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土中の腕が掴むもの

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土中の腕が掴むもの

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四章 騒乱


 ――墓場。

 木々の隙間を抜け、道なりに歩き。そうして辿り着いたその場所は、状況に見合わぬ静寂さに満ちていた。
 数多のゾンビと幾多のスケルトンが立ち並び、訪れた契約者達を見つめるその光景。しかし彼らは全く反応を見せず、微動だにしていないのだ。
 そしてその群れの中心部には、他のアンデッド達とは段違いに濃い気配を持つ白骨が――崩れかけた鎧を纏ったスケルトンが、威圧感を振りまきつつ立っていた。

 おそらく彼こそがアンデッドを統べる隊長格であるのだろう、深く暗い、光の無い眼孔でもって静かにこちらを見つめている。

「――俺達に敵対する意思は無い、お前たちの宝ならばここにある」

 そのような緊迫した空気の中、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は毅然とした態度でそう告げた。
 そしてルースより受け取った財宝の入った袋を大きく掲げ、ゆっくりと地面へと下ろす。加えて持参した日本酒も添え、背後に控える仲間達の下へと後退。アンデッド達に宝を返却する意を示す。
 そして最後に彼女と並ぶようにカル・カルカー(かる・かるかー)が前に踏み出し口を開く。

「あんた達の眠りを妨げた盗人達も僕達が捕まえた、これから厳しく罰せられる事になると思う。だから、許してもらえないかな?」

「納得はいかないかもしれないが……どうか怒りを鎮めて欲しい。本当にすまなかった」

 本来ならばカル達に非は無く頭を下げる必要もありはしないのだが、二人は隊長格のスケルトンに向かい真摯に謝罪する。
 心の底から、嘘偽りなく。彼らの言葉と行動には一片の曇りも穢れも伺えず、正しく教導団の一員としての振る舞いを見せていた。

 ……するとその心が通じたのか、隊長格のスケルトンは身に纏う威圧感を少しだけ緩め、顎を振る。どうやら周囲のアンデッドに宝の確認を命じたようだ。群れから一体のスケルトンが歩き出し、宝の収められた袋に近づいていった。

(……分かってくれた、かな)

 一先ずは謝罪を受け入れてくれたのだろうか。心を苛む圧迫感が和らいだ事にカルと垂は心中で安堵の息を吐き――――。


「――ドォクタァァァァッ! ハデェェェェスッ!!」


 突然何処からか甲高い絶叫が響き、アンデッドの群れの一部が吹き飛んだ。
 慌ててその場所を見てみれば、大地が割れ捲れ上がった土塊の中からハリボテの舞台装置が迫り上がっており、その頂点で何とも奇妙なポーズを決め白衣を靡かせる男の姿があった。

「フハーハハハハハァ! ご機嫌よう諸君! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、ドクター・ハデス(どくたー・はです)!! 我がオリュンポス死霊騎士団復活の知らせ受け降臨した次第である!!」

「……な、何を言っているんだおまえは……?」

 ……当然ではあるが、この場に眠っていた死者は元々先の大戦で死を遂げた戦没者達であり、オリュンポス死霊騎士団などと言う胡散臭い組織の所属では断じて無い。
 虚言妄言事実無根。突然現れ何一つとして意味の伝わらない言葉を叫ぶハデスに、垂は額に汗ひとつ。しかし彼は特に気にする事もなく、新たに珍妙なポーズを決め叫び続けるだけだ。

「さぁ行けい我が騎士達よ! まず手始めに目の前にいる輩を喰らいオンリュンポス死霊騎士団の力を示すのだッ!!」

 そうして威勢良く手を掲げ命令するが、当然アンデッド達がそれを聞く筈も無い。カル達はハデスの意図が読めないまま首を傾げ――しかし、一部のアンデッドが群れを離れてこちらへ突進してくる姿を視認し、目を丸くした。

「えぇっ!? 何であんな奴の言う事なんて聞くんだ!?」

「おそらく、あの男が何らかの術で操っているんだ! 面倒な事を……!」

(……正確には僕が、なんですけどね)

 カル達が戸惑いながらも戦闘態勢に移行するのを物陰で観察しつつ、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は溜息と共に自らの支配下に収めたアンデッド達へと命令を下す。ハデスの指示に合うように、ついでに周囲のアンデッドも巻き込むように。出来るだけ大きな騒乱を引き起こすのだ。

