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ピンクダイヤは眠らない

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ピンクダイヤは眠らない

リアクション


 冬が近い。空気は澄んでいる分だけ、そう感じるのかもしれない。国頭 武尊(くにがみ・たける)はモンキーアヴァターラ・レガースを装着し、廃墟ホテルの東側の外壁を登っていた。
 黒髪のショトヘアが冷たい風に揺れる。月がぽっかりと浮かぶ湖にポツンポツンと光が瞬いた。それは、湖の畔に立つ廃墟ホテル内で乱射されている拳銃の炸裂光だった。
「みんな、上手くやってりゃあいいが……」


 「……俺は盗賊退治にやって来たんだぞぉ。なんだって、雑魚モンスターを相手にしなきゃいけねーんだよ!」
 宵闇の廃墟ホテルのフロントで御出迎えをしてくれたのは、ジャイアントバットだった。暗闇での対決なら負けねー!と肉眼でジャイアントバットの動きを見切り、機関銃をぶっ放している猫井又吉(ねこい・またきち)だが、鋭角に飛行方向を切り替える巨大コウモリにはなかなか弾丸を命中させることが出来なかった。
「まてまてまて! 」
フロントの奥に身を突っ伏して、目も前に転がってきた鉄製のコールチャイム、をチンチンチン!と鳴らすのは松坂 望(まつざか・のぞむ)だ。
「お前、あたしを狙ってないか?」
「蜂の巣になりたくなかったら、身をかがめてろっつーの」
「だいたい、こんなところで機関銃なんて使ったら、盗賊たちが集まってきちゃうでしょ! 」
「あ?集まってきてくれねーと困るじゃねーか? 」
 弾薬の詰め込まれたカートリッジを交換しながら猫井又吉は答えた。
「なんで? 」
「瑛菜達がいるっつー客室に辿りつかれたら、おしまいだろ?ピンクダイヤ持っていかれたら、謝礼もなにもあったもんじゃねー。だから俺はここで盗賊たちをひきつける役割をだ……! 」
 どス!っと猫井又吉の背中を襲ったのはもう一匹の巨大コウモリだった。背骨に爪を差し込み体から一気に引き抜くようにして、宙を舞った。松井望の瞳には、暗闇に浮かぶ猫井又吉の背骨のシルエットが見えた……。
「猫井さん!」
松井望はコールチャイムを空飛ぶモンスターに向けて、無我夢中で投げる。手ごたえあり。
「いてえ!殺す気か! 」
声の主は巨大コウモリ、ではなく猫井又吉であった。頭に大きなたんこぶをこしらえて、ソファー裏から顔を出した。
「あれ?背骨を引きずり出されたんじゃ? 」
「怖い事言うな!よく見ろ、あれは、俺が背負っていた弾装だよ! 」
コウモリにわしづかみにされて、だらりとぶら下がったその「背骨」はメタリックな色彩を放っていた。
「ま、これでおあいこだよな」
