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■宝はどこに?

 アイリ、セスに加え、清泉 北都(いずみ・ほくと)白銀 昶(しろがね・あきら)も鍋に加わっていた。どうしてこうなったのか、北都も昶も全く疑問だが、経緯を思い出すのも面倒になって北都は鍋をつついていた。住人に対してなるべく穏便に対応しようとしていた結果なのだから、まぁ構わないのではないか、という理解だ。
「でも、話が違うよねぇ」
 北都が言って昶が頷いた。
「そうそう、人見知りって話だったよな」
 二人いる住人のうち、会話をしているのはどてらを着込んだ方だ。もう一人はしきりに白菜を勧め、今もまた「白菜食え」と全員に勧めている。
「住んでるやつたって色々いるから。人見知りみたいなやつもいるよ。ドア開けるといきなりふっ飛ばしてくるやつとか」
「それは過激だねぇ」
 北都はのんびりと相槌を打った。セスと昶は、勧められた白菜を、どうぞどうぞ、いやいやそっちこそ、と押し付けあっている。
「ところで、住んでる身からすると、この下宿についての噂とかってどう思うんだ?」
「あ、それは僕も気になるなぁ」
 アイリと北都の疑問にどてらは少し考えこむようにして、
「どういう噂があるのか正確には知らないけど、多分ほとんど事実なんだろ。勝手に増改築してくようなやつもいるから、今後はもっとひどくなるだろうしな。匠の技かっての」
「嫌な思いをしたりしないの?」
「それは管理人さんと大家さんの仕事だろ」
 世間に対して無頓着な、こういう態度が噂を呼ぶのだろう。ほとんどが事実というのも、また間違いないことではあるが。
「さっきも生活圏内から出ないって言ってたけど、一番奥の部屋の人ってどうなんだ? 半年見てないとか宝を持ってるとかいう噂があるぜ」
 アイリの言葉を聞き、どてらは訝しげな顔をした。
「宝? 一番奥って、多分、スーさんのとこだと思うけど、あの人だって貧乏学生だぜ。こんなところに住んでるんだから。そんなもん持ってないと思うけどなぁ」


「よっと、よよいのよい、っと。お風呂はどこかなーっと」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が辺りを見回した。目についたドアノブをガチャガチャといじって開けている。幸いにしてこの辺りはどこも無人部屋で、罠らしきものもないが、好奇心に任せた行動はカムイ・マギ(かむい・まぎ)を不安にさせる。
「なんでお風呂を探してるんですか? それは宝じゃないと思いますよ」
 宝探しが浴場探しになっている現状にカムイは呆れて指摘した。
「もちろん、お宝も探してるよ。でも、こういう下宿だったら共同風呂のはずだから、大っきなお風呂だろうし、気になるよね。それに、お風呂が温泉で、それがお宝かもしれないよ」
「望み薄だと思いますけど……」
 そもそももうずいぶんと奥に進んだ。こんな奥に浴場などあるだろうか。あったとしたら極めて不便だと思われる。
 カムイのトレジャーセンスを頼りに進む二人は、実のところ半分くらい迷子だ。カムイが察知した反応はあまりにも弱々しいものだったし、帰り道のことはまるで考慮していない。お宝さえ手に入ればなんとかなる、その思いでレキは突き進んでいた。
「お」
 突き当りに扉。いかにもなにかありそうな雰囲気に、レキの顔が明るくなる。
「ここかな?」
「そんな感じはしますけど……」
 あまりの反応の弱さに、きっとろくなものじゃないんだろうな、とカムイの期待は薄い。
 期待に顔を輝かせたレキがドアノブを回した。足を踏み入れる。
「おお、お客さん。来るもんなんだな、こんなところに」
 人がいた。手にしていた本を閉じて、やっほーなんて気さくに挨拶をした。
「こんにちは。僕は、みんなからはスーとかって呼ばれてる。君らはあれ? イベントの」
「ボクはレキ。こっちはカムイだよ。お宝を探してきたんだけど、キミはお宝の門番?」
 お宝、と聞いてスーと名乗った住人は少し首を傾げた。さて、なんのことやら、と言いたげな仕草は僅かな間。答えを得たか、すぐにニヤリと笑って勢い良く立ち上がった。
「ふふふ、その通り! 僕こそ宝を守る門番にしてラスボス! 盗賊どもよ、僕の目が黒い内は決して宝に触れさせはしないぞ!」
 芝居がかったセリフを、喜色満面で口にする。あるいはドクターハデスと気が合っていたのかもしれない。
「宝って……ありそうに見えませんけど」
