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なし

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お勉強のお時間

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1.蒼空学園に地祇現る

「今度は蒼空学園に現れたらしいな」
 と、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は言った。
 目を向けた黒崎天音(くろさき・あまね)は、ピンと来た様子で言い返す。
「ああ、あの子? 面白い子だったよね」
 と、くすっと思い出して笑う。
 ――それは、天音がいつものように薔薇園でのんびり過ごしていた時だった。
「そこ、『タシガン』だね」
 週刊誌の巻末にあったクロスワードパズルを解いていると、ふいに背後からそんな声がした。
 天音はちらっとそちらを見て、教えられた答えを書き込む。近くでお茶の用意をしていたブルーズは、天音の背後にいる幼女をじっと見つめた。
「次は『ザンスカール』」
 再び答えを言われてしまい、天音は机に置いていた週刊誌をちょっと高い位置で手に持った。
「えっと……『キマク』」
 と、問題を読むような間を空けて言う。さらに天音が週刊誌を高く上げると、幼女が天音のすぐ近くまで接近してきた。小さな身体をぐぐっと伸ばし、週刊誌の問題を読もうとする。
 くるっと振り返った天音はすぐに幼女を捕まえた。
「ふふ、悪戯者つかまえた」
 と、おかしそうに笑う。幼女ははっとして抵抗を始めるが、天音に見つめられて諦めた。
「おや? ここは薔薇の学舎だよ、女の子が男装もせずに入ってくるなんて大胆だね」
 そう言って首を傾げる天音に、ブルーズが声をかける。
「待て、天音。それはただの幼女ではないぞ……魔女か、それとも地祇か?」
 二人の視線を受けた幼女は偉そうに言う。
「魔女だなんて失敬な! ボクは地祇だよ!」
「へぇ、地祇とは気付かなかった」
 と、天音は言うと、彼女を隣の椅子へ腰かけさせた。
「それで君、名前は?」
「ユベール」
「ふむ。お前も飲むか? 何が良いのだ?」
 と、机の上に並んだ飲み物やスイーツをを示すブルーズ。
 ユベールは少し考えると、元気よく言った。
「全部! 特に飲み物!」
 思わず面食らったブルーズだが、笑ったように口を曲げて真面目な表情を取り戻す。そしてユベールの前にそれらを用意した――。
「――それがな、どうやらお仕置きをして回っているとかで、生徒たちの怒りを買っているらしい」
「そうか……悪い子じゃないのにね。蒼空学園の校長に手紙でも出そうかな」
 と、天音は空を見上げた。
「『イエニチェリも宿題を教えて貰った地祇』だから、あまりいじめすぎないように、ってね」

 しかし、時すでに遅し。ユベールに対する怒りは限界へと到達していた。

 何者かにかけられたお茶のせいで、宿題のプリントがびちゃびちゃになっていた。それだけならまだしも、松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)の前に、因縁のライバルがやって来た。
「今日こそ決着をつけ――どうした、松田ヤチェル。水も滴るイイ女状態じゃねーか?」
 と、目を丸くする武神牙竜(たけがみ・がりゅう)
「別に嬉しくないわ。変な奴にお茶かけられたのよ」
「そうか。とりあえず、風邪引くと良くないから拭け」
 と、取り出したタオルをヤチェルへ渡す牙竜。
「ありがとう」
 それを受け取って顔や髪の毛を拭くヤチェル。すっかり台無しになった宿題を見下ろし、溜め息をついた。
「おお、こんな所にいたか」
 と、次にやって来たのは尼崎里也(あまがさき・りや)鬼崎朔(きざき・さく)だった。
「ああ、里也ちゃんに朔ちゃん」
「今日は渡したい物が、と言いたいところだが……」
『2020冬版ショートカット少女図鑑』を出しかけた里也がヤチェルを見る。ヤチェルは髪をタオルで乱暴に拭きながら言った。
「変な奴にお茶かけられたの。宿題やってたら、急に正解は1番だよって言うから、邪魔しないでって言っただけなのに」
 むすっとするヤチェルを見て、里也がひらめいた。
「それはおそらく、噂の地祇ですな」
「地祇?」
「勉強している生徒に答えを教えて回るとかで、冬にしか会えないらしい」
 冷めた目を向けるヤチェルへ、里也はにやりと笑ってみせる。
「もしもその地祇がショートカットの幼女だったら……どうする?」
「……ショートカットの幼女」
 ヤチェルの目の色が変わった。
「分かっている……写真に納めるだけですな」
 と、里也。その隣にいた朔も、その地祇を想像して首を縦に振っていた。

『山奥に一軒の小屋が建っています。周辺には人や動物の気配はなく、風も吹いていません。しかし小屋の扉は常にとじたりしまったりしています。何故でしょう?』
「どういうことだ? 全然分かんねぇんだけど」
 と、鍵屋璃音(かぎや・あきと)は呟いた。
「文章読解力にしては、随分謎かけみたいな問題だねぇ」
 と、問題文を読んで唸る忍冬湖(すいかずら・うみ)
「無人だから閉まっているんじゃないのかい?」
「違うよ。とじたりしまったりしてるんだよ」
 と、一ノ宮総司(いちのみや・そうじ)が言うと、湖は首を傾げた。
「それは間違いだって、先に言われちまってるとなりゃ……うーん、お手上げだねぇ」
 悩む三人を見ていた土方歳三(ひじかた・としぞう)は言う。
「確かに謎かけじみてはいるが、答えはすぐに出たぞ」
 こういった問題は、分かる人はすぐに分かるものだ。分からない人は、気付かなければいけない。
「うーん、人も動物もいなくて風も吹いてない……」
「山奥……」
 色々と呟いてみる璃音と湖だが、まだ分かっていないらしい。
「一瞬で分かった歳兄ぃに、答え聞くの恥ずかしいし……」
 と、唸る総司。何度問題文を読み返しても、思い込みから抜け出さないと意味がない。
「噂で聞いたんだけど、どんな問題でも答えてくれるすげー頭の良い地祇がいて、此処で勉強してるとそっと耳元で教えてくれるっていうじゃん」
 ふいにそう言いだした璃音に視線が集まる。
「そういえば僕もその地祇の噂、聞いたことあるよ」
「ふぅん……そんな地祇がいるんだったら、是非手を貸してもらいたいもんだ」
 と、総司と湖まで他人任せにし始めた直後だった。
「『当たり前』でしょ。閉じるも閉まるも、一緒じゃん」
 はっと周囲を振り返る璃音たち。ちらっと地祇らしき姿が見えたが、あっという間に遠ざかっていってしまう。
「本当にいた!」
「ありがとう、地祇さん!」
「で、答えは『当たり前』ってどういうことだい?」
「扉が勝手に、閉じて、閉まる、わけないだろう?」
 解説する歳三に、三人はようやく気がつく。
「小屋の扉は常に」
「とじたり」
「しまったり……」
 そういうこと。