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季節外れの学校見学

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【空京大学・1】


 空京大学は、2020年度より空京に新設された大学である。
 招聘された教員や、入学を希望する生徒たちの意識が高く、凛然としていて、在学している学生と擦れ違う度シェリーは内々から滲み出る彼らの非凡性に自分が段々と緊張していくことを感じ取る。
「でも、『同じ年代のクラスメート』と楽しく過ごすという楽しみがないのよね、ここ」
 シャンバラは諸種族や諸外国、地球大国と渡りあっていくだろう今後が予想され、大学はそのための訓練機関という側面がある。入学することだけでもその将来性の幅は多岐に渡るものの、話すリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)はシェリーにはもっとたくさんの交流のほうが大事ではと考えている。
 大学に入学するのはいずれか……いつかの話で気が早過ぎるものの、知っていて損は無いだろう。
「他の高校を何年か経験してから、資格修得を視野に入れてこの大学に進学を考えるのもいいんじゃないかしら」
「……同じ学校ではないの?」
「同じじゃないわ。高校と大学は違うのよ」
 地域によって学校の特色は変わり、また学校も高校と大学では違うという。学校という単語一括りにしていたシェリーはそうなのねと驚きに声を漏らしていた。
「シェリーはどんなお仕事に就きたいの?」
「仕事?」
「そう。そうね、やりたいこと、かしら。仕事の内容によって進学先が変わるでしょう?」
 問われて、シェリーは「え?」と聞き返した。
「孤児院のお手伝いをするなら保育士資格とか幼稚園教員免許状があるとオトクよね。認可、公的支援を受けやすくなるしね。飲食系なら調理師資格とか。
 資格が全てじゃないけれど、学校に行くと習得しやすいでしょ?
 ねぇ、シェリー。シェリーは何になりたいのか聞いてみたいわ。
 ――夢は、何?」
 なりたいものは何か。あれば教えて欲しいというリリアにシェリーは、うん、と考え込む。考えて、ふと、しばらくぶりに会う女性の綺羅(きら)やかな瞳をまっすぐ見つめ、首を傾げてみせた。
「リリアは? リリアはなりたいものがって学校に通っているのよね? 私も聞いてもいいかしら? リリアの夢は何?」
「え? 私?」
 聞き返されたリリアは思わず、後方で込み入った話をしているメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)を見て、顔を赤くした。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は大学で獣医の勉強をしているんです。の、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の一言に破名が興味を示した。
「保護した猫達の事とか、パラミタの生物の事が気になり、ちゃんと勉強しようと思ったそうです」
 動物だけじゃなく植物も自分で色々と研究し、獣医資格は学校に行かないと受験できないので、こうなったと説明するエオリアは、それでも一番興味深いのは植物の事ですがと添える。
「でも、患畜の飼い主さんの心のケアも、となるとカウンセリング技能も必要なので、そういう所にも顔を出しているみたいです」
「関連分野はほぼ網羅できるのか?」
「そうですね。大学では自分の興味のある関係をピックアップして専門的に学べるという点がいいですよね。その為に膨大な努力は必要になりますけど。そういう自由な部分がこの大学の特徴ですね」
「こっちの分野に興味があったなんて」
 エオリアの話に頷き質問をする破名にエースは、笑う。
「そうか? 確か説明したはずだが?」
「ああ、生物調査員、だっけ?」
 聞くと、破名は頷いた。クロフォードとして出会った頃に確かそんな名乗りをしていた。各地から生物サンプルを集めてはその手の研究機関に有償で譲り渡し生計を立てていると。
「大学というのは、己を試されるな」
 情熱と実力の兼ね合いを問われる。自由裁量が大きい分、自己責任の割合が大部分を占める。
 エオリアに良い話が聞けたと礼を言って、腕を組む破名にエースとメシエは、互いに見合う。
 エースは自分が出入りしている臨床獣医研究室よりは一般教養教室棟や学食の施設紹介のほうがいいかと案内していたが、そっちを案内してもよかったかもしれない。
「破名、俺はシェリーに『沢山の同級生と楽しく学園生活』を経験して欲しいと思うよ。
 大学は個人研究が主になるから、級友や同級生ってどうしても繋がりが乏しくなるんだ。
 『沢山の友人と同じ時間を過ごす』事は中高生の特権のようなものだから、大学生になるまで、シェリーには今しかできない事を試して欲しいな」
 勿論、とエースは続ける。
「資格修得とかもっと専門的に学びたければ大学に進む事も考えて欲しい。学費は心配だけれど、奨学金制度もあるしね」
「……そうか」
「それより破名の方が大学に向いていそう。在籍しているば資料閲覧も出来るよ? 来ないかい?」
「は?」
 まさかそんな誘いをされるとは思っておらず、間抜けた返事を返した破名に、ぼーと毎日を過ごすよりは、そういうのを一考しても損は無いよとエースは勧める。
「そうだな。学校は色々な人間が集まる独特の社会だけれど、その変化はそれほど激しくないから、クロフォードが社会慣れするにはいい場所だと思うのだよ」
 パートナーの意見に、一理あるとメシエは思案に小さく唸る。
「私は歴史や考古学、社会学の資料などの閲覧やデータの取りまとめに便利なので時々来る。
 自分のペースで周りの事を知るにはいい場所だと思う。
 自分が今まで積み上げてきた物を、何かの作品にしてもいいし、論文にまとめてもいい。
 そういう事をするにも在籍していればサポートが受けられるからね。疑問に思ったことや過去にどうだったかの資料検索がデータ化されているからここだと短期間で調べられる。また、他校への依頼もしやすい。
 クロフォードなら、研究員という形で在籍するのもいいかと思う」
 どうだね、とメシエは最後を締めくくった。
 エースやメシエが言ってることは、二人の、社会慣れする良い機会だよというものなのだが、自分の研究の凍結宣言をしている破名に熟考を強要するに十分だった。
「すまないが、少し歩く」
 消え入るような掠れた声で断りを入れられてメシエは目を細める。
 どこへとも言わず歩いて行く破名の背を見送るエースに事の次第を理解したシェリーはおずおずと顔色を伺うように近づいた。
「ごめんなさいね、エース。気を悪くしないで?」
「怒らせたのかな?」
「キリハなら上手く説明できるのだけど……大丈夫よ、クロフォードは怒ることは無いの。譲れなくて喧嘩はするけど、怒らないわ。エースやメシエが気にするようなことは無いのよ? だから、ごめんなさい。途中で逃げるなんて、こちらの態度が悪くて申し訳ないわ」
「じゃぁ、何か余計なことでも言ったのかな?」
「そうね。でも私じゃそれはわからないの。ちょっと寂しいわよね」
 そうなのだ。今回の事も、破名に譲れないものがあって言い争いになっていたのが元々の起因である。大人の事情を子供は知らないし、知らされない。立場が対等じゃないのがこういう場面で明らかになるので、わかっていてもそれが寂しいとシェリーは告白する。
 本当に気にしないでとシェリーがエース達に念押しした頃に破名は戻ってきた。
 軽く会話を交わし、次があるからと礼を言ってエースたちとここで別れることになった。