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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第四章 乗せる想い 4

「ありがとう……」
 美鷺 潮(みさぎ・うしお)の中で、朱と黒の記憶はいつも結びついている。最初に全部が朱になって、それが黒で塗りつぶされる。
 家族の記憶。自分が今も生きているのは、もういない家族のおかげ。
「……ごめんなさい」
 潮は火災で父と母と兄と姉を亡くしていた。残ったのは自分と、黒い塊だけ。
 書いてきた手紙と一緒に、拳大のバインド・ルーンストーンをおまじない代わりに。潮はそっと祈りを捧げると、いつもの日傘をさして船を降りた。入れ替わるようにして、紺の無地の着物に袖を通した神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)と、百合の花束を抱えた橘 瑠架(たちばな・るか)と共に船上に上がった。
「(こうして見ると、大切なものをなくした奴は多いんだな……)」
 シェイドはすれ違った幼い顔の少女を見ながら、独り考えていた。それは、自分やパートナーにとっても他人事ではない。紫翠にもチラシが見えていたのだというから。
「今日は昔……自殺した兄さんの供養です」
 ぽつりとこぼれる言葉に目をむく。紫翠に瓜二つの双子がいることは知っていたが、亡くなった兄弟の話は初耳だった。
「兄?双子の兄のほかにも、兄弟がいたのか?」
 シェイドの言葉にこくりとうなずいて、それから思い悩むように紫翠は首を傾げた。兄の死に関する記憶が定かではないらしい。
「あまり……あの時のことは覚えておりませんが……双子の方の、兄と一緒だったような、気がします」
「似ていたのか?」
「優しい人……でしたよ。写真はあまり残っていないので……残念ですが」
 言いながら瑠架から花束を受け取ると、そっと船の上に置く。これまでに相当なことを他人にはしてきたのに、こんなことを願ってしまっていいのか不安に揺れながらつぶやく。幸せになっては、いけないような気がする。
「兄さん……自分たち兄弟のこと、見守っていてくださいね……?」
 それでも祈る紫翠の背中を見ながら、瑠架は少しだけ複雑な気持ちになる。
「(辛いことは思い出したくないわ。もし、私にそんな記憶があって思い出せばきっと暴走してしまうもの)」
 正面から供養する紫翠やここを訪れた人というのは、もしかしたら勇敢なのかもしれない。
「いっぱい込めた想いが、お兄さんに届くといいわね」
 瑠架はそうつぶやくと、紫翠が想いを乗せ終わるまではただじっと傍にいようと思った。


 何年たとうが、この気持ちが変わることはない。
 フェンリル・アビスレイン(ふぇんりる・あびすれいん)は改めてそう感じていた。
「俺の……愛する妹に」
 差し出したのは枯れた白薔薇。花言葉は「生涯を誓う」。
 守ることができなかった最愛の人。もう一度会えるように願いを込めて、たとえ彼女が死んでも変わらない愛を誓って。
 じっと祈るフェンリルを遠目に、少し前に思い出の水晶を乗せていたルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)はつぶやいた。
「届くだろうか……」
と。目ざとくつぶやきを拾った師王 アスカ(しおう・あすか)が、いつも通りののんびりとした口調で尋ねる。
「弟君にかい?」
「ああ」
「幼いころ、双子の弟であるホープと一緒に見つけて交換し合ったものだ」

 双子は不吉の象徴である。生まれた時から、同族間で固まっていた観念が我々を疎外した。
 ホープは我、我はホープを。互いに支えて生きるしかなかった。それなのに。
『兄さん……俺、死ぬんだって』
『不老不死の吸血鬼が何を言ってる』
『……吸血鬼でも死ぬんだよ。……病にかかった』
『?!』
 不老不死さえも死に追いやる不治の病が、ホープをつかまえた。逃れられない死を先延ばしにする唯一の方法……それが、同族の血を吸うこと、すなわち同族殺しだった。
『ホープ、待て!もうそんなことはやめるんだ』
『兄さんは俺が死んでもいいの? 俺はやだよ……。こんなに一緒に過ごしてきたのに、俺を止めてあいつらを庇うの?……一緒じゃなきゃいやだ……』
『そうじゃない、一緒に他の方法を……。!!』
『……裏切り者』

