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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【その後の彼らの物語――受け継がれるもの】



「『軍人として』という言葉はつい口にしてしまいますが……そこにある背負うべき責務は果てしなく重いものだと、そんなことを考えさせられました」

 そう言った白竜の視線の先に見える姿に、クローディスは目を細めた。
 無精髭もすっかり元に戻り、煙草の煙をくゆらせる氏無の右袖がひらりと風になびく。
 破壊されたヒラニプラにある遺跡――フレイム・オブ・ソドムの件についての一切を任されているらしい氏無の元へ訪れた白竜は、かつてこの場所の調査にも携わった、遺跡の専門家であるクローディスに協力を求めた、最終調査と共に解体の準備を進めていた。
「怪我人を殴るわけにはいきませんね」
 幾らか仕事を済ませた後。いくらかのめどが付いてから、傍に寄った途端の白竜の第一声に、氏無はふっと笑った。その顔は既に言いたいことを察していそうにも見え、同時にどこかはぐらかそうとするようにも見え、すっかりいつも通りの彼かと、白竜は溜息を軽く吐き出す。
 普段も、思惑も感情も余り表に出すことない男が、今回は随分とらしくなく乱暴な部分が目立っていたように思う。そこまで強引にしなければならなかった、という状況と、それに伴ってのぎりぎりの決断を迫られ、そして断行したのだと理解はしている。しかし「それでも」と白竜の声は幾分か強い調子で続けた。
「やはり、氏無大尉の行動は無謀だったと思っています」
「はは、そうだね」
 対して、氏無は苦笑すると、視線を遺跡へと戻して目を細めながら「どんな無茶をしてでも、やらなきゃならなかったのさ。ボクらの中ででさえ、磨耗して消えて、なかったものになってしまう前に」と、呟くように言って肩を竦めた。空の袖が揺れ、何を思ってか目を細める。
「でなきゃ……ボクが死にぞこなった意味がないからね」
「…………」
 黙り込んでしまった白竜に、氏無は少し笑った。
「キミらを巻き込んだのは正直、悪いと思ってないんだ。ゴメンよ……キミらは知っておくべきだと思ったし、知っていて欲しいとも思ったのさ……キミらなら、何とかするだろうと思ってたしね」
 そう言って目を細める氏無に、白竜は僅かに渋面を深めた。
 思惑を上層部に気取られれば、遺跡跡の演習場を戦いの場に引出す事を封じられていたかもしれない。それだけで済めばよいが、今度こそ氏無の存在が「無かったもの」にされていたかもしれない。恐らくそんな事は承知の上だったろう氏無の強い決意を感じていながら、手を出すタイミングを計りかねた。もっと早く自分がその真意を掴めていれば、とも思う。
「もし、我々の力が及ばないと判断したら……あるいは状況が許さなければ、大尉は自らを賭すつもりでしたか」
 その言葉に、氏無は「勿論」と即答する。
「団長の判断が違っていれば、或いはキミらの思惑と違えることになってたなら、この兵器にはボクと一緒に消えてもらうつもりだった。まぁ……そうすると人知れずただの事故になっちゃうし、しぐれのことをほったらかしちまうことになるから、そうならずに済んで幸いだったけど」
 あっけらかんと言うが、その行動の意味の重さが判らないような白竜ではない。氏無の中には既に軍人として命をかけるというのとはまた別の違う覚悟。自らの命の価値についてを既に別の場所においてきたような、そんな態度に眉を寄せると、それに気付いてか、氏無はくつりと喉を震わせた。
「……キミはボクみたいになるんじゃないよ?」
「判っています」
 白竜は頷いて、不意に視線を傍で黙って聞いていたクローディスへと向けた。
 軍人である以上、死を覚悟しての行動をすることもあるし、決断しなけらばならないこともある。それを当然と思ってきたし、命の優先順位を常に任務の下に置いて来た。しかし、今はどんなことをしてでも生きたいと、生きなければいけないと思うようになった。そう語って、白竜は氏無の方を真っ直ぐに向いた。
「そう思うようになったのは、クローディスさんの存在があったからです」
 言ってから、これではまるで相手の父親へ話をしているようだ、とも思ったが。茶化すかと思われた氏無は「そうか」と、どこか嬉しげに笑んだのだった。

 そうして、現場の監督に戻る氏無と別れ、別の用事がこの後にあるというクローディスを送る白竜からやや距離を取ったところで、羅儀は溜息を吐き出した。
 並んで歩く二人からは所謂「それらしい」空気が全く無いためだ。漏れ聞こえてくる話題も大体仕事の話であったり、今回の件についての反省であったり、軍人とはどうなりと、クローディスは会話を楽しんではいるようだが、何しろ面白みが無い。
「固い! 会話が固い! ……なんていうか、そういうんじゃなくてさあ」
 羅儀は小声で盛大に嘆いたが、聞きとがめたらしい二人も首を小さく傾げたぐらいだ。せめてもう少し、世間話なりの軽い話題を弾ませたり、少しはプライベートな話題は出ないのか、とやきもきする反面。二人はそんな感じなのだろうな、とも思う。それはそれで、らしいからいいか、と羅儀は深く溜息を吐き出した。
(……せめてお邪魔にだけはならないでおいてやろうか)
 内心で羅儀がそっと呟き、更に距離を取ったが、その行動の意味を矢張り察した気配もなく。しかし、羅儀の見落としていただけで、足場の悪い場所で体を支えたりする程度には、その距離は狭まっているのだった。

