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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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【五 キャンプ打ち上げ・ワルキューレ】

 同日、ワルキューレでもキャンプ打ち上げの日を迎えていたのだが、同じ頃、スカイランドスタジアム内の球団事務所では、選手達とはあまり関係の無いところで、別のイベントが発生していた。
 やや手狭なカンファレンスルームの、会議卓。
 そのほぼ中央に、蒼空ワルキューレ共同オーナーのひとり田辺 恒世(たなべ つねよ)が座しており、その左右には球団マスコットガールであるセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の両名が、それぞれ落ち着いた色合いのスーツ姿で椅子に腰掛けている。
 セレアナは毎度の如くあまり表情が無いのだが、セレンフィリティの緊張の度合いは、相当なものである。
 実はこのふたり、ナベツネこと恒世の指示を受けて、面接補佐官として連れてこられたのだが、面接相手というのが、いささか予想外であった。
 面接を受けているのは、北郷 鬱姫(きたごう・うつき)パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)のふたり。
 セレンフィリティは一目見て、鬱姫とパルフェリアが自分にとって招かれざる客であると直感した。
(ちょ、ちょっと、このおふたりさん……拙いんじゃない!?)
 ごくりと息を呑むセレンフィリティを、ナベツネオーナーの横顔越しに、セレアナが怪訝な表情で覗き込んでくる。
 その一方で鬱姫はいまいち流れについていけていないようで、いささか目が泳いでいるのだが、隣のパルフェリアはといえば、物凄い勢いで次から次へとアピールの台詞を口にしている。
 その内容をかいつまんでいうと、要は鬱姫をマスコットガールとして売り込んでいるのが露骨に見て取れたのだから、セレンフィリティの心中が穏やかでなくなるのも頷ける。
「今のご時世、球界には更なる『萌え』が必要だと思うの! そういう意味では、鬱姫はもう、これ以上は無いっていう程にぴったりだと思うんだけど!」
 この必死の売り込みを受けて、ナベツネオーナーは何故か、左右のセレンフィリティとセレアナに視線を投げかけた。
「……っていってるけど、あなた方マスコットガールの先輩としての意見はどう?」
 いきなり話を振られ、セレアナは若干困ったような表情を浮かべた。
「いえ、私はまぁ、どちらでも……」
 ところが、セレンフィリティは猛烈な勢いで身を乗り出し、否定の台詞を大いに並べ立てる。
「じょ、じょ、冗談じゃないわ! マスコットガールはあたし達だけで十分よ! 『萌え』なんて、絶対流行らないに決まってるわ! まだSPBは発足したばっかなのよ! これから選手達の熱い戦いが始まろうとしてるってところに、萌えなんて必要無いんじゃない!?」
 そんなセレンフィリティの獰猛な反対意見を嘲笑うかのように、ナベツネオーナーはひとこと。
「んじゃ、採用決定」
 これには流石のセレンフィリティも、唖然となった。
「な……何で、そうなる訳?」
「あなたがそこまで必死になるってことは、この子達をそれだけ脅威に感じている証拠よ。つまり、この子達にはそれだけの潜在力があるって事実を、あなた自身が証明したことになるわね。それならば、雇わない手は無いんじゃなくて?」
 しまった、とセレンフィリティが内心で己の迂闊さを呪うも、もう遅い。
 採用が決まったパルフェリアが弾けるような笑顔で、未だ茫漠とした表情の鬱姫に抱きつく。鬱姫は鬱姫で、折角使ってもらえるのだから、ここはひとつ、頑張ってみようという意思が湧いてきた。
「えと、あの、そのう……精一杯、頑張りますっ」
(いやいや、頑張らなくて良いから!)
 鬱姫の宣言を否定したいひとことが喉を押し破ろうとしていたのだが、そこは流石に意思の力で抑え込んだセレンフィリティであった。

