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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!

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【2020春のオリエンテーリング】バデス台地から帰還せよ!
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第四章 バデスからの脱出

--バデス台地キャンプ

 まるで死体に群がる蠅のように払えども攻めよせるゴブリンたち相手に、バリケードを死守して激しい防衛戦を展開するキャンプ。それぞれが決死の戦いを繰り広げるが、ゴブリン側には蒼空学園を抜け出したクラマが戻ったことで士気を上げていた。
「俺様が戻ったからには、キャンプなど一気にひねりつぶしてくれるわ」
「イー!」
 脱出の準備にかかっていた涼司たちだが、かなりの数を防衛に回さねばならず計画が狂い始めていた。
「クラマ、やはり生きていたのですね。ここはボクが時間を稼ぎますので、その間に準備を進めてください」
 悠希はバリケードを乗り越えると、前回取り逃がしたクラマとの決着をつけるため叫んだ。
「クラマ! 僕は百合園学園校長・静香様を守るナイト、真口悠希です。あの時の決着をつけるために、あなたに正々堂々と決闘を申しこみます」
 悠希は花散里を抜いて、クラマへと刀の切っ先を向けた。
「あの時の小娘か、いいだろう」
 クラマはゴブリンたちに指示して空間を広げさせた。
「ボクを倒せば、S級への昇格だって夢じゃありませんよ」
「自信満々だな。すぐに後悔させてやる」
 花散里を両手に構えた悠希はゆっくりとクラマの前に進み出た。
「いくぞ!」
 クラマの鉄の爪が悠希へと襲いかかる。悠希は落ち着いて左の刀で爪を防ぐと、右の刀でクラマの大腿を狙った。しかし、勝ったと悠希が思った瞬間、背中にゴブリン隊長からの体当たりを受けて転倒させられてしまうのだった。
「危ない所でしたな、クラマ様」
「おう、助かったぞ」
 刀を杖にして立ち上がった悠希をゴブリンたちが取り囲む。
「く、卑怯ですよ」
「はぁ? 卑怯は悪役の専売特許だろう。本当に一騎打ちするとでも思ったのか?」
 クラマは悪意を込めた嘲笑を悠希へ投げつけた。
「そんなことだろうと思ったわ」
 上空で控えていた郁乃が、ゴブリンたちへサンダーブラストによる雷を雨のように降らせた。
「こっちです」
 隙をついて急降下したマビノギオンは、箒をくるりと逆さにして両手を伸ばして悠希へ向けた。飛び上がってマビノギオンの両手を掴んだ悠希が空へとフワリ舞い上がる。
「逃がすな」
 クラマの怒号が飛ぶが、既に時遅しだった。
「ありがとう、助かりました」
「いいえ。それにしてもやっぱり卑怯な奴ですね」
 悔しがるゴブリン隊長を見下しながら、郁乃、悠希、マビノギオンはキャンプへと戻っていった。

 悠希が時間を稼いでくれた間に、キャンプにいたメンバーは前夜にゴブリンたちが侵入した穴を使って脱出を始めていた。
「まさかあいつらも自分たちが掘った穴を利用されるとは思わなかっただろうな」
 涼司はこの穴を見つけた時、まさに天啓だと感じた。
「やつら、驚くぜ」
 両手で爆薬を抱えたショウが、涼司に話しかけた。
「そっちも頼んだぜ」
「任せとけって」
 ショウは答えると、足早にキャンプファイヤーへと走っていった。
 キャンプファイヤーでは蒼空学園ニンジャの久世 沙幸(くぜ・さゆき)が爆薬のセットに取り組んでいた。
「いい気になってられるのも、今のうちだもん。美海、次の爆薬」
 沙幸は空飛ぶ箒に乗ってサポートしてくれているパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)へ声をかけた。
「沙幸さん、どうぞですわ」
 美海は爆薬を沙幸へ手渡すと、新しく運んできてくれたショウのもとへと降りていった。
「爆薬はこれで全部だ、足りるか?」
「えぇ、大丈夫だと思いますわ」
 ショウから爆薬を受け取った美海は再び箒でキャンプファイヤータワーの上部へと舞い上がった。
「急いだ方がいいですね」
 双眼鏡を覗いていた遥が、沙幸へと告げる。
「やつら、攻めてくる?」
「えぇ、そのようです」
 タワーの上にいる沙幸の目にも、波のように押し寄せてくるゴブリン隊の動きがはっきりとわかった。



