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 第3話 ザンスカール・ウォーターパーク

「なあ、休み、どっか遊びに行こうぜ」
 獣人のグラシア・エレメリオ(ぐらしあ・えれめりお)が、パートナーの草葉 祐太(そうば・ゆうた)を誘った。
「よし、海に行こう」
 そして裕太がそれに返事をするより先に、そう決める。
「海は嫌です」
「えー。
 ……ったく、しょうがねえなあ、じゃあ譲歩してー、プール。プール行こうぜ!」
「……仕方ないですね……」
 いつもながら、強引だ。
 嘆息しつつ、裕太は渋々承諾した。

 そして休日、裕太を引きずってプールに遊びに来たグラシアは、学校で見たことのある顔を見つけた。
 トオル磯城だ。
「よしっ、折角だし、誘って皆で遊ぼうぜ!」
「嫌です」
 冗談ではない。
 他人と関わることを好まない裕太は即答で断ったが、勿論グラシアは冗談を言っているのではなかった。
 断ったというのに、既にトオル達に声を掛けている。
「ん? えーと見た顔だな。同じ学校だよな?」
「ああ。俺はグラシア、こっちは裕太だ。一緒に遊ぼうぜ」
「そうだな。人数が多い方が楽しいぜ」
 そして、やはりこのプール目玉のスライダーに行こう、という話になり、
「嫌です」
と断った裕太を強引に連れて、皆でスライダーに挑む。
 今年新しくできたスライダーは、長さと落差を売りにしている。
 スライダーの出口は水面より1メートル以上高いところにあり、放り出されるようにプールに飛び込んで、グラシアは、ぷは、と顔を出した。
「面白かった! もう1回行こうぜ!」
「もう十分です」
 乗り気のグラシアに、裕太はそう言ってプールから上がり、シキを引っ張って行ってしまう。
「おいおい! ……ちぇ、何だよ」
 何で俺の誘いは断って、あいつと行くんだ、と、グラシアは面白くなかったが、すぐに気を取り直してトオルを見た。
「んじゃ、俺達はもう1回行こうぜ!」

 やれやれ、と、シキを流れるプールに誘って、裕太は疲れた溜め息を吐いた。
「どうすれば、グラシアさんに振り回されずに済むんでしょうか……」
「裕太は、パートナーを嫌っているのか?」
 シキの問いに、裕太は言葉を濁す。
「そういうわけでは、ありませんが……」
 そうか、と頷いて、シキはそれ以上は何も言わなかった。



 秋月 葵(あきづき・あおい)は、わくわくとプールを見渡した。
「広いんだね。森の中だからもっと暗いのを想像してたりもしたんだけど、そんなことも無いし」
 ザンスカールは、森の中、巨木の上に多くの建物のある町だが、プールはさすがに地上にあった。
 木々の影を避けるようにか、ザンスカールの外れにあるこのプールは、周辺間近にも、樹木は比較的少なめに配置してあり、プールの敷地が完全に樹の陰にはならないようになっている。
 そして程よく樹の陰になることで、暑い日も暑すぎず、楽しめるようになっていた。
「スライダーも幾つもあるんだね! 新しくできたっていうやつは、あれかな?」
 白のワンピース水着に、イルカ型の浮き輪を抱えて、周囲を見渡して歩く葵の後ろから、パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、手製の弁当やら荷物やらを持って続いた。
 いつもの葵より、やや胸が大きめだ、ということは、勿論口にはしない。
「あそこのパラソルが空いていますよ。
 私は荷物番をしていますから、スライダーには葵ちゃん一人で行ってきてくださいね」
「えー?  一緒に行こうよー」
 とりあえず場所を取り、荷物を置くエレンディラを葵は誘うが、エレンディラは、ちら、とスライダーを見上げて、やはり断る。
 葵の長いツインテールの髪をお団子にして、
「できました。可愛くなりましたよ。行ってらっしゃい」
と微笑んだ。
「んー、それじゃ、一回行ってくるね。
 カキ氷買って帰ってくるから。一緒に食べよう! 何味がいい?」
「お任せします」
「わかった。待っててね!」
 葵は浮き輪を抱えてパラソルを出た。

 あちこちに、楽しそうな友達同士や恋人同士と思われる人達がいる。
「あの人達も楽しそう。
 スライダー満喫したら、エレンディラも楽しいプールに一緒に行こうっと!」
 パラソルの下で、お互いのカキ氷を少しずつ貰いながら食べるのも、すごく楽しそうだけど。
 葵はそんなことを思いながら、スライダーへと向かった。



「トオルくん達がいるザンスカールのプールに、新しいスライダーができたんですって。行ってみませんか?」 山葉 加夜(やまは・かや)は、ツァンダでフェイを誘い、ザンスカールのプールに来ていた。
 そんな二人をトオルが見つけた。
「カヤ! フェイも、来てたのか」
「トオルくんも。シキくんは一緒じゃないんですか?」
「今ちょっと別行動。じきにこっち来ると思うぜ」
「折角ですし、一緒に遊びませんか?」
「おう、案内するぜ!」
 手を振りながら歩み寄ったトオルは、「元気そうだな!」とフェイにハグして殴られる。
「いってえ」
 トオルには妹のような感覚なのだが、フェイももう、お年頃、という年齢なのだ。