     * * *

 話を、グラウンドに戻す。
 ワルキューレのキャンプ最終日は紅白戦が組まれておらず、各選手それぞれが軽いメニューをこなして、キャンプを打ち上げる運びになっていた。
 練習そのものも割りと自由にやらせてもらえることになっており、ビデオを見ながらフォームをチェックしてみたり、キャンプ中に書き留めたノートをベンチまとめたりなど、皆がのんびりと好きな時間を過ごしているようにも見えた。
 そんな中、エリィとクリムゾンは一塁側ダッグアウト前で、エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)が籠手型HCにまとめたデータベースを覗き込んでいた。
「いやぁ、よくぞこれだけまとめてくれたねぇ。あたい嬉しくて涙が出るよ」
「またそのような、心にも無いことを……」
 エリィの嘘泣きを、エレナは苦笑で受け流す。
 そんなふたりのやり取りを半ば無視する形で、クリムゾンが神妙な様子で別の話題を振ってきた。
「ところで、肩の強さとかスタミナとか、ミーはどのように鍛えれば宜しゅうござるのかな? ミーは機晶姫ゆえ、伸びる能力と伸びない能力があるように思えるのでござるが……」
 そんな疑問に応じたのは、意外にも野球に関しては全くの素人だと思われていたエレナだった。
「あらあら、選手として臨んでいる方が、そのような発想では困りますわね。肩の強さやスタミナは、ただ鍛えるばかりではありませんわよ? 消耗しない為の方法論や、ペースを配分してシーズンを最後まで乗り切るテクニックも、強度やスタミナには大変重要な『技術要素』ですのよ?」
「うむむ……よく分からんのでござるが、要するに、身を削らない為の技術も、スタミナなどのうちに含まれるという解釈で良いのでござるか?」
「へぇ……そうなんだ」
 感心したのは、エリィである。ふたりしてこんな調子なものだから、流石にエレナは頭が痛くなってきている様子だった。
 そんなやり取りを交わしているエリィ達のすぐ近くでは、ビデオを持参してきている橘 舞(たちばな・まい)がブリジットや春美といった面々と一緒に、液晶パネルをじっと食い入るように見つめていた。
「それにしてもブリジットってば、素人目にも分かるぐらい、無駄な動きというか、派手なアクションが目立つわね……」
 半ば呆れるようにいい放つ舞に、ブリジットはむしろ不敵に笑って応じる。
「何いってんのよ。私はプロなのよ、プロ。観客を魅了してなんぼの商売なのよ。草野球みたいに必死こいてやってたら、それこそ笑われるじゃない」
「えぇーっと……春美、すっごい必死にやってるんですけどぉ」
 春美は苦笑というようなレベルではなく、完全に顔が引きつっていた。

     * * *

 本塁では、ミスティが外野のレティシアとソーマに向けて、ノックの打球を放っている。
 反対側の打席からカイがトスを上げ、それをミスティがシャープなスイングで外野方向に大きな当たりを飛ばしていた。
「オーライ! オーラーイッ!」
 俊足を飛ばして右へ左へと軽快に駆け回るソーマだが、対照的にレティシアは何故か、随分と苦しそうであった。肩で大きく息をしながら、必死に打球を追う。
 別段、レティシアが守備力に劣っている訳ではない。ひとえに、ミスティの放つ打球がレティシアの守る左翼方向にだけ、やたら鋭い軌道を描いているだけの話であった。
「ちょっとー! ミスティー! なんか、あちきの方だけ妙に厳しくありませんことぉ!?」
 三塁線沿いの遥か向こうから響いてくる悲鳴とも怒声ともとれぬ甲高い声に、中腰でトスをあげていたカイが小首を傾げて、ミスティに問いかける。
「……って、おっしゃってるけど?」
「あー、良いの良いの。気にしないで、どんどん上げて」
 晴れやかに笑うミスティに、カイは小さく肩をすくめて、トスを上げる姿勢に戻った。
 その後も相変わらず外野からは、ソーマの元気な気合の声と、レティシアの怒りに満ちた悲鳴とが交互に響いてきていた。
 一方、マウンド付近では、裁と椎名の左腕コンビが、狐樹廊、アレックス、弧狼丸といった面々と、内野連携について身振り手振りを加えながら打ち合わせをしていた。
「それじゃあさ、ボクがごにゃ〜ぽっていうから、狐ちゃんと狼ちゃんは、すぐにベースカバーに入ってちょ〜だいね!」
「裁……もうちょっと、普通にやろうぜ……」
 呼びかけられた狐樹廊と弧狼丸ではなく、椎名が苦笑を添えて小さくかぶりを振った。いわれた裁はどこ吹く風なのだが、意外にも、狐樹廊にしろ弧狼丸にしろ、裁の指示を真面目に聞いている。
「あの〜、ぼ……オレはどうすりゃ良いんスか?」
「あぁ、アレックスはバックアップね」
 一週間にわたるキャンプを過ごしてみても、相変わらずアレックスは今ひとつ容量を得ていない様子である。こりゃもう少し教育が必要だぞ……椎名は内心、ひとりごちた。

     * * *

 ともあれ、そんなこんなでワルキューレも春季キャンプ打ち上げを迎える。オープン戦最初の相手は、ここスカイランドスタジアムで、ヒラニプラ・ブルトレインズを迎え撃つ。