天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

召しませ! 吉凶鍋判じ

リアクション公開中!

召しませ! 吉凶鍋判じ

リアクション


第一章 備えあれば何とやら 〜こちら闇鍋救護班〜

「これ考えたの誰だろうなぁ〜。もう」
 空京神社の境内に立ち並ぶ赤いのぼりを見てミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は今日――
いや、空京神社が主催する節分神事のビラを目にした時から、何度目になるかわからない溜息をついた。
「面白い、のかもしれませんが」
 同意するようにパートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)ものぼりに目を向ける。
 まだまだ冷たい2月の風にはためくそれには、毛筆の白抜き文字が躍っていた。
 一つは「節分豆まき神事」。
 もう一つは「振る舞い闇鍋〜吉凶鍋判じ〜」。
「持ち込みは食べ物だけと決まっているのがせめてもの救いですね。とは言え、あまり食材を無駄にするのはちょっと……」
「うん、そうだよね。自業自得……だけどほっとくのもなぁ」
「そうですわね。けど、ミルディ。節分神事の方はよかったのですか?」
 年末年始と空京神社で巫女のバイトをしていたことを思い出し真奈が問えば、ミルディアは笑顔で応じた。
「そっちは人手足りてるみたい。それより、闇鍋で何かあった方が今後のバイトに影響がでるかと思って。神主さんに相談してみたんだ」 
 指差す先にはトイレと社務所があった。
 ミルディアの提案を尤もだとした神社側が用意してくれた物である。
 社務所の脇には急拵えなのだろう「闇鍋救護所」と手書きで書かれたのぼりが置かれていた。
「すみません」
 と、蒼空学園の制服姿の少女が顔を覗かせた。
「え? もう闇鍋始まったの?」
「匂いにあてられた可能性もありますね。どうされましたか?」
 二人の言葉に少女――藤井 つばめ(ふじい・つばめ)は思い切り首を横に振る。
「え?いや、その、違います。僕は闇鍋で倒れた人の看病ができればと……何ができるかはわからないけど。
とにかくやってみるしかないと思って」
 その言葉にミルディアと真奈は顔を見合わせる。
「まぁ。失礼しました」
「ごめん、ごめん。同じようなこと考える人もいるんだね」
「僕は藤井つばめ。よろしくお願いします」
「あたしはミルディア。こっちは真奈」
 そこへ男の声が割って入った。
「じゃあ、俺もよろしくしてもらうぜ。お嬢ちゃんたち」
 三人が振り返った先には、薬箱を小脇に抱えたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がいた。
「流石に医療班がいねぇとやばいだろう。これでも医学生でな。俺にも手伝わせてくれよ」
 心強い仲間を得て、有志による闇鍋救護班は活動を開始したのであった。

 その頃――空京神社の参堂には節分神事に参加するのだろう参詣客がちらほらと見えていた。
 真直ぐ境内に向う流れとのぼりに誘われるように闇鍋会場へと向う流れが出来ている。
 明らかに人が少ないのは言わずもがな。
 いくら振舞われるからと言って危険に身を晒す物好きの数は、まだ多くはないようだ。
 人波の中、一際目立つ二人組みがいた。
 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)とそのパートナーのメモリカード 『イ・ティエン』(めもりかーど・いてぃえん)だ。
「夢見殿! 自分の我侭を聞いてくれて感謝なのであります! これで立派な魔道書への道をまた一歩進んだであります!」
「喜ぶのも、やる気満々なのもいいけど。『イ・ティエン』、闇鍋の趣旨、本当にわかってるの?」
 はしゃぐばかりの『イ・ティエン』を夢見は少し心配そうに見やる。
「むむ。知っているであります!」
 問われて『イ・ティエン』は闇鍋の由来を語り出す。おそらくは興味を持って調べたのだろう。その内容は概ね正しいものだった。
「うんうん。正解だわ。じゃあ、ここはいっちょ二人で運試しといきますか」
「掴んだもので吉凶を判じるというのも興味深いところでありますな。そう言えば夢見殿は何を持参されたのですか?」
 うふふと夢見は手にした包みを掲げてみせた。
「茹でうどんよ。出汁が出た鍋の仕上げは〆のご飯ものに限るもの」

 その脇を元気な声が通り過ぎていく。
「なーべ、なーべ♪」
「もう、ミント。走ると危ないでしょう」
 歌いながら駆けて行くのはミント・ノアール(みんと・のあーる)だ。
 走っては振り返り、後からやってくるパートナーの火村 加夜(ひむら・かや)を早く早くと急かす。
 闇鍋――というよりは鍋が楽しみで仕方がないらしい。
「だって、振る舞いだよ! 美味しいお鍋が食べれるんだよ。凄いよね」
「……それはそうなんだけど……」
「楽しみだなぁ。なーべ、なーべ♪ 美味しいお鍋が食べたいなっ」
 浮かぶその満面の笑みを前にして、止めることも闇鍋の説明をすることもできない加夜なのであった。
 苦笑するとミントの手を取り、歩き出した。
 「吉凶鍋判じ」と書かれた立て札の前までくると加夜はしゃがんでミントに目線を合わせた。
「じゃあ、私は向こうの救護所にいるからね。何かあったら、一人で来れるね?」
「うん! 僕、お兄ちゃんだから、大丈夫だよ!」
「そうね。じゃあ、これ渡しておくね」
 と、カバンから包みを取り出して小さな手に掴ませてやる。
「これ、何?」
「ミントの好きな鶏のつみれよ。お鍋を作ってる人に渡して、入れてもらってね」
「わーい!! じゃあ、僕、いーっぱい食べるもんね」
 じゃあねと駆け出す背中を見送ると加夜は仮設救護所と書かれた建物の方へと歩き出した。