ花々を抱えて、その足が向かうのはその谷の奥地、龍騎士達の埋葬される墓所である。
 真新しい墓を探して足を進めた青白磁は、先客の姿を見つけて目を瞬かせた。カンテミール選帝神ティアラ・ティアラの龍騎士ディルムッドだ。青白磁と同じように、花を供えに来たらしい。軽い会釈と共に、自身もそっと花を供えると、青白磁は彼らの墓を見やったまま口を開いた。
「先日の交流試合……国家間の交流が目的のはずなのに、犠牲者が多く出たのう」
「試合そのものには、幸い被害者も出なかったが……確かに、今回の交換留学の一連では犠牲者が出すぎた」
 とディルムッドは溜息を吐き出した。
「……倒されたは己が未熟。だが、あのような形で使われたのは、哀れだ」
 アンデッドとして手足にされた彼らを、屍に返してくれたことには、感謝している、と小さく口にするディルムッドに、青白磁は「のう」と尋ねた。
「わしは思うんじゃが、技と技を磨き、互いの武士道……武士はおらぬがそういう精神わかるかのう?」
「……騎士道か?」
 首を傾げるディルムッドに「そう……騎士道!」と青白磁は手を打つ。
「それをたたえるための祭典じゃけえ。可能ならでええんじゃ、式典の前に黙とうをお願いできんもんか」
 その言葉に、ディルムッドは考えるように間を空けて「そうだな」と頷いた。
「式典は……あくまで両国の友好を示すためのものだが、それ故に、黙祷を捧げるに意味がある」
 互いを悼み、寄り添う姿は、互いの間に友好の間違いないことをアピールできるに違いない、とティアラのパートナーらしい現実的な物言いをしながら、同時に細められた目が、僅かに穏やかさを纏って緩む。
「……帝国安寧の礎となるならば、彼らも報われるだろう」
 その言葉にまるで応じたかのように、二人の添えた花が、風に揺れて小さく音を立てるのだった。




 一方のシャンバラは空京にある最高級ホテルの一室。
 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は、セレモニーに出席するために宿泊している新皇帝 セルウス(しんこうてい・せるうす)の元を訪れていた。
 表向きは留学生たちが無事であったことへのお礼の表敬訪問、といったところで、側近たちは人払いされて二人っきりになった気安さで、祥子はいつもの調子で話しかけた。
「まだ飲める年齢じゃない? じゃあ飲めるようになるまで寝かせとけばいいわね」
「うん。楽しみにしてるよ」
 手土産のヴァイシャリーのワインを渡しながら、見た目は少年のままでも幾らか雰囲気の変わったセルウスに目を細める。このワインを口に出来るのは数年後、その頃にはもう少年とは呼べないだろうと思いながら、祥子は世間話の傍らに、かつての生徒として、同時に皇帝としてのセルウスに向かって口を開いた。
「国交も回復したし、雨降って地固まる、って終わり方になったのは喜ばしいわね」
 犠牲も出た。現実に大事になった、が、それが逆に両国との絆を深める結果になったのだ。勿論、全てが片付いたわけではなかったし、問題はまだ残されている。が。
「これだけやってダメだったんだから、新手が何か起こそうとしても、そう簡単に壊されはしないわね」
 逆に、壊れるほどの事を起こそうとするなら、今回以上に準備をしなくてはならない。そうして事が大きくなればなるほど、その動きは察知され易くなるものだ。今回の件を教訓に対策も練られていくだろうし、大丈夫だろう、と、多分と言う言葉は飲み込んで「ま、将来のことは将来のこととして、今はのんびりかしらねー」と祥子は声の力を抜いた。
「今を前向きに過ごせなかったら、今から続く明日を前向きに過ごすことはできないものね」
 そう言って、出されたお茶を飲む祥子に「うん」とセルウスは頷いて、にこっと笑った。
「大丈夫。皆もいるし……同じような事は起こさせないよ」
 その言い方に、ただの能天気さや前向きさではない響きを見て、祥子は成長したわね、と言う言葉を胸に目を細めながら「そういえば」と話題を変えた。
「セレモニーの後、ユグドラシルに帰るまで余裕はありそう?」
「ん? 少し観光できればいいなーって思ってるけど……」
 何で? と首を傾げるセルウスに祥子が奨めたのはイルミンスールだ。
「今のイルミンスールは二代目だけどね。立ち寄る価値はあると思うわよ」
 五千年前に一度滅んだ事もあって、いまだ若木ではあるが、ユグドラシルと同じく都市を内包する世界樹だ。エリュシオンへの留学生も多く、また魔法大国であるエリュシオンからも留学生が集中する場所である。皇帝としても、樹隷としても刺激になる部分があるんじゃないかしら、と勧める祥子に、セルウスは「そうだなあ」と目を輝かせた。
「オレ、そういえば他の世界樹見たことないし。ユグドラシルに良いお土産話になるかも」
 そうやって自国の世界樹を友達のように語るところはまだ子供っぽいままだ。既に行く気になってあれこれと頭で計画を練っているらしい少年のセルウスにくすっと小さく笑いを溢しながら「流石にできっこないでしょうけど」と前置きして、祥子は目を細めた。
「セルウス自身がお忍びで留学してくるのも面白いかもね」
 お忍びと言いながら賑やかになるだろうことは予想に難くない。ありえないとは思いながらも、ありありと想像できる光景に、祥子は笑みを深めた。
「そんな事が出来るくらい平和にしたいわね……目標にしてみる?」
「うん、そうだね!」
 元気な返答だが、意味が判っていない筈はない。そういう前向きなところは相変わらずね、と祥子は微笑ましい気持ちになりながら、ささやかな時間を少し前の教師と生徒のような和やかな会話を楽しんだ。
 その際尋ねたセルウスの好物が、祥子の手で立食パーティの上に手配される事となるのはまた別の話である。