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【重層世界のフェアリーテイル】おとぎばなしの行方

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【重層世界のフェアリーテイル】おとぎばなしの行方

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第二章

「ん〜……」
 書庫から出た海が背筋を伸ばすのを見て、ドロシーがクスクスと笑う。
「整理ご苦労様でした」
「ああいう作業はあまり得意じゃないんでね……っと、さて行くか」
「はい……あら?」
 遺跡へと向おうとした時であった。ドロシーの視界に、ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が覚束無い足取りで書庫へと向かって来ているのが映った。
「……すまないが、書庫の本を読ませてもらっても良いだろうか?」
「は、はぁ……構いませんよ?」
 ベルテハイトの消え入りそうな声に、ドロシーはたじろぎつつ頷く。
「……感謝する」
 そう言ってすれ違うベルテハイト。
「大丈夫か? 何かブツブツ言ってるけど」
 海がベルテハイトの背を見て呟いた。
「具合でも悪いのでしょうか?」
「そういうわけじゃなさそうだけどなぁ」
 何処となく話しかけづらい雰囲気に、海とドロシーはただ首を傾げるだけであった。

「ん〜、いい景色ですねぇ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が周囲を見回して言った。
「そうだねー。パラミタでもこんな景色そうそう見られないね」
「ですわねぇ」
 メイベルの言葉に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が周囲を見渡しながら頷いた。
 彼女達の目に映るのは、花達が美しく色鮮やかに咲き誇る姿だ。そして太陽の優しく暖かな日差しが、美しいだけでなくのどかな雰囲気を醸し出している。
「こんなところでお昼寝なんかしたら気持ち良さそうですわねぇ」
「フィリッパちゃん、キミは何て魅力的な事を言うのかね……ふぁ……っと」
 目を細めて花々を眺めるフィリッパに、セシリアが欠伸してみせる。
「確かに魅力的なお話ですが、これから調査に行くって事を忘れないで下さいよぉ」
 そんな二人にメイベルが窘めるように言う。現在彼女達が向かう先は花妖精の村の外れにある遺跡。目的は調査だ。
「大丈夫大丈夫、わかってるって」
「わかってますよぉ」
 メイベルにセシリアは手をひらひらと振りながら、フィリッパは笑みを浮かべて答える。
「でも、本当にいい天気……は……ふぅ……」
 日差しを浴び、思わずメイベルが欠伸を漏らす。
「おやおや、メイベルちゃん? これから私達は調査に向かうんだよ?」
「も、もぉ、からかわないで下さいよぉ」
 そんな姿を見てセシリアがからい、メイベルが照れる様を、フィリッパは目を細めて見つめる。
「お、あれが遺跡かな……ん? 誰かいるみたいだね」
 セシリアの視線の先に存在する目的地である遺跡。その入り口には誰かが居るのが見える。
「あら、本当ですわ」
「誰でしょうかねぇ?」
 近づくにつれ、男性が二人腰掛けているのが見えてくる。
 何をしているのか、とメイベル達が男性達を見ていると、その内の一人がもう一人の頬にそっと手を当てた。
「……何をしているのでしょうか」
「さあ……」
「わかりませんわねぇ……」
 メイベルが問いかけるが、セシリアもフィリッパも首を傾げるだけだ。
 男性はもう一人の顔を包み込むように手を添え、そして自らの顔を近づける。
「あらあら♪」
 その光景に、フィリッパが何処か楽しげに声を上げる。
「……ど、どうやらこのまま行くと僕達邪魔しちゃうようだね?」
「そ、そのようですねぇ」
 対して、セシリアとメイベルは乾いた笑いを漏らす。
「……ちょっと時間を潰してきましょうか」
「そ、そうだね。それがいいね。そうしよう」
 そう言うと、二人は興味津々に見ていたフィリッパを連れて来た道を引き返していった。

「……ん? 引き返していったが、どうしたんだ?」
 引き返していく三人の姿を目にしたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が首を傾げる。
「さあ、どうしてでしょうかねぇ?」
 同様に後姿を目にしたエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が、クスクスと笑う。その姿は何処か楽しげに見える。
「それよりも、いかがでしたか? 私が読み取った『情報』は?」
 エルデネストの言葉に、グラキエスが首を横に振った。
「残念ながら、無理みたいだな」
「そうですか、それは残念」
 エルデネストが言う『情報』とは、遺跡内を【サイコメトリ】で見た物である。それを彼はグラキエスに【テレパシー】で見せようと試みていた。
「ふむ、やはり【テレパシー】では会話はできても、情報を送るのは難しいようですね」
「みたいだな。どんな物が見えたんだ?」
 グラキエスの問いに、エルデネストが顎に手を当て考える仕草を見せる。
「……何とも言えませんね。様々な物が見えましたが、遺跡に入った者達の感情なども残ってしまったのでしょうか」
「かもしれんな」
 グラキエスが遺跡を見る。先程、遺跡を訪れた彼らは中を探索し、休憩中にエルデネストが【サイコメトリ】で見た物を見よう、という話になったのだ。
「調査のお役に立てずに申し訳ございません」
「気にするな。エルデネストが悪いわけじゃない」
「そう言っていただけると助かります」
「それに、この遺跡を見るだけでも中々楽しい物だったからな。画像は記録できているか?」
「はい、こちらの方に」
 そう言ってエルデネストが【銃型HC】を取り出す。
「おっと、ベルテハイトからデータが送信されていますね」
「そうか。見せてもらおう」
「わかりました。グラキエス様、もう少し近寄っていただけますか? その方がよく見えます故に」
「わかった」
 そう言うと、グラキエスはエルデネストに肩を寄せる。

「……ぬぅッ! 何やら嫌な予感がする……ッ!」
 所変わって花妖精の村の書庫。ベルテハイトがわなわなと体を震わせる。
 ベルテハイトの周りにあるのは書庫の本。現在、彼はそれを【銃型HC】でスキャンし、エルデネストにそのデータを送信する作業を行っていた。
 何故彼だけ別行動を取っているのかというと、グラキエスの為、というか、せい、というべきか。
 グラキエスは遺跡にも興味があったが、同様に書物にも興味があった。だが二つを調べるには少々時間が足りない。
 そこでベルテハイトが村に残り、書物をスキャン。データを送る、という事になったのだ。が、内心エルデネストがグラキエスと一緒という事に心が休まらず、作業中苛々しっぱなしである。
「あの悪魔め……うまいこと二人きりになるとは羨まではなく許せん……万が一不埒な真似をしてみろ……絶対に許さんぞ……!」
 ブツブツとエルデネストに呪詛を吐きつつ、ベルテハイトの手はしっかりと真面目に動いてた。