「同族殺し全ての罪を我にかぶせて、あいつは居なくなった。罪の封印が解けて気が付いた時には既に遅く、我の片割れは死んだあとだったという」
 ルーツは苦悶の表情を浮かべていた。笑っているのか、泣いているのか。アスカは彼の刺青が入った右手をそっと取ると、
「弟君は、ルーツを一人にしたくなかったんだねぇ」
 初めて聞く解釈にルーツは戸惑い、顔をあげる。アスカは当たり前のような顔をしていて、同情や慰めで言っているわけではないらしい。
「死にたくないだけで人の命を奪うような人とは思えないから……大罪を犯してでもルーツを一人にしたくなかったんじゃないかなぁ……」
『一緒じゃなきゃいやだ。俺たち、だって生まれた時から一緒に生きてきた双子だろ?』
 いつか聞いたホープの声が、記憶に残っていた。こんな風に手をとって、柄でもなく照れながらルーツは確かに聞いた。
『一人になんか、させねーよ』
 ぱらっと、止まっていたはずの涙があふれ出てくる。久しく聞こえなかった優しい声。片割れは、いつもどんな時でも自分のそばにいたのだ。
「そう……か。そうだと、いい……な……っ……」
 子供のように泣きじゃくるルーツとしっかり手を繋ぎながら、アスカはそっと彼に寄り添った。


「シャンバラの復刻、か……。古王国の復刻を心待ちにしてたけど、昔のままの姿でっていうのは結局できなかったね」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の言葉にメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がしょんぼりと肩を落としていた。
「我々の知る古き良きシャンバラ王国は5千年も前に滅んだっきり。……同じ名前を関してはいても、これが本当に国家再建なのかって思ってしまいますね」
 失った故郷への望郷の念。エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は複雑な思いで彼らを見守っていた。
 シャンバラ王国の復興と冠してできることに協力してきたつもりだ。けれど、はるか昔の全盛期の古王国時代から、王国が一度滅び、長きに渡って復興を待ち望んできた彼らにしてみれば、同じ名前を一部関していてもまったく別の代物なのだろう。
「失った故郷が取り戻せると期待していた分、やはり残念でならないね。エリュシオンと地球という二大勢力に大きく影響される形で建国した今の王国には、独立国家としてのシャンバラ王国はもうない」
 悔しそうにメシエが呟く。
「オイラだって、古王国の再興を目指してるんだと思ってた。だけど、実際目にすると帝国や地球の権力支配が強まったってだけだったね。エリュシオンの庇護と、地球の思惑がちらつく今の分断建国はオイラたちの故郷の再建とはまた別のものみたいだ」
 クマラの言葉に頷きながら、メシエは顔を歪める。
「チラシが見えたということは、……完全に帰るところを失ったようだな」
「……うん」
 もうどこにも行けないという感覚は、どれほどのものだろう。
 二人は静かに船に上がると、エースの知らない古王国の歌を歌った。それは綺麗だけれど、どこか悲しいメロディで、言葉少なに亡き故郷を思う二人の無念や寂しさを感じた気がした。
 上空を白い鳥が飛んでいる。
 遠巻きに誘われるように、何かを探すように……。それは少しずつ、こちらへと近づいてきていた。
「……鳥……じゃない?」
 空を見上げて、フェンリルが言う。
「もっと巨大な…………あれは……!」
 それは大きなクジラのような生き物で、巨体に不似合いな小さな翼を生やして飛行していた。船の上空を優雅に旋回し、キィィイイィイイィ……と低く高く何重にも重なって耳に触る声を上げている。
「今年も帰ってきたんだね」
「こんなにたくさんなのは初めてかもね」
 チェシャネとコがマイペースに船の近くへと寄り添った。
 「それ」はがくりと頭部を落とすと、真っ逆さまに船の方へと急降下してきた。
「モンスターの襲来だ!!」
 誰かが指差すその向こうを見据えて、歌うのをやめてクマラとメシエも立ち上がった。