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五幕一場:ユーハンソン家飛行船:通路



 大型飛空艇でニクラスが締め上げられている丁度その頃。
 親分のピンチとはつゆ知らず、何人かの空賊達がユーハンソン家の飛行船へと侵入していた。
「居た!」
 あらかじめ展開していた禁猟区でもって空賊の侵入を察知し、いち早く駆けつけたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
 二人が駆けつけた窓からは、三人の空賊が押し合いへし合いしながら乗り込んできているところだった。
 貨物用に大きくできている船とは言え、複数人が立ち回りをすることなど想定されている訳もなく、こちらが二人、あちらが三人の五人もいればそう広くない通路はいっぱいいっぱい、薔薇の元へたどり着かれないよう食い止めるにはもってこいだ。
「一応言っておくぜ、大人しくしとくんだな!」
「へっ、大人しくするくらいならはじめから襲わねぇよ!」
 ソーマが一応忠告してみるが、数で押していると判断したのか強気な空賊の答えに、それもそうだなと笑う。やれやれ、と溜息を吐いて見せた次の瞬間、アボミネーションを発動させる。不意を突かれた空賊達は、あっさり悪夢に取り憑かれる。
 ヒィイイイ、とパニックになる空賊達に向かい、北都が駆ける。擦れ違いざまの則天去私が、三人の空賊を打ち倒す。
 それでもなんとか立ち上がろうとする空賊達に、紅の魔眼を使って魔力を増幅させたソーマが、ファイアストームをお見舞いする。
 息のあった二人の連携の前に、空賊達は為す術もなく倒れ伏した。

 一方、他の窓から侵入した空賊達の前に立ち塞がったのは霧雨 透乃(きりさめ・とうの)だ。
「おう嬢ちゃん……大人しくしてねぇと怪我するぜ?」
 漫画か何かに出てきそうな台詞を格好つけて吐く空賊を、透乃はしかし鼻で笑う。
「いいから、掛かってきなよ」
 ちょいちょい、と指を立てる仕草にあっさり挑発された空賊が、得物を振りかぶって突撃してくる。
「そう来なくっちゃ!」
 透乃は防御度外視で構えると、はぁ、と気合いを貯める。
 そして、繰り出される空賊の武器の下をかいくぐり、その腹にカウンターの一撃を決める。
 ドォ、と床に倒れた仲間の姿に、透乃のチューブトップにミニスカートと言う見た目に油断していた空賊達は一歩引いて構え直す。
「ハァっ!」
 気合いと共に間合いを詰めてくる空賊の振り上げる武器を、半歩身を引きすんでの所でかわす。そして、気合いを込めた拳を、男の鳩尾目掛けて叩き込む。
 げほ、と前のめりに崩れ落ちる男を受け止めてしまい、一瞬身動きがとれなくなった透乃の後から、残った空賊が円刀を振り上げる。
 透乃の背中に戦慄が走る。が、どこかそのスリルを楽しんでいるように笑って、透乃はその場にしゃがみ込んだ。
 透乃の上に被さるように、今し方伸した空賊の身体が倒れ、円刀がそこにめり込む。
 げ、と空賊が怯んだ隙に、透乃はしゃがんだまま横に飛んだ。そして素早く、仲間の身体から得物を抜こうとしている空賊の背中に回り込むと、首筋に鋭い手刀を落とした。