「そうだ。
 カヤは結婚したんだっけな。おめでとう!」
「ありがとうございます」
 報告はしていたが、その後、直接会うのは初めてだ。
 改めての祝福に、加夜は照れつつも、嬉しそうに笑う。
「あいつ本質的にヘタレだぜ。カヤ、しっかり振り回して行けよ」
「しっかり振り回せって」
 加夜はくすくす笑った。
「涼司さんはかっこいいですよ」
「へいへい、ご馳走様。
 ところでフェイの水着はそれ、おニュー?」
 何となく着慣れていない感じを見て、トオルが訊ねた。
「う、うん」
 フェイは頷く。
「……加夜が買ってくれた」
「へー」
「可愛いでしょう。一緒に選んだんです」
 ふふ、と加夜が笑って、
「うん、似合うな」
とトオルも頷く。
「それにしても、大きなプールでびっくりした」
 フェイが周囲を見渡した。
「ああ、流れるプールが、大体全長1キロメートルくらいかな? よくは知らねえけど。
 その内側に、波のプールと、スライダーの出口専用プールがあって、あちこちのスライダーの出口が集まってる。
 その向こうにあるのが、飛び込み専用な。他に普通のプールもあるぜ。
 ウォータースライダーは10種類くらいあるけど、今年新しく出来たのは、あれだな」
 トオルが上を指差す。
 加夜やフェイが見上げると、トオルは、ずーっと、と指を動かす。
 ぐるぐるうねりながら、スライダーの高さがぐんぐん上がって行って、その先がプールの敷地の範囲外にまで飛び出し、巨木の中に紛れて見えなくなってしまっていた。
「どれくらい離れてるのかはよく知らねえけど。
 高さ333メートルの高枝にスタートがあって、途中でぐるぐる他の樹にも絡みついてるし、途中で急降下もしてる。
 あそこから、どうやって水を流してんだか謎だよなー」
「うわあ……」
 ぽかん、と二人は目を丸くする。
「行くか?」
「勿論です。折角来たからには!」
 加夜の言葉に、トオルは笑う。
「じゃ、こっち。15人乗りの巨大箒で、スタッフがスタート地点に運ぶんだ。
 速度はトロいけど」
 はぐれないようにとフェイと手を繋ぎ、トオルに案内されながら、加夜はもう一度スライダーを見上げた。
 苦手ではないが、しっかり水着に気をつける必要がありそうだ。



 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)のパートナー、魔女のミア・マハ(みあ・まは)は、プールに行くこと自体は嫌がらなかった。
 魔女らしく、黒いビキニを用意して、浮き輪も持参である。
 だが、楽しいと思う基準がレキとは違っていたので、流れるプールにのんびり流されて楽しむミアに付き合っていたレキは、すぐに飽きた。
 と、スライダーの出口から、トオル達が放り出されてプールに飛び込む。
「トオルさ〜ん」
 レキが、水面から顔を出したトオルに声を掛けると、向こうも気付いて手を振った。
「トオルさん達も来てたんだね。一緒に遊ばない? ミアは積極的に運動するの嫌がるからさ」
「おー、遊ぼうぜ」
「私達は、一旦休憩してますね」
 念の為にと“夏への扉”でトオルの疲れを癒し、加夜とフェイは、売店近くのパラソルへ向かった。

 流れるプールから上がるレキに付き合って、ミアも一旦上がったものの、レキの財布を拝借しつつ、売店で飲み物を購入して、遊ぶレキ達を眺めた。
「やれ、若いのう」
 元気が有り余っているようだ、と思ったが、自分には関係ないし、好きにさせておこう……と、思った矢先に、レキが戻ってきた。
「ね、大きな箒で、のんびり遊覧飛行もしてるんだって。気分転換に行ってみない?」
「ふむ」
 そうしたら、着いた場所が、ウォータースライダーのスタート地点なのだった。
「……で、何故わらわが此処にいる!?」
「先に下りた方が勝ちだよ!」
 スライダーのコースは二つある。レキがトオルに勝負を挑んだ。
「よし、負けた方がジュース奢りな」
「計りおったな、レキ!」
 叫んでいる内に、順番が回ってくる。
 レキは重量を増やしてスピードを上げる為、強引にミアと一緒にスライダーに飛び込み、一気に下まで滑り落ちた。
 プールに放り出されたミアは、ふらふらになって水から上がる。

 姿が見えなかったシキが、スライダー出口用プールの縁に立っていた。
「目が回る……」
 ミアは呟く。
 何がなんだか解らなかった。
 辛うじて、ポロリは避けられたようだが、とレキを見て、軽く眩暈を起こす。
「レキ、水着食い込んでるぜ」
「レキ、水着がズレておるぞ」
「ひゃ?」
 トオルとミアに同時に言われて、レキは慌てて水着を直す。
「う、うんまあポロリじゃないからセーフだよね!」
「というか、男は黙っておれ」
 ミアにじろりと睨まれて、トオルはワリ、と謝る。シキが肩を竦めた。
「トオルは、男とか女とか関係ないからな」
「あ、だから……」
 レキは納得する。どうりで、言い方がケロリとしていた。

「シキ、ユータは?
 グラシア、何かいきなり慌ててどっか行っちまったんだけど」
 トオルはシキに訊ねる。
「帰った」
 シキの短い説明に、そっか、とトオルは苦笑した。
「ところでどっちが先だった?」
「何が?」
 勝負云々を知らないシキは訊き返す。
 レキとトオルは顔を見合わせ、
「もう1回」
 と身を翻し、ミアは、次は騙されないとシキの後ろに隠れた。