 しれっとした表情で松井望はいいのけた。
「これじゃあ、らちが明かねーな」
「それに、盗賊も一向にこっちにやってくる気配がないぞ」
「……場所間違えたとか?」
猫井は真顔で言った。
「をいをい。」
そう言う松井望も、そこはかとなく自信がなさそうだ。
「失礼しまーす」
 と、玄関から金髪ツインテールの女が姿を現した。場違いなほどに薄着の女である。ジャイアントバットが威嚇するように大きな口を開いた。
「さーちあんどですとろい」
 女がそう唱えると、フロント一面に炎が広がり、ジャイアントバットの姿が肉眼で目視できるようになった。逃げまどうジャイアントバットの数は50体を超えていた。
「うげ!うじゃうじゃいるじゃないか! 」
 その数は松井望の予想をはるかに超えていた。これだけの数がいて当らなかったのかよ!と猫井は2秒間だけ反省をして、機関銃のトリガーを絞りあげた。何匹かは炎に包まれて、何匹かは猫井の銃弾に倒れ、そして、残りは松井望の頭上10センチを羽ばたいて、外へ逃げてしまった。
「あたしは、藤林エリス(ふじばやし・えりす)。瑛菜さん達を助けに来たの。よろしくね」
 ツインテールの魔法少女の登場と自己紹介に頷いた後、猫井又吉と松井望の二人は声をそろえて叫び上げた。
「火事だあああああああああ! 」
紅蓮の猫が這ったかのように絨毯が燃えている。ボロボロになったカーテンを侵食するように炎の手は天井へ伸びていく。
 藤林エリスは、ニコリと笑いながら、階上に進んでいった。
「猫井さん!なんなんだあの女?! 」
「正面突破するために、邪魔なモンスターを一気に排除しやがった」
「魔法少女っていつもああなのかよ?早く火を消さないと! 」
「わかってる。ちなみにあいつはわかってない。煙は二階にも行くってことを」
 松井が目を凝らすと、二階へと繋がる階段の踊り場で藤森が、酸欠の様子で倒れ込んでいるのが見えた。手を振り、助けを呼んでいる。
「……馬鹿だ」
 燃えあがる炎の中で二人を声をそろえて呟いた。
「猫井さんが乗りつけてきた機晶戦車で、湖まで行って、放水! 」
「機晶戦車は消防車じゃねーンだよ! 」
 炎の熱気と、序盤にして自ら大ピンチを招いてしまったことへの驚愕とで二人の頭は完全に熱くなっていた。
 シャワ。
二人の頭を冷やすかのように、水が降ってきた。
 シャワ。
「雨?」
松井望が呟いた。
ジャワワワワ。
「いや、ここは室内だろ」
「じゃあ、また魔法? 」
「いや、魔法少女が、違うって表情してるぞ」
「あ、スプリンクラーか? 」
「なるほど。火事だからな 」
3人の頭に疑問符が明滅する。スプリンクラー?作動?
「ここは廃墟ホテルだぞ」
 猫井又吉の目が大きく見開いたのは、猫のせいでもなく、暗闇のせいでもなく、シチュエーションを理解できないままでいたからだ。


