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【学校紹介】貴方に百合の花束を

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第9章 誰そ彼より、蛍舞う


「ぷはぁ」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)は満足げな息をついた。
 アリスと言えば、ロリータにメイド服でコスプレ風。
 ちょっと休憩、と思って入ったら突然の大好物の出現に入り浸って、気が付けば太陽は傾き、雲はピンクに染まっている。知らぬ間にお財布もずいぶん軽くなっていた。
「もうこんな時間だ。急がないと」
 今日の香苗の目的は“部活に打ち込む女の子”たちを眺めて回ること。女の子ときゃっきゃするためだけに、既に幾つも入部宣言をしていた。しただけだけど。
 次の部活を目指して、彼女は百合園女学院に戻ることにした。今日は学校でも部活紹介をしているのだ。
 パンフレットを眺め、柔道部の体験教室の文字に目が留まった刹那、脳裏に女の子と組んず解れつの映像が再生された。
「こんにちは、お姉様!」
 訪れた柔道場では、柔道部員の雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)がちょうど今日何度目かの指導を始めたところだった。
「柔道は礼に始まり礼に終わるのよぉ。お嬢様の精神と似てるわねぇ。今日は、そんなお嬢様が怪我をしないように、護身術を教えるわねぇ」
 日常の護身をテーマにした講義のため、柔道着は着ない。ほぼ私服姿だ。
 制服なのは、今日白百合会を手伝っていた守旧派の役員や革新派の生徒だ。彼女達をわざとリナリエッタは誘っていたのだ。面白い化学反応でも起こしてくれることを期待して。
「今日は受け身とすり足を学ぶわぁ。受け身を覚えていれば転んだ時も首を痛めないわぁ」
 あれこれと手取り足取りの講義が始まる。香苗も喜んで輪に飛び込んでいった。
「ふふふ、じゃあ基本ができたら、寝技を披露するわねぇ」
 私服の柔道部員と組んで、リナリエッタは袈裟固、三角絞めなどを順に見せていく。
「何故固め技かってぇ?殿方がちょっとおイタをしたら、お仕置きするのよぉ……ふふ」
 リナリエッタは彼女なりにマジメで(ほとんどの生徒もそう見ているのだが)、腕と足が絡まり徐々に乱れる襟元やスカートに、香苗はドキドキ鼓動が止まらない。
「お姉様ぁ、香苗にも教えてくださぁい〜」
「いいわよぉ。あのね、寝技はねぇ、立ち技よりも早く覚えられるしぃ、体格差がある相手にも通用しやすいのよぉ。覚えておくと便利ねぇ」
「お、お姉さまぁ……い、ちょっと痛いけど香苗は幸せですぅ」

 夕暮れ時、猫カフェ<鉤しっぽ>を訪れた七那 夏菜(ななな・なな)はソファに身を沈めるなり、小さく呻いた。
「ねーちゃん、ちょっと酔った……」
 夏菜の実姉によく似た七那 禰子(ななな・ねね)はたおやかな笑みを浮かべたまま、乱暴な口調で苦笑して応える。
「おいおい、酒なんていつの間に飲んだんだよ?」
「もう、人に酔ったんだよ」
「んじゃあ代わりに注文しといてやるよ。すんませーん、あの子はミルクセーキで、あたしはアイスオレ」
 ちゅるるるる。夏菜は早速届いたクリーム色の液体をストローで吸い上げて、やっと人心地着く。あちこち歩き回って暑かったし、人はいっぱいだったし……陶器の猫を売る店の前で、手作りの一品ものをどれにしようと悩んでいるうちに、長いこと日光に当たっていたらしい。
 おかげでここのことを教えてもらえたのだけど。
「うわぁ……、本当に、猫さんいっぱいだぁ……」
 火照った体が落ち着いて余裕ができた途端、夏菜は周囲の猫をぐるりと見回した。一匹、二匹、三匹、四匹……沢山。今日はバザーに街の住人が出払っているせいで、客も少ない。猫を独り占めできそうな雰囲気に、早速デジカメを左手に席を立つ。
「あっ、それ制服のリボンだから、かじっちゃだめぇ。あはは、もーぉ」
 禰子がアイスオレを一口飲んだころには、限定猫おやつの効果もあって、店の真ん中で猫にまみれていた。ぱしゃぱしゃ写真を撮りながら、手に足に縋りつき、肩に乗ってくる猫にほっぺたを舐められて珍しく表情をゆるませている。
「頭のぽんぽんはオモチャじゃないよぅ」
 制服のヘッドドレスを猫の爪から庇いながら屈託なく笑う彼女に、禰子は顔をほころばせた。
「ここから見てると、キミに猫の耳としっぽをつけたら、どっちが猫でどっちがキミだか見分けがつかねぇよなっ」
 夏菜が猫を遊んでいるのではなくて、夏菜が猫に遊ばれているようだ。
「あはは、そうかもねー」
(……また来てもいいな。夏菜のこんなはしゃいだ顔が見れるなら。時々は昔のことは忘れて、さ……)
 姉の心境でそんなことを想いながら、禰子は、ふと暗さに気付いて窓の外を見た。
「ん、もうこんな時間か。あれ、あれは……」
 オレンジと夜の藍が入り混じる時間。ふんわり、と遠くに光が昇り立ったような気がした。