「あ、お帰りなさい」
 そんな二人を迎えたのは、ツライッツとかつみ、エドゥアルトの三人だった。
「すまない、待たせたな」
 ツライッツは純粋に留守番だが、かつみ達はクローディスらソフィアの瞳調査団に、にペルム地方へ沈んだ海中都市資料を見せてもらえないか、頼みに来たのである。
 仕事上の資料だから、難しい部分もあるだろうと思っていたのだが「君等は当事者なのだから」とクローディスは気前良く、ツライッツに準備させていたファイルをかつみに手渡してきた。勿論、エリュシオン側が「機密」と指定してきた部分については伏せられているが、それでも膨大なその資料に、かつみは目を瞬かせた

 ひとつには、自分の中にある記憶を頼りに、色々と書き留めてはいるのだが、主観であったことや時間が経った事で、どうしても抜けてしまう細かな部分の補填をしておきたくて、それには申し分のない資料になった。が、もうひとつ、今の自分の「実力」を知りたかったのだが、こちらはただ差を突きつけられただけだ。
 自分が調査する者となったつもりで、覚えている限りの神殿や街、写真や心に残った映像と記憶を引っ張り出して、どれだけ情報を導けるか試してみたのだが、その答えあわせのつもりで開いた資料は、想像以上に膨大だったのだ。
 水温や保存状態、年代計測などは、専用の機材によるものだから仕方が無いし、魔術的な部分はエドゥアルトのおかげで幾らか補填は出来た。が、類似する都市構造の一覧、流水路の配置による生活動線の予想図、街並みのつくりから考察される、階級とその生活水準の差や生活様式など、予想以上に幅広く、細かなデータが写真一つ一つに対して添えられている。それらは勿論、過去のデータとの比較の上での上でだろう、所々手書きの赤線が入っていたりするのに、かつみはくらりとするのを感じた。
「…………」
 かつみに、クローディスは少し笑った。
「この年代は、うちの調査団にとっては縁が強いからな。身近に当事の人間もいるし、楽をさせてもらっているよ」
 当事の人間は恐らくディミトリアスのことだし、謙遜では無いのだろうが、それだけではない知識と経験が彼女たちの中にあるのは明らかで、クローディスも判っているからそれ以上は言わずにただ笑いかけた。
「君の知りたい時代は、幸い私たちの得意分野だ。君がそのつもりなら、いつでも協力するよ」
「…………」
 頷いたが、そのまま黙りこんでしまった横顔を、心配そうに見つめているエドゥアルトに、かつみは「大丈夫」と首を振った。
「どの位差があるか、思い知っただけで、落ち込んではないよ」
 強がりではなく、素直にそう感じている様子のかつみは、ぐっと掌を握り締めて決意を胸に改めるようにして「これから……積み重ねていくしかないんだ」と自分へ誓うように呟いた。
 そんなかつみの様子に、安心と同時に心強さを感じながら「考えてみれば不思議な話だよね」と、エドゥアルトはそっと口を開いた。
「遙か昔に生きていて交流がなかった人達の事を知ることができるんだから」
 もっと知識を積み重ねていって、多くの事を知ることができれば、より深く相手を知ることができる。それがどんなに遠く離れた時代のことであっても、そこに生きた誰かの声を聞く事も出来るのだ。そう思うと、途方もないようであり、同時に胸に迫るものがあって、かつみがくしゃりと笑むのに、エドゥアルトは微笑んだ。
「これも一種の交流かもしれないね」
 その言葉に「ああ」と頷いたのはクローディスだ。
「私たちの仕事は、そういう仕事だよ」
 ずっと昔にいた誰かの記憶、誰かの思い、そしてその存在そのものを知って、触れて、繋いでいく。その言葉にかつみが真っ直ぐに頷くのを、エドゥアルトは静かに口を開いた。
「そうやって……過去の人たちとも、今のエリュシオンの人たちとも……深く交流できるといいね」
「いいねじゃなくて、するんだよ」
 それがきっと、出会った意味で、掌に託されたあの小さな種の意味だと思うから。そう、強い決意の秘めた横顔に、エドゥアルトは眩しげに目を細めながら頷いた。そして。
 そんな新しい自分達の同士の誕生に、感慨深げに目を細めているクローディスの肩を、白竜はそっと抱き寄せるのだった。