--キャンプ外のバリケード

 キャンプにいる仲間たちが脱出する間の時間を稼ぐ一番危険な殿を率先して引き受けたのは、意外にも葦原明倫館ニンジャの椿 薫(つばき・かおる)と、蒼空学園テクノクラートである影野 陽太(かげの・ようた)というのぞき部のメンバーだった。
「うわ、さすがにゴブリンもこれだけいると怖いですね」
「なぁに陽太殿、のぞき部の実力をみせてやるでござる」
 二人は中央正面のバリケードを守り、攻め入ってくるゴブリンの先陣へと立ちふさがった。
「これでも喰らえでござる」
 薫は鬼眼でゴブリンの先頭を委縮させると、手裏剣を次々に放った。
「お、俺も行きます!」
 バリケードの上に立った陽太は星輝銃で弓を持つゴブリンを撃ち倒していく。
「半分、受け持ちます」
 陽太の隣に陣取ったのは蒼空学園のスナイパー浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)だ。翡翠はスナイプを使った的確な射撃はゴブリンたちに弓をつがえさせる暇さえ与えなかった。
「ハッピー☆シスターズ次女、ハッピー☆メイド参上ですーっ!」
 蒼空学園メイドの広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は、パートナーのウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)たちを連れての参戦だった。
「ハッピー☆シスターズ長女、ハッピー☆ウィッチ!参上!」
「私もいますよ」
 翡翠もファイリアも普段はのぞき部と敵対関係にあるメンバーたちだったが、緊急事態を前にいがみあいを乗り越えて共同戦線を結んだのであった。
「おぉ、翡翠殿に、ファイリア殿まで」
「薫様、感動している場合ではないですよ」
 感激している薫の背後から襲いかかろうとしたゴブリンを、翡翠の放った銃弾が吹き飛ばした。
「そうそう、油断大敵ですー」
 ファイリアの子守唄が向かってくるゴブリンたちを次々と眠らせていく。
 彼女のパートナーも負けてはいなかった。ウィノナとニアリーが同時に放つ火術は、さらに大きな炎となって進んでくるゴブリンたちへ炎の壁となって立ちふさがる。
「おぉ、やるでござるな」
 なかなか共闘することのないメンバーに感動を覚えた薫は、ここぞとばかりにファイリアやウィノナになれなれしく近寄っていった。
「言っておくけど、余計なことしたらそっちに雷落とすよ!」
 くぎを刺すウィノナの目を見て、薫はこれは冗談ではないと瞬時に悟った。