 右手には湖に溶けゆく太陽。左手には夜の帳がヴァイシャリーに優しくかけられようとしていた、そんな頃。
 空を泳ぐ複葉機の飛空艇の上で、風に髪をなぶられながら、少女は一刻一刻と移り変わる景色に見とれていた。オレンジ色に染まった街、迫る夜に点り始める灯り、熱を帯びる太陽の光、徐々に涼しさを増す空気と夜風。搭乗席を覆う風防は取り外されているせいで、視界を遮るものは何もない。
「夏の風が気持ちいいね」
 少女に語りかけるようにか、それとも独り言か。八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は新入生に目をちらりと向けた。
 彼女は景色に見入っており、声もない。
「初めて乗る人は、みんな見とれるのよ。……今朝の貴方みたいにね」
 くすり、と操縦席に座る優子の先輩は笑った。ヴァイシャリー飛行艇部所蔵が所持する二艇、実際に操縦できる部員はわずかだ。そして実際に空を飛ぶことも。部活動の殆どの時間は、練習に費やされてしまう。
 優子が配った『飛行艇で体験飛行できます!』のチラシは、だから破格で。優子が乗せてもらったのも、今日が初めてだった。
「もうすぐ夜だから、これで最後の飛行かしらね。着水するわね」
 飛行艇はゆっくりとヴァイシャリー上空を旋回しながら高度を下げる。芥子粒の時計塔の文字盤が視認できるようになった時、
「あ、あれは……」
 裕子は思わず声を上げた。着水しようとする大運河の上に、ぽつぽつと柔らかい光が点在している。それはよく見ればさらに無数の小さな光の集ったものだった。
「なんでしょう?」
 問いかける新入生に首を横に振りながら、懐かしい光だ、と優子は思った。