 部屋にあるものといえば、年季の入った机やら古い型のテレビといったものくらい。決して宝物庫ではない。ろくなものじゃないだろう、というカムイの思いは今や確信に近い。
「まさか、エロ本とかじゃありませんよね?」
「それを期待してるならあげてもいいけど」
「期待じゃなくて危惧ですよ」
 スーはからからと笑った。
「あ、レキさんではありませんか」
 そんな中入ってきた新たな客人はフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だ。ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)アリッサ・ブランド(ありっさ・ぶらんど)レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)も一緒で、狭い部屋の人口密度が一気に上がる。
「おい、狭いぞこの部屋。お前ら出てっちまえよ」
 ベルクがアリッサとレティシアに向かって追い払うように手を振った。
「おねーさまはアリッサちゃんが守るから、ベルクちゃんが出てっちゃえばいいと思うの」
 アリッサがフレンディスに抱きつく。
「ふむ。ならば広くしようではないか。なに、簡単なことだ。この部屋のものをなぎ払ってしまえばいい」
 レティシアは剣を手に、今にも振り回しかねない。
 生活用品に混じって本の山がいくつもある部屋は、確かに狭い。この場にいる全員で鍋を囲むようなことは絶対にできないだろう。
「これは、どういう状況ですか?」
 住人とレキが対峙している状況がつかめず、フレンディスがレキに尋ねた。
「お宝の門番なんだって」
「宝ぁ?」
 部屋の有様を眺めてベルクが疑わしげな声を上げる。
「ねぇねぇ、どんな宝なの? アリッサちゃんにこっそり教えて」
 アリッサがスーに迫るが、スーは涼しい顔で微笑んでいる。
「むー、教えてくれないなら、やっちゃおうよ、おねーさま」
「門番……」
 フレンディスはレキの言葉を反芻してやや考えこむ。そして、答えを得た顔を上げてぐっと手を握った。
「わかりました! つまり、これも修行ということですね!」
 いかなる結論に達したのか、余人には思いもよらぬことであるが、とにかくなにごとか理解したらしいフレンディスは、雰囲気を一変させ、鋭い目でスーを睨む。
「お覚悟を」
 臨戦態勢に入ったフレンディスに、レティシアも同調した。
「なるほど、簡単だ。目の前の敵を叩き斬ればいいのだろう?」
 面白そうにレキが並び立った。
「じゃあ、ボクも!」
 温厚なカムイや常識派のベルクは三人をたしなめるが止まらない。アリッサは面白がっている。
 さて、三人に相対するスーの対処は、
「降参」
 両の手は頭の上に。間違いなく白旗のポーズ。フレンディスが臨戦態勢に入ってから、僅か十秒足らずのことである。
「…………」
 えも言われぬ沈黙が舞い降りた。
 白けた空気にスーが言い訳をする。
「だってこれ見ろよ、僕、明らかにインドア派じゃないか。三人なんて無理無理。ラスボスかよ」
 自分で名乗ったではないか。
「えーっと、それじゃ、お宝は?」
 肩透かしをくらったレキが言った。
 スーは面白そうににやにやと、
「蒼空荘の半分をやろう、とか」
「スケールちっさいね……」
「そもそも、大家さんでも管理人さんでもないのにそんなこと不可能ですよね」
 カムイの指摘にもっともだ、とスーは頷き、
「じゃあ、この部屋の半分をやろう」
 足の踏み場がやっとの部屋を示す。
「いるかよこんな部屋……しかも半分」
 今度は紙に書き書き。そこに書きこまれた文字は『ここまでの冒険がなによりの宝だ』。
 もはや呆れきって言葉もないが、フレンディスだけはなぜか目を輝かせた。
「それはつまり免許皆伝の書ですね!」
 うんそうそう、スーは無責任に頷く。
「でも、確かにここになにかしらの宝があると感じたんですけど……」
「ひょっとしたら、」
 スーが本の山を指差した。
「その辺に高価な絶版本でもあるかもしれないけど」
 レキとアリッサが目を輝かせて本の山を漁り始めた。
「どれどれ? どれが絶版?」
「あるかもしれないけど、こんな保存の仕方じゃ高く売れたりはしないだろうね」
 本棚にも入れず、書店で購入した時にもらった、紙のカバーをつけたままで無造作に積み立てられた本に保存状態など、期待するべくもない。
「まぁ、ほら、スタンプはあげるよ、もちろん。印鑑でもいいのかな、これ」