 キャンプメンバーが静かに移動を始める中、ぎりぎりまで防衛線を守る殿部隊の戦いは熾烈を極めた。
 中央だけでなく、東側のバリケードでも同じく志願した波羅密多実業高等学校モンクの姫宮 和希(ひめみや・かずき)と、クロセル、マナと共に力の限りを発揮してゴブリンたちを迎え撃っていた。
「いっくぜぇ」
 和希がドラゴンアーツでの怪力を活かし、ゴブリンの一匹を蹴り飛ばして群れへとぶつける。
「うはははっ、一晩寝かせたグルメカレーは格別でしょう」
 クロセルは和希の背後を守り、煮えたぎったグルメカレーをすくってゴブリンたちへとまき散らした。
「まったく、その匂いは最高だぜ」
「でしょう。さっきタバスコを五本ほど足しておきました」
 マナは料理用の油をバリケードの上から振りまくと、火術で高らかに燃え上がらせて進路を防いでいく。
「クロセル、世のため、人のため、悪党どもを懲らしめてやるのだ!」
「もちろん、カレーのヒーローが一匹たりとも通しません」
 和希たちが守るバリケードを避けて侵入しようとするゴブリンたちへは、シャンバラ教導団ソルジャーの林田 樹(はやしだ・いつき)と、パートナーであるジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)がパーティを組んで当たった。
「ジーナ、洪庵、コタロー。抜かれるなよ!」
「もちろんです」
「僕の戦いぶりを見ててよ、樹ちゃん」
「う! こた、がんばるお」
 樹は一定の方向からスプレーショットでゴブリンたちを追い立てると、ジーナへ合図を送った。
「ジーナ、作戦通りで行くぞ」
「樹様、了解です」
 ジーナはバスタードソードから爆炎波を放って、ゴブリンの進行方向を目標へと仕向ける。そこには章の博識と、コタローのヒラプニラ知識を使って予め仕掛けられたトラップが仕掛けてあった。
「イ、イー!」
 逃げ惑うゴブリンたちは誘導されているとも知らずに深く掘られた落とし穴へと落ちていった。
「僕たちの作戦通りだね、コタロー」
「うん、やったれす」
 手を叩きあって喜ぶ章とコタローに、ジーナが水を差した。
「やい、あんころ餅、自慢してるんじゃないですよー。その穴を掘ったのはワタシなんですからね」
「うっさいなぁ、カラクリ娘。どうせ堅いのしかウリにならないくせに」
「なんですってぇ」
「もうやめるれす〜」
 小競り合いを始めた三人に、樹の声が飛んだ。
「遊んでる暇はないぞ。前線の援護が必要であろう」
 言うなり前線へ走り出した樹を追って、ジーナ、章、コタローの三人も慌てて走る。
「危ないです!」
 不意を突いて横から樹へ飛びかかろうとしたゴブリンへと、箒に乗った春美が空からファイヤーストームを浴びせかけた。
「助かったぞ、探偵娘」
「お礼より、早く前線の応援へ」
 樹は春美に手を振ると、再び前線へ向けて走った。



 防衛線を守る戦いはさらに激しさを増し、戦友へと背中を預けて前の敵を退けるしかない。仲間が逃げる時間を稼ぐため、殿を務める仲間たちはあらゆるスキルを使って戦いを続けていた。
「撤退の合図はまだでござるか?」
 SPが切れかけた薫は合図を確認するために何度もキャンプを振りかえって見るが無駄だった。
「まだです」
 翡翠も答えながら、疲労により身体が重くなり始めたのを感じていた。
「もう限界ですー」
 ファイリアも耐えかねて、思わず弱気を吐く。
「イー!」
 ゴブリンたちは盾を持って集団でバリケードへと突進して破壊しようとしており、突破されるのはもう時間の問題だった。
「もうすぐです、必ず合図は来ます」
 くじけそうになる仲間へ、陽太は励ましの言葉をかける。
「よく言ったぜ、陽太さん!」
 聞きなれた声が辺りにこだましたかと思うと、突進するゴブリンたちを爆炎波が吹き飛ばした。
「あぁ、部長……」
「総司殿!」
「待たせたな」
 ようやく登場した総司に、薫と陽太は感動の声を上げた。
「さぁさぁ頑張らないと、オレたちのぞき部が全部美味しいとこもっていっちまうぜ」
「ボクたちがのぞき部のあなたたちなんかに負けるわけないでしょ」
「その通りです」
 総司に反発することで、ウィノナとニアリーも元気を振り絞った。
 そのとき、キャンプ中にバリケードの裏側に置かれていたラジオからジジッとノイズが聞こえてきた。
「みんな〜、撤退開始だよっ!」
 ラジオ中継を使って呼び掛けたのは蒼空学園ナイトの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「慌てず、さわがず、きっちり撤退。みなさん、あさぎでお願いします」
 翡翠は自分の名前にひっかけてメンバーへ冷静に行動するよう促した。
「よーし、逃げるです―」
 ファイリアは小型飛行艇のエンジンを思い切り吹かせ、ゴブリンたちへエンジンの噴射を浴びせかけた。
「行くでござる」
 撤退の知らせを受けて、薫や陽太がキャンプへと走り出した。
「1分前よ、急いで」
 キャンプファイヤーのステージ前で待つ美羽からの、仲間を案じた切実な叫びがこだまする。
「あ!」
 激しい疲労によって足がもつれてつまずいてしまったニアリーへと、ゴブリンたちが殺到した。
「ニアリー!」
 ウィノナはニアリーを助けるため、追いかけてくるゴブリンの足下へ氷術を放って動きを封じる。
「さぁ、行きましょう」
 その隙を突いて駆けもどった翡翠がニアリーを助け起こした。
「ありがとうございます、翡翠様」
 逃げ遅れた仲間を見捨てる者など一人もいなかった。誰もが仲間に肩を貸しあい、時には遅れた仲間のために剣をふるって敵の攻撃を防いだ。
「あと45秒だよ。みんな、走って〜」
 ラジオから流れる美羽の声に、それぞれがカウントダウンを始めた。