「さて、これで共倒れしてくれれば楽に財宝を頂けるのですが……まぁハデス君の考える事ですし、期待はしないでおきますか」

 十六凪は最後にそう呟くと、再びフールパペットを用いてアンデッドを掌握し始め、場の混沌を加速させていくのだった。




「えっと、どれが敵でどれが味方!? こう見分けが付かないと、ややこしくって堪んないよっ!」

 十六凪に操られ襲い来る数多くのゾンビ達。騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はグラウンドストライクで足止めしたそれらを纏めて吹き飛ばしつつ、大きく声を荒らげた。
 彼女の周りには未だ無数のアンデッドが犇めき合っているものの、その全てが攻撃を加えてくる訳では無い。むしろ同族のアンデッドを止めようと手を貸してくれる者も居て、攻撃対象を見極める事が困難な状況に陥っていた。

「――っとと、危ない!」

 近くのゾンビに吹き飛ばされてきたスケルトンに対し武器を振るおうとしたが、それが攻撃してこない事に気づき咄嗟に手を止める。せめて見分けのつく方法があれば良いのだが、当然そんな便利なものは無し。
 全く持って動き辛い――そう歯噛みをしている間にも、また新たなスケルトンが近づいてくる気配を察知する。それは先程の個体とは違い自らの意思で近づいて来ているようで、詩穂はそれを敵だと判断し振り向きざまに蹴り飛ばした。

「オワーーーッ!? オレ、ミカタなのニーー……!」

「あれ?」

 ……のだ、が。聞こえてくるのハッキリとした悲鳴。
 疑問に思い目を向けてみれば、そこに居たのは第六式・シュネーシュツルム(まーくぜくす・しゅねーしゅつるむ)だった。彼は蹴られた勢いのまま地面と水平に吹き飛んでいき、アンデッドの群れへと衝突。舞い上がる土煙の中へと沈んでいく。

「……あちゃー、やっちゃったぁ……」

「成程! そうやって敵味方関係無く吹き飛ばせば良いんですね!」

 申し訳なさげに後頭部を掻く詩穂とは逆に、何やら感銘を受けたように手を叩くのは東 朱鷺(あずま・とき)だ。
 同じく敵と味方の区別に悩んでいたらしい彼女は今の光景に何らかの解を得たらしく、状況に似合わぬ笑顔を浮かべていた。

「さて、朱鷺さんと善戦できるアンデッドが居れば契約してあげますね! 行きますよ!」

 朱鷺は元気良くそう宣言すると、滅殺の構えを取りアンデッドの群れへと突撃。敵味方関係無しに空へとかち上げていく。突如として現れた理不尽にアンデッド達も狼狽えたようで、心なしか悲鳴が聞こえてくる気がしないでもない。

「……詩穂の所為じゃ無いよね、これ」

 一秒ごとに混迷を深めていく光景を眺めつつ、彼女はそう呟くしか無かった。




「よしよし、良い感じにぐっちゃぐちゃだぜぇ……!」

 ……そうして収集する気配を見せない喧騒の中、こそこそと墓場の中を蠢く影があった。
 場の混乱に紛れつつ、アンデッドの飛び出してきた柩の中を漁るゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だ。彼はこの機に乗じて財宝を掠め取るべく、自身に注意が向かないようハデスや十六凪達とは別にアンデッドを操り暴れさせていたのだ。
 その甲斐あってか今や契約者もアンデッド達も目の前の事に集中し、彼の存在に気づく者は皆無だ。それどころか悠々とスキップをする余裕さえもあり、次々と柩を漁ってはめぼしい物を懐に収めていく。

「ここまで上手く行くとはなぁ、俺様の方が天才じゃねぇの? ヒヒッ」

 ゲドーはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、自画自賛。新たな柩を覗き、そこに収められていた価値のありそうな指輪に手を伸ばし――――同じく横合いから伸ばされた小さな手と重なり合った。

「あ……?」

「え……?」

 そうして隣を見てみれば、そこでは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がゲドーと同様に柩に手を伸ばした姿勢でこちらを見つめていた。
 どうやら彼女もどさくさに紛れての財宝集めに没頭していたようで、傍らに置いたダンボールの中には金品の類がみっしりと詰め込まれているのが見て取れる。その中には垂が返却した筈の財宝が入った袋の姿もあり、抜け目なく回収していたようだった

「……へへへ」

 彼らはそのまま互いに見つめ合い、何となくおかしくなって笑顔を零す。そうして混沌とした場に不釣り合いな穏やかな空気が二人の間に流れ始め。

「――みなさーーん! ここに墓荒らしの生き残りが居るでありますぅーーーッ!!」

「うおおおおおい!? やめろ馬鹿バレちま――」

「ッヘーイ弟分のお宝がピンチと聞いて大復活ッ!! おぬし覚悟するがイイネッ!?」

 吹雪の叫び声に反応したのか、大量のゾンビに噛み付かれた第六式が土煙を上げて地面の中から飛び出した。頭蓋骨の内側から得体の知れない光を迸らせながら、一直線にゲドーへと飛びかかる。
 驚きの悲鳴を上げながらそれを迎撃する彼を他所に、吹雪はさっさと柩の中から指輪をくすね、抱えたダンボールの中に放り込み一目散に駆け出した。存在が露見してしまった以上ここに留まるのは危険である。十分金目のものは手に入れた事し、この辺が潮時だ。