 同刻。
 瑛菜達が身を潜めている6階でミニキメラが小さく鳴いた。
「ありがと。たむたむ」
風馬 弾(ふうま・だん)ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は、ペットであるミニキメラたむたむの嗅覚を手掛かりに、瑛菜達が身を潜めている6階に辿りついた。途中で何人かの盗賊に出くわしたが、極力戦闘を避けて、静かに瑛菜達に近付くことを目的としていた二人と一匹は、盗賊の背後に周り、口をふさぎ縛り上げると言う地味な作業に終始していたのである。
「大声をあげて瑛菜さん達を見つけたいところですけれど……」
ノエルは歯がゆそうに言った。
「うん、見つけ出して、すぐに逃げ出せればいいんだろうけれど、メモリークラッシャーがあるからね」
暗闇にともした最少出力の光条兵器に照らしだされた風馬の表情は冷静なままだ。
「今は盗賊に気づかれないように瑛菜さん達に合うことが先決ですものね」
「誰だ! 」
 その声を聞いた途端、シ。と風馬はノエルの唇に指をあてた。息をひそめて、廊下からそっと客室の中に入る。しばらくすると、迷彩服の男の足元が客室の横を通り過ぎた。背後から近付き締めあげようと風馬は客室を後にする。
 迷彩服の男に手を伸ばした瞬間。男は床に吸い込まれるようにして、消えた。
「え? 」
 驚きを隠せずに声を発した風馬の耳に
「うわああああ! 」
 と、男の絶叫が聞こえてきた。床を見ると、ぽっかりと穴があいている。
「落とし穴?」
 気が付いた瞬間に、風馬の足元にも穴が開いた。とっさに反応しきれずに、重力に従って下降する風馬は、なんとか、穴の縁に手を掛けて、落下を免れた。
「うぐ。どうなってんだ?このホテル」
 そう呟いた瞬間、穴がみるみる縮まってゆく。
「まずい。まにあわない」
 落下を覚悟した風馬は、手首に、熱い握力を感じた。そのまま、その握力は重力に逆らうようにして、風馬を一気に引き上げた。
「間一髪だったねぇ」
 堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)は閉じた穴を確認して、風馬を床に下ろした。
「たすかった。ありがとう」
「いや、いや、どういたしまして」
「風馬!だいじょうぶ? 」
 心配そうに近寄るノエルを風馬は手で静止させた。
「この階、トラップだらけだよ」
「ひとまず、客室は安全なようですから、こちらへ」
 堀川の契約者ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)が、角部屋から顔を出した。
「作戦練らないと、先に進めないみたいだねぇ」
 堀河は足元に注意を払いながら、風馬とノエルと、たむたむをエスコートした。
「僕たちは、数分前にここに辿り着い付いたんだけどね、意気揚々と廊下を渡っていたら、まんまと落とし穴にはまっちゃたんだよぉ」
はまっていたらしい。
「私が掴んでなきゃ死んでたんじゃないですか?」
 あきれ顔でヴォルフラムは言う。
「ピアノ線が僕の首を切り落とそうとするし、突然、廊下が真空空間になって体がはじけそうになったりさぁ」
 死線をくぐり抜けた表情にはとても見えない。
「ピアノ線を切ったり、真空空間にサイコキネシスで空気送ったりしなきゃ、あなた死んでましたからね」
「戦いはあんまり得意じゃないから、せめて、どんなトラップがあるのかくらい、身をもって体験しとかなくちゃ」
 風馬もノエルも少し安心したようだ。頭をよぎった疑問を声に出してみる。
「だけど、おかしいよね?瑛菜やシズクさんって人は、6階に居るって聞いてる。こんなトラップがある中、どうして、そこに辿りつけたんだろう?この客室から伸びる東側の廊下の向こう側にはいけないはずなのに。」
「トラップを全部避けて、瑛菜さん達はそこに居るってこと?」
 ノエルは小首を傾げた。
「わざわざ、トラップをかき分けて逃げるような余裕は、なかったと思うよぉ。瑛菜さん達がここに来てから、このトラップは作動し始めた。と考える方が自然かもしれないね」
 堀河の回答には一理ある。でも、だとすれば、疑問は増えるばかりだ。
このトラップは何のために?
 「もきゅー」
 ミニキメラのたむたむの声が廊下から聞こえる。気づかないうちに、客室から廊下に出たいたらしい。
「あ、いつの間に。危ないから、こっちいらっしゃい」
ノエルが、廊下のたむたむに声を掛けるが、たむたむは、鳴き続けている。
「どうしたの? 」
 ノエルが廊下に顔を出すと、たむたむは廊下の壁際に掛かった、絵画にぶら下がっている。
風馬も顔をのぞかせた。
「この絵がなにか関係している?……わけないでしょ。さ、大人しくこっちに」
 ノエルがたむたむをそっと抱えると、たむたむの爪に引っかかった絵画がガタリと床に転がった。
「こらこら、いくら廃墟だからって、勝手にものを動かしちゃ……」
 風馬が絵画を手に取り、再びかけようとすると、壁には、コード打ち込み用の液晶パネルとボタンがあった。
「なにこれ?」
「風馬。もしかしたら、これ、トラップ解除用の鍵なんじゃない? 」
「触らないで。ノエルは奥に隠れてな」
ノエルが客室に引っ込むのとすれ違うようにして、機晶士である堀河がパネルを確認した。
「うーん。分解してみないとわからないけど、この場所にあるって事は、トラップに関係しているんだろうねぇ……試しにでたらめなコード打ち込んでみようか? 」
「どうなるの? 」
キョトンとした顔で風馬が訊ねる。
「爆発したりして」
 堀河は笑顔で答えた。
「あなた、機晶技術のエキスパートですよね? 」
 ヴォルフラムが、呆れたように、そして、せかすように言った。
「詳しい事まで調べるのに時間かかるよぉ……メモリークラッシャーの事も調べなきゃいけないってのになぁ」