「30秒前だぜ。早くしないと置いてくぞ」
 和希は後ろを走るクロセルとマナを振りかえって声をかけた。
「えーい、もうカレー鍋なんかこうだ」
 クロセルは抱えていたカレー鍋をゴブリンへ投げつけると、踵を返して逃げ出した。
「急げ、クロセル。あと25秒なのだよ」
「わかってます。とか言いつつ、残り23秒です」
 追いついたクロセルとマナに、和希はギリギリだぞと苦笑いを向けた。逃げる殿部隊のメンバーを、バリケードを破壊したゴブリンの部隊が大挙して追いかけていた。
「20秒を切ったぞ。ボヤボヤしてると一緒に吹っ飛ぶぞ」
 樹を先頭に、ジーナ、章、コタローも駆けつけてきた。
「そんなの嫌です」
「まだまだ楽しいことしたいよね」
「しゃべってないれ、はしるれす」
 キャンプファイヤー前のステージへと、キャンプの各方面から続々仲間が集まって来る。
「みんな、こっちよ。早くこの穴へ」
 美羽の誘導で薫や陽太が抜け穴へと次々に潜り込んでいく。
「えー、のぞき部ちゃんの前なんていやですー!」
「心配するな、緊急事態だ」
 ファイリアが文句の声を上げるが、総司はニヤニヤしながら背中を押した。
「10秒前です、美羽様も急いで」
 翡翠が抜け穴の前から、ステージの美羽へと声をかけた。
「うん、わかった。バイバイ、ゴブリンさんたち」
 美羽はマイクをステージへ置くと、自らも脱出を始めた。
「9秒前でござる」
「8なのだよ」
「7ですわ」
 抜け穴を進みながら、それぞれが残り時間を声に出してカウントダウンしていた。

 ゴブリン部隊の本隊が雪崩を打ってキャンプへと襲いかかり、テントが次々となぎ倒されていく。その様子をキャンプから離れた高台で見張っていた美海が、沙幸へと告げた。
「みなさん、無事に撤退を終えたようですわ」
「よし、3秒前だね。はるか、お願い」
 爆薬へと狙撃の照準を合わせていた遥が頷いて、引き金を引く。
「2秒前、これでお別れです」
「着弾まで1秒前ですわ」
 美海は双眼鏡を覗き込み、キャンプファイヤーが爆破される瞬間を待った。
「ゼロ」
 沙幸が時間を確認すると同時に、キャンプファイヤーに詰め込まれた爆薬が炸裂した。次々と誘爆を起こして巨大な炎をまき散らしながら、キャンプファイヤーのツインタワーがゴブリンたちへと倒れかかっていく。炎の渦が作る熱と煙にまかれ、キャンプへとなだれ込んだゴブリンのほとんどが苦しみながら逃げ惑っていた。
「行きましょう、見ていられませんわ」
 美海の言葉を受けて、沙幸は立ち上がった。
「うん、目的は果たしたしね……」
 目的のためにキャンプを爆破したものの、みんなで作り上げた場所が消えていくことに沙幸は一抹の寂しさを感じていた。
「また作ればいいんです。私たちがいれば、そこが仲間の集まる場所なんですから」
「うん、そうだね。また来年も来ればいいんだよね!」
 遥の言葉に少し救われた沙幸は、ようやく笑顔を取り戻した。