「くっくっく、財宝は自分が頂くであります!」

 含み笑いを漏らしつつ、並み居るアンデッドの隙間を潜り抜け墓場からの脱出を試みる。
 混戦状態の上に気配も殺しているとあってか、吹雪の姿に気づく者は契約者を含め極僅か。その少数も大量のアンデッド達に阻まれ彼女に追いつく事は不可能だ。

「これで億万長者でありま――、へ?」

 ……しかし、笑いながら墓場の外への一歩を踏み出した瞬間――ガチリ、と。何者かに襟首を掴まれ、宙へと持ち上げられ振り子のように左右に揺れる。
 まるで油の切れたブリキ人形のようにゆっくりと背後に目を向ければ、そこには眼孔の奥を爛々と輝かせる隊長格のスケルトンの姿があった。彼は強大な怒気と纏い、静かに吹雪を見下ろしている。
 そうして弁解も何もさせる間もなく。彼女を大きく振り回すと、この混乱の原因へと――巨大なお立ち台の上でポージングしながら高笑いするハデスへと、振り向きざまに力の限り投げつけた。

「ひゃああああ!? う、空蝉の術っ!」

「フハハハハ! さぁもっとカオスを深めるが――おぼふッ!?」

 勢いよく宙を飛ぶ吹雪は、ハデスに衝突する直前に手持ちのダンボールと入れ替わりそれを回避。代わりにハデスの頭には宝の詰まったダンボール箱が直撃し、その中身を派手に撒き散らす。周囲一帯に様々な財宝が振り落ち、施された装飾が日の光を反射しキラキラと輝いた。

「ぐ、ぐおお……一体何が……ハッ!?」

 そして舞台装置から墜落したハデスが我に返ると、数多のアンデッド達がこちらを取り囲んでいる事に気がついた。
 ゲドーは第六式と激闘を繰り広げ、十六凪も何時の間にか彼を置いて引き上げてしまったようだ。操り手の居なくなったアンデッド達は皆正気を取り戻し、怒気をくゆらせ眼球の無い視線でもってハデスを睨みつけている。

「…………戦略的撤退ッ!!」

 幾ら天才といえども、この数を一人で対処するのは不可能である。ハデスは自らの不利を悟るやいなや脱兎の如く駆け出した。
 アンデッド達は彼を捕まえようと手を伸ばすが、彼は器用にそれを回避しつつどこまでも逃げ回り、「覚えているがよい!」という様式美に溢れた捨て台詞を残し、森の中へと姿を消したのであった。

「……えっと、その。何と言ったらいいのか」

 そうして事に一段落が付いた後、おずおずとカル達が暗澹たる気持ちで隊長格のスケルトンへと話しかけた。
 せっかく和解しかけていたのに台無しになってしまった――深く溜息を吐きたい所だったが、そうも言っていられない。最悪再び彼らと戦う事になるかもしれないという不安を抱え、彼の姿を見上げる。

「……?」

 しかし、予想していた威圧感を感じる事は無い。それどころか穏やかな空気を纏わせ、スケルトンはカル達を見下ろした。
 ――こちらに掲げられた手には、しっかりとブローチが握られている。おそらく空から落ちるものを掴み取ったのだろう、その姿はどこか誇らしげな雰囲気を漂わせており、ともすれば生前の姿が幻視できるようだ。

 そうして彼はゆっくりとブローチを衣服にとり付け――――静かに座り込み、動かなくなった。

「これは……」

 見れば周りのアンデッド達も、降り落ちる財宝を掴んだ者達から順に座り込み、その動きを止める。
 どうやら宝が戻った事で彼らの執念が霧散しているようだ。ある者は乾いた音を、別の物は湿った音を立て、次々と物言わぬ亡骸へとその姿を変えていく。

「……やれやれ」

 あちらこちらで亡骸の崩れる音を聞きながら、垂は足元に転がっていた酒瓶を拾い上げる。
 奇跡的に先頭の被害を受けていなかったようで、瓶には傷一つ見る事はできない。彼女は息を一つ吐くと、それを目の前に座る隊長格の白骨に捧げ、黙祷を行った。

「……僕もいつかはあんたのお仲間になるのかな。まぁ、その時までゆっくり眠りなよ」

 カルもそう呟き、垂と共に目を閉じる。

 ――そうして思うのは、彼らの安寧。それだけであった。