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四季の彩り・ぷち~海と砂とカナヅチと~

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四季の彩り・ぷち~海と砂とカナヅチと~
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 第18章 1日の終わりに

 2021年7月1日は宵月。丸みを帯びた白い半月が、夜闇に浮かんで輝いている。
 砂浜の上で、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)は2人並んでその月を見上げていた。昼間は忙しいから、と、アイシャと過ごす場所として詩穂が選んだのが、夜の海。
「……星、花火、夜、空の下……、何回あったかな?」
 波の音をBGMに、詩穂は以前の出来事を懐かしく思い出しながら話し始める。
「互いに抱きあって空の下を飛んだ事もあったよね。でも、いつも昼間の森や荒野、建築物の中。
 どう? 初めての海」
「そうね……、広い海を見ていると、何だか不思議な気持ちになるわ。ここにこうして、これだけ大きな海がある。当たり前のことがとても不思議で、とても大切なことに思えてくる」
 慌しい毎日、めまぐるしく過ぎていく時間。
 常に雑多な音に囲まれた日常の中で切り取られた、波の音に包まれた穏やかな時間。
 当たり前だけど、だから、特別な時間。
「夜の海を肌で感じられて……今、この場に居られて良かったと思うわ」
 アイシャは、詩穂に淡く微笑みかける。
「そっか。アイシャちゃんが喜んでくれて詩穂も嬉しいよ」
 詩穂も微笑み返し、静かに海に目を戻した。世の中にある煩雑なもの全て。そんなものは知らないというように、波はただ砂を濡らし、また引いていく。
「寄せる波の様に、記憶を失ってもアイシャちゃんは詩穂を見つけてくれた……。これからは本物の思い出を詩穂と一緒に、もっともっと沢山作って行こうね♪」
 詩穂はポケットから小さな硝子の小瓶を取り出した。中には、星の形をした砂が入っている。
「それは……?」
「プレゼント♪ もしかしたら、激務でもう海に来れないかもしれないからね」
 そうして、小瓶を月に翳す。
「宵月の真っ白い月光が照らしてくれるから見えるかな?」
 瓶の中で、白い砂がさらりと流れる。
「アイシャちゃんの記憶が失われていた間に誕生日が過ぎちゃったんだよね。なら、これから思い出作ろうよ♪」
 お互いに向き合って、視線を交わす。詩穂が小瓶を渡すと、アイシャはそれを大切そうに受け取った。
「ありがとう……」
 心からの感謝の言葉。
「アイシャちゃん……」
 でも、お礼を言いたいのは、詩穂も同じ。
「ありがとう、詩穂の歌で記憶を取り戻してくれて。
 ありがとう、アイシャちゃんの一番大切な人と呼んでくれて……。詩穂の体温を、歌から感じ取ってくれて」
 そして、彼女は空いていたアイシャの白い手に、そっと触れた。
 抱く恋心を、伝えるように。

              ◇◇◇◇◇◇

 ぱちぱちぱちぱち……
 夜の浜辺で、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は線香花火を挟んで向かい合っていた。脇には水の入ったバケツとゴミ袋があり、こちらは、牙竜が用意したものだ。バケツには、燃え尽きた花火が既にたくさん入っていた。
『セイニィ、夏の夜の想い出作りに花火で遊ぼうぜ!』
 惚れたセイニィと花火をしたい。そう思って誘ったら、セイニィは海辺に姿を見せてくれた。
 2人は花火を楽しみ、今は漣の音が耳に届く中で、言葉少なにはじける花火を眺めている。
 ぱちぱちぱちぱちぱちぱち……
 牙竜とセイニィを包む空気。どう感じているかはそれぞれに違うだろうけれど、それは、確かに共有している空気。
「お、終わったな」
 線香花火の玉がぽとりと落ち、それをバケツに入れて顔を上げる。セイニィの持つ花火はまだ力を残していて、その光が彼女の顔を照らしていた。
「…………」
 言葉に表せないような、声に出せないような、ただ、彼女に吸いつけられるような感覚。
 見詰め続け、どれだけの時間が経っただろう。
 セイニィの花火も光を失い、辺りは夜闇に包まれる。薄く見える、お互いの顔。
「終わったわね。帰るわよ! あ、片付けはまかせたからね!」

 片付けを終えて、浜を歩く。夜と昼で、海岸はがらりと様相を変える。だが、変わらないものもあった。
「あっ……!」
 歩いている途中、セイニィは砂に足を取られて転びかけた。熱が取れて歩きやすくはなるが、この厄介さだけはどうにもならない。
「セイニィ!」
 牙竜は慌てて、彼女の手を掴み助けようとした。だが暗い中で彼の手は宙をかき、同時に足を滑らせて前のめりに倒れるはめになる。
「きゃ……!」
 向き合う形になっていたセイニィは、牙竜に押される形になって仰向けに倒れる。牙竜は砂に両手をつき、彼女に覆いかぶさるようなことはなかった。
「す、すまん……」
 謝ってから、セイニィと改めて視線を合わせる。月明かりに照らされた彼女の顔を見て――牙竜は、先程言葉に表せなかった感覚が実にシンプルなものであったことに気付く。
「ちょ、ちょっと……! 早く起きなさいよ!」
 セイニィが業を煮やして言うのと被るように。 
「綺麗だ……」
 牙竜の口からは自然とその言葉が滑り出ていた。
「は……?」
「本当にそう思ったんだ……」
 そう、ほとんど、無意識だった。そして、言った直後に気付く。
(しまった! ストレートに言うとセイニィ、照れ隠しで暴れるツンデレだった!)
 その前に落ち着かせないと、と牙竜が思った時――
「ふーん、ありがと。ま、褒め言葉として受け取っておくわ」
 セイニィは自らの位置を少しずらし、落ち着いた動作で先に起き上がって歩き出した。
「え、え、セイニィ……それだけ?」
 予想外のところで発揮されたツンに、牙竜は一瞬呆けた後起き上がり、セイニィを追いかけはじめた。