 夜になれば暗い水をたたえる大運河に、今夜、無数の光が反射してぼんやりと輝いていた。 
 大運河に浮かべられた無数のゴンドラ。緋毛氈が敷かれた船の上では、浴衣姿の百合園生が興味を惹かれ集まって来た生徒や住人をもてなしている。ゴンドラを操るのは街のゴンドリーエ達と、ゴンドラ部の生徒だ。
 黒髪をボブカットにした少女・姫宮 みこと(ひめみや・みこと)もその一艘に乗っていた。
 茶筅を抜き、みことが差し出した茶碗の中にはお抹茶。みことの会釈に伴い、みことに向かい合った新入生もまた会釈する。
 点てられたお抹茶を口に含めば、先に供された生菓子は練切の朝顔と、透明な中に金魚を透かせた羊羹。そのもったりとした濃厚な甘みを、泡立てられた薄茶の苦みと薄い甘味が洗い流していく。
 ゴンドラ上でお湯は沸かせないから、ポットでの持ち込み。儀礼も略式、着物じゃなくて浴衣。
 けれど明滅しながら漂う幻想的な光と、運河に薄く反射した光に包まれて浮き上がったゴンドラの上は、まるで夢の世界だった。
「びっくり、しました。こんな野点があるんですね」
 新入生の言葉に、みことも頷く。
「ボクも話を聞いたときはびっくりしましたよ。もう揚羽ったらいつも型破りなことを言いだすんですから、いつもボクが苦労するハメに……」
「──型破り? さるには分からぬのか? 型にとらわれるなぞ無粋なことじゃ」
 愚痴りだすみことたちのゴンドラに、すうっともう一艘のゴンドラが接近した。
 そこにはみことのパートナー本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)が、一人胡坐をかき、蝶柄の浴衣を着崩して褐色の肌もあらわに、胸元を扇子で仰いで涼を取っていた。
「古に、「夏は、夜」と言うではないか。かぶき者の風流、と言って欲しいものじゃのう」
 揚羽が仰いだ西の空は、既に藍色に染め上げられ、白い月がかかっていた。
「月のころはさらなり 闇もなほ」
「蛍の多く飛びちがいたる──」
 生徒に続き、みことも続ける。
 周囲を見回せば……ふわり、ふわり。頑張ってみことや部員が捕まえてきた蛍が、運河上を舞っている。
 そしてその幻想的な光景に気付いたのだろう、大運河の両岸には、蛍を見ようとバザー帰りの生徒や住人が次々と集まってきていた。
「ほれ見るがいい。美しいと思うその心は、時が流れても場所が異なっても、同じじゃろう?」
 自慢げに揚羽が言い、すっくと立ち上がった。閉じた扇子を差し上げれば──その先に、灯りがひとつ。

担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 はじめまして、もしくはお久しぶりです。有沢です。
 シナリオへのご参加ありがとうございました。
 今回、皆さんのアクションをなるべく反映させたくて、また書いておきたいことが色々あり、イベントシナリオの文章量を大幅(2.5倍〜)上回ってしまいました。……反省しています。

 さて、こちらは百合園女学院の紹介シナリオでした。
 初めてシナリオにご参加なさった方もいらっしゃると思いますので、ここにアクションのかけ方について、簡単にアドバイスを。
 ・決めセリフと自由設定は参照しています。口調は、私はステータスよりこちらを優先します(最優先はアクションです)。
  そのキャラクターの性格などを掴みますので、何かしら埋めておいた方が良いかと思われます。
  特に同じサンプルアクションがかけられた場合は、動機や行動につながります。
 ・アクションが白紙ですと没になってしまいます。
  リアクションに名前も出ませんので、サンプルアクションや各項目一行だけでも書いて先に送信しますと保険になります。
 ・各項目について
  目的は「目標」「〜したい」と言い換えられると思います。 例)レアな○○グッズが欲しい、など
  意図は、プレイヤーさんの意図です。「〜させたい」「〜したい」とも言い換えられると思います。 例)○○が好き、○○が好きなキャラをアピールしたい、など
  動機は、キャラクターの動機です。「〜だから」「〜したい」とも言い換えられると思います。   例)○○が好き、○○が好きなあの子にグッズをあげたい、など
  手段は、どうやって目的を達成するかの手段です。例)○○を手に入れる為にネットで情報収集、開店前に行って並ぶ。売り切れてもオークションに出てれば落札、など
  手段欄は一番広いので、セリフや心情、補足などを色々と書くことができます。
  全部キャラ口調で書かれてもいいですし、PLさんの書き言葉でも、箇条書きなどでもどうぞ。
 ・ご注意
  「基本的には」他リアクションは参照いたしません。自分自身でマスタリングしたものに関してはある程度は分かりますし、必要と思われるものは適宜参照して
  いますが、事実関係が確認できない部分に関しては、没になる可能性が高いですのでご注意ください。

 次回のシナリオなど、お知らせは随時マスターページで行っております。
 宜しければ、また次回お会いいたしましょう。