 北都とソーマ、透乃がそれぞれ侵入した空賊の足止めに成功したものの、もう一組侵入してきた空賊達はゴタゴタの隙に貨物室前まで侵入していた。
 貨物室でお茶をしていた面々も、流石に立ち上がってシェスティンと白薔薇を守るために立ち塞がり、空賊侵入の一方を受けて飛んできたアロイスとオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が、侵入しようとする空賊達を足止めに掛かる。
 アロイスがデリンジャーを手にするが、立ち回りをするには狭い船内だ、銃器を放てば跳弾して味方をも巻き込みかねない。
「よし……こうなったら、私の美声でどん底の悲しみを魅せてあげる!」
 発砲を躊躇うアロイスの横で、オルベールがすぅ、と大きく息を吸った。
「あっ、み、耳栓!」
 出立前にオルベールのパートナー・アスカから渡されていたそれの使いどころを思い出し、シェスティンはじめ警護に当たっていた面々は、慌てて懐から、ポケットから、ソフトタイプの耳栓を取りだして耳に嵌める。
 と、ほぼ同時にオルベールの口から、この世のものとは思えない哀しい旋律……で、あるはずのものが流れ出す。
 戦闘中にミンストレルの歌うこの歌を聴いたことがある者も居るのだが、とても同じ曲とは思えないほどに原型を留めていない。
 アレンジがされているとかではなく、単に、純粋に、オルベールが酷い音痴なのだ。
 だが本人にその自覚は一切ないのか、胸を張り、悦に入って、自信たっぷりに悲しみのメロディを歌い上げる。
 本来であればその哀切なメロディのあまり敵の繊維を喪失させるという術であるはずが、そのこの世のメロディとは思えない突飛な音と神経を逆なでするような超音波によって、空賊達は頭痛・吐き気・眩暈に襲われ、中には目を回して倒れてしまう者も居る。
 歌が終わったとき、立っていたのは耳栓を無事装着できた者達だけだ。
 辛うじて意識を保っていた空賊も、すっかり戦意を喪失してしまっている。
 ついでに、歌が届いてしまった北都やソーマ達もへたり込んでしまっていたりするのだが……
「これで……もう大丈夫、ですの?」
 シェスティンがホッとした表情を浮かべる。

「敵船団、完全に沈黙」 

 そこへ丁度タイミング良く、操舵室のレノアからの声が届く。
 わぁっ、と誰からともなく安堵の声や歓声が上がった。
「みなさん、本当にありがと……」
「待て!右舷……敵反応……!多い!」
 シェスティンがぺこりと頭を下げようとしたところで、レノアの固い声が響く。
 え、とその場にいた人々が振り向こうとした、その時。

「白薔薇もホワイトデーも全て不幸になーぁれ!」

 轟、と唸る炎が、飛行船の壁を焼いた。
 窓の外に、アンデットを引きつれたゲドーが魔力で浮いている。
 室内に居た者、外に居た者、全員が突如現れたゲドーに驚きながらも、慌てて制止に向かう。
 が、一歩届かない。
 ゲドーが続けざまに放ったファイアストームが、窓を割り、白薔薇の詰まった木製コンテナに火を点けた。
「あああっ……!」
 シェスティンの悲鳴が上がる。
 慌てて船外を飛行していたレイナが飛んできて氷術で消化に当たる。
 また、他のペガサスや飛空艇に乗った面々が終結し、アッというまにゲドーは捕縛された。
 が。
「ロサ・レビガータが……!」
 氷術を使うことができる人間が少なすぎた。
 飛行船の航行に支障を来すほど燃え広がらなかったのは不幸中の幸いだったが、しかし木製のコンテナはあっさり燃え尽きてしまい、数本の白薔薇が、焦げた木材の影から哀れな姿を除かせていた。
 場に、沈痛な沈黙が広がる。その中で、捕縛されたゲドーだけがけたけたと笑っていた。

「やられちまったみたいだなぁ!」

 と、窓の外をレッサーワイバーンに乗った正悟が横切る。
「何よあなた!」
「まあ、契約者相手にそう上手くはいかないよなぁ。ま、白薔薇は燃えちまったみたいだし、痛み分けってとこか」
 正悟は、器用にワイバーンの手綱を取り、飛行船に併走させながら、中を覗き込む。
 焦げて広がった窓からは、中で倒れている空賊の面々がよく見える。
「あなたも空賊の一味ね!」
 キィ、とセシリアが食って掛かる。が、正悟はまあまあ、と意味ありげに笑った。
「実はな……」
 切り出しながら、正悟がばさ、とワイバーンの翼をはためかせる。
 その向こうには、別の商用船がゆったりと飛んでいく姿。それを指さして、正悟は叫んだ。

「本物のロサ・レビガータはあっちだ!」